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返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
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悲しい、に似た感情。

月末なので銀行の用事をあれこれ済ませ、この日は自分のための日としてゆっくりすることにしています。

好きな店へ行ってとても美味しいコーヒーを、ゆっくり。そんなに味がわかるのでも無い、ただ、店の感じや、さりげない接客ぶりが、わたしには好もしいのです。顔なじみになってはいても常連ぽい扱いを受けたくないというのが、望みなんです。

ケーキなんぞも選んで、ぱく、といただいちゃったり・・・唐突ながら少し前、やさいさんが「ケーキを食べたよ」ってな記事を書いておられた時に、ケーキについては発展途上のこの身が「プリンケーキみたいな」と、写真を見て書いちまったあれは、もしや、いま話題の(これも遅れてる?)ブリュレ、なるものではあるまいか。

そんな思いが脳内スパーク、飛んで帰って、すみません、じゃないな、でへへへ~、私、間違いましたね~とか、この際いささかの媚び媚び笑いは致し方あるまい、とか・・・考え始めると思いはどこへさまよって行くか、思いの持ち主である己にも不明。

いろんな「思い」がね。牛の反芻みたいに、アタマの中に、もにゅもにゅ、います。


私にとって美味なるものは、塩味のゆるい卵焼き。辛みの勝った大根おろし、皮を焦がした塩ジャケに京の西利のお漬物。お味噌は名古屋の赤味噌で 豆腐にお揚げ時に里芋、ぐらぐら沸かしたものが好き。

ごくごく普通の御馳走に 欠かせぬものは白いご飯。

今日のお昼ご飯は、そういう、普通であってさいこー、なものを、頂きました。メインのおかずはホッケ。
ばぁばと呼ばれるようになったあたりから、食事のメインに焼き魚を選ぶようになりました。

書店へも立ち寄ります。週刊誌のコーナーへは寄らず、熟考の果てに二冊。思わず皇室関係のムックみたいな一冊も、買いそうになりました。

お正月のご皇室の集合写真の変遷を、眺めてしまいました。

お若い両陛下、お若い浩宮様、文宮様。紀宮様。紀子さんが加わられ、眞子さんが、佳子さんが加わられ。

雅子さんも、すっきりしたお顔で微笑しておられます。

愛子さんが加わられ、悠仁さまが加わって来られ。

このお家だけは、日本人の家庭の幸せの象徴、のように、長く見られて来たのに。


そうであっていただきたかった、というのは、おそらく勝手な言い分でもあろう、不遜でもあろう。

国民のために生きる、などということを、引き受けて守って行く、実践して行くという、生き方。在り方。


皇太子殿下に妃殿下に、あれこれ思ってどうなろう、とも、考えます。

考えてせんないことを、しかし、考え止めよう、とは思えない。

東宮ご夫婦のことを思うのは、悲しい、に似た感情であると、書いてもいいですか。

そこにおられてはならないお方がた。静かなお暮しを、としか、それ以外の望みを今は抱き得ない方々。

今日買った一冊は、初めて手にした、安部龍太郎の本。日本史を題材の短編が集まっています。あれこれ、知りたくなりました。


やさいさん。コメントありがとうございました。

私の周りにも「天ちゃん」という感じは濃くありましたよ。現在の陛下の妹君は「おスタちゃん」とか。親しみを感じての呼び方だったと、私も思います。浩宮さまはナルちゃんだったしね。戦後、ぐぐっと身近になった皇室に、大人は、はしゃいでいたと思います。

お父様は、15歳で被曝されてひどいことだったのに、天ちゃんを労り、ねぎらう気持ちをお持ちだった。解っておられた。先日書いた私の母もそうでした。胎内被曝して生まれて三日で死んだ息子を忘れられないまま、天皇さん、とか、嬉しそうに、テレビを眺めていましたね。皇室を、理屈無しに好きでした。

・・・奈良においでになった両陛下を、駅前で、何と言いますか「見た」ことがあります。

もうすぐ車が来られま~す。とか、のんびりした警備の方の声。もっときりきりしたものかと思っていたら。

おばちゃまたちが写真撮ってもいいかと尋ね、警備(警護?)の方は、いいですよ~、でも考えてして下さいね~、とか、リラックスモードで。

黒い車がゆっくり、近づいて来て、私はどきどきしました。

皇后さまが、窓の向こうから、手を振っておられました。私も一生懸命に手を振りました。すっごく純情に、手を振りました。3メートルくらい先に、おられました。

美智子さまは、座って手を振っておられるのに、3Dな感じでした。浮き上がって見えると言うか。そして、うちらの塊は三十人くらいだったのですが、とにかく塊に向かって「ありがとう」「御元気で」「幸せにいて下さいね」のような、祈りというか、願いと言うか、本気でそう、思って下さっているんだなあ、と、感じないではいられないパワー。お力、を、ぐいぐいと感じたんです。必死で全身で、そう、願っていて下さる、みたいな。

みちこさま~、とか、こうごうさま~、とか、声を出しているおばちゃまの中に、泣いている人がいた。私も、黙って、涙垂れておりました。なんでか、涙が、出たの。

こういう話を、へええ、とか、はあああ、とか、聞いていた頃もありました・・・。

その後、近所の某所に皇太子さまが来られる、お通りになるので、町内で行ける人は道の傍に立って欲しいと、自治会から知らせが回ったこともあり。

班長だったし、行きました。

皇太子さまも窓を開けて、笑顔で手を振って通られました。それだけでした。


<<<はじめて昭和天皇の列車をみた日の思い出は断片的です。
けれど、原爆で酷い目にあった父ですが、それらの一切が昭和天皇には責任のないことを知っていたんだなあと、今になって思います。いや、もしかしたら、責任があったかなかったとか関係なく、昭和天皇を尊敬していたんかな?

私が小さいころ祝日には日の丸を玄関に掲げ、天皇陛下バンザイ!と言う大人が周りにたくさんいた。
「戦争を知らない子供たち」にも、それがフツーの風景でした。
昭和から平成に替わった日も、半旗の日の丸を掲げました。てっぺんの金色の球の部分を黒い布で覆って。
そういうの、右翼と言われるなら、そうです、私は「右巻き」ね(^^)v>>>

わったしっらっわったっしっらみんな~、ちゃんちゃん、右巻きや~。

それと。う○ことかしっ○とか。言うだけでなく、よく投げますね。

ペットボトル爆弾にして、投げておられます。そーゆー、それを原料にしたお酒のこと、現実にあることを詳しく知った後は、しばらく、ちょっと、ウグエエ、でした。幼い子どもの発達過程に、そんな時期があるとは承知ですが、大人が主に、言いますね、かの国では。

人間がそれをするのは、当たり前のこと。出なきゃ病気になります。出るのはありがたいことです。それを「えらそーに」に繋げるのは、やはり、何が何でも嫌い、憎い、だからでしょうか。

そういった人の次代、次次代が、この国で育っています。それこそ、エラソー、な人もいる。笑。

ここで言いたいセリフもあるが、今夜は自主規制、としておきます。




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  1. 2013.06.01 (土) 10:45
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  3. やさい
  4. [ edit ]

KUONさん、連日のコメをお許しを!

あちらの人たちって・・・
<それと。う○ことかしっ○とか。言うだけでなく、よく投げますね。>
ですね~  
どっから、そういう発想になるか、理解できません。

日本でも「クソッタレ!」「クソクラエ」なんて喧嘩言葉がありますが、フツー言わないし、言っても言葉だけ、実行しない。(笑)

先月末、韓国の掲示版サイトに、靖国神社の本殿裏側にある「神池に放尿する男の後ろ姿」と「放尿の跡がみえる手すり」の写真と『小便しました。今後も日本の政治家の妄言が続くたびに、愛国人の放尿が続いていくことを願う」というコメントがあり騒ぎになりましたね。

なんと低レベルな。なんと罰当たりな。と呆れてました。
こういうのを「クソバカ!」って言うのよね~v-400


憤慨してましたら、靖国神社から「いたずらというにはあまりに悪質。神聖な場所での許し難い暴挙だ」と警視庁に被害届が出されたそうです。

必ず、コイツを捕まえて頂きたいものです。

神罰が下ればいいのに!v-421



・・・て、落ち着く雰囲気の店で、美味しいコーヒー&ブリュレを頂きながら、ダラダラとお喋りしたいな~

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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