KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

11月20日 おべんきょ 前半

11月の詠草を、続いて読ませていただきます。

赤い文字が感想と、こうされてもいいのでは?の部分になります。KUONは難儀なタチで、やはりムキになってくらいついているなあと自分で自分をわらう気分でもあります。おうたはもちろん詠まれた方のものですので、めんどくさいこと言うてはるなあ、という部分は、さらりとお流し下さっても、と思います。

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  ラピスラズリ のうた

今月も歌の世界にお邪魔させて頂きます

白露に 風の吹きしく 秋の野は
つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
                         文屋朝康(37番) 『後撰集』秋・308



烈風吹き荒ぶ野分きの様子を玉が飛び散ると詠んだ動きのあるこの歌は好きな一首のひとつです。

  枯れ葉散り 昔は土に 還りしを 今は掃除の 袋の中に

子どもの頃は身近にあった懐かしい物や風景が今はことごとく消え失せて別の国になったような感じさえします。
日々便利になっても少しも嬉しくないし不快なことばかり。
皇室のアラもダダ漏れで何の有り難みもなくなりました。
この先も思いやられます。

下さった一首、このままで完成しておられると思います。強いて何か申し上げるとすれば

「枯葉散り→(それは)昔は土に、とつづいて行くのですね。これをたとえば

散る枯葉 昔は土に、とすんなりと続けて行くやり方もあるのでは、と感じました。枯葉が散った、ということと、散った枯葉が、では、いささか言葉の方向に違いがあるようでもあり。もっともこの一首は「今は掃除の袋の中に」この部分を仰りたかったのだとは、よくわかります。


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  パール のうた

今月も宜しくお願い致します。

(みんなのうた)楽しみでございます。
このような場を設けてくださり、有難うございます。

☆暖かき光に満ちた霜月の
 遠きあの日は母となりし日

☆恐々と宝のように抱きし子を
 愛しげに見る夫(つま)の横顔

☆同じ事何度も話す義母(はは)見つめ
 遠くて会えぬ実母(はは)を思う日

☆新年のあいさつ欠礼届く頃
 亡き方の歳我が近づく

☆断れぬ雑用の波次々と
 我も言いたし体調の波


寒くなってまいりました。
KUON様、皆様、ご自愛なさってくださいませ。

遠い遥かなものとなったある年に、母となられたのですね。寒い時期ではありましたが、「温かき光に満ちた」と詠んでおられるその霜月は、胸の中で、かけがいのない素晴らしい霜月であることでしょう。

やさしく詠んでおられる中に、私だって「体調の波と言ってみたいわ」と、気持ちそのままに(笑)。私だって言ってみたいわ、みたかったわ(笑)。です。

ひとつ申し上げるとすれば、2首目。

>恐々と宝のように抱きし子を
 愛しげに見る夫(つま)の横顔

内容はよくわかります、初めて父となられたご夫君へのまなざしも温かい。自分は母となった喜びにいるが、夫君の胸内をまで思いやっておられる。

実際は過去の瞬間を詠んだうたですが、「愛しげに見る」と現在形で書いておられる、これは全く問題ないと思います。過去のうたとするなら「愛しげに見し」としてもいいわけですが。「見しですと、昔をしのぶうたになります。

で。「宝のように抱きし子」。宝物そのものですよね、お子は、実際。「抱きし」とは、よくよくあることですが「し」は、過去のことを表現する言葉になるんです。いま、現在抱っこして、なら、ここ「抱ける」=抱く、となさる方法もあります。過去と言っても数秒前だって過去、こわごわと抱いた子、を、いとしげに見る、で、何も間違いは無いです。ただ

「抱ける子」=(いま)抱く子、を、とすると、距離が近くなる、臨場感があるかな、とも細かいことを。


11月18日、おべんきょ。


ご一緒にうたのこと、行きましょ!。
.
添削、という言葉があります。自分でないどなたかの詩や短歌や文章などに言葉を添えたり、削ったり、という意味です。

大好きな番組「プレバト」では、俳句の夏井いつき先生が、みごとに作者の思いを掬い取って、言いたいことを最も的確な形になさっておられるのを先生、かっこええー、と、うっとりと眺めているKUONです。

わたしのここでさせてもらおうとしていることは、単に思い入れ、そして、あー、ここもったいない、こうしはったらどうですやろか、の、お節介精神と、やはりうたが大好きであるところからの口出し、になると思います。

「添削」を受けて「ああそうそう、そう言いたかったのよ」、となる場合もあれば「なんか違う~、感性ちがうのよね~」という場合もあるのです。その場合、元の作品は作者のものなのですし、元の形のままにしておきたい、というケースももちろんあります。アドバイスありがと~キラキラキラ、ひゃっほー、になる場合もある。どちらにするかは作者のお気持ちと、私は、考えています。

しちめんどくさいことを書いておりますが、KUONは、あくまで、私はこう思うんですよ~ってな感じで、しかし一所懸命に、考えさせてもらうと思う。

結果がどうであるか、自分の作品をどうしておきたいかは、詠み人さんが選ばれるのがいいと思います。その上で、最終的にいつものように、今月のうたとして「~の詠める」という形で残させていただこうと思います。

触れるのはあくまで最小限がいい、とは、亡きうたの師のお考えでした。私も、そのように、させていただこうと思います。

ブログを続けるなか、うたを何かの「しょうばい」にする気は、毛頭ございません。この夏から秋にかけて「歌詠みババア」=私(?)にあれこれ無礼な言葉を選りすぐって書いていた者は、ここでは下らないことを言って来ないように、と、お願い、というか。

申し渡しておきます。

いま詠まれている短歌の表記に、古典的仮名遣いと現代仮名遣いと、ふたとおりあります。私ははじめがそうでしたので、こちらが好き~でもあり、古典的な表記で詠んでおりますが、詠みやすいのは今の仮名遣いだとも感じています。

なんとか万智ちゃんが出て来られた時は、自由でいいなあ、なんでも書けそうだなあと、新鮮な思いを抱きました。

思いをとにかく吐き出したい、言葉で表現したい、うたを「うったえ」とされたくて始められるには、現代の言葉が、と考えます。まずともかく、思いを言葉にしてみられたら、との思いで、今は、おります。

長々と、何かの式の来賓みたいなかったるい挨拶になりました。

では。触れてもいいと仰って下さった方々の、おうたに、触れさせていただきます。赤い文字が感想と、こうされてもいいのでは?、の部分になります。

始めるとなれば簡単にさーっとは行けない面倒な性分です、少しずつしか取り上げられなくて一度にすべての方は難しい、何度にもわたると思われますが、よろしければゆったりとおつきあい下さいませ。

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  KUON のうた

・もしかして人に見えざる罪科(つみとが)のわれに残るか雨降り続く

ここで、罪科の「残るか」としているのは「あるのか」だとすると、詠み人はめっちゃセーケツなヒトみたいで厚かましいから(笑)。「ある」は、それなりに歳を重ねている人間として当然とのこととし、それを深く気にする日もあって、なお残っているのか、という言葉選びです。そのつもりです。

・真夜覚めて目つむりて雨を聞きをりて世界の終りふと身近なり

・冬色になだれゆく庭その隅に若き椿の葉の緑いろ

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  へなちょこ一年生 のうた

いつも楽しみに読ませていただいています。

・夕暮れの湿気ただよう白川の端ゆくりなく火影がゆらり 
  (なにかの灯りの影にぎょっとして、ゆくりなくを使ってみました)

・迷いみち白い狐の指差すはさびて陰濃い灰汁色の路地  
  (こういう時は狐に聞いてはいけなかった)
 
・家並ぶ辻に風なく庭先の黒猫だけがしんと見ており

・京の町魑魅魍魎は今もいる 神や仏もそこに居てはる


 暗がりの向こうから来られたご夫婦が親切に教えてくださって、まるで神様の光が射すような安堵した気持ちになりました。(あとで、和歌姫様とエビス様のお顔が浮かんできました)

幾首かの醸し出す世界、情景をしっかり伝えておられると思います。白い狐、灰汁色の路地、風のない辻、庭先の黒猫。魑魅魍魎がいる京の町には、神も仏もいてはる。と。

言葉選びも的確でリズムも整っておられます。「ゆくりなく」を使われたには思惑がおありだったのは、とてもわかります。

ゆくりなく、は、すてきな言葉。「思いがけず・ふいに」が意味ですね。このままでもちろん素敵な幻想的な一首ですが、平凡に堕するかもしれないけど、火影の揺るる」、にすると感じはどう変わるかな、など、思いました。ゆらり、は、その瞬間のこと、例えば「揺るる」ですと、驚いた衝撃は、数秒ほど後を引く感じにもなるかと。


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  イッサ のうた

皇室 どんずまりですね

★高麗神社ピアノにバレエ被災地のロケ次は屋久島韓国まだか

◎新米の香りの高きお供えの去年と変わらぬ平穏に謝す
◎我が家より眺む山峰朽葉色天より白き便りまもなく


完全にふつうでないあの老夫婦を詠んで、一気呵成、この激しいリズムがつまり、イッサさんの怒りの表れだと思います。畳み掛けて怒っておられる。単なる「怒」でない、国民としての「哀」でもあるのですが。

新米の香りの一首が、本来この方の望ましい、日々への素直な感謝のうたと読むと、一首目を詠ませる対象への怒りがまた、増して来る。韓国なんぞへ行かせるものかと歯噛みして・・・さあ、どうなるのか・・。

>我が家より眺む山峰朽葉色天より白き便りまもなく

この一首も完成しておられますが、より正確に、とするなら「眺むる」と「る」を入れるのが正式なので、覚えておいて下さると便利だよ~、と(笑)。このあたりは、慣れです、まず正確に覚えられると、たまにはわざと「崩す」「抜く」楽しみもありますからね。うたにゆったりとした感じを加えたければ「天より白き」を「天よりの白き」とされると、字余りにはなっても・・・いかがでしょうか?。


今夜はここまでとさせていただきます。他の記事も書こうとしつつ、必ず続けてまいります、よろしく・・・



欲が出て来てしまいました。

今朝は霜がおりていました。

毎月半ばに「みんなのうた」として皆さまにうた、一緒にしましょ~、とお呼びかけをして参りました。真摯にお寄せいただけること、とても嬉しいです。

急いて先に行く必要も無し。

今まではおうたをいただいて、ただご紹介させてもらって来ましたが、読んでいるうちに欲が出て来ました。この言葉を過去形または現在形にするとこうなるが、とか。

内容はとてもわかる、とてもお上手、いけなくはない、が、余分な言葉を(失礼)のぞいて定型に近づけると、うたがもっと締まるのではないか、とか。エラソーに申しますと。

感じたことを少し、今月のおうたに、付け加えちゃって、いいですかぁ~~~~。明日。おいやなら強いてはいたしません。意思表示は、ことがことではあり、ヒミツのコメントで下さっても、と、考えます。

少しだけ沢山教えてもらって来たというだけの立場です、専門的な系統だった勉強は、学校ではしておりません、このことは、先に申告させてもらっておきますね。


十一月。霜月の「みんなのうた」、どうぞ。

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十一月の「みんなのうた」。

短歌の詠草をお寄せください。五七五七七の、日本独自の詩形です。

いつものように、おひとり 何度でも幾首でも。いささかの字余り、字足らずは、それはそれ。

HNの世界です。ヒミツのコメントでなく、表でご一緒にうたを楽しみませんか。

今日14日から16日・木曜日の夜まで。

悲しいことや鬱憤や、楽しいことも昔の思いなども。うたはうったえ、訴えともいいます。形にしたいのになりにくいな、という時は、よろしければヘルプ、と仰って下さいね、初めての方も、こわがらないでどうぞ、と、お誘い申し上げます。

月に一度、この場だけの、この時だけの「うたの集い」だと思っています。


ちまちましてね。


園遊会は「美智子さまには相当なご負担」と宮内庁関係者 11/10(金) 7:00配信

「秋口に入った頃から、以前にも増して首に痛みを抱えられているようなのです。
ひどいときには、一歩踏み出されるごとに痛みが響いて、相当おつらいこともあったと聞いています」(宮内庁関係者)

「報じられている2019年3月末の退位となれば、園遊会は今回を除いて残りあと2回。
ですが、昨年秋の園遊会は三笠宮さまの薨去に伴い中止となったこともありましたし、
今後両陛下のご体調によっては出席ができない可能性もあります。

一方、退位後は新たな天皇皇后への配慮から、園遊会のほか
一般参賀などにも両陛下はお姿を見せられないのではないかということも囁かれています。
そうなると、今回が“最後の園遊会”となることもありうるのです」(皇室記者)

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まずは、おまけ。

最新の、この晩秋のK・こむろさん。面変わりしてはります・・・私感です。

巷に降る雨はつべたいですか。

ひゅうっと吹く風は、うなじにふところに、つめたいですか。

まこたんの曰くの「太陽のような笑顔」、安売りしては見せてあげないご決意か。

K・ブーム、来ませんなあ。


今ではアキミチ、とかよばれる始末。呼ばれる方がわるいです、そうですよ。

あのご夫婦がさ来年に退位するとかどうとか、私には関心の無いことです、次代とやらが「即位」して元号が変わるらしいが、もう元号は使わずいようと考えています。仕事上の各種書類なども「平成」で、今は出しておりますが、それは何とかしようと。それはともかくとして。

園遊会って、美智子さんにとってそんなご大層な、こんなにしんどいことなのに出てあげてるのよ、ということなのか。

一歩踏み出すのにも頸に痛みが走るとか。お気の毒ですね。まことに畏れ多いことで。

最新の女性誌のカラーグラビアに(美容院で見ました、最近は買わないのです女性誌)、夫婦で何かに出席して、どこかのお子が花束贈呈の場面。お子さんが、何かを落としてしまった。

こうごうさんは、さっと軽々と屈んでそれを拾ってあげて、と書かれていました。その写真を見ました。

さっと屈んでものを拾う、いつものツートーンカラーの中ヒールで。お達者やなあと思いました。よろけながら天皇である夫君に数段の段差を(今年の初めの皇居の行事などでも)支え てもらった させておられたのと同じお方か。と思った。

もう、あの方についてどうだこうだと書きたくないな、イヤな気分を、読む方々にさせるだけだものな、と、そんな気持ちは大きいのですが、なんだかなあとモヤモヤがありまして。

園遊会のお着物が、白っぽいとは見えましたが(ほぼどうでもいいのですが)、どうもこの季節に、単衣の着物をお召しだったと読んで      「それはないやろ」      と。

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単衣のお着物だとか。

ま、もうええ、知らん知らん、と通り過ぎようとして、

その夜にバレエを観に行かれた、お一人で、と読んで、再び「お達者なのね~」と。

演目が「白毛女」であると。なんやねんそれは。

第二次世界大戦の始まる何年か前の中国の話だったと思います。

河北省のある村の貧農・楊白労には、趙喜児(チャオ・シーアル)という美しい娘がいた。

同じ村の若者・王大春と婚約し、婚礼の日を待っていたが、喜児に目をつけた村の悪徳地主黄世仁によって、喜児は連れ去られ凌辱を受け、結果的にその子供を身ごもってしまう。

王は村を追放される憂き目を見、父親である楊は悲しみのあまり自殺。それでことは済まず、喜児は親の借金のカタに女郎屋に売り飛ばされてしまった。

が、なんとか逃走に成功、山奥に入ってほら穴に住みつき、そこで子供を産む。が、その子を殺めてしまう。ころしてしまったのです。

飢え、悲しみ、絶望にやせ細った喜児の頭髪は、いつかまっ白に変り、村人のあいだに「白毛の仙女」のうわさがひろがった。3

年後の1937年7月には村には侵入してきた日本軍をむかえうつため、八路軍が北上していた。

八路軍の中には、村から追われて八路軍に加わっていたかつての婚約者・大春の姿もあった。

悪徳地主・黄は自分に都合の悪い八路軍の解放運動に対抗して「白毛の仙女」の悪い噂をばらまき、抗日運動を挫こうと策略をした。

そんななか大春は山奥にあるほら穴にいる白髪の女が、なんと喜児であったことを知る。

喜児からさまざまな事実を聞いた王は、軍を村に進めて黄を打倒した。喜児と王大春は結婚し、髪も黒さが蘇ったという。


ざっくり言えばこういうストーリーです。日本の老舗のバレエ団である「松山バレエ」の、当時の団長さんが、1955年にバレエ化された・・日本で作られたバレエです。先日、初演は森下洋子さん、と書いたのは、私のミスだったと思います、お詫びします。

が。外国でも日本国内でも、松山バレエ団では、森下洋子主演で、この演目を踊り続けてこられました。子ども時代から女の子たちの憧れの対象だった(少女雑誌の常連だった)団塊の世代の一人である森下さんは、バレエ団の後継ぎ、一人息子だった清水哲太郎さん・・だったと思う・・と結婚、夫婦で踊っておられる時期もありました。

お子さんは無しです。子を産もうと思えば、一年間はそちらに取られます。団にとって森下洋子さんは、代替の無いプリマ・バレリーナ、舞台から離れることなく来られました、ずっと。

後継者の無いバレエ団、と、云わせてもらっていいでしょうか。次代は育っていないように聞きます。プリマが大きすぎる、と言えば失礼なのか・・哲太郎さんも、バレエを教えることで生計を立てる、というタイプの方では無かったような。

あーちすと ですね。生活のことなど考えるのはアーチストではない・・? 競い合うのはバレエではない、といった世界観でも,おられたような。

森下洋子は、実際、勲章をもらったりの特別な存在になっておられます。が。

大パトロンだった東電が、あの大震災後は難しくなったとも聞いています。ゲージツにはゲンジツにおカネが必要なんですけどね。

娘にバレエを習わせようとする各家庭の感性、感覚も、徐々に変化して来ているでしょうし・・チケットを売るノルマ、などというコトにもシビアになっているとも聞きます。K カンパニーの、現代で日本でお金のとれるバレエ団と云われるそこの、あの熊川 哲也だって、随分アイソがいい。団員さん方のために笑っている時もあると思う、当たり前か、大変ですね、なのか。いいとかよくない、とかでなく。

熊川さんは、性格が明るそうでいいなあと思います。老舗バレエ団の御曹司は・・ううん、どうでしたかしらん。げーじつ。むむむ。メディァをうまくつかめるか「げーじつ」を通すか、など、それはそれぞれとは思いますが。

森下洋子さんは「芸術家」なのでしょうね、ずっと。孤高の存在なのだとも思います。そうだからこその、独特の美学を備えているバレエ団なのかも・・いや、勝手な感想をダダ漏れにして、ごめんなさい。


バレエ団についてはいいかげんなことを言えません、独自の存在でいらっしゃる。だからとうといとも言える、おそらく。

ただ、こうごうさんが見た、という「作品」について、

シンプルに考えて、あの、風は左に向いて吹いていた時代に。一世を風靡するがごとき(自虐史観、なんてコトバを、まだ、フツーの日本人が意識しなかった時代、それどころか「ちゅうごくさんごめんなさい」みたいな空気が、訳知らず存在していた、そんな頃に、踊られていたバレエ、だと、改めて考えてみれば。

言いたいことがズバンと言えなくてむずむずしていますが。

日本の皇后が、昼間は国民の相手をして差し上げた(こういう風に受け取れてしまう、その破壊力)、その夜の部に。

わあざわざ、観に行くような演目ではなかろうに。

と、けっこう強く感じたのでした。

レフトな感受性の美智子さんは、こういったことに、何の違和感も無い・・・どころか、日本は悪かったんだわよ、つまりそうだったのよ、謝ったって足りないのよ、とか、旗降って歩いておられるという、ね。

と。まとまりのない記事になりました。

園遊会にもあと二回?

退位後に住む「東宮御所」改修の間、空いていたどこやら宮邸に一時、住まわれる。とか。

東宮御所って、東宮が住むところだよね、など、訳の分からないことがいっぱい。

隠居されるのだから、不要なおカネをかけないで、静かに、ちまちま。ここでこそ、そのごとくあって頂きたい。

隠居さんって、離れの間に、静かにいるものだと思います、お楽しみは少しくらいはあって。

コーシツ菌で胃潰瘍七つくらい、発生しそうです。勝手にさせているのではありますが。


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Author:KUONの久遠
・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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