今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

「べき」って何よ。

週刊文春の2月9日号の目次に

天皇の理髪師 初告白 

「人間・明仁天皇」


と大きな文字でありまして。

「生前退位を議論するなら素顔の陛下を知るべきです」

ですと。

べきだって、「べき」。誰が誰におっしゃっているのかしら。

素顔の天皇。

人間・天皇。

それって・・・

理容院の三代目で、祖父、父に続いて今は今上天皇の髪を整えるため、御所にあがっているというお方。

大場さんとおっしゃる方。

天皇とはこんな方、調髪中ずっと本を読んでおられるとかにこやかに笑いかけて下さるとか、あれこれ記事になっています。

引用するのもダリい。なんでこんなことがいま、記事になっているのか。

失礼ながら調髪中の天皇の「素顔」なんてものは、お隠れになられてから「微笑ましい」とか「こころ温まる」エピソードとして出て来るのが、恒例だったような。

御所へうかがう前日は、洗面器に30杯の冷水で身を浄めて「玉体」と向き合うとか。でも天皇はシャンプーを、「前回ここでした時から、していない」と仰せとも書かれています。

玉体は、あんがい、汚れておられるのかしら。

陛下の常用のヘアリキッドのメーカーや商品名が出ているし・・・私はこれは、皇室の話題としてどうかと思う、まさか、陛下がお使いなら自分も、と、客が押し寄せて品切れになる・・・などの恐れは、無い。とは確信しますが。

やはりこの方に調髪してもらっているという、皇太子。

皇太子さんの方の調髪・裏話の方を知りたい。などと思う方は多いでしょうが、はい、私もそうです、でも、これは、タブーですよね。

「な、なるひとの人格を否定する動きがあったのは事実です」

こーゆー断定の張本人になったらきっと、ヤバかろう。

でも、この皇太子の「てはにー」発言と似たような話。

あられもない。

軽率です。と、どなたも咎めないのね。


陛下のことは、

「剛直で慎ましやか、そして誠実」

それが大場氏の陛下評だという。それはそうなのだろうと思います。

べっ甲の櫛が欠けても十年以上使っておられると。

欠けた櫛はいかがなものかと感じますが、つまり、質素でものを大切になさる方だと、ここでは言いたいのでしょう。

記事の中には、御所二階の「御理髪室見取り図」が載っている。

危険だなあと驚きます。

この理髪師さんは、五時間以上のロングインタビューに答えたとのこと。

何を、お喋りになったか、何のために。

「私は専門外ですから、学識者のように憲法や皇室典範の問題について申し述べる立場にはありません」

「陛下も我々と同じように、一人の人間でありながら、象徴天皇として歩まれるのは、並大抵のことではなかったと思います」

「それは“菊のカーテン”の奥で、私が拝見した『人間・明仁天皇』のお姿そのものでした」

「生前退位について、私たちは陛下抜きの上滑りな議論に終始してはならないと思います。陛下はいつでも国民への共感を示してくださり、激戦地や被災地を訪ねられるお姿からは『あなた方と共にいますよ』というお言葉が聞こえてくるかのようです。

「平成の御代は、明仁天皇の求心力があってこそ、何とか国家と国民がひとつに束ねられていたと思います」


あああ、イヤになってきました。

昭和帝は確かに、あの時代の必要に迫られて「現人神」でなくなり、人間宣言をなさいました。

しかし、終生、天皇である御自身をお捨てにならなかったと思います。

天皇のまま、生きられた。

今上さん、ご自分でしたい贅沢、ご自身からのわがまま、そういったものは、今ではそんなにおありにならないと思います。

でも。そうとばかりは仰っていられない現実を、引きずってしまっておられます。奥方は激しい消費家でいらして。

・・・この記事には、皇后のして来たことには触れていない。

平成二十五年以来、皇后が陛下の髪への要望を伝えに来ることはなくなった、とあるくらいです。


語る立場にないと言いながら、氏の、この記事での立場は

「皇室の行く末を案じるアルチザンの‘熱誠の忠言」

なのだそうで。

皇室の行く末を案じているのだそうです。

そんな方は、もっと強く真摯な方は、多くおられるはずですが。

今回、この理容師さんがクローズアップ。

・・・・・

「生前退位を議論するなら素顔の陛下を知るべきです」

これ。よく言えますね、こんなこと。

びっくりしました。

べき、とか言ってますけど。

元々は、天皇が、憲法に違反する形で、勝手に、公共放送を使って、言いだしたことでしかないのです。

本来は、取り上げてあげるようなことではない・・・という訳にも行かず、まあ仕方ない、で、多忙な政府が調整する形をつくって、話し合われているだけのこと。

迷惑なこと。


天皇は、なにゆえに、天皇なのか。

そこから解っちゃいないのではないかと判断される。身近に接すれば、おそらく、肩入れしたくなるような、善なる方、なのかもしれません、天皇・明仁氏は、

 単体で。 

利害関係無しで。

触れ合う場所に於いては。

今は厳しくあられる時も無い・・・祭祀さえ代理に任せての生き方を日常とされていて。

もう、こんな人(大場氏とやら)なんかどうでもいい、なんとかまとめちゃえ、な気分になってしまっています。

大体、キライなんです。

ハサミが語るとか、教えてくれるとかいうヘア。アーティスト。

ココロで料理しています、キリッとか、笑顔でコンスで、疲れさせてくれる食べ物屋さんとか。

きちっと自分の仕事だけ、黙ってしてくれればいいから。

脱線します。

去年、美容院変えてみようかと行った店に、ひどくイケメン風のお兄さんがいて。自分がイケメン(風)だと、十分わかっているヒトで。店長らしかった。

髪、してくれながら、語る語る、鏡の中の語る自分にうっとりしながら、語りまくって、私の髪をチョキンチョキンしてくれて、私は、公言しているようにすっごく意地悪なニンゲンなので、言うてみた。音楽の趣味など問うた後、

「感覚はいつも研ぎ澄まされるようにしておられるのかしらぁ」

鏡の中のイケメン(風)に、言うてみた。

イケメン、ふっと手を止め、そうですねえ、と、ハサミを宙にてしゃりっと鳴らした。で

「ぼくみたいにハサミを持つニンゲンは・・・」

うぎゃあああ、やめてくれぇ。

勝手にまた自分語りをお続けになる方の手から、ほうほうのていで逃れて、お金払って、渡してくれようとした顧客カードに気づかないふりでね。

わたし意地悪なので。

「次回のご予約は」

って斜めに見上げて来るのに、

「次回は無いんで~す、きっと」

へ? の表情のイケメン(あくまで「風」)の視界から、よちよちと、消えてきましたのでした。

理容師さんは、いっしょけんめい、お客の髪に向かえばいい。

一つの毛穴から生えて来る毛が、普通の人は2~3本、陛下は5~6本、陛下が剛直なものを持っていらっしゃるということは、調髪をしているとよくわかります。

だとか。

プロの目から見てのそういうことを、お感じになるのは自由ですが、なんでべらべらしゃべっているか。

客のことは喋らない。

公人の身の回りのことを、知り得たとしても黙っている。

基本だと思うが、誰がこの人に、こんなことを喋らせたのか。

記事の最後は以下です。

天皇の御心に触れようと御用に尽くしてきた大場氏。

その渾身の提言に政府や有識者は何を思うのか。


渾身の提言。そうは読めなかったです。

で、この方、ホントに、政府や有識者に、何か思っているのかなあ。なんかバランスおかしいです。

政府に文句言いたいのは、ここにはチラリとしか出てこない、「こちら ↓ 」ではなかろうか。

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陛下は、何かを決定しなければならない時、他のいろんな場面で、

「あちらは何と言っているの?」

とお尋ねなのは定説。

あちらとは、こちら ↑ の、一説には女帝さんとやらのことです。

「わたくしたちの意志や意見や都合やエトセテラ、そういうものを、まず考えるべきでしょう、動くべきでしょう、迅速に、異論など無しで、はよ、はよ」

美智子さん、お焦りです。女性セブン誌も、唖然とする内容です。

どこまで続く女帝焦燥愁眉爆弾。

のらされてる雑誌さんたち。

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「真実(まこと)」さんの作品、お借りします。

もうバッチリ。このまんま。すんばらしい。

事実を写して微塵の誤り無し。

・・・だから。だからこそっ !

今まで、貼りたいのを、がまんしておりましたのに。




ミテコさん、清子さまになりすまし、とか。

ふと胸うちに兆した疑問が、もくもくと大きくなってきて、どうしようかなあ、と迷っています。

美智子さんと、今は公務員の奥さまとして暮らしておられる黒田清子さんの関わりについてすこし調べていて、

あれ? と思った。次に、おかしいなと思い、清子さんの名前で出版されている一冊の本の、あちら読みここを読みかえして、疑問は募って引き返せなくなりました。

清子さん、と呼ばせていただきますが、賢そうで、かつ控えめな方と推察されます。

今上天皇のただ一人の内親王さまでいらした。研究所へ「おつとめ」をしておらしたけれど、降嫁後もその方向のことを継続しておられる話も聞きません。

ご夫君のお母さまとも別の暮らし、お子さまはおられず、昼間に、かなりの頻度でこうごうさんのところを訪れておられるとか、秋篠宮ご一家とは、夫君ともども、今も睦まじくおられるとか。

たまに宮中晩餐会におよばれの一人として写っているか、どうか、のご存在。

その清子さんが、本を、望んで出されたのだろうか、という疑問。

おうた数十首。

あちこちへ行かれて後の、感想のようなお言葉や時にスピーチや、誕生日の折りの文書での回答。

内容はそういったもの。

納められた写真は、幼い頃の、内親王さまらしい可愛く品のいいご様子のものが沢山あります。お行儀のいい可愛いお姿です。成人されてからの、これぞコンサバ、といった体の写真、盲導犬と一緒の写真。美智子さんがしっかりポーズを決めての母子写真。(笑)。

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さーやさまはあどけなく可愛らしい内親王さんでした。

この写真は本には入っていません。


夫君の黒田氏と並んだ写真もあります。平成17年、新婚の頃と思われますが、お二人とも堂々の、落ち着いた雰囲気。

かつて何も知らずこれを見た時、なんとなく、お子さんは無しかな。など、感じたりしました。夫さんの方の覚悟、信念が固まっておられる雰囲気までが写真から見えた気がしました。

と、長々書きましたが。

内親王が、この本を出す必然性って何だったのか? と、疑問が湧いたのです。

どなたもそんなこと、なさっていない気がします。

ナルさんが「学者」とかいうことで、著書などがあるとは聞いても、現物を見たこと無く。

陛下が「学者」とは知られているそうですが、昔は魚の研究者でいらした気がするのですが、今年、狸のフンの研究、とk、突然情報が出て、びっくりしました。

あんなに出歩いていて(失礼?)、研究、できるのか?

いやまず、祭祀とやらも、落ち着いた端然として暮らしの上に成り立つものではないか、と、と、これはまあ、措くとしまして。

どう考えても、いずれ降嫁される立場の清子さんが、なんで本を? の気持ちがのいてくれません。

皇太子とまさこは、明日にものいて欲しいですが。・・これも措くとして。


では。では、ではでわ。

結婚なさった年に発行されているから、ご結婚お祝い号? 週刊誌に、そゆの、ありましたかね?

本そのものにはそういった文言、いっさいありません。

タイトルは

「ひと日を重ねて」

地味中の地味です、出版社も、言ってよろしければと断って申しますが、地味なとこ・・・。

結婚式も地味でした。本当に、地味でした。白いシンプルなドレス姿の清子さまは、品よく美しかったですが。

和服姿も、お綺麗でした、本当に、でも、いっぱいあれこれ、言われたのですよね。

なんであの帯、なんでお料理はあれっぽち?お茶会? たった一人の今上陛下の、内親王さまが。

地味が悪い、とは言いません。思いません。母上が、補ってあまりある「ど派手」、突拍子もないお方です、そのかたわらで、逆方向に行かれたのか、という感じもします。

本来、神道の長の家の娘さんなのですから。

地味でフツーでないかと。

お好みもおそらく、地味路線。

・・・ここで言いたいのです。

いきなり結論に行きます。

「紀宮さまの御歌とお言葉集」として出されたこの本は、

美智子さんが出したかったのだ~~~、と。

娘さんが降嫁される、何かあってもいいわね、大義名分つけられるわね、

ぢゃあ。
ぢゃあ、書きたかった書き足りなかった、あんなこと、こんなこと、本なんかどんだけでも作っちゃえますのに、出したいのにやっぱり、遠慮もしなくてはいけないんですもの、

一冊、まとめてあげましょう、そう言う形ならカッコがつきますわね、ワタクシが言えばまたイジメられることも、あの娘に言わせてしまえば目立ちませんわね。

あら。わたくし、目立たない方がいいのかしら? 目立ちたいのですわねワタクシって、そーゆーキャラ、あらま、なんだかわからなくなりましたけど、言いたいことは山盛りございましてよ、週刊〇〇や△△に、しょっちゅうワタクシの真実は流布させているとはいえ。

まだまだ、賛美が不足です。ワタクシのカラダは賛美でできている、って状態でないと、日々が生きにくいのですのよ。

いいわいいわ、今だわ、清子の本で、いっちゃいましょ。

清子名義で本一冊、さああああ、つぎ込みますわよお、ワタクシの、うたも、考えも。


・・・な気がします。

うたも。清子さん本来の歌(すでに疑問まみれの中でも、きちんとご自分を客観視してものごとを見ておられる感じが、正直に出ている。と。わたしKUONは考えます。この面をお持ちの清子さんであることは、私の感じと矛盾しないのです。

やはり、賢い冷静な方なのね、と。

気持ちのいいおうたが、沢山おありです、言い方がエラそうなのは、一読者としての感想であるとして、お見ゆるしいただきたいです。

で。よおおおおおく、見えて来ます。

清子さんが、主に「母」。

親のうちでも、誉められていないと生きて行けない「お母さま」を題材にしたり、絡ませたりしているうたは、奇妙なことに、

ミテコ臭が、プンプンするんですよ!。

よく見ると。疑問の元を知りたくて、しつこくなると。

見えて来てしまふ。

ご紹介したいです、すっごく。

皇太子(や、ご自分の)結婚報道に関して、清子さんが思っておられることを、述べている文書もあります、人権無視ですと、まあ、怒りのお気持ちを露わにしておられるのですが。

はて。

清子さんは、そういう感情の露出を、ためらわないお方だったかな、と、。

けっこう言うてはるんですよ、お怒りお腹立ち露わに。

ミテコ、腹立てておられたんですね。






あきれかえる話。

新嘗祭

新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)宮中祭祀のひとつ。大祭。また、祝祭日の一つ。

収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる[1]。

解説[編集]wikkiより

日本では、古くから五穀の収穫を祝う風習があった。その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。

一時中断されたが、元禄時代の東山天皇の在位中に復活した。もともとは旧暦11月の二の卯の日(卯の日が2回しかない場合は下卯、3回ある場合は中卯とも呼ばれる。旧暦11月13日~11月24日のいずれかが該当する)に行われていたが、1873年(明治6年)の太陽暦採用に際して新暦11月23日とされた[1]。これは、同年11月の二の卯の日が11月23日だったことによる。1908年(明治41年)9月19日制定の「皇室祭祀令」では大祭に指定。同法は1947年(昭和22年)5月2日に廃止されたが、以降も宮中では従来通りの新嘗祭が行われ、最も重要な祭祀としている。神嘗祭と同様に神宮(伊勢神宮)には勅使が遣わされる。

また、「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」および「休日ニ関スル件」により、1873年(明治6年)から1947年(昭和22年)まで同名の祝祭日(休日)であった。以降も「国民の祝日に関する法律」により、勤労感謝の日と改称されて国民の祝日となっている[1]。なお、固定日の休日では最も長く続いており、11月23日は日本国民に最も定着している休日でもある。

現代では稀であるが、新嘗祭まで新米を口にしない風習も残っている。

2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。

関連項目[編集]
大嘗祭 - 天皇に即位して最初の新嘗祭を大嘗祭と呼ぶ。
豊明節会
鎮魂祭 - 新嘗祭の前日夜に行われる
五節舞
相嘗祭

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新嘗祭は、宮中のもっとも大切な祭祀の一つと聞いています。

今日がその「新嘗のみまつり」の日で、前夜には「鎮魂祭」が行われるとか。

鎮魂祭、新嘗祭、天皇陛下は粛々とおつとめくだされたことと想います。

むかしは、この日を期して、その年の新米をいただき始める決まり事もあったとか。

上記、ウィキペディアの記事中に、

「2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。」

とあります。多くの宮中祭祀と同じく新嘗祭も、一般の国民の目にも耳にも遥か遠く、届かぬあたりで、うやうやしくつとめられていた、マル秘、マル禁の事柄であったということでしょうか。

その新嘗祭について今上は、昭和三十二年、未だ皇太子でいらした時に、歌に詠んでおられます。

   ともしびの静かに燃ゆる神嘉殿琴はじきうたふ声ひくく響く

    ともしびの しずかにもゆる しんかでん ことはじきうたふ こゑひくくひびく

                               昭和三十二年 歌会始儀 御題 ともしび


細かく言えば、五七五八八。字余りが二か所、それは、添削の時点でよしとされたのでしょう。字余りよりも、皇太子が新嘗祭の現場をうたわれた、そのことが、新鮮だったと思います。

私の浅い知識では、このうた以前に、天皇が宮中祭祀に触れて詠まれた一首は、無いような気がします。

歌会始の折りには、宮家の妃殿下、親王内親王まで詠草が発表されていますが、それ以外では、皇后のうたは少し残されていても、表に皇太子のそれが出されていたことは、あまり無い。間違えているかもしれませんが。

現・今上夫婦、というより、美智子さんのうたが、昭和から平成に至るまで長く、折に触れて出て来ていて、初めの歌集が、皇太子夫婦のおうたを集めた形でした。ミテコさんも始めはそれなりに、遠慮あそばしたか。

ともかく。

画期的ともいえる、

祭祀の場でうたわれた体裁のこの一首。

実際は昭和三十一年に作られています。敗戦から10年、皇室を取り巻く状況も、まだ大変化を遂げている最中であった。皇女が「おスタちゃん」などと呼ばれた時代の空気が、こういううたも許容したのだと考えます。

明るく、軽く。アメリカさんには逆らわない、逆らう気なんか無いよ~ん、でしたか。。

皇太子の喫煙写真も銃を構えている写真もあります。他の場面の写真もあります。

皇太子・明仁氏は、そういう、新しい時代の皇族として存在しておられたのですね。

正田美智子さんとの、軽井沢での出会い、テニスコートの恋、皇太子自身のプロポーズ。初めての、聡明で美しい平民出身のおキサキさん。めっちゃ、かっこいいものだったでしょうか。

・・今日、書きたいのは、他のことではありません。

うたのことです。

以前も一度、同じ内容で書きました。今年です。

あれからまた、何度も読んだり、ひっかかったことを調べたりもしてみました。

昭和四十五年、当時皇太子であられた今上は、

「新嘗祭七首」と題される、連作七首を、発表しておられます。


    松明の火に照らされてすのこの上歩を進め行く古思ひて

      たいまつの ひにてらされて すのこのへ ほをすすめゆく いにしへもひて

    新嘗の祭始まりぬ神嘉殿ひちりきの音静かに流る

      にひなめの まつりはじまりぬ しんかでん ひちりきのおと しずかにながる

    ひちりきの音と合はせて歌ふ声しじまの中に低くたゆたふ

      ひちりきの おととあはせて うたふこゑ しじまのなかに ひくくたゆたふ

    歌声の調べ高らかになりゆけり我は見つむる小さきともしび

      うたごゑの しらべたからかに なりゆけり われはみつむる ちさきともしび

    歌ふ声静まりて聞ゆこの時に告文読ますおほどかなる御声

      うたふこえ しずまりてきこゆ このときに つげぶみよます おほどかなるみこゑ

    拝を終へ戻りて侍るしばらくを参列の人の靴音繁し

      はいをおへ もどりてはべる しばらくを さんれつのひとの くつおとしげし

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上、七首です。

現/天皇のよませたまひし御歌(まだこの時は「御製」ではない)とされていることに、疑問を持っています。

これは、他の場面でもそうであると、しばし言われていることですが。美智子さんは、どなたの文章にも自分流の介入をして来た方。

夫君であらせられる今上の、仰ること、書かれたもの、今年夏の「お言葉」に限らず。

指図し、書き直させ、くらいならまだしも。初めからミテコさん・作の文書が、今上のお言葉として、公に出張って来ていることは、明らかと想われます。本当はここ、断言したいところです。

皇太子の連作七首。これも、ほぼ、皇室に入ってから「優れた歌人」の名をほしいままにされた奥方の手が、何割か、あるいはほぞすべてがそう。であると、読みます。正田美智子の独身時代のうたを、寡聞にして拝見したことがありません。

いきなり「歌人としても一流」なヒデンカになっれたのでした。錚々たるセンセイがたに教えを受けておられた。秘められていた才能が、一気に花開いた。ということですか。

つかれた歌の師の個性によって、微妙に歌風が変化しても、それは、進化されたと言えばいいことなのかも。

わびさびの境地に入るのでなく、しっとりと落ち着いた、というのでもない、ガサツなKUONのごとき読者の目には「味が落ちた」ような、枯れた、でもなく(シツコイ)、スカスカになった感の深い昨今の「御歌」、ここ数年は、ミテコさんに、センセ、おられないのかな・・・・・張り切って「歌人・美智子さま」との称号に酔いつつあられた皇太子妃。持って行き方、うまかった。

ともあれ。七首はミテコの手になる、との疑問の、一番わかりやすい根拠。

今上のおうたは、平明な、普通のおうたが多いのです。飛びぬけていないが、妙な癖も無い、すとんとしたおうた。

連作は、以前も書きましたが、一つのテーマに添った内容のうたを、何首も作って(詠んで)、ひとまとまりの形にするもの。

技術も、体力も要ります。

この意味でも、今上がお一人で、とは、失礼は承知、考え難い。

かつて独身でいらした今上が、自分にしか詠みえない題材として詠まれた一首を、下敷きに。

自らの才を信じ、才を恃み、の今上夫人が、やってみせましょう、わたくしになら出来るわ、他の誰にも出来ないことよ、の野心に満ちて、作り上げた七首の世界。

ご自分の作としての発表は、叶わなくとも。

そうとしか、今のKUONは、考えられなくなりました。

世の中には、ご夫婦で歌人、という例も少なくないようです。

私の知る限りでは、それぞれ自分の世界を大切に、実生活では睦まじい二人であっても、作品に関しては、個人と個人。

言葉ひとつにも踏み込まない、要らないことはしない、してはならないとしておられるようで。それはともかく。

皇太子の妻が、才に溺れて(と言ってしまいます)、宮中祭祀を詠んで。

これが、見事に、写生歌であることが興味深い。形を整えることに夢中で、こんな情景も書いておきたいわね、とそちらに気をとられて。

次代の天皇。次代の祭祀王としてその場に在る皇太子の、精神世界と言うか、そのあたりが、まるで抜け落ちているのが、即物的に徹底していて。

細かく言っちゃいます。

・はじめの数首は、過去の今上のおうたを、視点を絞って一首としてそれぞれ完成させた(つもり)。

・「我は見つむる小さきともしび」・・・四十歳ちかい男のうたいぶりではない。と、KUONは思います。

・「告文読ますおほどかなる御声」・・・告げ文をお読みになるのは、昭和の天皇陛下です。その声を、おおどかなるお声、と、詠んでおられるのは、そのままそうだとは思いますが「読ます」も「おほどかなる」も、美智子さんの選ぶ言葉だなあ、と、感じないではいられません私は。今上は、こうは、詠まれないと思う。他の歌、たくさん読ませていただきましたが。

・「参列の人の靴音繁し」・・・直感ではありますが。生まれつきの皇族、身内みな皇族、が事実の皇太子は、ここで「参列の人の」などという、よそから来て見ているヒトみたいな視線の言葉、使うかしら、と、これも私感です。


美智子さんが、皇太子の歌として、自分のうたを出していた。

一般人の世界でも、いささかの問題、無しや有りや。

単に、歌の世界の話と言えば言える、でも、昭和四十年代から、こういうことをしていたヒトだと。

深く深く疑惑を抱く。

やられた方も見ていた人々も、だんまりなのは、変化しているわけがないと思いますし。

やりたい放題を見許し、誰も何も言わなかった、あるいは、ミテコさんが聞かなかった、雑音にしか受け取らず、目の前から消してゆかれた。基本、変kしていないと思わる現状です。

誰よりも強い権力者と成り上がられました、美智子さん。

あれもこれも。本来、皇后のすることではないでしょう。

麗々しく何冊もの歌集を出し(昭和の両陛下は晩年に一冊のみ)、恥じる気持ちをご存じない方なのか、そこに、なりすましのうたも、納めさせておられます。清子さまの本にも、疑惑のうたがいささか。

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いっぱんじんには無理な歌材も欲しいのよ、だってアタクシはこーごーへーか、世の並のものとは違うのですもの。

歌の材料見つけたら、ためらうことなど在りえません、詠んでしまいますわ、ええ、皆のものもそんな世界も知りたいでしょ?

それになにより、アタクシの方が、うた、優れていると長年、言われ続けて、おほほ。

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あたくしたちの未踏の地はどこかしら、あるかしら、探し出して行ってさしあげないと。

でもって、行って帰ったら、忘れないようにピン、ぶっ刺しておきませんとね。




どれも、美智子さんという囲みで考えれば、矛盾しません。

ご本人は「サービス」のつもりなのかも知れません、あの方的には。



この記事には後に、追記させていただきます。


何がなんでも見守れ、ですって

>今週の週刊新潮誌に、ノンフィクションライターの友納尚子が

>初めて明かされる愛子さま」長期ご欠席の全真相

なる記事を掲載させている。去年あたりまで彼女は、ライバル誌とされる方⇒週刊文春誌を舞台に、「プリンセス雅子さま」なんちゃらという、見て来たような嘘ばっかり、あるいは、またこたまの実家筋からの

「これがデータです、うまいこと作文しなさい」、との指令通りに、雅子さますんばらしい、と書き続けていた。それがやっと終わったと思っていたら(作品は単行本化されています、内容は、ノンフィクションでなく、またこたまについての、完全なるフィクション本であります)、なぜか新潮に書いている。

まさこをアゲるための、陛下や秋篠宮殿下についても捏造がひどかった、宮内庁からクレームもつけられていましたが、書いたモン勝ち、の身のこなしようは、さすが。何がさすが、なのか(笑)。

もの書き傭兵ですから、雇い主がいて場が与えられれば、どこにでもどうにでも書くのでしょう。

読んでみましたがやはり、まさこは愛に溢れ愛娘を心配しながら公務に打ち込もうとする気配り細やかな妃殿下であり、娘の愛子さんは、母を思いやり、自らを追い詰めるほどあれこれ考えぬき、、思春期特有のカラダに関する悩みや自負を抱えた少女、として、描写されています。

きもちわるいので引用したくないですが、最後の部分だけ、少しだけ、書き写させていただきます。

>愛子さまはこの12月1日で15歳をお迎えになる。クリスマスケーキを雅子妃と一緒に作るのが楽しみーーー。
思春期ならではの思いを募らせた6週間を乗り越えた現在、そんな意欲を持たれるまでになったという。
しかしながら思春期は短くない。大人はあたたかな目で見守る必要があるのだ。

                             11月24日号  p144


こうして「~のだ」と断定し、押しつけて来るのが、このライターさんの癖です。

押しつけて来ないで欲しい、わたしは「自由市民(笑)」なのだ。

・・・今週は、文春誌の方も、愛子さんについて、べっくらするような「見守れ」記事を出しておいでです。

後に触れますが、今はとりあえず新潮の方。この ↑ 友納尚子さんというライターは、おわださんのお抱え、など言われています、で、

ちょっとタメラいつつ、友納尚子さんの画像を、貼らせていただきます。

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       このようなものをお目に触れさせてしまい、なんだかわかんないけど、ごめんなさい、の気分です、

       ごめんなさい、皆さま。


キャプ中の「21歳」は、過去にその年齢で、体当たりの(?)ルポをしていた、という、そういう意味です。自分も入浴するがごとき姿になって、隠しカメラで、盗撮。カメラ、どこに隠して??????

深くは追及するまい。職業差別はイケナイと言うなら、このお方を、上から目線で見ることはすまい。わざわざ云わなくても、それくらいのわきまえはございます。。

妃殿下の記事を書くに適任なのかなあという気は、しかし、ふつうに、します。

ヒデンカ自体が、まあ、そうなんだから、ね、むにゅむにゅ。

ともかく、この方が雅子さんの「ベストフレンド」「理解者」。なのだという。

どうでもいい擁護アゲアゲ記事は膨大に記して持ち上げる彼女は。

たとえば、内親王にとって大切な宮中行事であった(ハズの)、愛子さんの着袴の儀、については、完全に無視。

『週刊文春』で長編連載した「ザ・プリンセス雅子妃物語」にも、2006年11月11日愛子さんのその儀式について一文字も書かず。そういった感性のお方です。



文春誌の方の、びっくり、驚き、なんじゃこりゃ~。書きます。

タイトルは

>相談役医師が重大証言

      愛子さま「長期欠席」本当の理由


この記事も、中学校を休んでいる愛子さんの、欠席の理由が、疲れだの過剰なダイエットだの書かれています。

愛子さんとされる、とうぐう夫婦が連れまわしていた女の子の、顔が違う髪が違う細さが違う、と疑問視されることが多くなり、それに対しての言い訳だろう。としか思えない。言えば言うだけ不信感は募ります。

私も、京都駅で夏、愛子さんとされる女の子が、ひらひらと手を振りながら歩く姿を、現物を、見たんです。

帰り道、注文したラーメンもほとんど残して帰宅して、熱を出して寝込んだというアホな顛末でした、おそろしくて身が凍ったのだと、今になれば。

実物でない娘さんと一緒に、にたにたと手を振っていた、あのげどう二人。

恐くないのか、そんなことも思えないのか、そうでしょうね、畜生道の生き物だ。

畜生と一言に言うが。

源実朝は詠んでいます


物いはぬ四方のけだものすらだにも哀れなるかなや親の子を思ふ


次代の天皇夫婦(とりあえず)は、けものにも劣るげどうなのです。

記事に戻ります。

引用、少し。

>小誌は長年、皇太子ご一家の相談を受けてきた医師に話を聞いた。医師は言葉を選びながら話した。

「愛子さまのことはとても心配しています。目に見えた体の変化があると周囲は不安になるものですが、こういう時こそ騒いではいけないのです。

>彼女には全く選択権がなく皇室に生まれたのですから、この自由のなさというのは、非常に不公平だと思います。

ほう、そうか、と、これにも絶句してしまいましたKUON。

かいつまんで書くが、登校を再開してからも愛子さんは、注目を浴びるのを気にしてか、写されそうなときには、車内で姿勢を低くして姿が見えないようにするのだ、そうで。

マスコミに気取られないように、愛子さん一人の時には行わない信号操作まですることがあるとも。

こういう庇い方(なのか?)は、一般の中学生はしてもらえない。当たり前の話。させてはいけない、こんなこと。

次の「絶句、脱力」に進みます。

愛子さんの体調不良で、雅子の決断が遅れる(ドタキャンのことですね)傾向が強まっている、とか書いてある。

看病疲れ、とか。笑う話ではないのですが。看病疲れ。誰が。

誰の。

前述の友納尚子によれば、「愛子さんを診ているのは、雅子の主治医の東宮職(一人)医師団の精神科医(大野医師ですな)でなく、小児内科を専門とする侍医だけが診ている」なのだそうです。

大野医師に、見せられないのか、愛子さんを。隔てておきたいのでしょうか。わかろうと欲すれば、わかることを。


いわば「ぐる」であると、なんとなく、考えていたのでした。

東宮家の、たった一人の内親王。

セカンドオピニオン、と言う概念、あのひとたちに無くても、と私は思いますが。

その「医師」、どうも勝手なことばかり言い散らすヒトのようですが。

まさこの胸中を忖度して

雅子は子育てに集中したいのだと思います、と。

自分の体調が悪かった時、愛子さんは乳児期で世話ができなかった。

その埋め合わせがしたいのではないか。

「公務はいつでもできるのですから」

ああ。はいはい、ヒデンカは、公務はしておられません、

もう、望んでいません、

お子さん大事と、お子の育て直しに取り組むために、コウムしなくていいお立場に降りられるの、大賛成です。

明日からでもどうぞどうぞと、申しあげたいです。

「公務はいつでもできるのですから」

何の為の妃殿下かと、まだ人間ができていません私、腹を立てていましたら、

千代田関係者は不安を覚えている、とかで・・・関係者ってどなたでしょうね、いつも。以下のようにも書かれています。

「(略)…譲位が実現したとして(その時)愛子さまは高校二年生です。(略)愛子さまの体調に問題が起きれば、皇后となった雅子さまH公的行事や公務をお休みになり、次の天皇陛下はお一人で国民の前にお出になるのでしょうか」

こんなことも、フツーに文字にしている記事でした。

云われてみれば、まこと、その通りです。で最後は、皇太子の相談役として40年、の鎌爺、鎌田勇氏の(役に立たない相談役でした、とか言ったら、叱られるかしらん(笑)。オコトバ。

登校され始めて安堵しましたが(お気の毒ですがまた、欠席続きです)、皇室という特殊な環境の中では、雅子さまと同じような道を辿られるのかも知れません」

と、ゾッとするようなお言葉。まさこは一人で十分、迷惑と存じますのですが。

「国民はそっと温かくお見守りする必要があります」

ここでも「見守れ」です。

民は、日々のことあれこれ、で、手一杯にてございますよ。




お家の事情(園遊会をなぜやめた後半)

もう数日前のことになりますが。

天皇のお騒がせ発言を無視できなくて、政府もお忙しいのに(お金だってミテコさんのマント服代ほどでないにせよかかるのに)、憲法が認めないような発言を許容してさしあげたばかりか、迷惑なことにそんな会合までもたされるハメになった、・・・ここまでが前置きです、長かったですね(笑)、有識者会議とやらの、始まりとして。生前退位の話です。

簡単に言うと、今回五人が意見を発され、二人が〇、二人が×、中間が一人、であったと。うまいな、こういう調子でどなたか(主にナルさん)が、持ちこたえられなくなるまで「議論」だか「話し合い」だか「調停」だか、進められるのだろうか。

ナルさんに、極論とゆーか、あまりなことを望みはしません、人前で、チョット、コレでは即位は無理、ってなことを、今よりわかり易く、やらかして下されば十分です。既におしっこ漏れ漏れですのに、それでは不足なようで。

引っ込んで暮らされるなら、ロイヤル生保な扱いは、受け入れるつもりの国民の一人です、わたし。


「平川祐弘(すけひろ)・東大名誉教授」氏の仰ったことが、もっともまともな気がしました。

「天皇は『続くこと』と『祈ること』に意味がある。

世襲制の天皇に能力主義的価値観を持ち込むと皇室制度の維持は困難になる。退位(譲位)せずとも高齢化の問題への対処は可能で、ご高齢の場合にも摂政の設置を認めればよい」

--戦後の天皇は祈る一方で国民と苦楽をともにし、国民の信頼を得ることが重要であると考え、国民の9割もそれを支持している状況だが、どう考えるか

平川氏「休んでもらっても象徴としての意義は後退しない」




すっきりとお答えで、その通りと感じました。上皇なる存在も「認めず」。


ジャーナリストの保阪正康氏は、

「人間的、人道的観点からこの問題を考える必要があるのではないか。

とのいつもの発言。

天皇には普通の人権は無い。その代わり、ではないですが、補って余りある特権をお持ちです。

氏がしかし、人権と言い続けるつもりなのは、氏の側から考えれば、そうなのでしょう。で、もっとスリスリの生き方の所功氏は、お二人引退後は

「私的活動に専念」

とかいう意見。今でも私的活動が多い(ほとんどこれ)ことの表白であり、それでいい、ということで、天さんたちの優しい理解者のお立場。

自分の希望で生前に終わるなら、お小遣いだって大幅に減ります。。

天皇は、職業でなく、存在そのもの。

それを認めなければ、天皇制などと言うもの、説明も得心もできないと思うのですが。

自分も、朝の9時から午後5時まで、通いで仕事をする、家庭では家庭人でありたい」

コトバはこのままでなくても、内容的にはこうのたまった、若き日の今上。

そりゃ、もう退職したい、と思召しても(夫人が)不思議はございません。が。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


三笠宮が亡くなって、あっという間に園遊会が中止とされました。

天皇が突然、というのとは意味が違う。最末端の宮家の、100歳の長老の死が、いまの世の日本で励んでおられる皆さまの、晴れの日(なのだと思います、素直に)を、潰したと言う気分から、のがれられないでいます。

「なぜ園遊会を取りやめたのか」

そんなの、私に答えが出せるものではない、私はミジンコ、国の民の、ちっぽけな一人にすぎません。

そのミジンコが思うのは単純なこと。

いよいよ、まさこの存在をどうしたらいいのかわかんなくなってきた、から。

これ以外に無いでしょう。

10年以上サボっていた東宮家のツマが。

あちらの事情さまざまおありのゆえに・・まともな診断書も出さないまま、公務をサボり続けてきた女が、仕方なく出て来たのが、去年の秋の園遊会。

さんざん書いた気もしますが、確かあの時も、和服の順番だった年。日本人であり日本の皇室の皇太子妃であるまさこが、着物は負担にナルからとか言い訳して、しかしとにかく、出て来た。10数年ぶりに出て来た。

しっかり、きちんと立っていると言うことすらままならない、プライドは高いが自信は無い、ゆったりと妃殿下然としていられない、まさこは、同様に自分が何か、50余年経っていてわかっちゃいないダンナさんと、気まずさを隠したい一心で、喋りまくる。

どこでもそうだこの夫婦は。外国の戴冠式に招かれても喋る、去年の秋の日にも、国歌が流れ国旗は掲揚されているさなかにも、喋っていたのでした。

で、30メートルだか25メートルだか歩いてあげて、待機させていた車に走り込んで、逃走した。

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これが、去年の秋、10数年ぶりに園遊会にお出まし下さったまたこたま、30メートル(数字については諸説あり、はじめは豪気に50メートル、とぶち上げたメディアもありました)

皇室メンバーい並んだ「三笠山」から下りるとて、ニタニタ歩行の後、見てびっくり、幔幕の背後に隠し待たせた逃走用車の中へ、走り込む寸前のまさこ。

天皇夫婦はわれ関せず、見えていても見えない、そーゆー仕組み。

背後の女性方の視線も、この時の雅子さまにはイタくなんか無い。

またこたまは「鳥アタマ」。どんなことも、三歩歩けば忘れちゃう、恥なんて感覚が育つヒマは無い。

あら。そうでもないか、けっこう執念深く「しかいし」はされる・・・まあ、はは、ははは


この時はただ、逃げられればいい、思うはそれのみ。

一番左に少しだけ見えておられるのが、内閣官房参与の飯島勲氏。先日初めてテレビに出ておられるお姿を拝見、(ここは小さい声で書きましょう、内緒の話、とっても知的で堂々とされてて一種チェクチー。と、感じた次第です)。


この写真で私的に印象深いのは、天皇の背後の男性。画像の左端で、指を伸ばして垂れ、お顔うつむかれ、身も世もあらぬお辛そうな風情でいらした。動画でならいっそう、よくわかる。

皇室の、おつとめ人のお一人か。

ここに写ってる皇室関係者の中で唯一、恥ずかしい、も、辛い、も、人の視線が矢のごとし、と、わかっておられる方なのだな、と、感じ入った次第。



今年の春にもそうだった。やはりまあこ仕様の洋服姿の皇室メンバー、前回よりヤバくなっているのか、この時には、意味不明の「こっち来て下さい」女性が配置され、まさこを誘導し、いならぶ「栄えある」招待客にお尻を向けて、こっち来い、こっちです、と必死の案内。

真珠の首飾りなどでなく、まさこには、リードを付けておけばよかった、引っ張ってあげれば、ヒデンカも、安心して連れて行かれることができたのに。

で今年の秋は・・・和服か洋服か、私も考えてはおりました、一応。

で。

三笠宮さま亡くなられて。あらま、と思ってたら、園遊会中止、と。

このスピードで、キメていただきたかった、ナルマサの、廃太子、廃妃。

こっちの方は、どうにもこうにも、今のところ、どうもなりません。

012c648c5a82d8e3fb79d2ea6cd41cf2_20161107140027885.jpg

で、これが今年の春のまたこたま。

白い、冬用の分厚い生地のスーツ姿で、今や逃走用車両に駆け込む寸前。

画像の左端の横顔の女性が、ここまでリード無しでまさこを引き連れて来た、お手柄女性。お客さまにお尻向いてたけど、そんなのカンケーねえ、だったでしょう、とにかく雅子を逃がさなければ。

雅子さんは東宮のキサキなので、ここまでアタマを深々と下げては、おかしいのです。陳腐なのです。んなこと言うても、自信が持てないのでこうなるしか無く、早く早く逃げたいので、こう、なってしまうのですね。

ペコペコされてる天皇と夫人は、何を思召すや。そんあこと、ミジンコにわかるわけがナイのです。

皇太子デンカも、早くこの場を去りたいツマの気持ちがおわかりで、背後にて、お客様の挨拶を受け・・・流しておられるのかな?

なんあとご立派な内廷皇族のお姿。なさりよう。

一説にはまたこたま、お客様用に用意された、御用牧場から運ばれたジンギスカン肉を、かなり大量に、テイクアウトされたとか。

いやまさか、そこまで、そんなことは。

いやいや、この回も、出て来ていないが夫婦で

「ようこそいらっしゃいました」

とか。招いた側のような発言していた、小和田の夫婦。あの人たち、皇室の側のヒトではありませんから。とか思っていたら、やはりやはりのお振る舞い。客に混じって、お肉がっちょり、貪っていたとの実話あり。これ、本当ですから。

そんなお元気な肉好きの実家の親御さんに、御用牧場の肉、持って行ってあげたかったのかな、まさこさん。

・・・どんな話もげんなり模様。


と、前回二回、このごとく惨状、醜状であった天皇主催の園遊会。

わたくしごとで精いっぱい、ドタバタと、雅の片りんも無いおんありさま。

やはりあの家の、極私的に、まさこをもう、出せない、という事情のみが、強く存在したのだ、と、私は考えています。

情けないこと。



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