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返事の中までKUONです。

  1. 旅のこと、とか
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出雲へ

こんばんは。

島根県へ行って、帰って来ました。

大変すてきな旅でした。隠さず申しますが、疲れました。今日は箇条書きにして旅の内容をお知らせし(と言いうより備忘録です、自分自身の。明日までに忘れるかもしれん・笑)。明日は、思い出しながら出雲の旅について、書きたいなと考えています。

・行く途中の高速道路で、後部座席に座っていたKUONがシートベルトをしていなくて、停められて、運転していたM氏が一点引かれる破目に。えーんごめんなさいと謝るのみでした。

・えーんしたらお腹がすき、蒜山で休憩を兼ねてお昼をいただき、ジャージー牛乳入っているので特濃というソフトクリームを食べました。でっかいシュークリームも半分食べました。ソフト食べたの何年振りか・・。

・足立美術館へ連れて行ってもらいました。とても広いので、と、なんと車いすを用意して下さって。車椅子初体験。恥ずかしいですかと聞かれたが、恥ずかしくなどない、嬉しかった、おかげで広い広い美術館の中を、ゆっくり見学できたのです。

すごい美術館でした。詳細は(多分)明日。アメリカで選んでいるという世界の庭、13年連続ナンバーワンのお庭だとのこと。枯山水ほかさまざまな顔の庭。緑が白砂が苔が美しゅうございました。。遥かに滝まで作ってあった。驚愕。

・竹島資料館へ。たくさん本がありました。ここへ案内して下さったのが「愛国女子」のTさん。お目目くるくる、なんでもよくご存知の方。

・そして旅館に入り、う~んと伸びをして、10匹以上が悠々と泳いでいる鯉の池を目の下に眺めました。そして迎えに来て下さった愛国女子ご夫妻と私の一行四人とで、晩ご飯の場所へ、急いだのでした。

鯉は全員、ものすごいメタボ鯉。脂肪肝もありそうだ。糖尿も。んん?。

・居酒屋「いろは」で、皆さんハイテンション、飲むわ食べるわ、地元の銘酒なんとかとか、それも銘酒のかんとかとか、さっぱり訳が分からない、ながら、一升瓶から酒器に注がれるとくとくとく、って。いい音だなあ・・・

乾杯だけ加わって私は、食べるに専念。皆さんの「飲み欲」がいささか治まって後、ともかくは「愛子さん」の話を、請われるままに。できるだけ冷静に、客観的に、話していたと思うのだけど、反応はそれはもうさまざまで、「そう、そうそうそう」から「えええ、知らんかった、びっくりぃ」まで、四段階くらいでしたか。「信じられない」の声は、ありませんでした。知って知ってと、大声の出たワタシ。

自分から話す気も無かったのですが。そーゆー風に場の風が流れた。女子が流した?。真摯な人です。

・旅館に帰って、温泉に入ってくたばりました。

玉造温泉はどれだけぶりの訪問でしたが、やはり、とってもいいお湯でした。洗顔の後にぬりぬりするモノ忘れて行ったのに、翌朝、ええい、ままよ、と、顔洗っただけで塗り始めたファンデーション、しゅううっとのびましたもん。
いいお湯でした、本当に。

・朝ごはん、宍道湖のシジミのお味噌汁が出ました。ずううっと宍道湖添いを走っていたのですよね、前日。そこのシジミ。小さい貝の、一粒ずつ、よいしょ、よいしょと、ほじっていただきました。島根の方はシジミ、そうやって食べないと聞いた・・・そうなのか?。

・ほとんど全く一般的には知られていないという、佐陀神社へお参拝。出雲国三大社というのに、地味な、そして滋味深い神社でした。

・すぐ近くの、びっくりするようなこじんまりの「田中神社」にお参拝。

どちらも、旧い旧い神社のようです。

佐陀神社の、向かって左側の狛犬の顔が、なんだか可愛らしくて、何度も見上げてしまいました。

・お昼は、有名だけどボッタくりでない店のおそばを、ということで、「八雲庵」なるお蕎麦屋へ。松江城の近く、かつての公家、武家屋敷の並ぶ通りだという堀端にある店でした。情緒のある庭、美味しいおそばでした。

・私の希望で、小泉八雲・・ラフカディオ・ハーンが半年間暮らした、旧居へ。じんわりと懐かしさに溢れた日本の家。

ぐるりと家を囲む庭の緑が美しく。暮らすにはマンションは便利だが、こんな情趣は望めないよね…行ってよかったと思います、よかった。

そして、出雲大社へ。

ここでも車椅子を使わせてもらいました。優しい優しい皆さんが、押してくださいました。おかげで広い境内を、回ることができました。

今夜の最後にちらっと書いておこう。

出雲大社は、雨模様のせいもあってか、肌にしみじみと温かさのしみる、まこと、神だか人だかの思いの集まっているところ、という感じがありました。で。不意に、申し訳ないながら、思ってしまった。

あのおうちの方は無理だな。馴染めなくいらしただろうな。

と。意地悪を、わざわざ言う、思うつもりもない。ただ。無理なものは無理なんだな、と。

誰か個人のせいではない。





  1. 茶番じゃ。なこと。
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苦笑を禁じえなかった話。

台風が来るとかいっています、でも、久しぶりの遠出の計画(出雲は今のわたしには十分な遠出(笑))、決行するつもりです。

出雲大社といえば、三笠宮家の三人の親王さん・・三人とも両親より先に逝かれた寛仁・宣仁・憲仁・・の、三番目の親王でいらした高円宮殿下の、これまた三人の娘さんのうちの、次女の典子さんが嫁がれたところ。新宿二丁目で人気のおありだったという長男の国麿さんに、嫁がれたのでしたが、いまは別居しておられるとか。

おそらく別居は本当のこと、そして、この先どう進展するかは不明、行けるところまで行って、跡継ぎとしては他にも息子さんがおられるし、など、長男に嫁ぐ=後嗣を成す、の方程式の今でもまかり通る旧いおうちの話は、どうしても乱暴で荒唐無稽な匂いを帯びざるを得ないようです。

好きもそうでないも無い、とにかく家と家との代表(なのか?)として「結婚」したからには、義務を果たすべく粛々と生物としての行為を行い、できれば複数、男の子なら一人でなくできればもう一人、授かるべく・・・わたし何を書いておるのでしょ(笑)、子を成す。それだけの根性と自覚をもって結婚をし・・たのかどうなのか、例えば京都のお茶のおうちなんかは、そうして男児二人、女児一人、もうけられて。めでたし。

と、続くはずであったが、長男はなんと「職業=詩人」とやらに身をやつし、仕方ない、もう一人いてはりました次男さんが、後を継ぐことに。

娘さんは定型通り「斎王代」を通過して、お医者さんと結婚。まあまあのデキだとか、そういう言い方で聞いたりします。

内親王である方の、太陽だ月だ云々、ジャラジャラしたレンアイ話なんか、ハナっから通らない世界が、あったりするらしいですよ。よくは存じませんが。

で。今日は正面から意地悪オーラ振りまいている自覚たっぷりのKUON、三笠宮さんチのお嬢ちゃんの一人。出雲の跡継ぎはもう望めないようになっている上記の方の、お姉さんの、かつてのスキャンダルなど、思い出してしまったのでした。

よそ様の未婚の娘さんの過去の話で。ワケのわかってる大人なら、知ってて知らない顔してのやり方もあるというのに。

わざわざ探し出して来たのは、この「女王」さんが、やんちゃしておられたのが、留学中の話であって、留学してたまにお遊びなどなさった程度の話でなく、結局、この留学は何の成果も生み出さなかった事実と。

帰国後、なんとか押し込んでもらった都の西北、ワセダの大学も、単位取れずにうやむやに出される羽目になった、あまりにも、ねえ、という結果のお方のことですので。

皇族の留学もいろいろという、こと。なのでしょうか。

高円宮家の承子(つぐこ)さん。

以下は、週刊文春が書いたことを中心に、あと、あれこれ少し。

この色の文字が、承子さん自身が書いた部分です。

1986年3月8日、故・高円宮憲仁親王と、久子様との間に、3姉妹の長女としてお生まれになった。学習院女子高等科を経て、04年4月から英国・エジンバラ大学にご留学。07年1月には、初めて一般参賀にお出ましにもなっている。
「承子さまが作成なさったことを、確認しております」

承子さま作成のウェブサイトを発掘したのは、週刊文春(2007年2月8日号)。記事の内容は、同誌が承子さまのものと見られるミクシィのページを発見、そこには別のウェブサイトのURLが書かれており、そこは赤裸々な内容の自己紹介や日記が掲載されている、というものだ。さらに、同誌ではJ-CASTニュースに対して
「(ミクシィのページや、ホームページの日記やプロフィールが『「承子さまご自身が作成なさった』ことを、編集部として)確認しております。根拠につきましては、誌面に書いてあるとおりです」
と語る。

「根拠」は、日記に書かれている内容(学歴や家族の生年月日など)と承子さまのものと一致することや、ミクシィ経由で、ページの持ち主にメールを送信し、承子さまが書いたと見られる内容のメールが返信されてきたことなどを指すと見られる。


同誌が主に紹介しているのは、承子さまが親友と共同で運営している、ダンスチームのウェブサイトに掲載されている日記とプロフィール。プロフィールには、PC版とケータイ版と2種類があり、それぞれ違う内容が書かれている。同誌で紹介されている「赤裸々な内容」をざっと挙げると、こんな感じだ。

「昨日はねー、アジアン(ってか日本人と中国人)でめっちゃ騒いだ。王様ゲームやったけどエロ系一切なし(カップルがいた為。)でつまんなかった」(05年10月24日の日記)

「好きな人がゲイ…。終わってる」(06年1月20日の日記)

「私も親さえ良いなら胸にヤモリの刺青入れたいんだけどなぁ~…間違いなく縁切られますからね(笑)」(06年8月1日の日記)

「最近興味があること・国籍によってキスやHの仕方が違うのかどうか・・・検証中です 笑・」

「タイプ→カッコ可愛い年下」(ケータイ版プロフィール)

「彼氏→三角関係(むしろ四角関係)のすえ泥沼化して終わった。ビバ波乱万丈(嘘)」(ケータイ版プロフィール)


スクープした週刊文春も苦言を呈する
この内容だけでも、十分驚きだが、週刊文春が紹介しているウェブサイトには、週刊文春も書いていない、さまざまな承子さまの姿があった。
例えば、プロフィールに書いてあるごく一部を紹介してみよう。

「【ここだけの話】 年下(男ね。)に飽きてきました・・・」(PC版)

「【休日の過ごし方】 毎日が休日です(勘違い。)」(PC版)

SNSで《やーばーい、浮気した笑。って彼氏が日本語喋れないのをいいことにモロ公表してるけど爆》《帰ってきたら朝4時とか。こっちで彼氏と一緒じゃないクラブは久々だったから(別れたからね。)なんか楽しかったけどね》

「彼氏→タバコ嫌いな彼氏ができた!禁煙してるよ、マジで☆」(ケータイ版)


一方で、このように心優しい面も見せてはいる。

「【尊敬する人】両親。それからAちゃん(編注: ウェブサイトにはニックネームで記載)(地元の友達。

バレエ時代の先輩)いなきゃ生きてけない親友&相方。忘れちゃいけないダンスの師匠方・・・。ってか、みんな尊敬してます。だから付き合ってるんです」

 ’06年もブログは“快調”そのものだ。
<あーあ。やっちゃった、久々の成り行きってやつ(笑)いいんだけどね、めっちゃ楽しい夜だったけどね、けど布団が他人のにおいなのがやだぁ~自業自得ですが…>
<やば…バカみたい。ちょー後悔。病気うつされてたらどぉしよう…。マジで神様に祈るしかないです>



全体に「ぶっちゃけ過ぎ」といったところだろうか。スクープ記事を書いた週刊文春も、このように、承子様に苦言を呈している。
「女性皇族の振る舞いとしては、にわかには信じがたいエピソードも山ほどあったが、ここでは紹介を控える。海外で羽を伸ばされたいお気持ちも分かるが、自ずとご留意なさるべきこともあるのではないだろうか」
なお、週刊文春では
「現段階(2月1日夕)で宮内庁から掲載記事に関して、申し入れを含む抗議はございません」
としている。


以上、かつて取り上げたこともあって、再び引っ張って来ました。
この承子さん、なんだか局地的に人気を得ている面もあります。正直、だとか。

現在は、初めから3割の経費を抜いて、などとかくの噂の絶えない「日本ユニセフ協会」・・アグネスなんとかとか、小和田優美子がからんでいる、本物のユニセフとは全く別の組織・・・に、おつとめしている形、お給料ももらっている。皇族の一人として、年額数百万円のお金も受け取っておられる。

・「高円宮承子女王殿下へ 年額640万5千円(独立の生計を営まない成年女王として)」

園遊会にも新年のバルコニーにも顔を見せている、歌会始にも出詠している。手直ししているお方の苦労の偲ばれる斬新なうたを、出している。

「恋愛と結婚は、私には別のものと考えております」と仰っている、それを、さすがのご自覚、とか褒めている人もいて、苦笑を禁じえなかったことがある、KUONでした。






  1. ことばのたのしみ
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乳母車


乳母車
                 三好達治

母よー
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり

時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかつて
轔々と私の乳母車を押せ

赤い総ある天鵞絨の帽子を
つめたき額にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり

淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知つてゐる
この道は遠く遠くはてしない道


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この季が来たらご紹介したいと思っていた詩。

男のひとは、いろいろに、母をうたっておられるが。

女に、こういった詩はあるのかな・・・と。ふと首を傾げた、入梅の日の夜でした。




  1. 呆然となること
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一行の「嘘」

以下のごときハナシ。

「 皇太子ご夫妻の長女で学習院女子高等科2年の愛子さま(16)が、今年7月下旬から8月上旬にかけて、英国での夏季講習プログラムに参加する準備をしている。宮内庁関係者への取材でわかった。実現すれば愛子さまが単独で海外に滞在するのは初めてとなる。
 学習院側が提供するプログラムで、愛子さまは夏休み期間の7月下旬から8月上旬にかけての約3週間、英国に滞在する方向で調整を進めているという。現地では同級生らと寮生活を送り、英国の名門、イートン校が提供する語学研修や文化体験学習に参加するという。
 愛子さまは4歳だった2006年、皇太子ご夫妻に伴われてオランダで静養したことがあるが、単独で海外を訪問したことはない。愛子さまは近年、外国賓客が東宮御所を訪れた際に、英語で懇談に加わることも増えてきている。」(中田絢子)


上記、あちらこちらに類似の記事が出ています。

私はつくづく不思議です。

現在、二年生として在籍している高校にも、まともに通っていない。

人との会話が成り立たない。

自分でハナをかんだティシュ・ペーパーや立ち食いしたお菓子の包み紙などを、傍にいる人の手に「これ」「ゴミ」と渡してしまう。

数か月の間に「激やせ」したり、今のように立派な肉付きに変化したりしてしまう。

出て来る時、場所により、身長、歯並び、指の拘縮の有無から頭頂部の髪の生え方、側頭部の長さ耳介の形、位置、視線の強さも光もまったく違うエトセテラ、一人の人間の身に起こりうる変化とは受け入れがたい変化が「ふつうに」起こり、膨大な(と言っていい)画像が出現する・・・のに、

長い間それは放置されたまま「愛子さまはご優秀」と通されて来た。

出されて来ていた「作文」は代作臭がふんぷん。。チェロを弾いたとかの写真の指は、弦をおさえることも可能でない指、その指を私は、ここで、嗤ってはおりません。

・・・かつて毎日のように、驚き、嘆き、書きつづった「愛子さんのこと」でしたが、・・・何もどうにもならず、今日まで来たのですね。

いっしょけんめい、教えられたように、求められるように、お辞儀をしたりはにかんだりしていた愛子さんも、かつておられました。ぎごちなくても愛子さん、だった。そんな画像、動画が隠されていなかった時期もありました。

皇太子が、遅く授かった一人娘さんを、嬉しそうに背負ったり、お母さんより慣れた風に抱っこしたり。そんな写真もありました。まるまる「お父さんの顔」で皇太子は、笑っていた。

雅子さんは、いつの時もあいまいな笑みを受かべながら、自発的に笑わない幼い愛子さんの、手のひらのツボを・・・笑いなさい、笑え、と、ぐうっと押して場をつくろっている場面も多々ありました。愛子さんはそして、笑った顔になっていた。。

雅子さんは、人の目が気になって仕方なくて、愛子さんの後ろに回した手で、つねったり押したりもしていました。その時点の雅子さんなりの必死さだったのでしょう。そうだとは、思います。愛子さんが、生まれたままの愛子さんで「いけなかった」のは、皇太子や雅子さんだけの都合ではなかったのです。あの二人に重い企みのできたわけもないのですし。

明らかに「愛子さん」でない愛子とやらを、一人ならず複数人、時に応じて連れ回して、本物より愛想よくできる愛子某と、顔を見合わせて雅子は、笑顔を作ったり、していました。何年か前の京都駅で、やたら愛想のいいスリムな「愛子さん」を伴った東宮の三人組が、手をひらひらと振りながら練り歩く様子を目撃して私は、帰途、食べたかった店のラーメンなのに、おなかに収めることならずもどしてしまい、帰ってから、異様な冷や汗にまみれて発熱さえして確信した。

白昼、多くの人々の見ている前で憚らない、皇室に巣くう魑魅魍魎の、その姿を、見てしまったのだと。アタったんだ、と。


髪が多くて突っ立っていた、その月例には濃すぎるミルクを飲ませられて(母親は無知でも専門の係が三人もいたにも関わらず)、ほっぺたがぷっくぷくに膨らんでしまっていた、しかしやはり赤ちゃんの可愛らしさで、にこにこ笑っていた、あの「愛子内親王」は、どこへ行ってしまわれたか。お母さんにからだを寄せない赤ちゃんではいらした愛子さん。雅子さんに、ぺったりとくっつかない赤ちゃんだったのです、愛子さん。

最近の、上半身を何かで固められたようながっちりした体格の「愛子さん」が、本当の愛子さん?。

今ではよくわかりません。わからなくなってしまっています。複数の愛子さんを使い回したのはそれが狙いだったのかも知れず、私は、かく乱されてしまったのかも。

で。

どなたが、英国の、イートンの、サマースクールへ行かれると?。

何をしに?

通常でも8人も10人もSPのついた娘さんが、3週間行くのに、「お一人で」ですと?。

寮生活をされるとあるが。

どうやって?。

私は、日常的な挨拶もできかねる日本の内親王さんが、その実態を隠したままで内親王ですよ、とばかりに、外国へ行くのは、やめていただきたいのです。

本当の愛子さんが、本当の姿のままで行かれるなら、このようなことは申しません。わが国の内親王さんです、よろしくお願い申し上げます、の気持ちでいると思います。サマースクールの、他の皆さまと同じようになさることができなくても、ともかく皇室の方らしく(ここが重大問題です‥無理か。無理や・・祖母さんもおっかさんも「ああ」なのですし・・)過ごして来られるなら、などと、つい、無理やりなことを願ってしまいそうになり・・・

東宮家にお生まれになられた愛子さま、いま、どこにおいででいらっしゃいますか。

夏休みに短期留学をするという「愛子さん」は、どの愛子さんですか。

何しに行きますか。あちらで、チェンジの仕上げがなされるのですか。どうしてもナルヒト氏の跡をつなぐのは氏のムスメ、の計画の遂行のためですか。

恐ろしいことを企みますね。まさかそこまで、の、まさか、を、実現させるつもりなのですね。

犯罪です、これ。

最低限、出発から帰国に至るまで、公人である内親王さんの英国での動きの細かい報告を、なさっていただきたい。望んでも無理なことですね、きっと。内廷、宮内庁、メディア、みんな揃っての、狂気の皇室毀損計画、仕上げにかかりますか。

・・・脅されたり嫌がらせを受けたりした、怖い思いもした、

アタマおかしいのかと言われた、そんなことで、皇室に関する記事を書かなくなったのではない気がします、私。

気持ちが失せた、萎えた、嫌気がさした、マックスになった。

皇后と呼ばれる老婦人の、撒き散らされる話題や画像のすべて、100パーセント、おぞましさの極み。海外の貴賓、要人に対する不遜、無礼の態度を、誰も何もしようとしない現状。

肘をつかむな!!!。など、怒鳴りつけたくなってしまう、あの不躾な姿を見ると。

皇太子のかつらを、私は笑わない。かぶりたいなら仕方が無い。かぶるならもっと、見ている方が情けなくならない程度にはまともな物を、装着していただきたい。かつらのことなど大した問題ではない、皇太子は祭祀を行えない身。だけど、どうしても天皇になるのだそうだ。

雅子さんの・・・宝冠であるはずのティアラがブリキだけど・・・実家の父親の去就が不明だけど・・・御所には住んではいないですよね・・・ヤフオク事件は無視して通すのかな・・・御帳台にじっとしていられると思ってるのかな・・・何もかも変ですよまさこさん・・・皇后になるの、こわくないなんて、それがおかしいと・・・いやいや。もしかして一番たいせつなこと、と、国民の皆さんが何となく信じていた、天皇家の祭祀。

祭祀は、できるようになさればよろしいのよと、じあいの皇后が、次代のまさこさんに、おっしゃったという。わかりやすい終焉です。

税金つかわないで下さい。力なくつぶやいたり・・

皇室は、神道の頂点の家だと考えていた自分は、もう、おりません。いなくなってしまいました。


愛子さんの短期の留学ですって。皇室の内親王と呼ばれる方々を、留学させて、何になる。昨今、そんなことを、ごく普通に感じています。

皇室は、よその国の王室とは、根本から違うもの。同じに考えるものではなく。

佳子さんも、もうすぐお帰りになるとのこと。舞台芸術を学んで帰国されて、お気の毒に、余分なフラストレーションをお感じにならなければいいですね。内親王さんが、どこかで生かせる勉強なのかどうか。

三笠宮家の承子さんが、イギリス留学で学ばれたのは「犯罪心理学」。留学先には「自由」があった。

愛子さんは、何を吸収して来られるのでしょうか。



最後に、中田絢子さん。朝日新聞の中田絢子。

同じような内容が流れた中、中田絢子の以下の部分。

》愛子さまは近年、外国賓客が東宮御所を訪れた際に、英語で懇談に加わることも増えてきている。」(中田絢子)

もう、恥ずかしくないのか、なんぞとは問わない。恥ずかしかったら書かないだろう、いや、書くか。書いています、実際。

>英語で懇談に加わることも増えてきている<

そのような画像は、示されておりません。そんな事実は無いのだから。いや、事実は「ある」かどうか、見ていないから断言は避けます。

愛子さんの画像は、両親と一緒に、手を振っているものがおおかたを占める。そればっかりと言っていい。プロの静養家と呼ばれる一家の、一員らしい姿。あれが「愛子さん」とするなら。

母親の雅子さんが、写真に写る場面にしか出てこないのに。中抜け専門であるのに。人を相手のまともな会話が不可能なので、そういうことなっているのだそうですが。

英語はもちろんロシア語も堪能、との触れ込みで入内した雅子さんは、日本語が苦手。わるくちではない、隠されているがそれが真実。

愛子さんが近年、外国賓客が東宮御所を訪れた際に、英語で懇談に加わることも増えてきている。」(中田絢子)

これが本当なら、鬼のくびとったように、その「画」は拡散されて来たはず。ご優秀伝説にハクがついたはず。でもそれは、無い。

本当なら、どんなにいいだろう。愛子さんが、生き生きとそんな姿を見せてくれるなら、やはり私は、喜ばしく感じると思う。

本当の愛子さんが、そうであったなら。

そうでなくていい、親や祖父母に隠されて「いないことにされている娘さん」の扱いを、受けていないのなら。

中田絢子。書かれた一行が、すべて(の嘘)を、語っています。







  1. ゆれ・ふら・とーく
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あのビール

いろんな方といろんなところで、主に昼食を共にしている。仕事の延長のこともあり、私的なお付き合いの場合もある。

さいきん行ってよかったのは、神戸の居留地のオリエンタルホテルと、最寄りの駅の近くの居酒屋のランチ・タイムだった。

オリエンタルホテルには予約なしで行って、メイン・ダイニングは無理だが、予約フリーの方なら、と受けてくれて、実際、狭かったが、友人と二人、席に就けた。この友人はものすごい方向音痴で、私は、自分よりすごい方向音痴が存在するなどと、、何度会っても理解できず。その日は、スマホで探しておいてくれたグリルに、なんとか二人たどり着いたものの、あまりに思うところと「違う」ということで、中へ入らず逃げたのだった。予約はまだだったので、ご迷惑はかけておりません、念のため。

友人いわく、その店は口コミというものが「よかった」そうなのだが、友人、尚いわく、自分で書いている口コミもあるのよ、と。へえ、知りませんでした。ブログにもそれは、当てはまるらしい。ふええ。

そのオリエンタル・ホテルは、日本最古のホテル、なのだそうだ。もう一つの方は港のそばにあり、長女がそこで、結婚時のすてきな写真を撮っていた。正確には、撮ってもらった。

タイのオリエンタルは、世界一の、との評価なそうで(今もそうなのか?)随分むかしに、品数豊富のランチを何度か食べた。白人のウェイターが、とても丁寧な態度だった。待たせていた現地人の運転手のことは、目に入らない態度だった。ヒトと思っていないのね。私は日本生まれ、日本育ちのふつうの日本人なので、だからなのか、あちらでは普通のそういうことが、身に添わない。あまりにも落差のある態度の前では、居心地が悪いのです。ついに馴染めないうちに、東南アジアの国々へ旅する日々は、終わってしまった。

この友人とは、ずいぶん以前から神戸のお洒落なホテルやレストランあちこち、フラフラと歴訪して来た仲。お互いここのホテルは初めて。道路からの眺めさすが重厚、一歩足を踏み入れれば好みのほの暗さで、スタッフのどの一人も躾がいい感じ(わたしに躾のことなど言えない自覚はあるので、さらりと書いておく)、ごく普通のランチのメニューの一つを頼んだ。

ふかふかのパンが最初に出て来て、溶かしバターたっぷり、私は、日ごろ控えているが、美味しいバターが大好き、嬉しくてムフフと、いただきました。前菜ちょっぴりでも綺麗、サラダの生ハムが美味しかった。パスタは二種類とって、分け分けしていただいた。たぶん私の方が沢山、食べた。

デザート、コーヒーと出て、二千円に満たないお支払。どこで食べようか、迷った時には、ホテルはいいと改めて思った。

水をサーブされるグラスが、濃紺の足付きのもので。このデザインは、舅が誘われて乗ったタイの合弁企業・・いっときは800人ほどの人が吹きガラスで大量のガラス製品をつくっていた頃の、もの。・・と、酷似している。よく見かけはする。あちらの経営陣は華僑で、もの知らずのお人よしの日本人などうまいことやられてしまった(こちら側からの印象です)、あの頃の。夫がずっと、タイに張り付いて技術提供していた頃の・・・今は知らない、おそらく今は、ベトナムあたりで作っているか・・100円ショップで同じようなものが売られるようになって、いろんな齟齬があらわれて、なんとか出資金引き揚げて撤退したのだった・・・などと、思いを投げてしまう、グラスなのであった。違うかもしれない。ここでこれを言うのは筋違いだが、大きな時代の渦がそうさせたのでもあっただろうが、本物のガラス吹き職人さんの生きる場所が、どんどん、無くなっていった時代を、見た。

二階建ての倉庫いっぱいに溢れていた、素晴らしい吹きガラス製品の山を、埃まみれになって探させてくれたUのおっちゃん。もう今は、亡くなっているのだろうな。

話がどんどん流れてとめどの無い、KUONのへたれブログ。

海鮮丼、味噌汁付きで580円。上海鮮丼が980円。生きのいいネタが山盛り。美味しいもの大好きで、よく知っている食いしん坊の若い友人と一緒に行って、「ワタシここへ通いますわ!」と言わしめた、身近にある居酒屋の昼営業のごっそう。

なにせお刺身が絶品、あんどチープ。絶対イケる、喜んでくれはる、と、お誘いしたのが大外れ、その人は、ゆっくりとお酒を飲みたい方向のお方。ザワザワの居酒屋はお気に召さなんだ、なんてことも、ありまして。

私は下戸。酒のことはわからん、どっちでもいい人種なのだ、と、改めて思ったり。

なんだかわけがわからない記事になった感じ。でも、飲めるといいだろうな、楽しいだろうな、と、感じることもあります。

熊本へ人を訪ねていった時、円卓を囲んで食べた時に、グラス半分ほどもらって、のんでみたビール。エビスの、黒ビール、なるものだったと記憶する。小さな黒っぽい瓶だった?。

美味しかった。あれ。。探したりもしたが、再会できないでいる。本気で探せばあるのでせうか。

もう一度、あのビール、飲んでみたいなどと、思うなり。





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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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KUONの久遠

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     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・