KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

この子はだあれ?

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これは、学習院の門の近くとやらで、ありがとうございます、とか言ってた「愛子さん」でしょうか?

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3月22日なのですね。「愛子」さん、お父さんより背が高くなられて。

あたま、長くなられましたね。




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去年の夏。どなた?

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12月1日がお誕生日。内親王の愛子さんの、ね。

この方のお誕生日は、いつなのでしょうね。11月に撮られた写真なのだそうです。

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これ、お誕生日に両陛下に挨拶に行く愛子さま、なのだそうです。


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お正月~。

皇室のお節料理、独特らしいです。たんと、召し上がらなかったのかな。

ものすごく痩せておられます[愛子さま」。


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おもうさまの(そんなコトバ、ご存じかな、この「愛子」さん)お誕生日に睦まじく。

ガリガリしておられます。

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内廷皇族の、愛子さんなのでしょう? 海外へもそのようにひろまっています。

いっぱんの社会なら、きっと誰かが何かの手を差し伸べるんじゃないかな、と思ったりします。

皇室のヒトが、いけないことしたり悪いことしたりウソついたりだましたり税金をドロボーしたり子どもを取り換えたりするなんてエトセテラ、するはずがないと。

長く続く「平和」さまのおかげで、国民の多くの皆さまは、疑うことを知らず、なさらず、信じきっておられるのです。


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向かって右は、どんな愛子さん?

遅刻ギリギリで登校、だから走って、とか。そんなはずはないですよ。

学校へは、顔を出せば「出席」。お昼から行っても、すぐに帰っても。

人もあろうにトーグー家の「愛子さま」が、遅刻とかなんとか。一般人民みたいなセコいこと、気になさるはずがないではありませんか。


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左手、手提げバッグの中から、折れ曲がって生えてるみたい。とか書かれていました。

それは、間違った報道に対してキリリっと立ち向かわれる、おばばさまのご機嫌に委ねられるのでしょうね、そんなことありません、とか。

手も手、ですが。

あの、ぷっくり可愛らしかった「愛子さま」の唇。申すに畏れ多い、タラコになってしまっておられますが。

ええと。わからなくなって来ました、このお方は、どなたなのでしょうか?。


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で、まあ。

週刊誌って失礼なことしますね。

学習院での孤独、ですと。他でもない[愛子さま」に向かって、言うにこと欠いて。

宮内庁からクレーム、来ましたか?

宮内庁には許されている、事実の歪曲やら画像の捏造やら、そんなこと、許されない立場の方々です、愛子さんについて、嘘っこ書くわけがないのに。

嘘っこの写真など、だせることでもなく・・・宮内庁(=ミテコさん)からクレーム、とか。あの役所のHPに出ていない。

不思議です。ここ、皮肉イヤミあてこすりですので、よろしくお読み取りくだしゃい)

不思議なことはいっぱい、何より

ひと月足らずで、ここまで細ってしまったお子が、ぽわ~んと膨らんで出て来た、このこと。

だあ~れも「違う」いわへんこと。

ん、たって。

本人が、学校生活は楽しかった、と、仰せであります。

三年ぶりにお声を聞かせて下さいました。長いことしゃべられたので、声を待っていた専門家はきっと、張り切っておられるでしょうね。


もう疲れましたので、ここまで。



何といいましょう。



お尋ねがありましたので、自分ももう一度読んでみたかったし、探してみました。


>実話ナックルズ 2004年7月号

群馬県T部落   文・上原 善広

同 和 地 区 指 定 さ れ て い な い 理 由 あ り の T 部 落

 群馬県T駅に降り立ったのは午後3時くらいだろうか。私は駅を出ると横を通り
駅舎の裏側に出た。
 部落は必ずしも一律全てが悪条件な場所にあるのではない、ということを以前
に書いたが、ここはそれとは正反対。いわゆる今までの偏見どおりの、条件が悪
悪い部落に入るか。 以前の地名は「××町」といい、道端の案内板によると、
昔は湿地帯の中を曲がりくねった道が続いていたので、それで××とつけられた
と、道端の案内板は解説している。
ここは非常に説明しにくい部落だが、非常に貴重な部落でもある。なぜなら
、ここから女性が一人、皇族に嫁いでいるからである。そもそもこの土地につ
いては、ある研究者の方に紹介していただいて知ったのだが、最初は私も半信
半疑であった。しかし今回実地に歩いててみて、それを確信するに至った。
 まず、日本有数の企業N社がここから誕生しているのだが、女性はその社長
の娘だった。地元では「粉屋の娘」と呼ばれていたという。何代にもわたって
記録的な成長を続けてきたこのN社だが、それはやはり「差別からの脱却」が
まず根本に、怨念のようにあったからであろうと思う。江戸期から商いに奮闘
してきたその歴史は、彼の地にあるN記念館でも辿ることができる。老舗の醤油
屋も現在彼の地にあるが、その醤油屋から分家してできたのがN社である。「こ
な屋」と「醤油屋」はいずれも女性の一族の経営で、 故に彼の地ではうどんが
名物となっているが、これは不味いのであまり有名でない。醤油もそう良質な
醤油でなかったと聞いている。

駅の裏にはそれらの工場群が散在する。日本を代表する大企業であるから、
本社はずいぶん前に東京に移してあるが、工場は小規模ながらまだこの発祥の
残っている。いずれも古い施設だ。その工場の一つをぐるりと回ると、その裏
にひっそりと、これもまた古ぼけた白山神社が祭られている。白山神社の周囲
には廃屋と呼んでもよさそうな、朽ちかけた家々が並ぶ。ここは女性が皇族へ
嫁いだため、行政から同和地区指定されなかった。 指定を受けると部落とわ
かってしまうからである。家々の横を泥川が流れる。
「貴 あ れ ば 賎 あ り」か ら 真 に 貴 も 賎 も な い 時 代へ・・・
 私はこのような事実をことさらスキャンダラスに書いて、読者や部落民の劣
情に訴えたいのではない。休刊した「噂の真相」三月号でも書いたが、この事
実を考えると、私たち「平民」よりも皇族の方が先進的ではないかと思うのだ。
なぜなら皇族は過去の身分上、最高位にいる。その彼らが過去の身分上最底辺
の部落民と結婚するなどということは、身分社会の崩壊を意味しているからだ。
ただ「平民」と「部落民」の結婚差別どころの騒ぎじゃない。無論、皇族や宮
内庁内には数々の激しい抵抗があったと予想できるが、私たちにそのことをう
かがい知ることはできない。
 私はこの事実を知ったとき「さすがは象徴天皇である」と、心の中で喝采し
た。私たちも税金を払っている身である。しかし、この事実は、公表されて初
めて意味を成すことである。公表すればそのまま、差別に対して皇族の先進性
がアピールできるではないか。これをもって「部落解放」を宣言しても良いく
らいの、画期的な「事件」なのだから。

 しかし、それはされなかった。そうした事実がまことしやかに広まることも
ほとんどなかった。一部の研究者や関係者だけの心に留め置かれたのである、
なぜか。
 女性が結婚したその当時は、残念ながら差別はまだまだ悲惨なものだったか
らである。
 しかし、これは快挙事であることは間違いない。現天皇が自らの祖先につい
て朝鮮半島を持ち出して一騒動になったことはまだ記憶に新しいが、今思えば
彼らしい自由な発言であるといえる。そして今回の皇太子による「雅子のキャ
リアや人格を否定する動きがあった」という発言は、この父にしてこの子あり
、真に勇気ある堂々とした発言だ。周囲の関係者や宮内庁職員の方が、天皇家
よりも閉鎖的で前近代的なのだろう。正に皇室の新時代の幕開けと見て良い。
私は今まで松本冶一郎の「貴あれば賎あり」を信じてきたが、これからはそん
な古臭い言葉なんか放棄したい。真に、貴も賎もないのだとしたい。
 こうした事実を、この稿で堂々と具体的に公表できたらいいのに。そして地
名も堂々と公表することができたとき、部落解放は成されたと見ても良いと私
は思う。
 彼の地を歩いたその夜、たいしてうまくない田舎町の飯と酒と女だったが、
それはたいそう私のはらわたに沁みた。彼らの「歴史的な結婚」の四十年に乾杯 <
しようではないか。


以上です。

この上原さんと仰るルポ・ライター氏、検索するとすぐにあれこれ出て来ます。著書も多いようです。

この記事は今から13年前のもの。今より受け入れられにくい状況下だったように思います。当時の私なら、アタマから信じなかったと思います。

まさこさんが皇太子と結婚するとなった時に、当時の官房長官だった後藤田氏が、皇居の前にむしろ旗が立つ、と反対された。

まさこさんについて、皇太子妃を迎える当然の調査をしようとしたら、解同から強いクレームが入った。で結局、身元の調査はなされなかった。

とは、知られたこと。

その一世代前の美智子さんの身辺は、調べられなかったのでしょうか。鳴り物入りの入内ではあったのでしたが。


何度も尋ねて下さったYさん。

館林・皇后とは、上記に由来する呼び名と思うのですが。いかがでしょう。

・・・このルポに、宮内庁その他からの「ものいい」がついたとは報じられていません。

私の知る限り、ではありますが。


皇后さんが、雑誌媒体やテレビ・ラジオなどの報道についてどんな態度であらせられるか、私は前回の記事に、

「事実でない報道には、
 大きな悲しみと戸惑いを覚えます」といった要望を宮内庁職員や記者クラブにしている。
 事実と違う場合は徹底して争う、という明確な意思表示、自己主張をする(p137)。

皇后は女性誌であれ一般週刊誌であれ、テレビの皇室番組であれ、
 「ここは事実と違う。どうしてこういうことが正されないのか」と頻繁に言う。


と、引用させていただいています。今でも時々、宮内庁からのクレームは発せられる。

新聞、雑誌、テレビ番組へのチェックは厳しくあらせられるようで。今上夫婦のことのみに関わらず。

東宮家についても、あれやこれ。

一例を挙げれば・・・いま目についたことで・・・以下のようです。

宮内庁:小学館に抗議文 女性セブンの雅子さま記事めぐり 
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20101225k0000m040037000c.html
http://megalodon.jp/2010-1224-2019-51/mainichi.jp/select/jiken/news/20101225k0000m040037000c.html

1 名前:そーきそばφ ★[] 投稿日:2010/12/24(金) 19:15:27 ID:???0
宮内庁の野村一成・東宮大夫は24日、女性セブン12月31日・1月1日号の
「皇太子妃雅子さま 皇宮警察も大混乱 かまぼこ工場見学事件」の記事で、
事実と違う記述があるとして、出版元の小学館に抗議文を送ったと発表した。

記事では、愛子さまが校外研修で神奈川県小田原市のかまぼこ工場を訪れるにあたり、
雅子さまの同行が直前になって決まり、
宮内庁と皇宮警察が大混乱したことなどが記述されている。

野村東宮大夫は「雅子さまが同行する計画は1週間前から決まっており、
関係者と十分打ち合わせをしている」などと述べた。

小学館は「誤解を与える表現があったら遺憾」などとコメントした。【真鍋光之】

「女性セブン」(平成22年12月31日・平成23年1月1日号)に
「皇太子妃雅子さま 皇宮警察も大混乱 「かまぼこ工場見学事件」」の
見出しで書かれた記事に関する事実関係及び宮内庁東宮職としての対応は
下記のとおりです。

1. 「女性セブン」(平成22年12月31日・平成23年1月1日号)の
  「皇太子妃雅子さま 皇宮警察も大混乱 「かまぼこ工場見学事件」」と題する記事には,
  東宮ご一家に関するいくつかの事実無根の内容が含まれております。

  とりわけ,妃殿下が前日になりお付き添いを決定されたため,皇宮警察をはじめ
  関係者に迷惑をかけた旨の記述は,全くの誤報であり,今回のご視察への妃殿下の
  お付き添いは,既に一週間前には決定され,関係者との十分な打ち合わせを経て
  行われたものです。

  また,敬宮殿下が付き添いの上現地参加されたことについては,学習院初等科と
  事前に十分相談の上,学校の計画に沿う形で実施したものです。

  この他にもこの記事には多くの事実誤認があります。

2. 宮内庁東宮職においては,「女性セブン」編集部に対して,
  事実関係の誤りを指摘し,抗議しました。


例えば ↑ のごとくすったもんだ、するのですね。

一週間前に決めたり決まっていたり。決まったことを決められたように動くお方だったり。

そうなのなら、これは、書いた週刊誌がイケナイ。

週刊誌の「雅子さまいじめ」になるであろ。← 当時は、こんな論調も多かったのでした。

天皇よりお強い美智子さん。

美智子さんに何も言わせないマッハの強さのまたこたま。

どこのどなたが雅子さんを苛めるなんて 快挙 暴挙を成し遂げえたか。


おそらく、ここ数年の日本史の中の事実が、あばいたりする。


のではないでしょうか。

美智子さんのことも。

まさこさんのことも。

そう、考えています。


事実でない報道には、
 大きな悲しみと戸惑いを覚えます」
 

とおっしゃる皇后さん。

事実でないことばかりで目くらまされてきた、民。

嘘ばっかりついて来た内廷さんたち。どん詰りまで来て、いま、どうなんでしょうか。

悲しみや戸惑い、なんてきれいごとではないですよ。

愛子さんどうしておられますか。


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「べき」って何よ。

週刊文春の2月9日号の目次に

天皇の理髪師 初告白 

「人間・明仁天皇」


と大きな文字でありまして。

「生前退位を議論するなら素顔の陛下を知るべきです」

ですと。

べきだって、「べき」。誰が誰におっしゃっているのかしら。

素顔の天皇。

人間・天皇。

それって・・・

理容院の三代目で、祖父、父に続いて今は今上天皇の髪を整えるため、御所にあがっているというお方。

大場さんとおっしゃる方。

天皇とはこんな方、調髪中ずっと本を読んでおられるとかにこやかに笑いかけて下さるとか、あれこれ記事になっています。

引用するのもダリい。なんでこんなことがいま、記事になっているのか。

失礼ながら調髪中の天皇の「素顔」なんてものは、お隠れになられてから「微笑ましい」とか「こころ温まる」エピソードとして出て来るのが、恒例だったような。

御所へうかがう前日は、洗面器に30杯の冷水で身を浄めて「玉体」と向き合うとか。でも天皇はシャンプーを、「前回ここでした時から、していない」と仰せとも書かれています。

玉体は、あんがい、汚れておられるのかしら。

陛下の常用のヘアリキッドのメーカーや商品名が出ているし・・・私はこれは、皇室の話題としてどうかと思う、まさか、陛下がお使いなら自分も、と、客が押し寄せて品切れになる・・・などの恐れは、無い。とは確信しますが。

やはりこの方に調髪してもらっているという、皇太子。

皇太子さんの方の調髪・裏話の方を知りたい。などと思う方は多いでしょうが、はい、私もそうです、でも、これは、タブーですよね。

「な、なるひとの人格を否定する動きがあったのは事実です」

こーゆー断定の張本人になったらきっと、ヤバかろう。

でも、この皇太子の「てはにー」発言と似たような話。

あられもない。

軽率です。と、どなたも咎めないのね。


陛下のことは、

「剛直で慎ましやか、そして誠実」

それが大場氏の陛下評だという。それはそうなのだろうと思います。

べっ甲の櫛が欠けても十年以上使っておられると。

欠けた櫛はいかがなものかと感じますが、つまり、質素でものを大切になさる方だと、ここでは言いたいのでしょう。

記事の中には、御所二階の「御理髪室見取り図」が載っている。

危険だなあと驚きます。

この理髪師さんは、五時間以上のロングインタビューに答えたとのこと。

何を、お喋りになったか、何のために。

「私は専門外ですから、学識者のように憲法や皇室典範の問題について申し述べる立場にはありません」

「陛下も我々と同じように、一人の人間でありながら、象徴天皇として歩まれるのは、並大抵のことではなかったと思います」

「それは“菊のカーテン”の奥で、私が拝見した『人間・明仁天皇』のお姿そのものでした」

「生前退位について、私たちは陛下抜きの上滑りな議論に終始してはならないと思います。陛下はいつでも国民への共感を示してくださり、激戦地や被災地を訪ねられるお姿からは『あなた方と共にいますよ』というお言葉が聞こえてくるかのようです。

「平成の御代は、明仁天皇の求心力があってこそ、何とか国家と国民がひとつに束ねられていたと思います」


あああ、イヤになってきました。

昭和帝は確かに、あの時代の必要に迫られて「現人神」でなくなり、人間宣言をなさいました。

しかし、終生、天皇である御自身をお捨てにならなかったと思います。

天皇のまま、生きられた。

今上さん、ご自分でしたい贅沢、ご自身からのわがまま、そういったものは、今ではそんなにおありにならないと思います。

でも。そうとばかりは仰っていられない現実を、引きずってしまっておられます。奥方は激しい消費家でいらして。

・・・この記事には、皇后のして来たことには触れていない。

平成二十五年以来、皇后が陛下の髪への要望を伝えに来ることはなくなった、とあるくらいです。


語る立場にないと言いながら、氏の、この記事での立場は

「皇室の行く末を案じるアルチザンの‘熱誠の忠言」

なのだそうで。

皇室の行く末を案じているのだそうです。

そんな方は、もっと強く真摯な方は、多くおられるはずですが。

今回、この理容師さんがクローズアップ。

・・・・・

「生前退位を議論するなら素顔の陛下を知るべきです」

これ。よく言えますね、こんなこと。

びっくりしました。

べき、とか言ってますけど。

元々は、天皇が、憲法に違反する形で、勝手に、公共放送を使って、言いだしたことでしかないのです。

本来は、取り上げてあげるようなことではない・・・という訳にも行かず、まあ仕方ない、で、多忙な政府が調整する形をつくって、話し合われているだけのこと。

迷惑なこと。


天皇は、なにゆえに、天皇なのか。

そこから解っちゃいないのではないかと判断される。身近に接すれば、おそらく、肩入れしたくなるような、善なる方、なのかもしれません、天皇・明仁氏は、

 単体で。 

利害関係無しで。

触れ合う場所に於いては。

今は厳しくあられる時も無い・・・祭祀さえ代理に任せての生き方を日常とされていて。

もう、こんな人(大場氏とやら)なんかどうでもいい、なんとかまとめちゃえ、な気分になってしまっています。

大体、キライなんです。

ハサミが語るとか、教えてくれるとかいうヘア。アーティスト。

ココロで料理しています、キリッとか、笑顔でコンスで、疲れさせてくれる食べ物屋さんとか。

きちっと自分の仕事だけ、黙ってしてくれればいいから。

脱線します。

去年、美容院変えてみようかと行った店に、ひどくイケメン風のお兄さんがいて。自分がイケメン(風)だと、十分わかっているヒトで。店長らしかった。

髪、してくれながら、語る語る、鏡の中の語る自分にうっとりしながら、語りまくって、私の髪をチョキンチョキンしてくれて、私は、公言しているようにすっごく意地悪なニンゲンなので、言うてみた。音楽の趣味など問うた後、

「感覚はいつも研ぎ澄まされるようにしておられるのかしらぁ」

鏡の中のイケメン(風)に、言うてみた。

イケメン、ふっと手を止め、そうですねえ、と、ハサミを宙にてしゃりっと鳴らした。で

「ぼくみたいにハサミを持つニンゲンは・・・」

うぎゃあああ、やめてくれぇ。

勝手にまた自分語りをお続けになる方の手から、ほうほうのていで逃れて、お金払って、渡してくれようとした顧客カードに気づかないふりでね。

わたし意地悪なので。

「次回のご予約は」

って斜めに見上げて来るのに、

「次回は無いんで~す、きっと」

へ? の表情のイケメン(あくまで「風」)の視界から、よちよちと、消えてきましたのでした。

理容師さんは、いっしょけんめい、お客の髪に向かえばいい。

一つの毛穴から生えて来る毛が、普通の人は2~3本、陛下は5~6本、陛下が剛直なものを持っていらっしゃるということは、調髪をしているとよくわかります。

だとか。

プロの目から見てのそういうことを、お感じになるのは自由ですが、なんでべらべらしゃべっているか。

客のことは喋らない。

公人の身の回りのことを、知り得たとしても黙っている。

基本だと思うが、誰がこの人に、こんなことを喋らせたのか。

記事の最後は以下です。

天皇の御心に触れようと御用に尽くしてきた大場氏。

その渾身の提言に政府や有識者は何を思うのか。


渾身の提言。そうは読めなかったです。

で、この方、ホントに、政府や有識者に、何か思っているのかなあ。なんかバランスおかしいです。

政府に文句言いたいのは、ここにはチラリとしか出てこない、「こちら ↓ 」ではなかろうか。

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陛下は、何かを決定しなければならない時、他のいろんな場面で、

「あちらは何と言っているの?」

とお尋ねなのは定説。

あちらとは、こちら ↑ の、一説には女帝さんとやらのことです。

「わたくしたちの意志や意見や都合やエトセテラ、そういうものを、まず考えるべきでしょう、動くべきでしょう、迅速に、異論など無しで、はよ、はよ」

美智子さん、お焦りです。女性セブン誌も、唖然とする内容です。

どこまで続く女帝焦燥愁眉爆弾。

のらされてる雑誌さんたち。

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「真実(まこと)」さんの作品、お借りします。

もうバッチリ。このまんま。すんばらしい。

事実を写して微塵の誤り無し。

・・・だから。だからこそっ !

今まで、貼りたいのを、がまんしておりましたのに。




ミテコさん、清子さまになりすまし、とか。

ふと胸うちに兆した疑問が、もくもくと大きくなってきて、どうしようかなあ、と迷っています。

美智子さんと、今は公務員の奥さまとして暮らしておられる黒田清子さんの関わりについてすこし調べていて、

あれ? と思った。次に、おかしいなと思い、清子さんの名前で出版されている一冊の本の、あちら読みここを読みかえして、疑問は募って引き返せなくなりました。

清子さん、と呼ばせていただきますが、賢そうで、かつ控えめな方と推察されます。

今上天皇のただ一人の内親王さまでいらした。研究所へ「おつとめ」をしておらしたけれど、降嫁後もその方向のことを継続しておられる話も聞きません。

ご夫君のお母さまとも別の暮らし、お子さまはおられず、昼間に、かなりの頻度でこうごうさんのところを訪れておられるとか、秋篠宮ご一家とは、夫君ともども、今も睦まじくおられるとか。

たまに宮中晩餐会におよばれの一人として写っているか、どうか、のご存在。

その清子さんが、本を、望んで出されたのだろうか、という疑問。

おうた数十首。

あちこちへ行かれて後の、感想のようなお言葉や時にスピーチや、誕生日の折りの文書での回答。

内容はそういったもの。

納められた写真は、幼い頃の、内親王さまらしい可愛く品のいいご様子のものが沢山あります。お行儀のいい可愛いお姿です。成人されてからの、これぞコンサバ、といった体の写真、盲導犬と一緒の写真。美智子さんがしっかりポーズを決めての母子写真。(笑)。

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さーやさまはあどけなく可愛らしい内親王さんでした。

この写真は本には入っていません。


夫君の黒田氏と並んだ写真もあります。平成17年、新婚の頃と思われますが、お二人とも堂々の、落ち着いた雰囲気。

かつて何も知らずこれを見た時、なんとなく、お子さんは無しかな。など、感じたりしました。夫さんの方の覚悟、信念が固まっておられる雰囲気までが写真から見えた気がしました。

と、長々書きましたが。

内親王が、この本を出す必然性って何だったのか? と、疑問が湧いたのです。

どなたもそんなこと、なさっていない気がします。

ナルさんが「学者」とかいうことで、著書などがあるとは聞いても、現物を見たこと無く。

陛下が「学者」とは知られているそうですが、昔は魚の研究者でいらした気がするのですが、今年、狸のフンの研究、とk、突然情報が出て、びっくりしました。

あんなに出歩いていて(失礼?)、研究、できるのか?

いやまず、祭祀とやらも、落ち着いた端然として暮らしの上に成り立つものではないか、と、と、これはまあ、措くとしまして。

どう考えても、いずれ降嫁される立場の清子さんが、なんで本を? の気持ちがのいてくれません。

皇太子とまさこは、明日にものいて欲しいですが。・・これも措くとして。


では。では、ではでわ。

結婚なさった年に発行されているから、ご結婚お祝い号? 週刊誌に、そゆの、ありましたかね?

本そのものにはそういった文言、いっさいありません。

タイトルは

「ひと日を重ねて」

地味中の地味です、出版社も、言ってよろしければと断って申しますが、地味なとこ・・・。

結婚式も地味でした。本当に、地味でした。白いシンプルなドレス姿の清子さまは、品よく美しかったですが。

和服姿も、お綺麗でした、本当に、でも、いっぱいあれこれ、言われたのですよね。

なんであの帯、なんでお料理はあれっぽち?お茶会? たった一人の今上陛下の、内親王さまが。

地味が悪い、とは言いません。思いません。母上が、補ってあまりある「ど派手」、突拍子もないお方です、そのかたわらで、逆方向に行かれたのか、という感じもします。

本来、神道の長の家の娘さんなのですから。

地味でフツーでないかと。

お好みもおそらく、地味路線。

・・・ここで言いたいのです。

いきなり結論に行きます。

「紀宮さまの御歌とお言葉集」として出されたこの本は、

美智子さんが出したかったのだ~~~、と。

娘さんが降嫁される、何かあってもいいわね、大義名分つけられるわね、

ぢゃあ。
ぢゃあ、書きたかった書き足りなかった、あんなこと、こんなこと、本なんかどんだけでも作っちゃえますのに、出したいのにやっぱり、遠慮もしなくてはいけないんですもの、

一冊、まとめてあげましょう、そう言う形ならカッコがつきますわね、ワタクシが言えばまたイジメられることも、あの娘に言わせてしまえば目立ちませんわね。

あら。わたくし、目立たない方がいいのかしら? 目立ちたいのですわねワタクシって、そーゆーキャラ、あらま、なんだかわからなくなりましたけど、言いたいことは山盛りございましてよ、週刊〇〇や△△に、しょっちゅうワタクシの真実は流布させているとはいえ。

まだまだ、賛美が不足です。ワタクシのカラダは賛美でできている、って状態でないと、日々が生きにくいのですのよ。

いいわいいわ、今だわ、清子の本で、いっちゃいましょ。

清子名義で本一冊、さああああ、つぎ込みますわよお、ワタクシの、うたも、考えも。


・・・な気がします。

うたも。清子さん本来の歌(すでに疑問まみれの中でも、きちんとご自分を客観視してものごとを見ておられる感じが、正直に出ている。と。わたしKUONは考えます。この面をお持ちの清子さんであることは、私の感じと矛盾しないのです。

やはり、賢い冷静な方なのね、と。

気持ちのいいおうたが、沢山おありです、言い方がエラそうなのは、一読者としての感想であるとして、お見ゆるしいただきたいです。

で。よおおおおおく、見えて来ます。

清子さんが、主に「母」。

親のうちでも、誉められていないと生きて行けない「お母さま」を題材にしたり、絡ませたりしているうたは、奇妙なことに、

ミテコ臭が、プンプンするんですよ!。

よく見ると。疑問の元を知りたくて、しつこくなると。

見えて来てしまふ。

ご紹介したいです、すっごく。

皇太子(や、ご自分の)結婚報道に関して、清子さんが思っておられることを、述べている文書もあります、人権無視ですと、まあ、怒りのお気持ちを露わにしておられるのですが。

はて。

清子さんは、そういう感情の露出を、ためらわないお方だったかな、と、。

けっこう言うてはるんですよ、お怒りお腹立ち露わに。

ミテコ、腹立てておられたんですね。






あきれかえる話。

新嘗祭

新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)宮中祭祀のひとつ。大祭。また、祝祭日の一つ。

収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる[1]。

解説[編集]wikkiより

日本では、古くから五穀の収穫を祝う風習があった。その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。

一時中断されたが、元禄時代の東山天皇の在位中に復活した。もともとは旧暦11月の二の卯の日(卯の日が2回しかない場合は下卯、3回ある場合は中卯とも呼ばれる。旧暦11月13日~11月24日のいずれかが該当する)に行われていたが、1873年(明治6年)の太陽暦採用に際して新暦11月23日とされた[1]。これは、同年11月の二の卯の日が11月23日だったことによる。1908年(明治41年)9月19日制定の「皇室祭祀令」では大祭に指定。同法は1947年(昭和22年)5月2日に廃止されたが、以降も宮中では従来通りの新嘗祭が行われ、最も重要な祭祀としている。神嘗祭と同様に神宮(伊勢神宮)には勅使が遣わされる。

また、「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」および「休日ニ関スル件」により、1873年(明治6年)から1947年(昭和22年)まで同名の祝祭日(休日)であった。以降も「国民の祝日に関する法律」により、勤労感謝の日と改称されて国民の祝日となっている[1]。なお、固定日の休日では最も長く続いており、11月23日は日本国民に最も定着している休日でもある。

現代では稀であるが、新嘗祭まで新米を口にしない風習も残っている。

2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。

関連項目[編集]
大嘗祭 - 天皇に即位して最初の新嘗祭を大嘗祭と呼ぶ。
豊明節会
鎮魂祭 - 新嘗祭の前日夜に行われる
五節舞
相嘗祭

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新嘗祭は、宮中のもっとも大切な祭祀の一つと聞いています。

今日がその「新嘗のみまつり」の日で、前夜には「鎮魂祭」が行われるとか。

鎮魂祭、新嘗祭、天皇陛下は粛々とおつとめくだされたことと想います。

むかしは、この日を期して、その年の新米をいただき始める決まり事もあったとか。

上記、ウィキペディアの記事中に、

「2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。」

とあります。多くの宮中祭祀と同じく新嘗祭も、一般の国民の目にも耳にも遥か遠く、届かぬあたりで、うやうやしくつとめられていた、マル秘、マル禁の事柄であったということでしょうか。

その新嘗祭について今上は、昭和三十二年、未だ皇太子でいらした時に、歌に詠んでおられます。

   ともしびの静かに燃ゆる神嘉殿琴はじきうたふ声ひくく響く

    ともしびの しずかにもゆる しんかでん ことはじきうたふ こゑひくくひびく

                               昭和三十二年 歌会始儀 御題 ともしび


細かく言えば、五七五八八。字余りが二か所、それは、添削の時点でよしとされたのでしょう。字余りよりも、皇太子が新嘗祭の現場をうたわれた、そのことが、新鮮だったと思います。

私の浅い知識では、このうた以前に、天皇が宮中祭祀に触れて詠まれた一首は、無いような気がします。

歌会始の折りには、宮家の妃殿下、親王内親王まで詠草が発表されていますが、それ以外では、皇后のうたは少し残されていても、表に皇太子のそれが出されていたことは、あまり無い。間違えているかもしれませんが。

現・今上夫婦、というより、美智子さんのうたが、昭和から平成に至るまで長く、折に触れて出て来ていて、初めの歌集が、皇太子夫婦のおうたを集めた形でした。ミテコさんも始めはそれなりに、遠慮あそばしたか。

ともかく。

画期的ともいえる、

祭祀の場でうたわれた体裁のこの一首。

実際は昭和三十一年に作られています。敗戦から10年、皇室を取り巻く状況も、まだ大変化を遂げている最中であった。皇女が「おスタちゃん」などと呼ばれた時代の空気が、こういううたも許容したのだと考えます。

明るく、軽く。アメリカさんには逆らわない、逆らう気なんか無いよ~ん、でしたか。。

皇太子の喫煙写真も銃を構えている写真もあります。他の場面の写真もあります。

皇太子・明仁氏は、そういう、新しい時代の皇族として存在しておられたのですね。

正田美智子さんとの、軽井沢での出会い、テニスコートの恋、皇太子自身のプロポーズ。初めての、聡明で美しい平民出身のおキサキさん。めっちゃ、かっこいいものだったでしょうか。

・・今日、書きたいのは、他のことではありません。

うたのことです。

以前も一度、同じ内容で書きました。今年です。

あれからまた、何度も読んだり、ひっかかったことを調べたりもしてみました。

昭和四十五年、当時皇太子であられた今上は、

「新嘗祭七首」と題される、連作七首を、発表しておられます。


    松明の火に照らされてすのこの上歩を進め行く古思ひて

      たいまつの ひにてらされて すのこのへ ほをすすめゆく いにしへもひて

    新嘗の祭始まりぬ神嘉殿ひちりきの音静かに流る

      にひなめの まつりはじまりぬ しんかでん ひちりきのおと しずかにながる

    ひちりきの音と合はせて歌ふ声しじまの中に低くたゆたふ

      ひちりきの おととあはせて うたふこゑ しじまのなかに ひくくたゆたふ

    歌声の調べ高らかになりゆけり我は見つむる小さきともしび

      うたごゑの しらべたからかに なりゆけり われはみつむる ちさきともしび

    歌ふ声静まりて聞ゆこの時に告文読ますおほどかなる御声

      うたふこえ しずまりてきこゆ このときに つげぶみよます おほどかなるみこゑ

    拝を終へ戻りて侍るしばらくを参列の人の靴音繁し

      はいをおへ もどりてはべる しばらくを さんれつのひとの くつおとしげし

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上、七首です。

現/天皇のよませたまひし御歌(まだこの時は「御製」ではない)とされていることに、疑問を持っています。

これは、他の場面でもそうであると、しばし言われていることですが。美智子さんは、どなたの文章にも自分流の介入をして来た方。

夫君であらせられる今上の、仰ること、書かれたもの、今年夏の「お言葉」に限らず。

指図し、書き直させ、くらいならまだしも。初めからミテコさん・作の文書が、今上のお言葉として、公に出張って来ていることは、明らかと想われます。本当はここ、断言したいところです。

皇太子の連作七首。これも、ほぼ、皇室に入ってから「優れた歌人」の名をほしいままにされた奥方の手が、何割か、あるいはほぞすべてがそう。であると、読みます。正田美智子の独身時代のうたを、寡聞にして拝見したことがありません。

いきなり「歌人としても一流」なヒデンカになっれたのでした。錚々たるセンセイがたに教えを受けておられた。秘められていた才能が、一気に花開いた。ということですか。

つかれた歌の師の個性によって、微妙に歌風が変化しても、それは、進化されたと言えばいいことなのかも。

わびさびの境地に入るのでなく、しっとりと落ち着いた、というのでもない、ガサツなKUONのごとき読者の目には「味が落ちた」ような、枯れた、でもなく(シツコイ)、スカスカになった感の深い昨今の「御歌」、ここ数年は、ミテコさんに、センセ、おられないのかな・・・・・張り切って「歌人・美智子さま」との称号に酔いつつあられた皇太子妃。持って行き方、うまかった。

ともあれ。七首はミテコの手になる、との疑問の、一番わかりやすい根拠。

今上のおうたは、平明な、普通のおうたが多いのです。飛びぬけていないが、妙な癖も無い、すとんとしたおうた。

連作は、以前も書きましたが、一つのテーマに添った内容のうたを、何首も作って(詠んで)、ひとまとまりの形にするもの。

技術も、体力も要ります。

この意味でも、今上がお一人で、とは、失礼は承知、考え難い。

かつて独身でいらした今上が、自分にしか詠みえない題材として詠まれた一首を、下敷きに。

自らの才を信じ、才を恃み、の今上夫人が、やってみせましょう、わたくしになら出来るわ、他の誰にも出来ないことよ、の野心に満ちて、作り上げた七首の世界。

ご自分の作としての発表は、叶わなくとも。

そうとしか、今のKUONは、考えられなくなりました。

世の中には、ご夫婦で歌人、という例も少なくないようです。

私の知る限りでは、それぞれ自分の世界を大切に、実生活では睦まじい二人であっても、作品に関しては、個人と個人。

言葉ひとつにも踏み込まない、要らないことはしない、してはならないとしておられるようで。それはともかく。

皇太子の妻が、才に溺れて(と言ってしまいます)、宮中祭祀を詠んで。

これが、見事に、写生歌であることが興味深い。形を整えることに夢中で、こんな情景も書いておきたいわね、とそちらに気をとられて。

次代の天皇。次代の祭祀王としてその場に在る皇太子の、精神世界と言うか、そのあたりが、まるで抜け落ちているのが、即物的に徹底していて。

細かく言っちゃいます。

・はじめの数首は、過去の今上のおうたを、視点を絞って一首としてそれぞれ完成させた(つもり)。

・「我は見つむる小さきともしび」・・・四十歳ちかい男のうたいぶりではない。と、KUONは思います。

・「告文読ますおほどかなる御声」・・・告げ文をお読みになるのは、昭和の天皇陛下です。その声を、おおどかなるお声、と、詠んでおられるのは、そのままそうだとは思いますが「読ます」も「おほどかなる」も、美智子さんの選ぶ言葉だなあ、と、感じないではいられません私は。今上は、こうは、詠まれないと思う。他の歌、たくさん読ませていただきましたが。

・「参列の人の靴音繁し」・・・直感ではありますが。生まれつきの皇族、身内みな皇族、が事実の皇太子は、ここで「参列の人の」などという、よそから来て見ているヒトみたいな視線の言葉、使うかしら、と、これも私感です。


美智子さんが、皇太子の歌として、自分のうたを出していた。

一般人の世界でも、いささかの問題、無しや有りや。

単に、歌の世界の話と言えば言える、でも、昭和四十年代から、こういうことをしていたヒトだと。

深く深く疑惑を抱く。

やられた方も見ていた人々も、だんまりなのは、変化しているわけがないと思いますし。

やりたい放題を見許し、誰も何も言わなかった、あるいは、ミテコさんが聞かなかった、雑音にしか受け取らず、目の前から消してゆかれた。基本、変kしていないと思わる現状です。

誰よりも強い権力者と成り上がられました、美智子さん。

あれもこれも。本来、皇后のすることではないでしょう。

麗々しく何冊もの歌集を出し(昭和の両陛下は晩年に一冊のみ)、恥じる気持ちをご存じない方なのか、そこに、なりすましのうたも、納めさせておられます。清子さまの本にも、疑惑のうたがいささか。

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いっぱんじんには無理な歌材も欲しいのよ、だってアタクシはこーごーへーか、世の並のものとは違うのですもの。

歌の材料見つけたら、ためらうことなど在りえません、詠んでしまいますわ、ええ、皆のものもそんな世界も知りたいでしょ?

それになにより、アタクシの方が、うた、優れていると長年、言われ続けて、おほほ。

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あたくしたちの未踏の地はどこかしら、あるかしら、探し出して行ってさしあげないと。

でもって、行って帰ったら、忘れないようにピン、ぶっ刺しておきませんとね。




どれも、美智子さんという囲みで考えれば、矛盾しません。

ご本人は「サービス」のつもりなのかも知れません、あの方的には。



この記事には後に、追記させていただきます。


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