今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

今朝の思い。

退位:「皇太子」称号に難色 秋篠宮さま意向で見送り

 天皇陛下の退位が実現し、皇太子さまが即位された場合に皇位継承順位1位となる秋篠宮さまについて「皇太子」の称号が見送られた背景に、秋篠宮さまの意向があったことが明らかになった。

 退位を巡る政府の有識者会議は、4月21日に首相に最終報告書を提出した。報告は秋篠宮さまを現在の皇太子さま並みの待遇とし、「皇嗣殿下」などの称号を提案した。


秋篠宮さま=吉富裕倫撮影© 毎日新聞 秋篠宮さま=吉富裕倫撮影
 政府関係者によると、有識者会議では、当初は秋篠宮さまの称号を皇太子とする案が有力だった。3月のヒアリングでは専門家から「皇室典範を改正しなくても、秋篠宮さまを皇太子とすることが可能だ」との発言があった。4月4日の会議では委員から「歴史上は次期皇位継承者は兄弟でも皇太子と称されることが大半だった」との意見が出た。

 しかし、報告をとりまとめる前の4月に官邸幹部から有識者会議の関係者に対し、秋篠宮さまの称号を「皇嗣殿下」などとする案が示された。政府関係者によると、秋篠宮さまは周囲に、自身が皇太子として育てられていないことを理由に、皇太子の称号に難色を示したという。


今朝の毎日新聞にありました。

それはそうだ、とフムフムしながら読みました。

違うかもしれませんが、私の直感、私感です。


殿下は、そこに生まれた者としてのつとめは、まっとうに果たして行こう。のご意志はお持ちであろう。

しかし。内廷どもは、親であり兄であっても勝手放題好き放題、とがめることも叶わない。批判などできようも無い。

兄夫婦の、あの一人娘さんがどこかへ消えて、エラいこと下品で小賢しげな何者かがしゃしゃり出ている。

あげく、自分たちまでもが、気づかないはずが無い、共犯だ、とまで言われる始末。

あほらしゅうて、やってられんわ。

いや。殿下は、ご自身のみなら、そこに生まれた者の範囲、なんとかこなして行かれるだろう。

奥さまの心痛。傷つきよう。とうぜん、一番近くで見て来られた。それはお互いに。今も心の通い合うご夫婦でいらっしゃると思う。

自身が皇太子として育てられていないことを理由に、皇太子の称号に難色を示したという。

このひとことの凄さ、としか、うまく言えませんが。

秋篠宮殿下は、言うべき時は、ぴしゃりと仰っておられます。過去にも。

三人目のお子さまを、との、面妖な話が出たあの時・・・面妖、と言いますのは、皇族のつとめは大きい一つとして、お子をなすこと。これもあるはずなので。

「お許しが出ましたので」

と、産児制限が解かれたんですよ、ということを、明言されています。

制限したのは、他の誰あろう、美智子さんです。あの方以外にでき得ません、親王一家に産児制限をかけるなど。


・・・「皇太子の育てられ方をしていません。」


強烈な皮肉。批判。秘められているが嫌悪感。

痛烈な内廷及び周囲への爆弾。意味の深さを考えれば、簡単にはソンタクできません。

本当のことであって、誰も文句は言えないだろう、の、ギリギリ爆弾。

と、感じます。

今更、ここまで来て、とってつけたみたいに、何が皇嗣だ皇太子だ。

そんな扱い、受けておりません。きっぱり。わたしの妻をも、勝手のいい使いようをめさるな。との内容も含んでいる。

都合のいいように使うな、ふざけるな。

あ、ふざけるな、は、わたしKUONの口癖です、深くお考えいただきませんよう。

何か、ものすごく不愉快な脅しめいた匂いを感じているのも、事実。

秋篠宮殿下を、そこまで醒めさせたら。皇室はどうなるか。ヤらしい力のほうは、わかっているやら、そちらが目的やら。


眞子さまを、旧皇族のどなたかとめあわせて、などの意見には、非常に苦い思いをされたのでは。親としては腹立たしいでしょうね、子どもをとっかえひっかえ、都合よく連れ歩く人種とは違うお方ですので。



で。眞子さまのお相手に、あの兄ちゃんをお認めになられた、という一部の報が事実なら。

なるほど、そうなんですか、としか、思いようがないです。親であるご自分たちは、自由恋愛を成就させて、以後、いっしんにひたすらに、つとめられた。ゴミも泥もほこりもかぶって来られた。

子どもには押しつけてやらないで欲しい、娘たちには娘たちの人生を、と。

そうお考えになられるのも、むべなるかな・・・かな?。

そうでなくて、この勝手な「婚約者だよ・なう」が、単なる何かの「騒動」なのなら、本気でお怒りにられてもよろしいのでないかと。

・・・なんだか、あの兄ちゃんを「認めておられる」のは、本当のような気に、なっております。

今まではそうだったかも、とか。娘さんの気持ち、愛おしいでしょうね。

ただ。どうなりましょうか。ご存じなかったさまざまなこと。出自や過去の何やらや、今では、どんな画像だって撮れてしまいますし。

撮られやすい御仁に見えますし。KK。

お節介KUON、ふと思いますのは。

どなたかが、皇族は離婚できないと書いておられた、いいえできますよ、と、コメントしたかったが、やめておいた(もち、理由はあります、書かないけど・笑)。

天皇は離婚できません。決まっている、今の決まりでは。

その他は可能です。

昭和天皇のご長女、東久邇成子さんの遺された娘さんのお一人、離婚しておられます。

失敗する結婚だってあります、子どもの無いうちはぜんぜんオッケー。と、私は考えています。ミジンコKUONは。

結婚しようね、とか、実生活、カンケー無いあたりで、うっとり約束未満したことくらい、その先の、どちらにとっても長い人生を思えば、どうってことないと思います。

眞子さま。追い詰められないで下さい、先は長い、賢明な選択を、と願いたいです。

反対されてもダメでも、もしかして相手は実はアホでも、どうしてもどうしようのない思いってのは・・・これは、あるんではないかな~。

そういう場合は、昔の言い方で、手鍋下げても。とか。ありますのですが。

そこまで「好き」なら、どうなのでしょうね。昔は、鍋釜、布団に茶碗、箸。愛さえあれば生きられたけど。今は、慎ましい暮らしであっても、自転車置き場だって要るし、スマホ料金も(ガラケー?)必要です。アホなこと言ってしまいました、でも本当のこと。

今朝の、勝手な思いです。


・・・・・お返事、今日は書ける、きっと。(笑)。


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今日、見とれた一枚です。


明日は出て来られる?またこたま。

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スペインのグスタフ国王の第一王女。ヴィクトリア王太子が来日されたのですね。

来月とか.。先日、いいかげんなことを書きました、申し訳ないことでした。

歴史の長い王国の王女さまの、美しいカーティシー。入り込んだ家の歴史は確かに長いけれど、なんだかわけのわからない存在に成り果てておられる皇后さんの、この左手は何。

挨拶くらい、普通になさっていただきたい。なあ。

ご夫君はダニエル殿下。

なれそめは2002年。拒食症を患ったヴィクトリア王女は、妹王女の勧めで、スポーツトレーナーをつけた。そのスポーツジムの経営者が、ダニエル氏であった。

平民出身の彼は、そして、1980年以来、男女を問わず長子相続になった王国の、第一王女の相手として・・未来の女王の夫として認められる為に、粉骨努力。

2008年の夏にはドロットニングホルム宮殿の一角に引っ越して(むかしむかし、モニカ・ビッテイという大変個性的な女優さんが出ていた映画の一本に、「スウェーデンの城」と言うのがありました。タイトルに魅かれた、けど、見ることはできなかった・・・

一日4時間ともそれ以上とも、スウェーデンの歴史、英語、マナーをみっちり学ばれ、外見的にも、知的に見えるかっちりタイプのメガネをかけ、(王室が望んだと言われる)ブランドの衣服を身に着け、高級車を使うようにして、と、とても頑張られたのだそうです。

意識して、あるべき姿の型にご自分を合わせられたということか。

で、2009年2月24日、正式に婚約が承認されたという、おとぎ話のような・・話はここで終わらない。

腎臓疾患をもっておられたダニエル氏は、この数か月後には、移植手術を受けられました

そんなこんなも乗り越え、ダニエル殿下になられ(このあたりはほとんど受け売りなのですが)、

披露宴での英語とスウェーデン語を交えた7分間のスピーチは感動ものだったと聞き及びます。

ヴィクトリア王女に対する尊敬を明確に表され、
王女の優しさに惹かれたエピソード(ヴィクトリア王女は、中国での公務で一ヶ月会えない時に、30通もの手紙を箱にいれて置いていかれた)を流暢に話したと。
スピーチの最後は、結婚出来て嬉しくて仕方がなく、とても興奮気味だったそうなのですが。

参列された欧州の王太子妃の多くが、感動の涙を流しておられたとも。

当時は独身だったモナコのアルベール大公は、淡々とされていた、とも。(笑)

記者が『愛とは何ですか?』と、王太子ヴィクトリアに訊ねた時に、答えは、

「自分よりも相手を思うとき、そこにあるのが愛です」

だったそうな。

その王女さまが、王女、王子を授かられてご夫君とも変わらず睦まじく。

今、日本においでになっておられる、ということみたいです。

私は子ども時代、王室マニアみたいな子どもでありまして、この王女さまの父上が、ブロンドの髪の貴公子だったことも記憶しています。

今日、いささか甘味の過ぎる、かつて子どもだった私が信じたがったような、とろんとろんの記事を書いてしまいましたが。

ダニエル殿下の一途さ、打たれるものがあります。

ヨーロッパの各王室の集まりの中でも、いつも堂々としたお姿です。



まさこさんのことだって、三代前がどうとか事実にせよ、どんな風に入り込んで来たにせよ。

あの方なりの真摯な姿が、見えれば、少なくともこんにちのような言われ方はされていない。

せめて普通に、ヒトらしくいらしたら、と思います。

人と人を比較してはいけない、される方は傷つく。それはホント、正論です。でもね。

一人の国賓に対して、おそらく機会は一度。その挨拶が、かくまでも無様では、どうしようもない。

まさこさんはダメです。皇室の人として公の場に出られるひとではありません。

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眞子さまのカーティシー。

いくら本来は日本の挨拶でなかった、と言っても。実際、こうして美しくしておられます、お相手にいささかの失礼でもありません。

誇らしい。と、申し上げたいです。


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おととし、まさこさまも園遊会に! とて、十何年ぶり、ぶりぶり、と大騒ぎだった園遊会、この写真が物語っておりますごとく。

10メートルだったか15だったか20メートルだったか。とにかく、招待客の皆さまに挨拶する当然コトバなど出すはずもなく。

三笠の山をどうにか下りて、必死でこうして、お帰り用に待機させていた車を頼りにタタタタタ。

冷たい視線が遠慮なく突き刺さって、と見えたのは、こちらのみだったか、本人は、こうしてムニュ、と理解不能の(わかっているんだけどね・どうしていいのかわからない笑みモドキ)笑いを残して、去って行った。

・・・いつも気になっています。

向かって左側の男性。めがねをかけておられる。

この方に注目しておるのですが、いつもこんなお顔。晩餐会の時も陛下の背後で。先日まさこが、異国の王妃さまに「ぶ〇ゅ」とやらかしてしまった時も。見えているけど見ておりません、のお顔でした。

ぜんぶわかっていて、この人たちに仕えておられる構図ですね。まあ大変。と、お察し申しあげたら、同情は不要。と、おことばが返って来そうです。

この時のナルさまは、おずぼんに「おしっこの漏れの広がっておられたナルたまでした。

またこたま。

明日の園遊会には、くおんのへたれブログの読者さんのお一人の、お身内のご夫妻も、お招きにあずかっておられるとのこと。

奥さまは「目利き」でいらっしゃるそうな。

どんな風に、東宮の妃殿下をご覧になって、ご報告下さるか。

読者様と同じくらい楽しみに、待たせていただいちゃうわ~~~。

心してお振る舞いあそばせよ。

そんなことできるくらいなら。はは。

もう寝た? 明日、出て来られる? ん?





須崎の海は、キラキラ、でせうか。絶壁も、おあり?

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臨時専用列車で。


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幼いころの「正田美智子」ちゃんだそうです。

「愛子内親王」さんの祖母上だそうです。

子ども時代は「ぜっぺき」でなくて。いつから後頭部用具が必要になられたのでしょうか。

賢そうで可愛らしくもあって。こんな(向かって右上)、西洋人形みたいなお子さんが、無理してイヤイヤ皇室へ嫁いであげて、はちじゅっさい過ぎたら、基本の「つとめ」である「神さまのこと」には出られないお病気でも、外国へ行ったり、そこで人払いしてあれこれ企んでみたり(成否はどうでも)。そんなワケのわからんお人になられるとは。

計画通りか。

先日は孫娘さんの義務教育の終った日。ひとつきの間に10数キロも体重を取り戻されるなんて、まさに「東宮マジック」。なかなかこうはゆかなさそう。人は風船でないのにね。コマではあっても。

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髪,(おじじさまと違って)シャンプーできてるし。

やっほー、ご挨拶してきま~す。

首は、痩せこけてた「愛子さん」の首のようだ・・・鼻は、ふたたび、おっきくなったのかな?。

で。春だから~。なのか?

↓ こおんな表情がでて来られたのね、「愛子さん」。

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くおんにはやっぱり、わかりません。

この笑顔の主、どなた??。


・・・・ま、とにかく。

うまく行ったから(自己評価限りなく高し)ミテコさん、ナルちゃんと並んで、音楽鑑賞をたのしまれたそうで。おめでたいこと。

24日からは、須崎の御用邸で、春の静養に入られるのですね。めでたしめでたし。まことけっこうなご身分でいらして。

ホントに結構な。ね。

長男さんたちは、スキーですよね。脚のおれ無さそうな「愛子さん」を、みつくろって同行されるのですよね。

あ、そうだ、

「愛子さん」の頬っぺたに入れられた(らしい)何とかいう(ヒアルロンさん?)、何日くらい持ちますか。

あ。失礼。おばばさまなら、そういう方面のこと、ヘタな一般人などよりよほど、お詳しいかと思ってしまいまして。

高校の入学式にはまた、どんなサイズの愛孫さまでいらっしゃるのかしら。

ほっぺが急に厚くなって、喋りにくそうだったなあ、あのお嬢さん。

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ミジンコくおんは、お可哀想だなあと、思ってしまっています。可哀想なんて、失礼千万なコトバと知っていつつ。

まあとにかく、須崎の春の海は、きれいでしょうね、キラキラ光ってね。

めでたし。あー、めでたし。

わたしを、すっごくイヤミな性格にして下さって。めでたし・・・めでたし?。



卒業式前夜



明日は愛子さんの中学校卒業式。

三年前の春、小学校を卒業する愛子さんは、両親にはさまれて、ニコニコしておられました。



・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3年前のブログより ・・・・・・・・・・・・・・・・・


この週の週刊新潮には、愛子さんの「発語」についての記事があります。さっき買って来て、まだ読んでおりません。
「学習院初等科」卒業式に「宮内庁記者」と激しい冷戦

   「愛子さま」お言葉の機会を断固拒否した「雅子妃」


です。「ライバル誌」の文春の方は

天皇皇后「伊勢ご参拝」の最中 雅子さま 奥滋賀スキー旅行

です。ついでにもう一冊、女性自身誌は、

超秀才! 愛子さま‘卒業レポで綴られた「天皇の役割‘「宮中の結婚」肉声

ですと。

アゲか、皮肉か。どっちなのかなあ。何年も同じことしてるんやなあと思う。

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愛子さんに何か言って欲しかった記者に向けた、当日のまさこさんの「笑顔」。


記者たちの目の前で雅子さんは、また、愛子さんを背後からどついた。右足の位置が変わるくらい。背中が反り返ったくらい.。

父親は、あれこれガードしたにも関わらず、隙をついて発された記者からの質問に動揺した証拠に、いつもの、ポケットあたりでの両手パタパタ。これって、茶番、いや定番?・・・

白昼、伝統ある学校の門前で、東宮という位置においでのご一家の、猿芝居。愛子さんに罪は無い、と、思う。



動画は、うまい具合に処理がなされています。が、動画の方がよく見えることもあります。)

けれど、愛子さんにしても、自由に使えるお金が1年で5000万円超という、公人なのです。

口、開けっ放し。

唇の両側にヨダレガたまって・・・と、私も他で書いていますね。

思えば辛いことと、お思いのあたりが、おられるように、これは、邪推? 。

これを書くために改めて読んで、われながら疑問だった ↑ の部分。

思い起こせば当時、私は、こうごうさんが、雅子さんが愛子さんに対する態度の荒っぽさに、胸を痛めておられると。

そんな風に考えていたのですね。

めでたかった。やられていました。


結果的に愛子さんは

「ありがとうございます」

「楽しみにしています」

と、話されました。

私は、愛子さんは、懸命に「しよう」とされていたと思います。

オランダから帰国した両親を迎えた時も。

トンガから帰った両親を迎えた時も。

3年前の春も。

ヨダレを垂らしていたとか。アジガドゴゼマス、と聞こえたとか。確かにそうではありましたが。

国民の方が認めない、笑った、恥じた、と言う以前に、親の方がわが娘を受け入れられなかった、否定した、恥じた。そうなのだったと思います。

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オランダにて。

手の甲の「笑え」のツボを押されて、懸命に笑っている愛子さん。

こうして育てられました。


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3年前の春の愛子さんと、今年2月の「愛子さん」。

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もう一つ。

宮内庁は18日、皇太子ご夫妻の長女愛子さま(12)の学習院初等科卒業式に合わせ、愛子さまが初等科の卒業記念文集「桜愛集」に寄せられた作文を公表した。活字化されたもので、昨年7月に学習院沼津游泳(ゆうえい)場(静岡県沼津市)で行われた6年生の水泳行事「沼津海浜教育」に参加した際の思い出がつづられている。

全文は次の通り(表記は原文通り)。


大きな力を与えてくれた沼津の海               敬宮愛子

 不安な気持ちを抱きつつも、きっと楽しい思い出が作れると言われて出かけた沼津でしたが、初日から練習は厳しく、海に入りたくないと思う時も少なくありませんでした。ただ楽しかったのは、友達との生活と食事、お風呂でした。
 しかし、足の着かない海で泳いで、初めて気持ち良いと感じる日が来ました。三日目に行ったプレ距離泳の時でした。プレの日は、波もなく、太陽が照りつける中での距離泳となりました。海に入るまでは、五百メートルも泳げる訳がないと諦めていましたが、泳いでいるうちに、体の力が抜け、楽しく泳げるようになりました。五百メートルを泳ぎ切ると、海が好きになり、海に入るのが楽しみになっていました。
 迎えた本番の五日目は、潮の流れが少しあり、泳ぎにくいと感じましたが、前日に一キロ泳や二キロ泳を終えた人たちの「頑張れー」という応援の声が聞こえる度に、不思議と力が湧いてきました。無事に泳ぎ切り、みんなと喜びながら頂いた氷砂糖の甘い味は格別でした。
 沼津での生活は、私に諦めないことの大切さを教えてくれ、大きな自信を与えてくれました。沼津の海は、私にとって忘れられない記念の海。六年間の中で、私がいちばん成長できたと感じられる素晴らしい思い出になっています。


・・・。

以前の、大縄跳びの作文だか詩だったかの中に「達成感があった」という部分があって。

暗然たる思いを抱いた、あの時と同じ感覚。

本人が書いた、本人の「感想」ではない。

と、私は断じることだってできるけど、ここでは「私はそう感じた」と、記しておくことにしよう。

ここまでやるか~。やってるんだよね。

かつて、愛子さんは、学校でのプールの授業をすべて、休んでおられた。見学だった。

その頃の理由は「水のきらめきが怖い」だったか「揺らめきがこわい」だったかでした。

内心、愛子さんは詩人か、と、感じたわたし。

プールなんか休んでも、どっちにせよ進級も進学もできるお方。その詩心をお伸ばしになって、とか、今に思えばお人よしなことを勝手に考えておりました。

何がどれが本当なのか、さっぱり理解しがたいご一家です。はっきりわかっていることは、嘘を重ねていると、にっちもさっちも行かなくなるよね、ってこと。

私も大嘘つきです。だから多少はわかる気がする、でも、あの家の嘘は、せこくて、場当たり的で、アホみたいに未熟な、人をバカにしている嘘。嘘のオトシマエを、自分で引き受ける覚悟の無い嘘。

どこまで行くのかしら、どこまで行けるつもりなのかしら。

...この作文、書かれたのは「敬宮愛子」さん。その後に「内親王」がついていない。

同じ条件の秋篠宮家の眞子さまの時には

「秋篠宮眞子内親王」

と、表記されているのです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3年前も私は、嘘ばかり重ねていると、にっちもさっちも行かなくなるなどと書いていたのですね。

本当のことですもの。

いまではもう、単なる嘘で納まりがつかなくなっているかと思います。


愛子さん、ご卒業おめでとうございます。と、普通に言えたら。

など、思います。




不敬なおはなし(笑)。


こんにちは。明日はこうたいしさんの誕生日です。国旗かかげませんよ、わたし。

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4月10日にご結婚されたお母さまが、2月の23日にお産みなされた皇子さま。

電光石火の早業で、皇子をあげられました。おめでたいことでした・・よね。

この写真を撮ったのは、結婚前から特別に正田邸にフリーパスにての出入りを許され、深窓のご令嬢だと言われた美智子嬢の私室にも出入りを許され、美智子嬢の、皇室へとつぐ日のためのドレス姿を撮ったり。

なんでだかハンカチかぶったんだ、と言い訳してるマリア様みたいなベールかぶった写真を撮ったり。

皇室へ向かう日の、ミンクのショールを肩にして家族にいとまを告げる美智子嬢を、正田さんチの二階から、蔭ながら見送った男性。

朝日新聞の記者だった佐伯某氏が、これを、これも、撮影されたのです。

2月の終わりの寒い日に、車の窓を全開に開け放ち、ミテ子さまは、胸に抱いたお子を、お撮らせあそばした。

佐伯某さんに。

お付の女官さんのお顔つき。

いま見れば、なりたての母。と言うよりおんな・・・おんなおんなした表情の、もしかして、この時にはお狐さんも憑いたりしていたように見えまする、ミテコさん。

あかんぼをのぞきこむかのごとく、うふふ私はこの子の母よ、アピールのすごいミテコさん。

女官の牧野さんは、寒風のなか、窓を開けたりするのには反対でいらした。

皇太子の御子に何かあったらいけません。そうですよね。

この牧野さまは、美智子さんのなすことなさぬこと気になさり、忠告なさり助言なさり、そんなことしたから、

ものすっごく、当時の皇太子に、怒られてしまわれたのでした。

マンガにあります。


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この漫画家さん。他のシーンでは、

これ誰や・・・こうたいし。

これ誰なん・・・まさこ。

みたいな場面も描いておられるようで、まさこを指して「あの自信に満ちた美しさ」としている場面も、有名なようですが。(よう、ようばかりでごめんあそばせ、文月きょうこさん、という漫画家さんです)。

この場面で牧野女官を叱りつけているのは今上。今上を諭しておられるのは、浜尾氏ですね。

浜尾さんのように、きちんと意見する方がおられた、古き良き時代の皇室を偲ばせるシーンだと思います。(だと思うのであります)

牧野女官は、辞めさせられたのでした、確かそうでした。

>美智子に敬意を払って彼女を助けるのがあなたの役目

二度とあの人を悲しませないように


ですと。

今上さん。あなたやっぱり、ダメダメじゃん。

美智子さん、どんな顔してどんな声出して、カワイソウナワタシ、を訴えられたのでしょう。

★牧野純子女官長を叱りつける夫
河原敏明著「美智子妃」より
浜尾侍従とは正反対の形で去っていったのが、牧野女官長であった。 時日からいえば浜尾より2年前の44年四月だが、同僚ではなく皇太子の覚えが悪くて退任に追い込まれる形となったのである。 就任して10年目、女官長は80歳前後まで勤めるのが通例だが、このときまだ68才だった。 敢えて書くが、美智子妃には真に、目の上のコブガがとれた思いだったろう。 牧野自身も、いまさら平民出のお妃の召使頭になるのは誇りが許さなかったが、常磐会等のつよい要請を受けて御所入りしたのであった。 もっとはっきり言えば、東宮妃が美智子様に決まって、かねがね、 「宮中には独特のしきたりがあり、元皇族、華族の方でなくては、とてもつとまりません」と言い続けてきた手前、 怒りも露わだった松平信子とその姉の梨本伊都子の鍋島本家の二姉妹が、分家の出の牧野純子を強く推薦したのだ。だから正式に決まったとき、 これで美智子妃に手綱をかけられる と常磐会の面々は優雅に喝采を交わした。 初めから美智子妃のお目付役の一面があったのである。 彼女はその任務を忠実に果たしただけかも知れない。元々格別に気丈な性格であり、美智子妃に対して何かにつけて厳しかった。 「私達に涙はお見せにならなかったが、ずいぶん悔しい思いをされたことは確かです」と 元側近の一人が遠慮がちにいう。 そんな牧野を明敏な皇太子が見過ごすはずはなかった。 「皇太子さまは牧野さんをいつもしかりつけていました。美智子妃への理解が足りない、意地悪をする、 改良することに反対する、というようなことでした。お叱りの回数が年ごとに多く、かつ強くなりました」


河原氏、いろんな見方もされておられますが、かつては ↑ のごとくも書いておられたのでした。

>明敏な皇太子・

ううむ。こういう時は、こう書かないとあかんかったのでしょうかしら。妻に泣きつかれ操られ妻のコトバ以外に聞く耳持たぬ、お優しい、だか阿房だか、初めからそうであって、ついには「生前退位」なんてことまで。

・・・こういうなかから派生した皇太子・ナルちゃん。

明日、何を、しら~~っと仰るか、ちょっと楽しみです。わたし意地悪って公言していてよかったです(笑)。

あるじがバカだと忠臣は去るしかない。去らせられた、というのが本当でしょうか。で、残るのは、

荒涼たる不毛の荒野。豪壮たる御所といえど。

でも。ナルさん難産で、20分も呼吸が出なくて云々と言われておられますが。20分も呼吸できなかったら死んでしまう、と、素朴に思いますし。

帝王切開術など、それこそ辿ればローマのシーザーの時代から存在する手術。

皇太子妃の御身にメスを入れたらなんじゃらと緒論あったとも聞き及びますが。

男系固持のお家ならば、母体よりもお子が優先と考えられます。いい悪いの話ではありません。とにかく、そうなのです。

生まれた時から全くからだ動かすことも無く、なよなよと柳腰にお育ちあそばして。

運動不足で難産になるといけないからと、身ごもられたお姫さまが、お箸を手にして、床にまかれた大豆をお拾い、とか。

美智子さんは、そんな時代の女性でなくお姫さまでも無く。

出会いはテニス、がっしりとした頑丈そうな下半身の美智子さん、なんでそこまで難産でいらした。まあ。お産のことはそうなってみないとわからない。とも言います。もちろん存じておりmす、こんなこと言うのは、ワタシが意地悪だからでしょう。

スポーツしてた方なら大丈夫、という見方も、あの方をいれられるにあたって、おそらく、あったのかとも想われますが。

皇室に入って、全方向から苛められてたストレスのせい、だったのか、これも。

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美智子さん?? 頑健そうでいらっしゃる。

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とても小柄でいらっしゃる。


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しんしんと肺碧きまで海の旅

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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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