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ふしぎなカフェ 3  強引な終章

海の色が濃い。濃い青だ。好きな色だ。

桜の花はほぼ散ってしまった。海からの風は強くて、ブワンブワン吹いて、花吹雪などという風情に遠く、咲ききって力を使いつくした花を散らして、どこかへか、さらって行ってしまった。

今日もバスに乗って、あの店の前を通った。店のカーテンは久しぶりに開け放たれていて、バスの中から、窓の向こうにいる人々が見えた。窓に近い席はほぼ埋まっているようで、おそらく「日替わり定食」を注文して食べているのであろう人々は、通り過ぎる間に見えた限りでは、きげんがよさそうで、くつろいでいる風に見えた。

私が食べた日のランチの主役は身の厚いアジと、まん丸く成形されたホタテ味の小さいフライ二つだった。冷凍食品、それはそれ。業務用のスーパーの大袋入りのものでなさそうな・・おそらく店で作られた・・マカロニサラダと刻みたてのキャベツとがふんわりと皿に盛られていた。アジフライは小気味のいい硬さに揚がっていた。味噌汁はたっぷりで熱くて、少量ではあるが肉じゃがの小鉢が添えられていた。朝から仕事をして来た人々が、普通の日の昼間、落ち着いて普通に昼ご飯を、食べていたのだった、あの日も、今日も。

あの日は、彼女の姿は無かったのだ、背の高い色の白いハンサムにドアを支えてもらって店に入った日は。

つとめ始めて数日、といった感じのパート・タイムの女性が注文を取りに来て、厨房の奥からもう一人の、いかにも普通っぽい女性が注文を確かめに出て来て。ハンサムな若者は、客ではないのか、テーブルの上にカラフルな何やかや、ひろげて、真剣な表情で何かを選んでいる様子だった。愛想のいい感じのいいハンサムで、時々顔を上げて、自分なりには遠慮をしつつ、店内の様子を見まわしている私に、かまえの無い笑顔を向けて来たりしていた。

食べ物が届いて私は、食べることに集中した。皿の上のものは残さない、ごはんも残せない。アジのしっぽの際まで食べて、箸袋に箸を納めたころ、不意に彼女はかえって来た。

私が心中で呼ぶところの「シモーヌ」が。

近くのスーパー・マーケットの袋を提げ、シモーヌは、厨房の奥へ入って行った。すぐに出て来て私のテーブルに来て、

「コーヒーと紅茶、どちらか」

と言ってくれたので、紅茶を頼んだ。あ、はい、と離れて行ったシモーヌの、右手に、真っ白な包帯が、けっこう派手に巻かれているのを私は見ていた。

ケガをしたのか。初めてここへ来た日から、今日、おひるどきを選んで来た今日までに、彼女は。

紅茶が運ばれて来て、私は、ゆっくりとそれを飲んだ。

流行っていない店ではない。私が勝手なストーリーをこしらえていただけだ。それがわかって、一人、笑った。

シモーヌはこの店の主で、ランチタイムには(たぶん)近所から、パートタイムの援軍が来る。シンプルにそういうことのようだ。

だぼだぼのヨット・パーカーをずどんと着込んでいて。前垂れ(昔の町の公設市場で魚屋のおかみさんが着けていたような)は膝の下まで、足元はごついスニーカー、頭には手編みの黒い正ちゃん帽。ものすごくへたくそな手編みだ。目が飛んで小さな穴が開いていたりなんというか。個性的、という言葉がこの世には便利に存在するが、そう呼ぶには雑駁すぎる、と言うには、堂々としているのだ、この女性は。

前回ぐちゃぐちゃだった頭髪は、帽子の中に押し込まれていて見えなかった。顔はすっぴんで。

どう形容すればいいのか。雰囲気がある。そう言おうか、では、何の、どんな雰囲気。うまく言えない。

どうも彼女は、色白のハンサムの母親なのであるらしく。屈みこんで小さな声で、話しかけていた。

かすかな小声で話していた内容を、少しだけ記すと。聞こえてきたのは

・みぶんを考えなさいよ。

・ぼしかていなのに。

対する若者の声は、

・せっかくのそつぎょうなのに。

そういうことだった。

このあたりは推測で書かないことにする。

常に妄想うずまくわが脳内に於いて、マダム・シモーヌは、一人で息子を育てた。店の名が「母」を意味するものであるのは、開店時の彼女の決意をものがたるものなのかもしれない。

母は頑張り、息子は笑顔の優しい、客へのふるまいも柔らかいオトコに育った。

・・・以上のことくらいを、示して、この不思議なカフェの話は、終わることに決めた。

実在の店、実在の彼女、息子さんも。だから。

ワタシの妄想でよごしてはならないのだと思う。

そのカフェが、周囲に桜の爛漫だった、花の盛りだった数日、カーテンを閉ざして休んでいた「なぞ」についても、もう触れまい。









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さくら満開です。

さくら、満開です。

桜をうたったうたはたくさんあります。

今日はこのうたをご紹介したいと思います。


  さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり

          さくらばな いくはるかけて おいゆかん みにすいりゅうの おとひびくなり  

                                       馬場あき子



はじめの「さくら花」と「いくはるかけて」と「おいゆかん」とは、どうつながるのか、とか。

「みにすいりゅうの おとひびく」って、どういう意味なのか。とか。

気にしないで、なんとなく、いいな~、と。そう読まれたら、いいな~、と、思います。軽いうたでは、決してないのですけどね。

もう一首。


  桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり

          さくらばな いのちいっぱいに さくからに いのちをかけて わがながめたり

                                      岡本 かの子


さまざまな感想はあるのでしょうね。おおげさだ、とか。

私はこの、いのちいっぱいなうたが好きなのです。大正13年、関東大震災のあった次の年の桜の季節、震災のおよそ半年後に、詠まれているうたです。

この時かの子は、一気にさくらのうたを139首、発表しています。

どれもぜんぶいいかと言えば、そういうことではないです。中に、以下の一首もあって、なにごとにも過剰な、溢れかえるような岡本かの子らしいな、と、読むたび、頬がゆるんでしまうのでした。愛情も特濃。のどかな春の光景のなかの親豚子豚が、いとしくてかわいらしくてたまらなかったのでしょう。

溺愛していた一人息子の太郎・・・あの岡本太郎・・・を、創作の興のっているときは、柱にくくりつけて書いていた、とも逸話の残るひとでありますが。


  丘の上の桜さく家の日あたりに啼きむつみ居る親豚子豚

          おかのへの さくらさくいへの ひあたりに なきむつみをる をやぶたこぶた
 


……コメントへのお返事は、あす、お昼過ぎに、させていただきます。





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吹きわたる風の中に

「嵐が丘」という作品を初めて知ったのは、中学生の頃でした。

小学生の時から大好きだった漫画家の水野英子さんが描いていた激しい漫画で知りました。水野英子は「星のたてごと」から読み始め、やがて私が「ヒッピー」風のでろでろファッションに目覚めていった時代(笑)、一世を風靡した「ファイアー」に夢中になり・・当時は「峰岸ひろみ」という漫画家も大好きだった・・漫画の話はキリがないのでここまで・・

とにかく、親と離れて養家から中学に通っていた私、夏休み、冬休みに実家に帰ってもやはり鍵っ子であるのは変わらず、寂しいというよりはそれは自分には好都合、お小遣いのほとんどを本を買うのにつぎ込んで、小さな部屋にこもって、ひとりうっとりの世界に溺れこんでいた、そんな時代に知ったのでした、「嵐が丘」。

すぐに原作も読みました。鬱々とした小説。狭い限られた世界の中で起こる、ひとかたまりの人間たちの愛や憎やの数十年のものがたり。

嵐が丘の作者のエミリー・ブロンテの姉、シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」も、ほぼ同時に読んでいました。この二冊の本は、結局、何度も読み返すことになりました。私は、童話やメルヘンの嫌いな子どもでした。

映画は、ローレンス・オリヴィエがヒースクリフを演じた昔の映画も観ています。最近の(と言っていいのか、すでにかなり以前の映画化でしたね)、レイフ・ファインズがヒースクリフを演っているものは、ここ半年以内にも二度、観ている。ありがたい時代です、テレビの画面で。

私にとって「嵐が丘」は、ただにヒースクリフの物語なのです。キャサリン・・キャシーは重要ではない。存在としては重要なのですけれど、、彼女には気持ちが寄って行かないのです。

ヒースクリフといえば、松田優作が演じた、日本版のそれも、観たことがあります。タイトルは同じだったか。相手役の女優の名前も顔も思い出せない。(いま調べたら田中裕子です)。松田優作が強烈だったこと、画面の中でデカかったことが今も鮮明です。

愛した女、今でも愛している女の、墓をあばく男。荒涼たる風景の中で。演技とはいえ、その男の気持ちの、胸の、思いの痛さが、突き刺さってくるようでした。痛みながらしかし、思いを遂げて恍惚としているのでもある凄さ。忘れられないシーン。

残酷な話です、「嵐が丘」は。当時20代前半の若さだった作者・エミリーの、人間を描く目に容赦はない。

キャシー以外に関心のない男・ヒースクリフに、ヒースクリフの復讐の一つの手段、一つのコマとして恋を仕掛けられ、簡単に墜ちて、兄の制止も聞かず家を飛び出てしまった娘、イザベラ。兄の妻となったキャシーに恋い焦がれる男の妻となって、すぐに、殴られた跡の残る顔を、実家からの使いにさらして、ひきずられて使いの者の前から去るイザベラの不幸は、結婚のその瞬間から始まったのでした。

兄は止めた、わかっていたから。でも、イザベラの思いも行動も止まらなかった。

恋だと信じたから。若い世間知らずの身と心が、恋だと信じたから。

世間知らず。書いていておかしなこと、世間など知りようのない世界の話ではあります。

一年中、広大なヒースの原を吹きわたり続ける風の中に建つ、二軒の家。いわばA家とB家。その他に何も描かれていない。そこがどんな村であるのか他に人家はあるのか、食料などはどうしているのか、そういったことを、作家は何も描写していない。長い小説なのですが。イザベラの実家の方では、何かパーティのごときものが催されていたりする描写もあるのですが。

エミリーは、二軒の家に存在する人間たちのことしか、書いていません。キャシーやイザベラが世間知らずだなどと、言いようもない。世間の無い小説なのです。

キャシーへの思いしかないヒースクリフ。その思いは、熱くて強くてそして、重い。現実には温厚で優しい夫・・イザベラの兄の妻となっているキャシーの、実際の生活を大切に思ってひそかに見守って、などという現代人的な配慮もへったくれもない。夫の子を宿しているキャシーに対しても、お前が好きだ君が好きだお前は俺のものだ君だけが生きる糧だすべてだ、キャシー。どうして俺だけを見ないのだ、と。遠慮も何もない。

キャシーは。実に困ったりしながらも。キャシーも同じなのです、ヒースクリフのことが、本当は好きで。本心を聞かないで行ってしまったのはあなたじゃないの、私の本当はあなただけなのに、なんです。

キャシーの夫の善良なエドガー。エドガーの妹でヒースクリフにからめとられてしまった、不幸なイザベラ。何の罪科の無いこの兄妹に対する作家、エミリーの眼の冷たさといったら。同情心のかけらもない。と言えます。仕方がないのです、エミリーにとって大切なのは、自分自身の思い。それだけ。

地の果てのような、年中風の吹き荒れる荒野の中の牧師館で。姉と妹と父と兄と。母は早世、召使はいたのでしたか。毎日同じことの繰り返し。美味しいものにも縁がなく、楽しいことにも縁が無く。本を読んだりきょうだいで話をつくって披露しあったりが楽しみだった。。

町へ出て行った姉には、どうやら、恋愛らしきこともあったような。ただ一人の男兄弟である弟は、出来が悪かった。姉は小説を書いた、出版もできた、妹も、さして評判にはならなかったが本を出した。次女であるエミリーも、本を書いたのでした、それが、「嵐が丘」。ただ一冊の著書といっていい。エミリーも町へ出たり学校へ入ったりした時期はあっても、結局、荒野の牧師館へ戻っていた。

重い暗い厚い雲に覆われた牧師館。ヒースの原を吹きわたる激しい風の音。つまりそれだけが、エミリーの生きた世界でした。

病を得て、エミリーは、終日、お気に入りの椅子に座っていたといいます。

発散しようの無い思いを、エミリーは、ペンに託して、ぎゅうぎゅう詰めに書いた。誰がどう読もうが感じようが、そんなことはどうでもいい。書きたいことを、書きたいように書いた。ヒースクリフとキャシーの物語を。

死んで、二人は魂になって、ヒースの原をさまよい歩く・・それが、この異様な恋の終章。エミリーの描き出した「ハッピー・エンド」。

他の人間の運命や気持ちがどうあったって、関係ない。連れて来られて虐待されて、そんな中でも子を産んで。若く死んでいったイザベラのことなど、エミリーは、知ったことではなかった。最後まで自分の方を見てくれはしなかった妻の残した娘を、大切に育てたエドガーのことも。

ただ皮肉なことに、小説の終わりには・・映画の終わりにも・・そうして生み出された次世代の子供たちに、何やらほのかな、人らしい人生が、ほの見えているのですけれど。


今では記憶もさだかではありません。

初めて読んで引き付けられた、水野英子の漫画の「嵐が丘」。

かすかな記憶に間違いなければ、ラストでは、椅子に座ったまま憔悴しているエミリー・ブロンテが。

医師の診察も受け入れず、周囲の意見にも耳を貸さず。髪も乱れてやせこけた顔の中の両眼を,カッと見開いて。

「放っておいてちょうだい、私にかまわないで、何をしてくれなくていい、私はもうすぐ立ち上がるのよ、この椅子から立ち上がる、そして。

ヒースの原を吹き渡る風の中に立つのよ、ワザリング・ハイツ、私の風。あの風の中に立つのだから」

とか、独白が書かれていた気がします。そしてエミリーは、たかだか三十歳で死ぬのです。

中学生の私は、知らなかったその世界に、まこと全身で引き付けられました。

こんな風に。と感じたのかもしれません。

こんな風に、強く生きたい、こころ自由に生きたい、こんな風に生きられたら、と。







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しみいるような言葉が欲しく



身の回りが片付いてきて

ゆるやかに疲れがほころびていって

パソコンの前にも座れます

無性に気になってしかたのなかった

あのやんごとなき(と言われてもいた)方々のこと

もはや言うべき言葉もみつからず

なんとも申すべき言葉もなく

ならば黙っておりましょう

黙っておりますよ  言いたくもない

からからに渇いておりますよ



しみいるような言葉が欲しく

したたるような思い恋ほしく

中原中也など読んでおりました   

.........................................................................................................


     月夜の浜辺

                                  中原中也

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
   月に向ってそれは抛(ほう)れず
   浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

....................................................................................


     また来ん春

                            中原中也
 
また来(こ)ん春と人は云(い)う
しかし私は辛いのだ
春が来たって何になろ
あの子が返って来るじゃない
おもえば今年の五月には
おまえを抱いて動物園
象を見せても猫(にゃあ)といい
鳥を見せても猫だった
最後に見せた鹿だけは
角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた
ほんにおまえもあの時は
此(こ)の世の光のただ中に
立って眺めていたっけが……








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宮中歌会始儀  追記あります。


今朝、2018年1月12日午前10時半より、皇居・松の間における「歌会始の儀」が、放送されていました。

一般の方々のうたが紹介されるようになったのは、昭和25年からのことです。



初めの一人、中学生の中島由優樹さんは12歳、今までの最年少だそうです。


    お題「語」 


  長崎県 中島由優樹

・文法の尊敬丁寧謙譲語僕にはみんな同じに見える
  
  新潟県 南雲翔

・通学の越後線でも二ヶ国語車内放送流れる鉄橋

  神奈川県  浜口直樹

・多国語の問診票を試作して聴くことの意味自らに問ふ

  神奈川県  三玉一郎

・語らひに時々まじる雨の音ランプの宿のランプが消えて

  東京都 川島由紀子

・耳もとに一語一語を置きながら父との会話またはづみゆく

  長崎県  増田あや子

・いつからか男は泣くなと言はれたり男よく泣く伊勢物語

  福井県  川田邦子

・突風に語尾攫(さら)はれてそれっきりあなたは何を言ひたかったの

  広島県  山本敏子

・広島のあの日を語る語り部はその日を知らぬ子らの瞳(め)のなか

  長野県  塩沢信子

・片言の日本語はなす娘らは坂多き町の工場を支ふ

  米  カリフォルニア州 鈴木敦子

・母国語の異なる子らよ母われに時にのみ込む言葉もあるを


  選者のうた

  内藤明

・語り了へ過ぎにし時間かへり来ぬ春の雨降る巻末の歌

  黒井千次

・語るべきことの数々溢れきて生きし昭和を書き泥(なづ)みゐる



  絢子女王(皇族を代表して)

・気の置けぬ竹馬の友と語り合ふ理想の未来叶ふときあれ

  雅子さま(体調を考慮して欠席)

・あたらしき住まいに入りて閖上(ゆりあげ)の人ら語れる希望のうれし

  皇太子さま

・復興の 住宅に移りし人々の語るを聞きつつ幸を祈れり 

  皇后さま

・語るなく重きを負(お)ひし君が肩に早春の日差し静かにそそぐ

  天皇陛下

・語りつつあしたの苑(その)を歩み行けば林の中にきんらんの咲く

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

放映されなかった皇族方のおうた。


  秋篠宮さま

・村人が語る話の端々(はしばし)に生業(なりはひ)の知恵豊かなるを知る

   秋篠宮妃紀子さま

・人びとの暮らしに寄りそふ保健師らの語る言葉にわれ学びけり

   秋篠宮家長女眞子さま

・パラグアイにて出会ひし日系のひとびとの語りし思ひ心に残る

   常陸宮妃華子さま

・遠き日を語り給へる君の面(おも)いつしか和(なご)みほほゑみいます

   寛仁親王妃信子さま

・我が君と夢で語りてなつかしきそのおもひでにほほぬれし我

   三笠宮家彬子さま

・祖母宮(おほばみや)の紡がれたまふ宮中の昔語りは珠匣(しゆかふ)のごとく

   高円宮妃久子さま

・学び舎(や)に友と集ひてそれぞれに歩みし四十年(よそとせ)語るは楽し

   高円宮家長女承子さま

・友からの出張土産にひめゆりの塔の語り部をふと思ひ出づ

   高円宮家三女絢子さま

・気の置けぬ竹馬の友と語り合ふ理想の未来叶ふときあれ


 【選者】

   篠弘さん

・街空に茜(あかね)は冴ゆれ語らむと席立ちあがるわが身の揺らぐ

   三枝昂之さん

・語ることは繋ぎゆくこと満蒙(まんもう)といふ蜃気楼阿智村(あちむら)に聞く

   永田和宏さん

・飲まうかと言へばすなはち始まりて語りて笑ひてあの頃のわれら

   今野寿美さん

・歌びとは心の昔に触れたくてたそがれ色の古語いとほしむ

.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出来れば明日、感想を書きたいと思います。

天皇という存在は職業では無い。特別な存在のはずです。いまさらもう、虚し過ぎて言うのもヤではありますが。

天皇である夫を自分の単なる連れあいの位置に引きずりおろし、疲れた夫を気遣いねぎらう妻である自分を、独特のやり方でアピールする美智子さん。

あざとい。あざと過ぎる。でもそれが本性となっている。

夫君がそんなにも重い荷を負って疲れているのは、誰のせいだと仰りたいか。

国民その他がわからずやでアホだからか。

本当にどうしようもない軽薄、傲岸、薄っぺらい私的慈愛ふりまき業者。

人前で、ひらひらのドレスのせいで(か)、サッと座れないで何度もムジミジしておられた。すっと座ることさえできない。お歳のせいのみではない、ああいう、こういう、品の無い人なんです。またもやこのような得心をしてしまいました。

アメリカから、歌会のために帰国をされて、和服で、しっかりと坐っておられた80代の女性。万感胸に迫るのを、懸命に堪えておられた、選出歌もすばらしかったです。

皇族のうたは見るもの無かった、三笠宮家の信子さまは素直な柔らかい心をお持ちなのだなあ、と感じました。

常陸宮妃華子さまのおうたが、つまり、こういった場に於ける、妃殿下の立場にあられるお方のうたなのだろうな、とも感じました。ふつうに、皇族らしい。それが大切なのでは、と、思いました。

明日、もう少し書きたい・・・







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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・