今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

皇室の犯罪。ラストの戦慄。

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愛子さま、中学卒業をご報告
賢所皇霊殿神殿に参拝するため皇居に入られる皇太子ご夫妻の長女・愛子さま=24日午前、皇居・半蔵門(代表撮影)
 皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは24日、皇居内で歴代天皇や皇族を祭る宮中三殿を参拝し、今月22日に学習院女子中等科を卒業したことを報告された。
 女子中等科の制服姿の愛子さまは皇居・半蔵門を車で通過する際、沿道に集まった人々に笑顔で手を振られた。
 4月には学習院女子高等科に進学される。



愛子内親王。だとして、宮中三殿へ参拝する車中にて。3月24日。

「「宮中三殿へ参拝される愛子さま」と報じられている。11年ぶりなのだそうだ。

あちら側に正面向いているのは、東宮夫婦がオランダ国王戴冠式に出向いた時に、まさこの後ろから、王侯貴族のための絨毯上を歩いていた女官。まさこの着替えを腕にして。東宮家の女官。


22日に、天皇夫婦に挨拶をするとて、やはり車中にて手を振った何者かが、これ ↓ 。

上げてゐる方の手の、親指の先の形は似せてある。

テレビなどでさーっと流れる画面では、同じも違うも判らないかもしれない、ずっと見続けていて疑問を持っていた目には、??程度のインパクトはあるかも知れない。

私は、別人だと断定したい。少なくともこの車中の二人は、別物の「愛子さん」だと考える。

他に、どんな「愛子さん」がいるとしても、ここではただ、この二人は「違う」と言いたい。

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天皇夫婦は24日、須崎へ静養に発った。

東宮夫婦はこの日、二人で、何やら見学に出かける姿を見せつけていた。

皇太子ご夫妻が発明展見学

時事通信 3/24(金) 19:43配信

皇太子ご夫妻は24日夕、東京都千代田区の科学技術館を訪れ、「第75回全日本学生児童発明くふう展」(発明協会主催)を見学された。
 同展は全国から選ばれた小中高校生のユニークな作品を展示。ご夫妻は受賞した児童・生徒14人から作品の説明を受け、熱心に見て回った。皇太子さまは「良い作品を作りましたね」、雅子さまは「よく考えられましたね」などと感想を述べていた。 


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愛子ちゃんアラカルト。

正面きっては誰も、何も言えない、言わない。

「愛子は健やかに育って、今日も一人で参内しました、それが何か」。

で、通すつもりか、愚かなこと。

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愛子さんだというこの若い女の、この表情。

人を舐めきって、何もこわくない私をおびやかす者などいない、とでも言いたげな、この表情。

油断ならないこの目つき。

この目の持ち主は、総てなにもかも知っている。

内廷の闇も嘘も秘密も、何もかも知り尽くしている。

「親」とされている人間どもの弱みを握っている。

そしてその「親」の、どちらよりも「賢い」。

わかっていて、この不敵な笑顔もどきを培養されたか。

愚かな。

他のどんなことより、宮中三殿に、この者を、内親王として向かわせた、皇室の罪も。

自覚あるのか。皇室の犯罪、大罪。




ではないのか。

24日の愛子さんは、愛子さんなのか。

つじつまは合わせたとでも言うのか。

なぜ愛子さんが複数必要なのか。


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これは。。


プーちゃんとおばあちゃんのこと

今日は墓参りをしました。

いつもより大きい花の種類も多い彼岸用の花を買い、墓地へいったら大混雑していました。

長い時間かかって何とか車を降りようとしているお年寄り。墓守りさんと話をしている中年女性の大きな声、墓苑内を走り回る子どもたち。

あるお家では犬も一緒に来ていて、見ていると、お墓の前にちょこんと座って、来ている方々にアタマを撫でてもらっているのでした。ハスキー犬。おそらく年寄りになっている犬。

あのコは、飼い主さんに先立たれてしまったのだなあと、なんとなくじいっと見てしまっていました。


今日は、ご近所の「Hさんのおばあちゃん」のお葬式の日でもあったのです。

連休中に少しでも不用品を片付けておきたいと、庭で軍手はめてゴミ袋と格闘していた昨日。

自治会の班長さんが来られて、緊急の回覧お願いします、訃報です、と。

三軒向こうの、プーちゃんのおばあちゃんが昨日亡くなったとのことでした。

えっ。一瞬絶句したわたし。

トイプードルのプーちゃん・・・プリン嬢・・・と、おばあちゃんのコンビは、この界隈で知らない人は無く。

朝も夕方もお昼間も、おばあちゃんはプーちゃんのリードを引いて。

ほとんどの場合はプーちゃんを抱っこして。歩き回っておられたのでした。

娘さんの夫さんは単身赴任でめったに帰って来られず。娘さんは昼間お仕事。男のお孫さんはアメリカにおられる、女の孫さんは東京住まいで、小さなお子さんがいる。Hさんのおばあちゃんは、昼間は一人で、小さくてほっそりとした、大きな目がいつも涙でうるんでいるような超高齢犬のプーちゃんと、二人で過ごしておられたのでした。

私にもよく、声をかけて下さった。小柄な上品なお年寄りで、

「わたし、二十九の年に主人を亡くしましてん」

が、いつも話のきっかけでした。お茶を飲みにいらっしゃい、とか。時には美味しいお饅頭を戴いたからご一緒にどう? とか、誘って下さったのでしたが、私は、よそ様のお宅にあがる習慣無く暮らしていて。もう何十年も。

きっと話も長くなるだろう、一度上がらせてもらったら二度目はお断りしにくいだろう、など、自分の都合でいつも、うやむやな感じで離れて来ていたのでした。立ち話の折には、けっこうゆっくり話を聞かせてもらった。

同じ犬種を飼っていて、散歩仲間である私の娘ムコに、いつも優しい言葉をかけて下さっているのは知っていました。

Kはオトコマエやから気に入られてんねん。娘は笑いながら言っていて、それもいいよね、と私も、にんまりしていたのでした。

オトコマエなばかりでなく、娘ムコは柔らかい性格で、愛想の無い私や、年中忙しくてバタバタしていて、どたどたと階段を下りて来て靴をつっかける勢いで玄関を走り出て車に飛び乗ってバビューンと出て行くせわしない娘と異なり、ゆっくりと犬に付き合いながら、仕事から帰ってからも二度、三度と散歩に連れて出てやる。

おばあちゃんと会う機会も多い訳で、年齢差四十歳少し身長差もそれくらい、で、立ち話に花も咲かせていたようです。

で、ご近所のいろんな小さな話題に一番詳しいのも娘ムコ。いい意味の田舎育ちのおっとりが、役だっているようでした。

プーちゃんのおばあちゃんは、わが家の孫どもにも、よく、優しい言葉を下さっていました。孫どもも、おばあちゃんのことを、好いていました。


急な訃報に驚いて目を走らせた回覧板には、八十二歳で、と記され、お名前はHさんのおばあちゃん、でなく、Oさんであることが、記されていたのでした。

「ひと月ほど前から入院しておられたそうでしてな」

・・・知らなかった。

この二月三月、私は、三つ違いの孫どもの入試や卒業や。仕事の大きなひとつの、突然雲行きのあやしくなった先行きや。それに伴ってガクンと落ちるかも知れない会社の売り上げのことや。何やらしきりにやらかしてくれる姑のこともあり、

そんなこんなで頭がいっぱいで、おばあちゃんとプーちゃんのことは、きれいさっぱり自分の中から消えていました。

以前は、数日見かけないと、あら、何かあったのかしらと感じたりしていましたのに。

・・・入院はどなたにも伏せてあったようで。

・・・葬儀も「家族葬」で。

香典供物いっさいご無用に、ということで、と、まぶたをシバシバと、自治会班長さんは帰って行かれたのでした。

娘も娘ムコも、孫の二人も、聞いて呆然、ショック、この家へ越して来た五年前から、可愛いね、ええ子やわね、と言っていただいて来た女孫は、黙ってしくしく泣き出して。

家の前には喪を告げる張り紙の一枚も無く、外を通りかかっても静まり返っていて。

わが家の犬を連れ出して、さりげない風に様子を見に行った娘ムコも、

「なんにもわからへんわ」

と帰って来る。家族の皆さまで、静かに、おばあちゃんを送られるのだろう、気持ちの中でお送りをさせてもらおう。私は、それだけ、口に出しました。

三十にもならない歳で夫君と死別されたおばあちゃんには、いろいろさまざまなことが、おありだっただろう。

・・・今年のお正月、めったに外に出ない私が、坂道の下の公園に向かって歩いていた時。

あらあ。明るい声で、呼び止められました。

プーちゃんを抱いていないおばあちゃんが、もう、大ニコニコの笑顔で、ひ孫がきてますねん、と、大きな声で話しかけて来られて。

一緒にいた、とても綺麗な女性がお孫さん、ベビーカーに乗せられて眠っているのが、おばあちゃんの「ヒマゴ」さん。

「これ孫な、東京にいてますねん、昔テレビに出てましたのやで。タレントやのうて、ニュースの」

わあっと話すおばあちゃんを、優しくとどめて挨拶して下さったお孫さんは、本当に美しい方でした。

きれいで。お品のいいお孫さんですね。思わず口走ってしまいました、本当の気持ちでした。

会釈しながら遠ざかって行く、おばあちゃんと孫、ひ孫さんを、なにか温かい気持ちで見送った、思い出せば、寒い季節でもあったし、あれが、おばあちゃんと言葉を交わした最後だったと。

思えば、何とも言えないです。

おばあちゃんの死、自体は、長病みされないでよかったなあ、というのが、本心です。

ご苦労はおありだっただろうけれど。静かな住宅地に住まわれた晩年、愛しい犬と二十年ほども一緒で、連れて、抱いて散歩をさせ、プーちゃんの洋服だって、いつ見ても、可愛いものばかりでした。

おばあちゃんとプーちゃんは、誰の目にも最高の相棒に見えました、プーちゃんはおばああちゃんにしかなついていなかった。誰にでもいつもワンワン吼えるのでした。おばあちゃんだけが好きだったのだと思います。

おばあちゃんとぷーちゃん、どっちが先やろう。そんな不謹慎な(でも実感)思いも、よく、心の底に湧いていました。


・・・おばあちゃんの死が、現実のものとなって。

今日、春のお彼岸の日、おばあちゃんはお骨になって、帰宅されたのでしょう。

もうあの笑顔は見られない。

お墓にいる時も、この時期に旅立たれたおばあちゃんのことが、しきりに思われました。

そして。

プーちゃんはどうしているのだろう。

どうなっているのだろう。

一か月のおばあちゃんの入院の間、プーちゃんはどうしていたのだろう。

いま現在のぷーちゃんのことが、わからないのです。

時々は聞こえることもあったぷーちゃんの鳴き声、それも、ずっと、聞いていない・・。

娘の家族も、おばあちゃんに思いを馳せていなかったこの冬から春のことを、何やら痛みを伴って感じている様子です。

でも仕方がないよね。ココロの中で私は自分に言い聞かせます。わかるけど、仕方ないんだよ、仕方が無いことなの、でも、

悲しい、

淋しい

プーちゃんが気になります。

プーちゃん、きっと、おばあちゃんと、そんなには離れていないよね。

そうあって欲しい、おばあちゃんとプーちゃん、いつも、ずっと、一緒だったのだから。

離れたら二人とも、どちらも、淋しくていられないよね。

そんなことを、ふらふらと、考えてしまっています。




6年目の慶事

とし若い友人の、結婚式に招かれて祝って来ました。

およそ6年前に知り合った女性です。今までにも何度か記事にさせていただきました。

名前は仮に、薔薇子さん、と。娘さんが小学生で小薔薇ちゃん。息子さんが「大将」(笑)。

あの事故の後、福島から、ほぼ着の身着のままで関西へ来たこの母子を、ごっつい腕で三人とも抱えてくれるのが、新郎になったエエヤンさん。

人前結婚、そのまま披露宴へ移行した場所で、エエヤンさんは、妻と二人の子を傍らに、ずっと泣いていました。身内の無い人で、でも、一緒に泣きながら祝福してくれる友達が何人も出席しておられて。

薔薇子さんがこちらで出会って友達になった女性たちも皆、嬉し泣きでメイクぐちゃぐちゃで。

すてきな結婚式でした。

今まだ心が感動で波打っている状態、二年前の記事から、薔薇子さんのことを少し、ご紹介させていただきたいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

原発事故が起きて、焦って、こうしたらいいのではないか、できたらこうされたら、みたいなことを、事故後毎日、書き続けていた当時。

省略しますが、そんな中で知り合って、私の言うことを信じて下さった方の一人が、薔薇子さんでした。

結果的に、幼いお子を二人連れて、関西へ来られました。知人の一人もお持ちでなかった。本当に後押ししてよかったのか、私は間違ったのではないかと自問ばかりでした。

職場を離れられない・・・家族のためにも・・・夫さんと、何代にもわたってその地で生きて来られた夫さんのご両親を置いて、その反対を押し切って、自分名義の通帳をだけ持って、来られたのです。私自身は実際は何もできず、そういった活動を始めておられた方々に、薔薇子さんを紹介しただけでした。

今のこの国は、その気になれば、本気でお願いすれば、新品に近いような布団から衣類、食器やタオルやテレビ冷蔵庫、洗濯機に至るまで、見知らぬ地へ、子どもの健康だけを思って移り住んで来た若い母親のために、揃ってしまう国でもあります。

薔薇子さんは、住まいに落ち着いた夜から、お風呂に入ってお子たちに絵本を読み聞かせて安心して眠れる暮らしに、入られました。私は、彼女がその住まいを得るために必要だった「保証人」には、ならせてもらいました。

固定電話をひかなくても、携帯電話があれば事足りる時代でもあります。薔薇子さんのもとには、いつまで逃げているんだ帰って来い、自分はいいだろうが家をどうするんだ、自分勝手もいいかげんにしろ、と、電話が鳴り続けるようになりました。それもよく解ります。

解る。放射性物質は目に見えず匂いも無く、気に掛けることから気持ちを離していられれば・・ひどい言いようと思います・・でも。

現実の生活には女手が要る。

ときどき、薔薇子さんの都合のいい時をはかって気晴らしと称して誘う駅前のスタバの隅っこの席で、薔薇子さんは、ぽつぽつと話してくれるのでした。

わかるんだよ、私。あの人は何もできない人だもの。働いて帰って、子ども膝に乗せて機嫌よく呑んで、ずっとそうしてたんだもの、それでよかったんだもの、洗濯やらは祖母ちゃんがしてくれて、魚は祖父ちゃんがさばいた、祖父ちゃんも祖母ちゃんもいい人、優しかったよ私にも、でも怒ってるんだよね、今、私だけ逃げた、ダンナも年寄りも放って行ってる、って、

私、自分だけだったらこっちへ来なかったものね、子どもが心配だった、あっちの医者も信用できんかった、子どもをあそこから離してやりたかったんだよ。

それだけなんだよね。


薔薇子さんは、真っ赤になった目を私に向けて、でも、絶体に泣かないのでした。夫や義父母には「申し訳ない」と言うのでした、必要以上に済まながっていました、でも子どもが、と。

やがて彼女にかかって来る電話の数は減って行き、途絶えました。薔薇子さんの夫は、新しい生活に入って行ったのだそうです。

仕方ないよね。そう、薔薇子さんは言い。

あの人だって淋しいんだよね、それはそうなんだよ。

そう言いました。相手の女性を、薔薇子さんは知っているようで、納得行きかねていそうな様子は感じましたが、詳しくは語らなかったし。私も聞きません。

淋しい同士がね、ひっつくって仕方ないよね、私はそばにいないんだから仕方がないよ。あの人だって仕事疲れて帰ってね。

どうにも淋しい時はあるよね、仕方ないもんね。


・・・そんな話を聞いたのは、一年ほど前の、春の頃。

どんな時も薔薇子さんは、一途な目をして。子どもからお父ちゃん取り上げてしまったから、大事にしてやらんとね。と言うのでした。

仕事を選ばず働いていました、同じ母子家庭の女性と助け合ってもいたようです。私がはじめの頃に用立てたささやかなお金も、ケーキを添えて返してくれました。

長女の小薔薇ちゃんは小学校へ上がり、息子の「大将」はよく食べてよく笑い。

ちゃんと見ていた人がいた、ということでしょうか、このたびのことは。

・・・・・薔薇子さんは、こういう風に書かれたとは、知らないままだと思います。

夫さんを、好きで好きで結婚した人だったよ、と、今も言う女性です。あっちもうまいことやっているといいな、と。優しい人だから大丈夫と思う、とも。察するに、ずいぶんなこともあったのに、口に出しません。離婚届もいきなり送りつけて来られたのに。

・・・さりげなく聞いてみた「皇族について」は、どうでもよく、ぜんぜん関係ない人たち、とのことです。それでいいのだと思います。

去年は三度、薔薇子さんと小薔薇ちゃんと大将に会いました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

ここまでがかつての記事です。少しだけ手を入れましたが、ほぼそのままです。

少し前、結婚式に来てくれるかと訊ねて来た薔薇子さんは、エエヤンさんが3月11日に日取りを提案した時、即答できなかったと教えてくれました。

沢山の人の運命がひっくり返った日なのに、自分たちがその日に幸せになっていいのだろうか、と、言うのでした。

一瞬つまりましたが、エエヤンさんの云う通りでええやん、と答えていました。

とにかく薔薇子さんは、幸せになればいいんだよ、堂々としっかりと、幸せになって。それがいいと思うわ、と、私は答えました。

新婦が焼いたケーキの台に、お子さん二人が飾りを載せたといyケーキ。友人さんたちが作って下さったという料理あれこれに、お寿司をケータリングして。

心のこもった結婚式に招いていただきました。新夫婦のご両親は四人ともすでに、おられません。でもわかっていて、お喜びと思います。

エエヤンさん、薔薇子さん、小薔薇ちゃん、大将。

いっしょうけんめい、幸せになって下さいね。

本当に、おめでとうございます。


あの大震災、津波、原発事故。

大変な目にお遭いになられた多くの皆さまのみ魂の、安らかであれらますよう、6年目の今日、心を籠めて。






全身全霊 追記あり。

速報!(追記をトップに。あんまりだ)

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てえへんだ、てえへんだ、のーぶらで帰って来ましたぜい!

(註:するめおっぱいびよ~~ん=ごめんなさいごめんなさい、もうやけっぱちでこの表現を。でもホントですよ!)のお姿はタイ出発時。お着きの時は安定のマントスーツでした。=とは言っても、動画にもあの、あり得ないお姿が残ってます皇后さん。いいかげんにして下さい。)最後少しですが。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

幾日かあいてしまいました。

さて今日あたりお帰りなのでしょうか、大変お健やかなご高齢者お二人。

大歓迎を受けたと報じるメディア。あーそうなんでしたか。招かれて行かれたと強調されますが、なるほど、ベトナムの空港ではこのごときお花を。お疲れになるといけないので、重くないように,、との思い遣り?。

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ベトナム国側には失礼ながら、この花束を見て、阿久悠氏のあの名歌詞を連想したKUON。

>あれは二月の寒い夜  やっと十四になった頃
> 窓にちらちら雪が降り 部屋はひえびえ暗かった


と唄い出す「懺悔の値打ちもない」。その歌詞の2番、

>あれは五月の雨の夜 今日で十五と云う時に
>安い指輪を贈られて 花を一輪かざられて
>愛と云うのじゃないけれど


と、さびしい歌詞がつづいて行く、この、

「花を一輪かざられて」を思い出してしまったのでした。花、一輪でも飾ってくれればいいではないのなどと言わないであげて欲しい。この歌の中の少女の愛も青春も、とことん貧しい、うそ寒い、男は薄情。好きな歌だったのです私。

どうして皇后へーかの、国賓でいらっしゃるお姿に、このごとき歌がかぶさったのか・・・私の中では阿久悠氏の位置が言うまでも無く上位なのですが・・・どーしてかな、う~ん。

あ。美智子さんは、懺悔はなさるかな。クリスチャンでいらっしゃるそうですが・・・自分の「つみ」「悪」を認めなければ、ざんげもできないですものね、むずかしいところですよね。

懺悔の値打ちも無い、か。そのあたりだわきっと。


東京を出て行かれる時は、ナルちゃんにこんなに頭を下げて。

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はっきり書きます。胸のムカつくような写真だと思います。

おもねるように頭をさげる美智子さん。あは~は~と笑っておられる陛下のおぐしが、今までに無かったような長さ、と言うより、調髪されていない感じ。刈られておられないみたいな。

例のあの記事で、あのセビリ屋の理髪師・・・誤字ですかしら?との調整がとれにくくなられて、など、ゲスのかんぐり、してしまいました。

洗髪も叶わないまま、とお見受けされ。

で。息子や妻におもねて、は~は~は~と笑顔でおられる。

ナルはもう、いっちょまえに、大丈夫です、大船に乗った心地にて行ってらっしゃい、ってな顔だよこれ。

娘さんどうするんだ、と、御用雑誌だったはずのとこからも言われ始めているのに。

わかっちゃないから、ナルちゃん。すっごく余裕持って尊大な態度に見えるのは、KUONの勘ぐりですね、きっと。そう思ってないけど、こう書いておきました。

まさこ? ああ、いますね。

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親父の代理くらい楽勝でできるさ~~~とか?

ナルちゃん渾身のハンコ押し。

娘さんは先日みんなの前で仰ったように、「元気で学校へ行ってます」なんですね、それで22日が卒業式、ご挨拶が楽しみです。

壁の色と同じ顔の色。

指だけは(ナルちゃんの中では)きれい、な人でしたが。

芋虫クンみたいな指になってます、そんな感じです。


ベトナムで陛下は、

「皇太子や秋篠宮や、自分たちの子どもが来た時はお世話になって」

とか挨拶されていて、びっくりしました。

「自分とツマ、二人の子ども」が行ったのか、ベトナムへ。

ここは「子ども」でなく、

「皇太子や秋篠宮が来た時は」

にして欲しかった。そうあるべきだったと思う。もうぐちゃぐちゃ。

日本兵の夫は逃げて行った、苦労した、コリゴリ。なんてベトナム(?)女性に会ったり。意味がわかりません。j時間的な計算もしにくいケースで。このばあちゃんをねぎらうなら、日本国内に、こーごー夫婦の優しい言葉で「ご苦労されましたね」とか言ってもらっていい方々が、いっぱいいるわ。

どんだけ謝りたいのか。国益を害する行為ですと言われても仕方ないです。と思う。

ベト氏に会ってねぎらったか励ましたか、なんか、そんな。

ベト氏は、叱られるかも知れんが、ベトナム戦争関連で被害を受けたベトナム人の中では、破格の「勝ち組」ではないのかなあ。ある種の象徴に位置して。なんか、ひとつずつ私には不可解な「お優しさを振りまく旅」をなさって。

こういうのが気持ちいいんです、ミチコサンは。

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着物だけで長じゅばんが見えない袖口。

こういうの、ありなのかと、ネットで検索してしまいました。

どこかのサイトで、下着が嫌いなミテコさん、と書かれていて、笑いました。その通り、と、拍手もしました。


…………………バタバタしていましたが、昨夜はX JAPANの2017年ロンドン公演を観て。

よかったです。感動しました。

「全身全霊」この言葉そのものでした。ありがとうX JAPAN 。






 

日本人の根っこ

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中央の写真。白いコートを着て、静養先の駅頭で、出迎えの・・・内親王に向かって

「愛子ちゃ~~ん」「かわい~~~い」「待ってました~」

などと声をかける(信じがたい)方々に、手を振る愛子さん。

誕生日の日の(実際は11月20日頃)猫を膝に乗せている写真。

今年お正月、両親にはさまれて皇居へ入る(という設定だった)愛子さん。

これらが掲載されていたとのことです。

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フランスの雑誌。表紙には、英王室のヘンリー王子の顔と名前もみられます。

どの「愛子さん」が、東宮家の内親王さんか。

ただ、ここでは、この三人の愛子さんが愛子内親王として紹介されています。それは事実。

この写真をお借りすることを快諾して下さったのは、ずっと、KUONのへたれブログの読者でいて下さる方。

>書かれていることは日本のとほぼ同じ。 

>曰く、女帝になるかもしれないし将来が不安定でうんたらなんたら。

・・・と書いておられます。そして、

 いやいや、愛子さん、あなたは将来民間に下るのですよ。 何の心配もありません。

それにしてもこんなに病的に痩せてしまっている娘の横でニタニタお手ふりしている親ってどうなんですかね.。


とも。

思うことは同じやわ。その通りですよね。(〇子さん、ありがとうございました)。


・・・コトが明るみに出たら、かの国では、どんな風に書かれるのかしら。

恥をかいてもいい、日本の評判(の一部)が、どかーんと墜落してもいい、どのみち、メディアがあちら側にくっついてしまっていて、本当のことを伝えていないこの国より、他の国の方でシビアに知られていることは多いはず。

たとえシンプルに好奇心によってでも。


いっとき、皇室(の一部)が泥にまみれようと醜聞が噴出しようと。

びくともしない、日本人の根っこがある。

と、信じます。

・・・とか言うと、政治も経済もひっくり返るよ、世間知らずだなあ、と、言われるのかも。そうなんですか?

今のままがいいと?

今は、おかしい。どんどん、おかしい。

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皇統は、りっぱに繋がります。



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Author:KUONの久遠
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  けふまでの日はけふ捨てて初桜

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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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