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ナルちゃん

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最近はじめて見て、え? と思った写真です。

>上野動物園でトラの子を触るナルちゃん、とある「ナルちゃん」は、あの当時のナル氏だと思う。

私とナル氏は10歳違いで、亡母が美智子さんの「ファン」だったせいもあり、あの時代にしては雑誌媒体で皇室、特に美智子さんを見ることも多くあったと思います、ほとんどがナルちゃんとセットの写真を見ていました。

髪がサラサラで、ロンパーススタイルが多くて麦わら帽をかぶり、バスケットを持っていることが多かったと記憶します。

幼稚園時代も小学校時代も、髪はサラサラ、いわゆる坊ちゃん刈りでなく、向かって右側の写真のようでした。

向かって左と真ん中、同じ写真の大小と思われますが。

このお子を見て「ナルちゃん」とはおもいませんでした。

私なりにナルちゃんさんに、近所のお子たちと違う「皇室の子」らしい感じを抱いていましたし、まとも言うてしまいますが、結婚して何年か経るまでは、品がおありだったようにも思います。


母が夢中で「美智子さん」「ナルちゃん」と言っていて、母と二人暮らしだった私は、子どもながら白け気分でいたと思いますが。

ナルちゃん憲法、などという言葉も広がっていた。

名古屋弁で母が「ええふに育っとらっせる」

・・・訳すると「いい具合に育っておられる」、「さすが美智子さんだわ」。

とニコニコ顔なのを、シラーっと聞いていた。可愛げのない子でした私(笑)。

「平民から皇室へ入った」美智子さんは、ある種、女性たちの希望を背負っていたのだとは、思います。

いつも最新モードの美智子さんでした。そういった面も。


「ええふに育ってらっせる」ナルちゃんは、愛されて人気者で未来の天皇で。天真爛漫に育たれました。

[dosuko]

さんより、そのまま幾つかのエピソードを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ナルちゃんこと、浩宮徳仁親王にまつわる伝説というか事件簿です。

参考:【徳仁の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ】、【あとよろ】


■第1期-初等科入学前-■編集
◾ 4歳誕生日を前に母美智子さまが「(浩宮は)食事などでも魔法みたいに自然にテーブルに出てくるものだと思いがちのようです」と語る事件

『美智子さまの気品―陛下とお子さま、そしてお孫さまと歩まれた50年』江森敬治、主婦と生活社(2008年)より

 皇太子さまの四歳の誕生日を前に皇后美智子さまは、
「この四年間、強く感じたことですが、第三者が真剣に働いている姿を見る機会に恵まれていません。たとえば、食事などでも魔法みたいに自然にテーブルに出てくるものだと思いがちのようです。それで、まだ小さい時に、手を引いて大膳で料理を作っているところをわざわざ見せに行ったこともあります」と、述べられている。

◾ 3歳誕生日パーティーで「オサルノ カゴヤダ ホイサッサ」と歌った後、レコードのノイズ音「プツン、プツン」を口再生する事件
◾ 交通博物館見学でパトカー模型を目にして「アッ、警視庁ダ。警視庁モッテルヨ。ボク警視庁モッテルヨッ」事件

『明星増刊』1964年5月緊急号<かわいいおもちょいナルちゃん言葉>

p.141より引用
 昭和38年2月23日、ナルちゃんは満3歳のお誕生日を迎えられました。(中略)美智子さまがお作りになったバースデー・ケーキの3本のロウソクを勢いよく吹き消されたナルちゃんは『おサルのかごや』を歌い始めました。「オサルノ カゴヤダ ホイサッサ」ご一同が拍手しようと手をおかまえになったとき、とつぜん「プツン、プツン」と声を出されて、ご一同びっくり。
「ナルちゃん、いまの“プツンプツン”ってなーに」正田恵美子さんがおたずねすると、
「レコードがそういったよ」とケロリとされていました。“プツン”“プツン”という音がしたのです。

 ことしの2月26日、鷹司平通氏がおつとめになっている交通博物館にいらしったナルちゃんは、ミニカーがずらりと並んでいる前にじーっと立っておられましたがとつぜん、
「アッ、警視庁ダ。警視庁モッテルヨ。ボク警視庁モッテルヨッ」とパトカーを指さして大喜びでした。
参考ようつべ:4歳浩宮のおしゃべり「19931231皇太子妃誕生物語5」 2:20~

◾ 子供が茶碗を叩いて面白がって遊ぶのはよくあることだが、徳仁の場合はお母さまに二度三度言われても、お父さまにお尻を叩かれても止めず、ついには罰として外に出されるまで茶碗叩きを止めない、異様過ぎる茶碗叩き遊び熱中事件

『浩宮さま』浜尾実著

p.52より抜粋
 浩宮さまは、両陛下からはもちろんのこと、私からもよく叱られたものであった。
 お食事のことで両陛下が厳しかったために、お叱りをうけるのはお食事の前後が多かったようである。一般にスプーンを使って自分で食べられるようになった子供は茶碗を叩いて面白がることがある。浩宮さまもそういう時期があった。
 「イケマセン」と皇后さまがやさしく言われるのだが一度でお止めになるときとそうでないときがある。
 二度三度言われてもおききにならないときは、陛下のご出馬となる。陛下はしばしば浩宮さまのお尻を叩かれた。あるときはその茶碗叩きをお止めにならないという理由で庭にだされたこともあった。
≪Part1592-703発掘奥様によるご紹介≫

◾ 1964年3月に皇太子殿下(当時)と美智子さま・浩宮(4)が千葉県房総半島旅行、吉田屋旅館で初めてスリッパを出されどうしてよいのかわからず固まってしまう、ごゆっくり風味事件
ソース:2007/11/07秋の皇室番組SPでの「皇太子ご一家房総旅行でのスリッパ履き替えエピソード」

◾ 1964年10月浩宮(4)はじめての学習院幼稚園運動会、「カゼをひかれたあと」との理由で何故か一人だけござの上で寝転がる姿を披露事件
ソース:『週刊平凡』サヨナラ1964写真集あの日あの時12月10日増刊号<ボクは赤組 秋の運動会>グラビア

◾ 1965年秋、当時の皇太子ご一家が軽井沢静養で作家・川端康成氏の山荘を訪問、その際5歳半過ぎの浩宮は挨拶もなしにビスケットを6つ7つ立て続けに食い、そのまま「おさきに」とだけ言って去り、川端氏に「かういふ習はしがおありなのだらうか」( ゚д゚)ポカーソとせしめる事件

◾ 幼少時の家族ハイキング時、皇太子殿下(=今上陛下)は常にリュックの中に分厚い植物図鑑をお持ちになり興味のある植物を見つけては立ち止まって調べられるのに、一方浩宮はマイペースでどんどん歩きたいと陛下と一緒に立ち止まらなくてはならないのが面白くなく、ある時お二方は険悪な雰囲気に…それを美智子様がとりなした事件

『岳人』1997年6月号への徳仁寄稿文より、ttp://www.youtube.com/watch?v=RNeZDm_EyCA 参考ナレーション入りYoutube映像

五歳のとき、父に連れられて初めて、離山(はなれやま)へ登って以来、軽井沢近辺の山々を歩くのが好きになった。父は山登りの途中、たとえ花のない植物であっても、興味を抱いて足を止めおもむろにリュックサックから分厚い原色日本植物図鑑を取り出す。そのたびに、頂上に早く着きたいという私の望みは絶たれるのであった。母の回想によれば、父のたびたびの停車に業を煮やしたのか、山頂に到着したとき父と私との間には一種険悪なムードが漂っていたそうである。

『岳人』2005年10月号 東京新聞編集局長水野和伸<山での皇太子さま 担当記者同行記>記事 p.18より引用
足慣らしという奥多摩の棒ノ折山では、(徳仁)殿下一行のペースの速さにギブアップする記者が続出した。

※今上陛下(当時皇太子殿下)によるゆったりハイキング理由については、重い荷物・機材を運んでいる随行員とマスコミ記者を気遣ってのことと言われている。大人になったナルちゃんがこの配慮を理解できたかについては、後掲「だらしないですね」事件からして、かなり疑わしいと言わざるを得ない。

◾ 1965年10月3日学習院幼稚園運動会にて同年11月末に後の秋篠宮殿下をご出産される臨月の美智子さまもご観戦、ナルちゃんはフォークダンスの相手をすっぽかして見学予定のお母さまに走り寄ってダンスの場に引っ張り出してしまうという、幼稚園児だからしょうがないけど相手の先生の立場ないよね事件

MSN産経【皇室ウイークリー】(153)愛子さま、メディアがプレッシャー?「ナルちゃん」の運動会を振り返る 2010.10.9 07:00

 愛子さまの運動会の様子は次回の皇室ウイークリーで詳しくご紹介することにして、今週は45年前に行われた学習院幼稚園の運動会を取り上げたい。主役は当時5歳だった皇太子さま(浩宮さま)だ。

 「ナルちゃん楽しい半日 学習院幼稚園の運動会」。昭和40年10月4日の産経新聞朝刊はそんな見出しで、浩宮さまの元気なご様子を伝えている。浩宮さまは綱引きとタマ入れの競技にご出場。「顔をまっかにしてふんばったり、元気にタマをなげる姿に、ご両親はいかにも楽しそう」。当時皇太子だった陛下の様子も「ほかのパパ、ママにまじって、三角帽子をかぶり、二人一組で、フラフープの輪をくぐりながらのかけっこ。こんどはナルちゃんが大声援」と紹介している。
 他社の報道だが、当時皇太子妃だった皇后さまは、礼宮さま(秋篠宮さま)の出産を間近に控えていたため、母子が手を取って踊るフォークダンスはご見学の予定だったが「浩宮さまは相手の先生をすっぽかしておかあさまのところに走り寄られていた」。リレーでは「軽井沢できたえられた健脚をみせて力走、ご両親も身を乗り出すようにして声援をおくられた」と、運動会を楽しむご一家の様子を伝えている。
 
参考画像:
1965年10月3日 東京・目白の学習院幼稚園で美智子さまとフォークダンスで手をつないでいる浩宮
1965年10月3日 学習院幼稚園の運動会で美智子さま(ご懐妊中)の耳元で何かを囁く5歳の浩宮。この翌月11/30礼宮殿下ご誕生
1965年10月3日 学習院幼稚園運動会で浩宮が、当時ご懐妊中で見学のみの予定だった母美智子さまに遊戯を一緒にするようねだる事件連結画像(TBS「ひるおび!」2010/10/12)

◾1965年12月、弟礼宮の世話に明け暮れる母美智子さまに「子犬のガイコツ」をプレゼント、母親の気を引きたがる年頃だからしょうがないけど現在だったら間違いなくサイコパスの萌芽扱いされるよね事件

女性セブン1966年2月16日号デラックス版 浩宮さま満6歳ご誕生記念特集号<特集=浩宮さま満六歳のお誕生日おめでとう 少年になった「ナルちゃん」の素顔 いたずら坊主でテレビっ子 もの知り博士でフェミニスト ママに子犬のガイコツをプレゼント>記事一部より引用

 昨年(補足:1965年)十二月、ナルちゃんが一人で葉山のご用邸にお行きになったときのこと――
 東宮御所で礼宮さまのご養育に専念なさっている美智子さまに、ナルちゃんから画用紙のお手紙がとどいた。
 ひらいてごらんになると、なにやらガイコツらしい絵にそえて、鉛筆がき。
『いぬのがいこつ、おおくりします。なるひと』
 とんでもないプレゼントだわ、まさかほんとに‥‥と ・・中略・・
「おたたちゃま、これおみやげですよ」
 ナルちゃんのにこにこ顔につられて、ついうっかり箱をあけられた美智子さまはびっくり仰天。
 なかには、お手紙どおり、子犬のガイコツがごろりところがっていた。
“まあ、こんなもの!”とおしかりのことばが出そうになったが、ナルちゃんは得意満面‥‥。



■第2期-初等科時代-■編集
◾ 小学校低学年時代、当時の東宮侍医であった緒方安雄氏のポケットに勝手に手を突っ込んで飴を奪い取る、ほとんどサル並みの振る舞いをしていた事件

元東宮侍医医学博士・緒方安雄著『妃殿下と若宮さま 東宮御所で過した日々』サンケイドラマブックス26(サンケイ新聞社出版局、昭和48年=1973年3月15日1刷発行)

p.174より引用
 それはいつごろであったろうか?
 たぶん浩宮さまが小学初年級ごろであったと思う。
 私は煙草を吸わないのでそのかわりにドロップを数個いつもポケットにいれていて、ときどきなめることにしていた。
 ある日のこと、私の上衣のポケットがふくれているのに気づかれたのか、突然ポケットに手を入れて、そこにはいっているドロップをつまみ出された。
「これアメ? 食べてもいい?」
 とお聞きになる。私は躊躇した。妃殿下が正しく行っていらっしゃる宮さまの食生活を破る恐れがあるからだ。
 しかし、ついには負けて、どうぞということになり、宮さまは嬉しそうに、そしておいしそうになめていらっしゃる。



ご労作から。どうもありがとうございました。

大事にされている風に見えながら、実は「・・・・・・」と思われていたのか? ま、答えはいいですよね。

無邪気、天真爛漫、傍若無人。ナルちゃんさまに逆らえる大人は、原則的におられないでしょう。

そうして育ったのだから、そうして娘も育てて。

思えばあれこれあります。つい、長い引用をさせて頂きましたが。

その天真爛漫さは、長じて、シンプルな「阿房」となった、ということか。

それにしても、真ん中のお子の顔、髪、耳も眉毛も。

え、こんなナルちゃんいたのね、としか考えられない、平成の御代も29年ですね~、の、KUONです。

よく、右のように口をこう開けていた お調子者の 皇子さんでした。


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万博の年でした。


お返事遅れていてごめんなさい。ゆっくり書かせていただきたいので・・・。



日本の象徴、美智子さま

仕事で出かけたり年上の方々とお茶をいただいたり、バタバタしていますが、合間に、二十年前に発行された美智子さんの特集号を読んでいます。

美容師の遠藤はつこさんや、浩宮を取り上げられたお医者さん、元・皇太子妃候補だった久邇通子さん、などの記事。

植田いつ子さんというミテコ専属デザイナーさんの言葉に、ほお、とうなずいてしまうわたくし。

昭和51年からのお付き合いだったとのこと。いわく。

「以前から、皇后さまには皇后さまおひとりのスタイルを持っていただきたいと思っていました。

形だけでなくお人柄そのままの装いのスタイルです。

御品格ある繊細なしぐさの美しさ、

大人の雰囲気のただよう、皇后さまならではのエレガンス

お優しい人柄とともに、そうした奥行の深さ、自制の厳しさに惹かれるのです


など、賞賛言語が連なっています。

それはそうだろう、その為の雑誌一冊なのだから。

人の思いも、功利に対する姿勢も、それはそれぞれのもの、他からどうこう言うことは無い・・・のでしょう。

光源氏の君が、つまり(ある意味、ということらしいですが、それでも)言うにこと欠いてあの小和田のようだ、と書いてしまわれる方はおられるのだし。

それは違う断じて違うだろう、と、突っ込みたくなってしまうオトナでないヒト(KUON)みたいなものもおる。

植田いつ子さんが、美智子こーごーを絶賛されたとて、今更どうということもない。

とは、思う。この方が、あの変な服いっぱい、作ったヒトと思えばムズムズはしますが。

で。ムズムズどころか。

こんなことも仰っておられる。

 「日本の象徴としての皇后さま 、そのすばらしい微笑とともに」

とかなんとか。

そうなのか。

美智子さんは、 日本の象徴 にてあらせられるのか。

知らんかった、と言えばウソ、かな。軽く言っておられるとも、わかっちゃいるのですが。

わかっててもカンにさわること、あります。

・・・こうも、堂々と、違うこと言われてしまいますとね。

え。違っていない? 違っているのはお前だ、KUON、ですと?。

ままま。私が違うのか。

美智子こーごーは、日本の象徴。これ、その通りなのですか。

とかさ。

てへ。


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ドイツにて。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







「雅子妃のために皇室があるのではない」



週刊誌からの話題ですが。

今週号の週刊新潮誌。

後ろから数ページのあたりに、「deluxe]というグラビアページがあります。

見開きで、モノトーンの写真。

「お召し列車の車窓から」

がタイトルで、「両陛下」がどうとか、と、なんでお召し列車に4年ぶりにご乗車か、など、説明があります。

2007年に、老朽化した前のものから、現在のものに変わった、「両陛下」のお手振りがよく見えるような工夫が、とか、書いてあります。

で。

KUONが前々記事でご紹介した画像の、この ↓ の車内には、「両陛下」が写っております。

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今週の写真には、この ↑ 皇后さんのお姿が、ございません。

陛下のみが、手を振っておられるのでございます。

そのあたり、キャプ部分は

>各地を訪問される両陛下の旅路を支えるお召し列車。

その広い車窓に立たれた天皇陛下のお姿を、

沿線の市民も鉄道ファンも、しかと目に焼き付けたのである。


と。こうなのであります。

確かに、天皇陛下(と、女官さんやらお付きの方やら)お一人が、お手をお振りです。

「背中合わせにお立ちになり」の、こーごーさんのお姿は、無い。

不思議な(すごくすっきりした)写真を、見るために、この号も買いました。面白いですしね、週刊誌。



もう一つ。

「あの」女性セブン誌です。


高畑なんとかがどうとか、と、目つきの悪いガキの顔写真やら関連の大きな文字が踊るその横に。

(この雑誌も買いまして、自分の本になっているこの表紙について、チラッと書きます。

思わず衝動買いした、素敵な表紙。に、踊る文字。

「雅子妃のために皇室があるのではない」

の波紋と「オク」の現実。


これですよ~。

ごもっとも。そうですよ。当たり前のことなのに、セブンさんたら、今までは。

もうこれで十分、思い残すことは無い、のごときナイスなコピー。・・・とまで、一瞬は、思った(笑)。

ざっと読みましたら、

「文芸春秋」10月号に掲載された

<皇太子ご夫妻への期待と不安>

という記事が、   物議を醸している    のだそうで。(どこで?いいわね、ワクワク)

執筆したのは朝日新聞で長く皇室記者をつとめたジャーナリストの岩井克己氏、だとのことで。

皇太子夫妻への痛烈な批判が綴られている、ということで。

この筆者は、


「雅子妃のために皇室があるのではない」

と思われて。

「究極のイメージ産業」ともいえる皇室を台無しにしている、と

何度も署名入りの批判記事を書いて来られた、とのことなのでした。

ふむ。皇室って、究極のイメージ産業、でもあったのか。

今まで、売り方まちがえていた気がします、絶体そうでしたよ。

とにかく。

表紙の、デカイ一行。ともかく、ありがとう、みたいな。



   お月さまが、とても綺麗な夜です。


あどけなくはない。

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いろんなお顔のミテコさん

あどけなかった時は・・・無い。

よね?。


すみません、記事書いててまちがえて単独でアップしてしまいました。

これはくおんのミスです。

このままにしておきます・・・しゅん・・・。


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あどけなくは・・・ないですね?

自分を 取り戻そう!(笑)



わかった風なこと書いて、ブログを続けていることが、少し苦しくなってしまいました。

三日間くらい、お休みします。

なんか、でっかい「気ふさぎ」の嵐にぶち当たりました。

自分を、好きな自分に、戻れるように、他のことをします。

理由はわかっておりますので、ご心配はして頂きませんように。

よろしくお願い申し上げます。


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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

 海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
 夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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