KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

べちゃべちゃしてる。

公人中の公人である身の結婚を「本人の意思に任せる」とか、きいた風なことを仰った親御さん、世の中の裏も仕組みもご存じないまま「意志を尊重」されて来たお嬢さん。

いけなくはなかった、それで、多分。相手が悪すぎた。・・・悪いのは相手、小室某、そういうことになるのですよね。でしょ?。いまさら言うか。見ればわかるのではないか、あの男、母親。

わからなかった、わかりたくなかったのか。相手に会った時に、ピアノがどうとか? 非常にまじめな青年に見えた? 世界が違い過ぎて見えなかった、そういうことはあるかも。

…のぼせ上っている娘を、信じてやりたかった、認めてやりたかった、受け入れれば何とかなる?、なんとかしてやれる? 親というものは辛いものです。

自宅の隣に大きな「倉庫」を継ぎ建てて。どんなでかい倉庫なんだ。400坪の倉庫? 娘婿に甲斐性が無くても何とかしてやれる、だったか?。

周囲の大人は公も私も〇カばっかりで、無責任で、結果、止められることなく突っ走った若い女性が、軽挙妄動の責任を負うことになった。世の大人にはまともに読んじゃいられない甘ったるいコメント、出しておられます。さらし者になってしまわれた。この言いようはもしや失礼ながら、この愚かさがお可哀想。庇ってくれる一人も無いのか、内親王殿下。

今の思い。

結婚が、何らかの理由、事情で結婚は延びた。そうらしい。その二年をどうやって潰すのだろう。眞子さんの方は、皇室の行事だ公務だ何やらへの列席だ、心ここにあらずでとにかくつとめる?。

小室某の方は、それまで、どうやって生き延びるのか。母親はパート先を辞めたと聞きます。ふつうの人間の普通の生活ならば、持ちこたえられそうな収入状況らしいです。同居の祖父の年金やら、母親の持ち分のお金(なんのこっちゃ)、何といっても息子さんは社会人、給料をもらえるひと、カノジョはテハニーなど欲しがらない相手、自分におりる年間数百万円の税金がある。領収書の要らないおかね。・・暮らせそうです、でも、借金を返せるかはわかりません。

お金があっても、返そうの意志が無ければ借金は返せません。借金返済って、生き方の問題なんです。
勤め人は家の車のローンを支払い、学生さん方は奨学金を返している。贈与を受けたらきっちり(かどうかは場合によることも)税金を取られます。

息子の学費にお金を借りて、その相手に不義理をして省みない女に、この先、どこの誰どんないいことをしてくれるのか。

その日、その月暮らしは可能でも、息子さん、うまいことやることができて、できて、です。婚約とかまでしちゃった。

内親王さんを迎え入れるのだし、やはりフツーではなく大変そう。今年、結納をして(納采などとは呼びません私は)結婚式までなんとかなだれ込めば、何かは、何とかなったかも知れない。とはいえ。

もう、母親が誰かと付き合って、オカネを贈与されるメは無い。無理。息子の職場も、いつまで置いてくれるかわからない。その裏にいろんな力が働いても、みんな、いまは、じいいいっと、見ています。

パラリーガルの小室某が、SP連れて歩いてタクシーで出勤していると、みんな、知ってしまって。平気なのがスゴいわ、とか、思う人は思ってる。

二年経ったら人言のウルサイ借金問題のカタがつき、結納の品も揃えて使者を千代田のへ向かわせ、ていこくホテルでの披露宴の新郎分の支払いが可能になると・・・いいえ、問題は、そんなところにはありません。


私は、この結婚は成らないと考えています。

もう少し書きます。

一連の『週刊女性』による報道と今回の事態の関連を否定したが、ある宮内庁関係者はこう打ち明ける。

「昨年12月に『週刊女性』が小室さんの母親の借金トラブルを報じて以降、眞子さまは宮邸の自室に閉じこもりがちになられたそうです。

 小室さんが母親の問題について“知らなかった”と、眞子さまに詳しく説明していなかったことにかなりショックを受けられたとのことです」

 昨年の『週刊女性』12月26日号は、小室さんの母・佳代さんが、婚約していた男性から400万以上の返却を求められているという“借金トラブル”を報道。

 母親個人の借金なら小室さんとは関係ない話だが、そのお金が小室さんの留学費用などに使われ、小室さん自らが男性に「贈与」なので返す意思がない旨を述べている内容だったーー。

「眞子さまは食欲もなくなってしまわれたようで、妹の佳子さまは英国に留学中で相談相手もいない状態。

 結婚の裁可をされた天皇陛下や美智子さま、見守ってくださった秋篠宮ご夫妻にも申し訳が立たず、かなり憔悴されていたようです」(同・関係者)

 1月2日の新年一般参賀では、眞子さまに祝福の声が多く挙がったが、表情が固かったのは、そんな事情があったからかもしれない。

 『週刊女性』2月6日号では、佳代さんが男性との交際期間中に、彫金師の男性とも付き合いがあったことも報じた。

「お仕事優先とのことだったようですが、眞子さまは大切な宮中祭祀と過去に出席された恒例の行事にお出ましにならなかったので、いかがされたのかとは思っていました」

 と明かすのは宮内庁担当記者。

 眞子さまは、1月30日に皇居で行われた「孝明天皇例祭の儀」と3日後の「関東東海花の展覧会」に参加されず、心配する声も挙がっていたところだった。

《当初の予定を大きく前倒しして婚約が内定した旨を発表することにいたしました》

《色々なことを急ぎ過ぎていいたのだと思います》

 今回の件で、宮内庁を通じて発表された文書で、結婚を急ぎすぎてしまったことを率直に述べられた眞子さま。

 新天皇が即位された後の2020年のご結婚に向けて、おふたりはどのように話し合いをされていくつもりなのだろうか。

次の記事によると、

「借金トラブルについての記事が出て間もないころ、圭さんは、秋篠宮さまに“この件はまったく知らなかった。直接、説明したい”と申し出た。

 しかし、秋篠宮さまは申し出に対して“結構です”と、はっきり断られたんです。その際の秋篠宮さまは、圭さんのことを信用しているから断ったというご様子では、なかったそうです」(宮内庁関係者)


殿下は、もっと以前にされるべきだった、と、私は考えます。調べて、知っておかれるべきだった。

騒動がおさまらない中、事態を重く見た宮内庁も、ついに重い腰を上げていた─。

「圭さんが秋篠宮さまに“弁明”を申し出た前後に、宮内庁が圭さんを極秘に呼び出していたのです。

 その際は、金銭問題に関する詳しい説明を圭さんに求めたと思われます。

大人の対応を。

傷つけないために、取るべきだったと。それがなされなかった意味を、私は知りたい・・・いや、別に、いいのですけど。

二年待って、結婚しますか? できますか? どうやって納めますか、宮内庁。

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 秋篠宮家の長女眞子さまが宮内庁を通じて公表したコメントは次の通り。
    
 私たちは、今まで結婚に関わる様々な行事や結婚後の生活にむけて、二人で話し合い、それぞれの親や関係する方々と相談しながら準備を進めてまいりました。しかし、その過程で、現在予定している秋の結婚までに行う諸行事や結婚後の生活について、充分な準備を行う時間的余裕がないことを認識するようになりました。

 これまでのことを振り返ってみたいと思います。昨年5月、予期せぬ時期に婚約報道がなされました。このことに私たちは困惑いたしましたが、結婚の意思を固めていたことから、曖昧な状態を長引かせない方がよいとの判断をし、当初の予定を大きく前倒しして婚約が内定した旨を発表することにいたしました。婚約の内定発表に際しては、多くの方々がお祝いのお気持ちを寄せてくださったことを大変有り難く思っております。その後、昨年11月には、それ以降の諸行事の予定を立て、発表いたしました。

 しかし、色々なことを急ぎ過ぎていたのだと思います。ここで一度、この速度が自分たちに本当に合っているのかを慎重に考えるべきでしたが、婚約の内定発表に関しても、それ以降の事柄に関しても、私たちはそのまま前に進むという選択をしてまいりました。

 今、私たちは、結婚という人生の節目をより良い形で迎えたいと考えております。そして、そのために二人で結婚についてより深く具体的に考えるとともに、結婚までの、そして結婚後の準備に充分な時間をかけて、できるところまで深めて行きたいと思っております。本来であれば婚約内定の発表をするまでにその次元に到達していることが望ましかったとは思いますが、それが叶(かな)わなかったのは私たちの未熟さゆえであると反省するばかりです。

 これらのことを踏まえ、それぞれの親や関係の皆様と相談を重ねた結果、この度、今後の私たちの結婚とそれに関わる諸行事を、これから執り行われる皇室にとって重要な一連のお儀式が滞りなく終了した後の再来年に延期し、充分な時間をとって必要な準備を行うのが適切であるとの判断に至りました。

 一度決めた予定を大幅に変更することは、私たちの結婚に快く協力してくださっている方々に多大なご迷惑とさらなるご負担をおかけすることとなり、大変申し訳なく思っております。

 私は、結婚に関わる諸行事を延期したい旨、天皇皇后両陛下にご報告申し上げました。両陛下は、私たち二人の気持ちを尊重してくださいました。

 私たちは、この度の延期を、新たな生活を始めるための時間を作る良い機会と考え、その時間を大切に、結婚までの期間を過ごしてまいりたいと思います。

ここまで来たから、感想を述べさせていただきます。

「私たち」の言葉の使い方が耳障り。私と小室さん、小室さんとわたくし、と、仰れなかったか。

>私たちの結婚に快く協力してくださっている方々に多大なご迷惑とさらなるご負担をおかけすることとなり、大変申し訳なく思っております。

「快く協力」できない人たちもいて、その方々に苦い思いをさせてとは、想っても書けないでいられるのか.

言い出すとキリが無い、意地悪ばあさんにさせられてしまいそう。

私もこの国の民の一人。内親王殿下のお幸せを(ふつうに)願い、時には案じ、するものでございます。ふつうに、皇室の慶事をお慶び申し上げたい、そうさせていただきたい。

べっちゃべちゃと「私たち」なんてぇ言葉で、どこかのせき止められた恋人たちの悲劇っぽいロマンスの内幕を、聞かされたいとは望みませんのです。

そして・・・あ、やめた。

やっぱり書く。

ファーストネームで呼び合ってるとか、それが「微笑まし」く思えるカップルなら、よかったな。

まこしー、とか? けーくん、とか? 勝手になさればいい、わたしは、よその、自分に何の関係もないようなアホップルのどやこや話なんか、聞かされたくない、興味も無い。こんな風に感じているんです。


春は、来る。

春は来る・・・やろ。

節分の日に、ネットで探して越そうと思った部屋を見に行った。気にいった。

古希を迎える年だがまだ当分仕事をさせてもらいたいと言う夫と二人で、工場の近くへ住まいを移す。高速道路で片道一時間前後。自分の運転ではなくても、朝夕の行き帰りが、脳こうそくを起こした身に「きつい」と言う。それはそうだと思う。

身の周りの処分をこの際、大々的に行う。服も本も大幅に減らす、「婚礼セット」のほとんどはもう使っていない。無理を言っておまけに買ってもらった北海道の民芸家具の整理タンスだけ、マンションへ持って行く。

電話もデスクもテレビも置いて行く。今の家は娘家族が住み続けるのだから、食器や家電類も持ち出さない。いまこれを打っているパソコンは、孫娘が使うとか。

夫と私、和室を使って来たが、爺ちゃんのカラダの都合での引っ越しを告げるとすぐに、娘婿が「おれが下へ来てここ使おうかな」と言った、で、完璧に出てしまうことに、決めた。不要な荷物はすべて処分して。婿さん、二階のいちばん狭い部屋で、文句も言わず暮らしていてくれたのだ。

今月中に移れると思う。

10階に住む。窓から海が見える。

海の見えるところに住むのは、昔むかしからの夢、憧れだった。叶うとは思っていなかった。なんとなくだが、奈良の今の家に、ずっと住んでいるのだろうと感じていた。この家は気に入っていたのだし。去年、たくさん、チューリップの球根も植えた・・・。

夫は、基本的に、アタマだけ無事なら仕事は続けられる。体は、ゆっくりだが充分機敏に自力で動いていられる。工場の中二階にある実験室にも、日に何度も上り下りしている。仕事を絶対に停められない夫の気持ちが、発作直後のリハビリになっていたのだと、勝手に解釈している。医師もそう認めてくれている。

ゆっくりこのまま動いていてくれていればいい、それを願う。

結婚後は私は「家」のことあれこれ「嫁」の立場で大わらわで、夫の方をきちんと見ていなかった。子どもを二人授かって、母親どっぷりでいた。子どもが成人したら孫育てが始まった。夫は、娘を二人とも、それなりの時期に出して(夫さんに頼んで)、と考えていたのだったが、思うように行くことばかりではない。

ああもううもない状態で孫を保育園へ送り迎えする役割りの日々が始まった。

夫と私の五十代は会社のこと親のこと疾風怒濤の期間だった、何もかも失ってすっからかんになった。

身内からさんざんな目に遭い(他人の方が優しいと思い知った・笑)、どうしようもなかったが「親戚付き合い」の重圧からかなり解放され(会社倒産、借金まみれになったことの僥倖)たのは、よかったこと。

仕事も日常も大変だった。大変な中で、自分の仕事を丁寧に考える夫の理解者、大きな救いの手を、いただけたのだった。

娘二人は、結果的に「その家の子ども」として巻き込まれてエラい目に遭い、苦しい思いもさせたが、気持ちがまったくぐれずにいてくれたのは幸いだった。

いま、孫息子は高校生になり、自分のしたいことがはっきり見えているようで、ずっと祖母ちゃんっ子だったが、別れて暮らすことになったのをきちんと受け止めてくれた、だからもう、いい。

孫娘に「ここにいなくなる」と伝えたら、一瞬目がうるんでうつむいた、が、大丈夫だと感じられることを口に出してくれて、この子も、もう、いい。

会おうとすればなんぼでも会える。泊まりに来るならお布団用意しておくと約束した、奈良から電車一本で行ける町への転居だ。甘いばかりの祖母ちゃんは、ほぼ引退で、それで、いい。

私の仕事もまだまだ続く。するべきことは真摯に続けて行こうと思う。

夫の食べるものに心を配り、孫どもの食べ物も、できる範囲で作って持たせてやろうと思う。娘も、夫と同じ場所で週に何日か働いている、終業後は父親を、住まいまで送ってくれるだろう、その時に渡してやりたい。あと二年くらいは、それをしてやりたい。

毎日ではない。祖母ちゃんの未練、執着だとは思うが。それでいい。

海の見えるところで、海を見て暮らす。夢のようだ。本当に、夢のよう。

いっしょけんめい作ったへそくりを使います。

自分の時間はたっぷりと取れるだろう。自分自身の仕上げと思えることを、ゆっくりと、して行きたい。

姑のこともちゃんとできる。これは最後まで、させてもらう。

郵便局も病院も近くにある。介護付きのホームまで近くにある。

胸が、静かに、わくわくしています。

立春の朝、定まったこと。

・・・春は、来る。





皇族の「自由」。

テレビはどこも、いっさい触れませんが・・・触れたいお方もおいででしょうに・・・週刊誌あれこれは、堰を切ったように書いています。今朝発売の週刊新潮、文春二誌も「美智子皇后」の「雅子妃」諦念(新潮)やら「秋篠宮家・紀子さまと眞子さまの正念場」(文春)やら。この二誌は、珍妙な「敬語」文が少ないだけ、読みやすくはある。美智子さん雅子さんへの、無茶な持ち上げ「敬語」のことです。

女性誌も、ウチも続け、なのか「自身」誌、「セブン」誌、そりゃ、遅れをとってはならない、なのでしょう、書いています。皇室記事、百花繚乱(とは違う気が・・・)。

今朝発売の分はまだ無理ですが、ネットでも読めるものは、以下にコピーさせていただきました。

アホらしい話としては、いっときのお慰みにもなるかと。

私の、長い間の気持ち、書かせてもらいたくなりました。書きます。

「「自由」って。なんだ?。」タイトルはこう、ですか(笑)。

ご長女のレンアイ、ケッコンに際して秋篠宮殿下は、娘さんの気持ちに任せ、その意志を尊重なさり、親の方から口出ししない、というご方針だったそうです。

最新の宮内庁長官の発言も、そのようで。

「ご結婚ということについては、基本的には(眞子さまと小室圭さんの)2人の問題ですし、ご両家の問題です。私どものほうからとやかく申し上げることは何もございません」

ああそうですか。そんな話を、国のひとびとに「解れ」「理解しろ」「押しいただけ」「下がりおろう、皇族様にたてつくでない」と、しゃあしゃあと(かどうか長官の胸のうちまでは測りかねます)と、口から出される。

眞子さんと小室某との結婚が、二人の問題、両家の問題だ、と。国のひとびとの一人である私には理解不能、アホらし感の制御不能。聞けません、そんな話。

皇族の役割ってなんだ。とにかくこうは言えると思う。

人びとに不安を与えないこと。安心して見ていられること。

もしかして違うのか? 。天皇の在りようが変化して・・・天皇のなされることは、祈り。

国民のために国家のために世界の平和のために、祈られること。そうだったと記憶します。でもまあ、それはそうでなくなっていて。

ここで話の方向を変えてみます。

以前から「何を言ってるんだ、アホと違うか」

と、ずうううっと、感じていたこと。

三笠宮寬仁殿下が、ご自分の娘さん二人に、口癖に仰っていたという言葉。

「いい女になれ」

「自由に生きろ」


詳しく書くと長くなる、上の赤い文字の寬仁・語録に、言い知れぬ違和感と反発を感じていたのでした。

「いい女になれ」これには、他人であるミジンコKUONが何を言うことも無い。お嬢ちゃん方は、お父さま大好きでお育ちになり、お父さまの遺品のシャツをまとい、帽子をかぶって人前にお出になる。

次女さんは長女さんよりは人前に出ること少ないが、講演などの「公務」はそれなりに「こなされて」いて、

「父が、父の、父でしたら、たとえば父と、ですね」

など、父の話が圧倒的に多いのでして。聴衆は喜ぶから。喜ぶとされているから。まず、父の思い出話では、ご自分が一番うれしそうであり、ウけておられる。周囲もウケてあげないとね。瑶子さんは「皇室の方」です、どんな話であろうが誰もな~んにも、言いません。気さくな方で、とか言いそやして、世は常にことも無し。気取っていないのがカッコいい、とは、父親からの直伝。

お姉さんの彬子さんも同じ。父の娘である自分が大好き、誇り、よすが。

仕方がない、可愛がられて大事にされて育って。誰も何の文句も言いようが無いです。文句言うほど関心も無い・・とか言うたら、イヤミが過ぎますか。いえ、カップめんだって召し上がる、気さくで「皇族らしい、あるいはらしくない、お方ですよ。

・・・自由に生きろ、と。寬仁殿下は何もわかっちゃいないヒトだったんだな、と思っています、長い間。

独身で女王さんでいる限り、どこでも父の話をして。京都にいる時は「お姫さん来てくれはって」と周囲にヨロコばれると、ご自分の口から「お姫さん」と仰っても、通る。行ける。

結婚される時は「降嫁」となる。降嫁されて、お幸せにお暮らしになれば、何よりのことでした。本心からそう思います。

・・・ムズカシイだろうなあ、と、申し訳ないが、思います。

女王さんでいる間は、一人一人に「女王さん料」と言えば下品になりますか、おカネが支給され続ける。

家賃や光熱費には関係無い。まるまる自分で使えるお金です。法律で保障されているお金、ひとり年間数百万円。

・・・と、まあ、これは、三笠宮家の。皇族の真ん中の一員でなくても、名家であり経済的な不安はあおりにならないお家の、娘さんがたの話。ご親戚ともお付き合いがあり、おば様方ともつながりがあって、のお家の話。余談でしたが。


内親王さんの恋愛や結婚は、じっさい、自由なものなのでしょうか。ご自分の意志のみに添うものなのでしょうか。

無責任です。無責任。そう私は断じたい。周囲が無責任。

これは、ここに挙げていないあるところで読んだだけの話ですが。

川嶋家の・・・紀子さまのご実家の・・・お父上が、眞子さんの住まいや結婚披露宴の費用を、出されるとか。なんだか乗り気である、とか。

紀子さまが、眞子さまを守るためにそれを、親御さんに頼まれた、とか。


それもおかしな話だと私は考えました。川嶋氏は、げんざい年金受給者でいられる元・大学教授でいらして。その職業って、失礼ながら、世間知らずの代名詞のようなもの。同和問題に精通しておられる元・教授は、孫娘の相手を、あの男を(あえてこう言う)、お認めになられての話?

その真偽はわからないながら。

とにかく。

内親王として来られた方が、どんな結婚をされても自由。

そんな自由は、どこにも、どの世界にもありません。

受け入れられません。

どうしても結婚なさるのなら、法律なんかここでは無縁のもの、こうなったら無縁、内親王でなくなって、身の周りの私物のみをお持ちになって、あの男のところへ走られる以外にありません。

あの男も母親も、そんな純真無垢のお方を、受け入れてくるかどうかは、これも分からないことですが。

無責任。甘すぎる、ふざけるな、と言いたい。自由の裏には、対極として大きな大きなものがあるのです。



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小室さん母の“借金トラブル”で秋篠宮家「大揺れの家族会議」

2/1(木) 6:06配信

女性自身

1月25日、宮内庁で行われた長官会見は、2週間に1度の恒例のものであるにもかかわらず、緊迫感に包まれていたという。まず、ある宮内庁担当記者が質問を投げかけた。

――複数の週刊誌が今日、眞子さまの婚約者・小室圭さんのお母さんの金銭トラブルについて報じています。この件について、長官はどうお考えですか?

これに対して、山本信一郎宮内庁長官は、冷静な様子でこう答えた。

「ご結婚ということについては、基本的には(眞子さまと小室圭さんの)2人の問題ですし、ご両家の問題です。私どものほうからとやかく申し上げることは何もございません」

さらに別の記者が再び質問。

――小室さんのお母さんの記事について、長官が両陛下に説明をされる予定もないのでしょうか?

「……やはりご結婚は、お二人の合意によってなされるのが基本だと思いますね」

この会見が行われた当日は、『週刊文春』と『週刊新潮』が小室家の借金トラブルについて、大々的な扱いで同時に報じ、話題を集めていた。

「昨年12月にまず『週刊女性』が報じていますが、記事の内容は小室さんの母・佳代さんが、元婚約者の男性から約440万円の援助を受けていたというものです。婚約解消後に返還を求めたところ、佳代さんは取り合わなかったといいます。眞子さまと小室さんの『納采の儀』は3月4日に迫っています。宮内庁担当記者たちは、一般の結納にあたるこの儀式を前に“婚約破棄”の可能性もあるのではと、長官に質問を繰り返したのです」(皇室ジャーナリスト)

借金トラブル報道の波紋が及んでいるのは、宮内庁内ばかりではない。宮内庁関係者が嘆息する。

実は天皇皇后両陛下は、週刊誌に掲載された皇室記事は、ほとんどチェックされています 。そしてときには、宮内庁長官に、記事の内容について説明を求められるのです。25日の会見で『説明をされる予定は?』という記者の質問に対し、長官が否定しなかったのは、すでに両陛下が説明を求められているからだと思われます。両陛下にまでご心配をかけてしまったことで、いちばん苦慮されているのは、秋篠宮ご夫妻でしょう……」

皇族の嫁ぎ先に、こうしたスキャンダルが報じられるなど前代未聞のことだ。

「秋篠宮さまと紀子さまは、眞子さまの意志を再度確認されるために、話し合いの機会をもうけられたそうです。いわゆる家族会議ですね。 しかし眞子さまは、小室さんとのご結婚については、お気持ちは変わっていらっしゃらなかったと伺っています」 (前出・宮内庁関係者)

そして1月4日、眞子さまは小室さんにお会いになるために外出されたという。

「以前なら紀子さまも微笑ましく思われていた婚約者同士のデートでしょうが、眞子さまの背中をお見送りになるご胸中も、かなり複雑なものでいらしたでしょう……」

その後も続く小室家関連報道に、宮内庁職員の間では、“ご結婚そのものを見直すべきでは”という声も高まっているという。だが、

「たとえば小室圭さん本人の借金トラブルや女性問題などならともかく、圭さんのお母さんの問題ですから、破談の理由にはなりえません」

眞子さまと小室さんの『納采の儀』まで、あと1カ月半。この騒動は沈静化するのか、それとも……。

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2/1(木) 7:00配信

NEWS ポストセブン

〇眞子さま婚約者小室圭さん巡る「祖父と父の遺産と母の恋人」

 日本人のブラジル移住110周年の今年7月、眞子さまが同地を訪問されることが1月30日に明らかになった。7月といえば、小室圭さんと3月4日に結納をし、11月4日に結婚式を挙げる、そのちょうど間の時期にあたる。
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「すでに決まっている結納や結婚式のスケジュールの邪魔にならない時期を選んだのでしょう。“結婚の儀式は予定通りに滞りなく行う”ということの決意表明のようにも見えます。しかし、 最近になって初孫の結婚の行く末を、美智子さまが大変に心配されていると聞きます。お相手の小室さんやその家族の過去が報じられるたび、どうしようもなくご心痛な様子を見せられるそうです。“どうなっているのでしょうか”とお側の人に尋ねられることもあるといいます」 (宮内庁関係者)
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 もはや事態は、「1人の女性皇族が皇籍を離れて民間の男性と結婚する」というだけに留まらない。日本の皇室の未来を左右するほどの、大きなうねりに巻き込まれている。
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 1月29日、きっかり朝7時。肌を刺すような寒さの中、横浜市内の自宅マンションエントランスから、SPを従えた小室さんが出てきた。コートのボタンをすべて留め、首元はブラウンのマフラーにマスク姿。少しこわばった表情で、まっすぐ前だけを見て最寄り駅へと続く道を歩いていった。小室さんがパラリーガルとして勤務する弁護士事務所の関係者が明かす。
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「その前週、小室さんが急に何日かまとめて仕事を休んだんです。同僚がわざわざ自宅まで仕事関係の書類を届けに行くほどでした。体調を崩したのか、それとも“報道”に関して何かあったのか…」
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 小室さんの欠勤に前後して、いくつかの週刊誌で「小室家の過去」を指摘する報道が相次いだ。まずは1月23日、『週刊女性』が「眞子さま義母が養っていた“彫金師の恋人”」と題した記事を掲載。詳しくは後述するが、小室さんの父・敏勝さんが2002年に自殺した後、小室さんの母・佳代さんが、アクセサリーなどに装飾を施す男性Aさんと2007年頃まで交際し、Aさんの生活が苦しくなると、自宅マンションにて住まわせていた時期もあったと伝えた。
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 続いて25日、『週刊文春』と『週刊新潮』が、佳代さんの「借金問題」を報じた。
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「佳代さんが、Aさんの後に交際した外資系商社マンのBさんに400万円以上の援助を受けたというものです。Bさんとは婚約もして、佳代さんは“圭の父親代わりになってください”とまで言っていた。しかしその後、婚約を破棄した後にBさんが返金を求めると、“贈与を受けたものだ”と佳代さんは主張。小室さんも同様の考えだったそうです」(皇室記者)
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 Bさんは、その400万円以上のお金は小室さんの国際基督教大学(ICU)への入学金や授業料、留学費用やアナウンススクールの授業料にあてられたと主張しているという。
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「それらの報道を受けて 25日、宮内庁長官会見で記者から“報道が眞子さまのご縁談に悪い影響を与える可能性は?”という質問が飛びました。長官は“答える立場にないし、答える必要もない”と応じ ましたが、周囲が結婚への影響を案じていることはたしかです」(前出・皇室記者)
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 結婚すれば眞子さまは民間人になるが、宮中晩餐会に出席したり、皇室と縁がなくなるわけではない。小室さんとの結婚生活で、「眞子さまが苦労をされないか」、「元皇族としての品位が保てるのか」という不安の声が聞こえてくる。
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◆亡き祖父と父の遺産の行方
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「もともと、佳代さんは夫の敏勝さんの実家とほとんど交流がありませんでした。2002年に敏勝さんが亡くなってからは、さらに関係が希薄になったと聞いています。その後、敏勝さんの父、つまり圭くんにとって父方の祖父が亡くなったときに、遺産を巡って佳代さんと実家の間でちょっとしたトラブルになったんです」(佳代さんの知人男性)
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 一級建築士の資格を持つ敏勝さんは、横浜市役所に技官として勤務していた。
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「2002年3月、まだ10才の圭くんと佳代さんを残して敏勝さんは自ら命を絶ちました。直後の佳代さんは、“圭と2人残されて、今後どうやっていけばいいかわからない”“お金がなくて生きていけない”と取り乱すことが多くありました。いたたまれない気持ちになって、食事をご馳走したことが何度もあります」(前出・知人男性)
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 幸い、自宅マンションは敏勝さんの持ち家だったため、小室さんと佳代さんが住む場所に困ることはなかった。敏勝さんが亡くなったことで住宅ローンの支払いも免れた。
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「敏勝さんの自殺を苦にして、しばらくして祖父の善吉さんが後を追うように自殺しました。そのとき、問題になったのが善吉さんの遺産の行き先でした。善吉さんは実家近くに土地を持っていて、残された祖母や敏勝さんの弟さんとの間で、いろいろと兼ね合いをつける必要があったんです。佳代さんは、敏勝さんを亡くす前から夫の実家とは断絶状態でしたから、“自分と息子のところに遺産が入らないのでは”と心配したようでした」(前出・知人男性)
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◆彼氏のことを「父です」と紹介した
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 相続の基本的なルールでは、相続人である「子」が亡くなっていた場合、代わりに「孫」が遺産を相続する。これを「代襲相続」という。つまり、善吉さんの遺産は、小室さんに相続権があるということだ。
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 とはいえ、あくまでこれは法的な目安であって、遺言などによっては、そのルール通りに分配されないケースは多々ある。知人男性が続ける。
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「佳代さんは亡き夫の実家とは没交渉だったので、遺産の行方を心配していました。そこで私に“実家に顔を出しづらい。遺産受け取りの交渉をしたいという手紙を届けてくれないか”と依頼してきたんです。佳代さんの敏勝さんの死後の憔悴ぶりはいたたまれなかったので、私はそれを引き受けました」
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 知人男性は、 佳代さんから預かった手紙を持って敏勝さんの実家を訪れた。その後、話し合いは順調にいき、遺産は小室さんの手にもわたった という。
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「なぜ直接、佳代さんが夫の実家と連絡をとらなかったのか疑問でしたが、その後にある男性を紹介されて、事情がよくわかりました。佳代さんはあるとき、“私の父です”と言って、年配の男性を紹介しました。すらっとした長髪の人だったんですが、佳代さんの父親にしては若いなと感じました。その後、 その男性は父親ではなく、当時の交際相手だった いうことを聞きました。敏勝さんが亡くなって日も経たないうちに、新しい男性がいることを言い出しにくく、遺産相続にも影響するかもしれないと心配したのかもしれませんね」(前出・知人男性)

眞子さま婚約者小室圭さん巡る「祖父と父の遺産と母の恋人」

 その交際相手の男性とは、前出のAさんのことだった。本誌・女性セブンがAさんのもとを訪ねると、「なにも話しません」と言うばかりだった。
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 遺産の話し合いの後は、佳代さんと敏勝さんの実家はまた没交渉の状態に戻ったという。それから15年近く経って、小室さんが眞子さまのフィアンセとして浮上することになった。敏勝さんの実家の関係者が明かす。
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「昨年10月、圭くんから結婚の報告に来たいと連絡があり、いとこなど15人ほどで迎えました。ただ、佳代さんは来なかったんです。“仕事があるから”という理由でした。実は、このお正月にも挨拶に来るって言ってたんですけど、直前になって圭くんが風邪をひいたとかで急にキャンセルになりました」
.
 前出の知人男性は佳代さんのこんな言葉を耳にしていた。
.

「私の夢をすべてこの子にかけたい」
「私にはこの子しかいない」
.

 佳代さんは、神奈川県内の町工場に勤める父・國光さんと、母・八十子さんの間に長女として生まれ、下に弟がいる。佳代さんが10代を過ごした家の近隣住民が明かす。
.
「八十子さんのお母さん、つまり佳代さんの祖母も含めた5人家族でした。それ以前は、横浜市内にある工場の寮に住んでいたそうなんですが、そこが閉鎖されることになり、締め出されるようにしてここに引っ越してきました。病気がちな八十子さんに代わって祖母がほとんどの家事をやっていました。
.
 八十子さんは、病気の治癒のため地元の新宗教に希望を託していました。佳代さんや弟の名前を名づけたのも、その宗教の人だったそうです。あまり積極的に近所づきあいはしていませんでしたが、慎ましい暮らしをしていたと思います。ただ、佳代さんは家庭があまり裕福でないことに不満を覚えている様子でした」
.
 前出の知人男性が続ける。
.
「お財布事情が厳しくても、無理をしてでも音大の付属小学校に通わせてバイオリンをやらせたり、インターナショナルスクールに通わせて、ICU時代は留学までさせて英語の習得を後押ししたのは、佳代さんの強い上昇志向の表れだったんだと思います」
.
 そのためには、どうしても前出の元婚約相手のBさんの支援も必要だったのだろう


一月・睦月の「みんなのうた」。

一月の「みんなのうた」まとめが今日(31日!)になってしまいました。

うたによって年を始められたしあわせ。今年も皆さまご一緒に、と、お呼びかけ申し上げます

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    おてもやん の詠める

  一月のうた

◯今年こそ短歌ノートを作ろうと小学こくご十マス選ぶ

◯あずき炊く北側にある台所昼になっても吐く息白い

〇蓋を開け湯気のま下のあずき風呂餅を温めぜんざいできる

◯年賀状宛先不明の束にある家を移りし被災地の友

◯我が家では庭の雪には目もくれず犬はソファで丸くなるなり


    まめはな の詠める

・冬の海銀杏の枝にひび割れてモザイクの如し波きらめきぬ

・冬の朝日射し燦々降りそそぎ洗濯物のなきが残念


    かりそめ の詠める

・追ひ越してバギーのぞけば出会ひけりくろぐろ澄める犬の瞳と

・家に来しやや哀れなるシクラメン水と愛もてかく美(は)しくなり

・願と癌同音異義と思ひつつ掌くぼめ柏手二回

・左には豊かな乳房右胸はたひらな傷を一本得たり

・年跨ぎ癌の治療のフルコース食傷気味と言ひたいけれど

  バンコク・あのころ我らは若かった>

・物売る子けむる睫毛に目は澄めど声はいささか媚びを帯びたり

・暁の寺の登りのけはしさに三島由紀夫の哀しみ想ふ

・市場には慣れぬ匂ひの溢れをり星のかたちの果物も売る

・王族の船の舳先は反りに反るチャオプラヤ川華やぎにけり

・友はみなスネークショーを見に行きぬひとり異国の舟に揺れゐる

    (豊かな乳房は真っ赤な嘘です)


    黒猫アビ の詠める

 ・年明けて溜まりし疲れストレスを
  憩いの場にて心を癒す

 ・家計簿の一年の計数字見て
  改めてこの税の多さよ

 ・窓とおし飽きずに眺む楽しみに
  雲の流れや群れ飛ぶ鳥を

 ・わが娘腹の立つこと多々あれど
  心にしまいそっと見守る


    アルジェリマン(時々みゃんこ) の詠める

・黒犬が鼻先上げてにおい嗅ぐ ぬるい北風わきおこる雲

・西空に般若の顔の雲ありて 睨むも消えず見下ろしており


    白萩 の詠める

・うたた寝の君に掛けやる吾がコート包み込むには余りに小さし

・葬送の我らに舞いし東京の雪は旅立つ祖母の言葉か

・肌乾き髪には白きもの二本心にも三十年(みそとせ)の澱たまれり


    たまき の詠める

人生の
あては向こうから
外れると
母の口癖
しみじみ思う

元旦に
恋の残骸
集めてる
どんど焼きの日
くべてしまおう

寒き日に
寒いね、という
人が居ぬ
ことこそ極み
寒さの極み


    KUON の詠める

・凍つる夜にアイスクリームなめてゐるなんだか淋しさ溶かせるやうで

・正月休みやっと明けたりお昼には隠してをいたあれを食べやう

・このへんに心といふが在るのかな半身浴の胸のぎりぎり

・一パック110円の卵なり二つ入りなり買ふにときめく

・卵ごはん里芋の赤だし壬生菜漬け最期の一食をかう決めてをく

・かの店の北京ダックの美味なりしも食べに飛ばむの気力いま無し

・ハムスターがほぼ大の字に眠りゐて息をこらして見つめてしまふ

・思はざる仕事年初にいただきて数年分の息吐き尽くす

・萎れたる薔薇はいとほし しかれどもわれはルージュを赤く出でゆく


    忘れな草 の詠める

誰にしも 我が悲しみは 語らざり
一人の胸に 納まるがゆえ


    へなちょこ一年生 の詠める

・あらたまの年のはじめの床の間は主なき畳も冷えまさりけれ 
               (一昨年に父が亡くなり)

・東雲の靄うつろいて光射す庭の南天春を迎えし
     

    パール の詠める

  睦月のおうた

☆亡き友が繋いだ縁(えにし)再びの
 セピアの思い出語る笑顔で

☆ぼんやりと見慣れた景色流れゆく
 アナウンスの声今日は好みだ

☆吾子が手に微笑む小さき雪だるま
 北の大地の白さ懐かし

☆つつがなく新年迎え嬉しくも
 日常戻りホッとする今

☆気を遣い身体使って出費する
 欲しいな私鈍感力を

☆手を取ってまた歳とるわと言う母の笑顔の元日心温か

★借りたのか贈られたのかどっちでも
 過去のことなど私は知らぬ
         けいのはは(に代わりて)
             

    呆け・ウナ の詠める

おさなごが
背負いし我に
道教え
おいすればこそ
みえしははのせ


    しだれもも の詠める

先月教えていただいた「立たす」使ってみました。

  <比叡山>

・琵琶湖から吹く風冷ゑて花もなき貫之の墓ひとり参らむ

・御開帳ふたたび立たす釈迦如来 僧の読経のひときは高く


  <「語」>

・特攻を命じた兵士毎日が慰霊祭だと静かに語る

・さがします今日もあなたの言の葉をなにも語らず散ったあなたの


    Nちゃん の詠める


陶芸を
習いはじめて
一年が
あっと言う間で
奥が深すぎ

たまにはな
静かになろと
手捻りで
瘋癲作る
ゲイジュツな猫

瘋癲の
髭剃りはじめ
三年経ち
おんなの日々の
仕事となった

髭だけが
白髪増えてき
寿老人
長生きせーよ
瘋癲に言う

風呂場にて
髭剃り楽し
真っ裸
カトちゃんぺっに
ダリもやったろ

髭剃りも
猫?塊?も
天才や〜
お互い褒める
絵画展帰路


    パール の詠める

  祈りの日


☆震災の年に生まれし甥御らが
 歌う「幸せはこべるように」

☆1,17(いってんいちなな) 思い出全てあの日より
 被災地と呼ばれし忘れじの街


    KUON の詠める

・慰霊碑の前にゐるよとその時刻神戸に住まふ娘(こ)の電話来る                
               (一月十七日)

    わすれんぼ の詠める

雲上にあがれるはずなき最下層次々と来て“皇室部落”に 

世の中の最上下層をかけ合わせ血筋ミックスわんわーるどへ

千代田村女酋長皿婆が人の金だと浪費三昧

新年に尿漏れのごときドレス着て下卑たテイストお似合いだこと

モスラ婆に食い荒された皇室は残骸のみを残す惨状

皇室はない方がいい権威への盲従癖をつけるだけなら 


天皇のはとこだというでくの坊誰の利権を守っているやら


  諦めと悔いに満ちたり我が人生 選択はほぼ間違えており

  時という冷酷なもの人々の思い蹴散らし厳然とあり

  時という駿馬を制す力量を持って生まれずただ眺めおり

  めぐりくるチャンスをしかととらえずに過ぎゆくままに指くわえてる


  生まれ落ちる家族は神の遊びごとつれあいのみが選べるものを

  はよ起きて朝餉の支度ゴミ出しとひとしきり終え出勤の夫


青空に雪抱く峰迫りくる標高高き高原の朝

軽やかに逃げゆく鹿の群れありてハート形した愛らしき尻

あおぞらに白き峰々輝けり酷寒というも苦にはならず


    こぶ の詠める

  今年は一月に一首でも挑戦してみようと思います。

なぜ遠い 冬休み明けの教室が まるで迷路の終点のよう


    萌黄色 の詠める

  お言葉に甘えて、下手っぴな歌を読んでみました。ドキドキしてます。

離れ住む
娘の電話インフルのB型
かかると
ただ心配す


    温泉郷 の詠める

  くおんさま、おひさしぶりです。

冬の陽にシクラメン咲く
薄紅の花びら光り
春を招くよ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うたは思いの結晶と思います。

二月にも二月のうたを、お待ち申し上げます。

酷寒のとき、春を待つ時でもありますね。




フツーではないようですが。

先日、小室某の母親の「もう一つのオトコ話」が出て来たらしい、と書きました。

申し訳ないことですが、週刊女性誌発売から日を経たことでもあり、わたしの肩のご機嫌もうかがわにゃあきませんので、ずらーっと、そのまま、コピーさせていただきます。以下です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 眞子さま、婚約者・小室圭さん母が借金未返済でも養った“彫金師”恋人の存在 

週刊女性2018年2月6日号

  中高一貫校のインターナショナルスクールに通っていたころには彫金師・Aさんとの同居が始まっていた

「記事が出たあとも、佳代さんから元婚約者・竹田さん(仮名)に対して、いまだに音さたはありませんし、もちろん400万円以上ある借金は未返済のままだそうです。テレビや新聞がまったくこの件を報道しないので、このまま話題が自然消滅するのを待っている気がします」

 そう話すのは、竹田さんを古くから知る友人。

 『週刊女性』は昨年、眞子さまが今秋に結婚予定の小室圭さん(26)の母・佳代さんが元婚約者との間に400万円以上の借金トラブルがあることを報じた。

「佳代さんは、竹田さんと'07年ごろから付き合い始めて'10年に婚約しました。

 お金の無心が始まったのは、'10年に圭さんが進学した国際基督教大学(ICU)の入学金からでした。

 それからというもの、事あるたびに“今月厳しいからお金を都合してほしい”と生活費を要求してきたそうです。

 ほかにも、圭さんが一時期通っていたアナウンススクールの授業料やアメリカ留学費用なども合わせ、貸した額は400万円を軽く超えてしまったのです」(友人、以下同)

 '02年に夫・敏勝さんが他界してから、母ひとりで必死に圭さんを育ててきた佳代さん。

 そんな中、佳代さんと交際を始めた竹田さんは、小室家の“父親代わり”として佳代さんの“家族トラブル”解決にも尽力していたという。

「竹田さんは、佳代さんの弟さんと父・国光さんの仲を取り持ったことがあるのです。

 国光さんは、数年前まで神奈川県藤沢市のマンションに佳代さんの弟夫婦と一緒に暮らしていたのですが当時、飼っていた猫の飼い方などの些細なことでよく口論になっていたので、佳代さんに頼まれて仲裁役として話をまとめに行ったそうです」

 結局、その後も度重なる衝突により、国光さんだけが現在、佳代さんと圭さんが住む横浜市港北区のマンションに引っ越してきたという。

 その際にも、車で荷物を運んであげたのは竹田さんというのだから、小室家とは家族同然の仲だったといえる。

“タクシーがわり”の扱い

「佳代さんは、金銭面や家族内の問題も頼りっぱなしの一方で、竹田さんを“軽視”していた面もありました。

 圭さんが成人した際に、東京都千代田区にある『帝国ホテル』内の写真店で記念写真を撮影することになり、竹田さんが車で連れて行ってあげたそうです。

 しかし当時は婚約中だったのにもかかわらず、小室さん親子だけで写真撮影をすまされて結局、無料の“タクシーがわり”に使われたのです」

 そういった佳代さんの身勝手な行動が積み重なり、愛想を尽かした竹田さんは'12年9月に婚約を解消して、今まで貸してきたお金を返済してほしいという旨を佳代さんに伝えたのだが……。

「小室さん親子は、竹田さんからのお金を“贈与”だと主張しています。借用書を交わさなかったことが決定的な理由となり、法的にも竹田さんが借金を取り返すことは難しくなったのです」

  中高一貫のインターナショナルスクールに通っていたころには彫金師・Aさんとの同居が始まっていた

 今は小室さん側の誠意に期待するほかなく、竹田さんは悩ましい日々を送っている。

 実は、この件で頭を抱えているのは竹田さんだけではなく、秋篠宮家の内部にまで衝撃が広がっているという。

「今回の借金トラブルは、圭さん本人の学費なども関係していることもあり、秋篠宮さまも“困りましたね”と周囲に漏らしておられ、思い悩んだご様子だそうです」(秋篠宮家に近い人物)

 眞子さまと圭さんのお付き合いが始まったきっかけは、大学構内での留学説明会。そもそも竹田さんが留学費用を貸していなければ、おふたりが交際して結婚に至ることはなかったのかもしれない。秋篠宮家にとっても見過ごせない「事件」なのだろう。

  小室家は異例の“お相手”

『男系・女系からみた皇位継承秘史』などの著書があり、皇室問題に詳しい徳島文理大学教授で評論家の八幡和郎さんは、結婚後の眞子さまの生活に不安があると話す。

「眞子さまのお相手である小室さんは、資産家ではありません。

 結婚後は、住宅もセキュリティーがしっかりしているお住まいを選ばないといけないでしょう。

 さらに、元皇族としての品位を保持しなくてはならないですし、お子さまが生まれたら教育も庶民並みというわけにはいきません」

 これまでの女性皇族は、ある程度、資産のあるご家庭に嫁がれているだけに、借金をするほどお金に困っていた小室家は、異例のお相手といえる。

「現在の状況のままでは、結婚後にいろいろと問題が出てくるでしょう。

 一般の家庭でも、経済的基盤がしっかり整って、生活設計を事前に打ち合わせてから結婚するのが普通ですから、もう少し時間をかけてもよかったとは思います。結婚後に、経済面で厳しいから助けてほしいということになっても、秋篠宮家にはお助けする方法がありません。

 小室さんのお母さまも現在はパート収入だけのようですし、おじいさまもいるので、いずれ夫妻でふたりを養っていかなければならないという覚悟も必要です。

 今からでも、ご結婚の前に人生プランを宮内庁も入って話し合うべきだと思います」(八幡さん)

 眞子さまの嫁ぎ先としては、金銭面では不安が募る小室家。

 しかし、お金に困っているという事情とは裏腹に、佳代さんが敏勝さんが他界した'02年から竹田さんと交際を始めた'07年の間に別の“恋人”を養っていたという驚くべき話が舞い込んできた。


「敏勝さんの死{(UON註:02年)後からそう間もないころ、自宅からほど近い場所に住んでいたAさんと数年ほど交際していました。

 Aさんは現在70代で、奥さんに先立たれていたので独身生活を送っていました。当時は、地元で佳代さんとAさんが一緒に歩いているところを何度か目撃されていて、再婚のウワサも流れていましたよ」(佳代さんの知人)

 佳代さんは、竹田さんに対して“圭ちゃんの父親になってくれる人が欲しい”とよく話していたというので、小室家の新たな大黒柱としてAさんに白羽の矢を立てていたのだろうか。

“特別な関係”でこじれてしまった小室家

 しかし、Aさんは大黒柱どころか、一家の“厄介者”になってしまったという。

「Aさんは、金属を加工してアクセサリーなどに装飾を施す“彫金師”として、個人で働いていたのですが、佳代さんとの交際中に仕事が立ち行かなくなり、収入がゼロになった時期がありました。

 そのときに小室さんの自宅に住みついて、佳代さんに養ってもらっていたそうです」(前出の知人・以下同)

 現在、同居している国光さんは、そのときにはまだ別の場所に住んでいたので、Aさんが生活を送るスペースの余裕もあったのだろう。

「あるとき、Aさんが前立腺関係の病気を患って入院していたときには、佳代さんが病院に通ってお世話をしていたと聞きました。

 しかも、Aさんが手術を受ける際の同意書にサインしたのも佳代さんだったそうです。

 しかし、仕事をしない収入ゼロのAさんに対して圭くんはよく思っていなかったようで、“いいかげんにしてほしい”と対立してしまい、結果的に佳代さんとAさんは別れてしまったんです」

 破局したあとも、ふたりの交友関係は数年間続いていて、Aさんに仕事相手を紹介してあげたこともあったという。

 Aさんの自宅を訪れた『週刊女性』記者が、佳代さんとの関係について質問したところ、玄関のドア越しに「そういったことは話せない」と取材に答えてはくれなかった。

 Aさんと佳代さんの話について、竹田さんの友人は首をかしげる。

「Aさんを養う余裕があったのに、竹田さんから大金を借りたのはなぜなのでしょうか。佳代さんは“仕事がいつクビになってもしかたがないし、女ひとりで生きていくのは大変なんです”と、竹田さんに自分の状況を必死に話していたと聞いています。

 もし、圭さんのインターナショナルスクールの高額な学費を払っていた時期にAさんと交際していたとすれば、援助するほどの余裕があったのは不可解です」

 3月4日には、一般の結納にあたる『納采の儀』が行われる予定。眞子さまは今、小室家に対してどんな思いを抱かれているのだろうか─。

・・・・・・・・・・・・・・・・引用はここまでです。

どこからどう見ても、フツーでない密着し過ぎた「お母さま」と「圭ちゃん」に感じられます。これが今になって出て来るというのも、フツーではないように思われますが。

結婚は、お止めなさいませ、眞子さん。今の最善はそれ。それ以外にありません。

一月のみんなのうた、は、明日には、まとめさせてもらいます。




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Author:KUONの久遠
・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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