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カンダタ??

「鳴門真彦」さんという人の書いたものについて、何か言ってみようと思うのですが。

どうも何とも言いようが無いというのが実感で。

新潮45は、大きな出版社である新潮社が出している月刊誌です。寡聞にしてお名前を存じ上げない鳴門某氏とやらが、失礼な申しようながら、そのランクの雑誌に書けることは大チャンス、もの書き志望者がひしめく無名地獄の中から、一筋の蜘蛛の糸を得て、必死にすがって、その場からの脱出を試みたあの、芥川龍之介の物語の「カンダタ」みたいなもの・・・と、感じたのです。

カンダタは、せっかくのチャンスを生かし切れなくて、元の、無名地獄の闇の中へ落ちてしまった。

鳴門氏は、おみごと署名記事をものし、変わったペンネームであってもそれが使いようのあるものなら、その名で書き続けるなら、一つの小さなスペースを得ることが出来続け・・・るのでしょうか。

男性名と思われるが、文章の組み立て方が、ネットで苦笑しながら読んだ、某・何がなんでも雅子さん擁護するわ、の、そこのものに酷似しております。文体は異なるといえども、ねちゃこく自分の側でない方向を攻撃する根拠の希薄さ、びっくりするような事実でない論理の飛躍、Mサイズのスーツに、LLボディを押し込める態の無茶苦茶な収めよう。擁護するべき(はっきり、そのご用向きです)雅子さんという人への、愛、も無い。お気の毒。

私が苦笑しつつ読んだサイトの内容は、以下のごとく。一部ですがここは飛ばして下さっても。・・・・・・・・・・に挟まれている部分は、読み飛ばして下さっても。けっこうおもしろいけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

07-03:お妃候補時代のこと
07-03-01:ウインナー炒めの写真のこと
07-03-02:1986年10月17日号の「FOCUS」に皇太子さまの記事と雅子さまの記事が掲載され、その発売日の翌週に開かれたスペイン・エレナ王女レセプションパーティーで2人が出会ったこと
07-03-03:「浩宮さまってそんなにお偉いの?」と発言したこと
07-03-04:最初にお妃候補として名前が挙がったとき、「彼(皇太子)に興味をもたれるのはイライラする」と友人に漏らしたこと
07-03-05:執拗な取材をするマスコミに指を指したこと
07-03-08:駅の反対ホームから記者にカメラを向けられ、そのホームに行き、その記者に「フィルムを出してください!!」と言ったこと
07-03-09:記者に向かって「チッ、バカヤロー」と言ったこと
07-03-10:「マスコミって蛆虫みたい」と同僚にこぼしたこと
07-03-11:皇太子妃候補と報じられ、「あんな家には行かない」と言ったこと
07-03-12:家に遊びに来た妹の友達に皇太子さまのことを「本当は大っ嫌いなのよっ」と言ったこと
07-03-13:皇太子妃候補で騒がれ始めたころ、チッソが取り上げられ「おじいちゃまのことが悪く言われるの」と言ったこと
07-03-14:横断歩道で取材を試みるレポーターを妹と一緒にクスクス笑ったこと
07-03-15:六本木でブイブイ言わせていて婚約発表の前には泣き崩れていたこと
07-03-16:よく自宅近くのコンビニで女性週刊誌を立ち読みしていたこと
07-03-17:デートに同席した皇太子さまの学友・賀陽正憲さんから、もう少し周囲の雰囲気を考えることを勉強なさった方がよいと思うと言われたこと
07-03-18:一時期服がピチピチになるほどだったのに、婚約した時期にはすらっとした体型になったこと

07-04:外務省に勤めていたときのこと
07-04-01:まわりに誰がいても父親の話をすること
07-04-02:外務省研修所での研修に遅刻し、小走りで駆け込んだこと
07-04-03:カラオケの十八番は、実は「いい日旅立ち」じゃなくてテレサテンの「愛人」だということ
07-04-04:オックスフォード国費留学前の送迎会、大勢の見送りの友人たちの前にて「フンドシを締め直して勉強しなくちゃ」と言ったこと
07-04-05:オックスフォフォード国費留学で同期研修留学の中でただ一人修士号取得できなかったこと
07-04-06:外務省時代、後輩や部下に「こんなこともできないの!」「翻訳が遅い」などと言っていたこと
07-04-07:自家用車での通勤が禁止されている外務省に父親がもらった駐車許可証を使って車通勤していたこと
07-04-08:外務省時代、雅子さまの動作がすべてにおいてゆっくりで、30分おきにトイレでの化粧直しにいくのでまわりはいらいらしていたこと
07-04-09:何を考えているか解らないので“ブラックボックス”というあだ名がついていたこと
07-04-10:ある新聞記者の談話「雅子妃は仕事はできるし、官僚としての事務処理能力は確かに優れていたが、外交官として大切な人脈作りは得意ではなかった。友人が少なく内向的な性格でマジメで融通が利かず原則論に固執する癖がある」のこと
07-04-11:別の省庁官僚と仕事をしたとき関係ない英文資料を渡し、「これくらいで驚いちゃ困ります」と言ったこと
07-04-12:別の省庁の官僚が外務省に会議に来て資料が足りずコピーを取ってたら「よその省庁の方が勝手にここのコピー機を使用しないでください」と言ったこと
07-04-13:「高慢ちきな鼻持ちならない女」と外務省担当記者の評判のこと
07-04-14:営業時間外に外務省内の食堂に来て「コーヒーぐらい出せるでしょう」と言ったこと

07-05:婚約記者会見のこと
07-05-01:旧友の別荘で撮影したビデオのこと
07-05-02:オーダーメイドした靴のこと
07-05-03:婚約会見で自分を「雅子さん」呼ばわりしたこと
07-05-04:皇太子さまから言われた言葉「…雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから…」を述べたこと
07-05-05:婚約会見で皇太子さまよりも長く話した事件
07-05-06:婚約会見で皇太子さまの言葉に対し、「一言付け加えさせていただく」と言ったこと
07-05-07:婚約会見で「いい人生だったと振り返れるようにしたい」とら抜き言葉を使ったこと
07-05-08:婚約会見で、「殿下にお幸せになっていただきたい」と言ったこと
07-05-09:婚約会見で「人間ができた方」と言ったこと
07-05-10:婚約会見で子どもの数について「オーケストラが作れるような子どもの数」とはおっしゃらないでほしいと述べたこと
07-05-11:婚約会見で「仕事をやめることに悔いはございません」と言ったこと

07-06:婚約発表後のこと
07-06-01:皇室で外交をしていこうと思っていたこと
07-06-02:お妃教育で神道を学ぶのに英語の本「ザ・ワールド・オブ・シントー」を使ったこと
07-06-03:納采の儀のとき、扇子を帯の中央部に挿していたこと
07-06-04:三方の持ち方のこと
07-06-05:金箔箪笥のこと
07-06-06:贈呈された真珠ネックレスを返却したこと
07-06-07:プロフィールのこと

07-07:結婚後から愛子さまが生まれるまでのこと
07-07-01:結婚式の日、皇太子さまと立ち位置が逆だったこと
07-07-02:宮中饗宴の儀初日、乾杯のお酒を飲み干したこと
07-07-03:森村桂さんの作ってくれたケーキのこと
07-07-04:皇室内でわからないことを実母に聞いたこと
07-07-05:嫁入り早々宮内庁職員をあごで使ったこと
07-07-06:公務で居眠りしたこと
07-07-07:ショコラとキスしたこと
07-07-08:初出席の園遊会のこと
07-07-09:御料牧場の牛乳は口に合わないと自分用を買いに行かせたこと
07-07-10   略

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・雅子さんの、子ども時代の作文のことから友達との小さな祖語、長ずるに従ってのあれこれ、お妃候補と呼ばれるようになって以後の「ちょっと、あんた! 」みたいな猛烈な態度やエトセテラ、一つ一つについて、説明、時に釈明をし、これはこうだったのだ、とか、そんなの誰でもそうでしょう、とか。

とにかく、み~んな、すべて、違うのよ、と否定している。

いったい誰が、その長い成長期間の「ほんとう」や「まこと」「真実」を知っていて、かつ、断言して行けるのかが、大層、不思議なのですが。

これを笑うのは、大変失礼であると承知しつつ笑うのですが、ここにはそして

「(これを書いている)自分は雅子妃の母親では無い。妹ではない」

と、明記されているのでございます。

元に戻ります。鳴門氏のこの、ここ。


<<< 雅子妃が人格を否定されたと感じているなら、

 その犯人は「皇位継承者たる男子を産む」事を絶対使命として

 要求する皇室の制度そのものである。

 そして、それに何の違和感も持たず、男子を期待するプレッシャーを与え続けた国民は共犯だ。

 「男系男子」を伝統とする皇室制度そのものが雅子妃にとって堪え難い屈辱である。

     そんな事もわからないで「お世継ぎを」と期待した国民は犯罪者だ。

     雅子妃が傷ついたのはこのような国民のせいなのだ。>>>


そうなんでございますか、どーもすみませんねえ。←ここ、ちびまるこちゃんの声で、どうぞ。顔には縦線ね。

<<<雅子妃が人格を否定されたと感じているなら>>>って。

ではやはり鳴門さん、あの、皇太子殿下が鼻息お荒く「雅子のキャリアが人格で否定でどうとか」と発言された、あの元に、雅子さんご自身のそのお言葉があった、と。そういうわけですね。

私の人格を否定して、きーってな修羅場が、演じられたのかしら。皇太子さん、怖かったのでしょうね。あんなに必死に、言うてはったもの。ばらしてどーするのよって、性格極悪のわたしは、思うよ。

あくまで「噂」と前置きして申しますが、東宮医師団の「雅子妃の見解発表」の文章、中身、ライト・バイ・雅子、との説も根強く。自作自演。

・・・確かに、長男の妻の立場で男の子を期待され、なかなかそのようにならない、というのは、辛い面があると思います。

しっかり庶民のわたしでさえ、そのプレッシャーはありました。イヤミも当てこすりも、そうですね、ありました、正直。

それは、判らなくはない。でも、仕方ないじゃん。

秋篠宮家に悠仁さまがお生まれになった時、私、本当に、雅子さんも気が軽くなりはったやろうな、と、思いましたもん。どこでニュースを聞いたかさえ覚えている。皇室のことに、特別に関心があったのでなくても。日本人の血がざわめいた。少し大げさ?。

良かったなあ、めでたし、やん、と、思った。嬉しかった、皇室安泰、なんて、それまで無かった感覚さえ芽生えました。

まさか東宮家が、何がどうでも自分たちがトップになりたい人たちだとは感じていなかったし。

バックに、天皇家を乗っ取るとか転覆とかを諮っている力が粘りついているなど、想像したことも無く。

・・・自分のことはいいです。

鳴門真彦さん。この人は、国民を犯罪者だと断じている。

雅子さんを傷つけたのは国民だと言うておる。

皇位継承者たる男児を産むことは、天皇家の皇太子に嫁ぐ女性への、当然の期待でしょう。ふつう、そうでしょう。

しかし、願っても叶わないことがあることくらい、生身の女性たちは知っている。

昭和天皇の弟君であられた秩父宮さま、高松宮さま、お世継ぎが無くて、すでにその宮家は存在していません。そういうことだってある、なんぼ皇室やと言うても、叶わないこともある。そんなの、誰だってわかる。言う人は、どっち向いてだってどんな風にだって言うんだし、人の口に戸はたてられない。上手に無視するしかないことだってある。。

男の子を産めない雅子さんを、非難する思いは、少なくとも自分には無かったし(お辛かろうと、不遜にもお感じ申し上げたことはあります)他のどなたにも、そう。仕方ないではないですか。

皇室制度そのものが雅子妃にとって堪え難い屈辱である。

ああ、まあ、そうなんですか。

どうして欲しいんですか?。

何が言いたくての攻撃? 。

・・・故・高松宮妃が、愛子さんご誕生の際に「一姫二太郎でおよろしいじゃ」と仰ったことさえ、雅子さんへのプレッシャーだった、とか言ってるし。それ、世の中ではよく言う言葉で、初めは女の子が育てやすい、育ちやすい、の意味です。それを悪く取って悪く書いている。高松の妃殿下は、余計なこと、わざわざイヤなことを口にされるお方では、全く、なかったです。

やっぱり違う、と言われてもしかたのない差ですか。

その他いろいろ。

何をしたくて書いたやら。

・・・もしかして、ええ!、まさかまさか。私のごとき性格悪い人間に、以下のごとき言葉を、吐かせるためですか?。

<<<皇室制度そのものが雅子妃にとって堪え難い屈辱である>>>

ならば、耐え難い屈辱の場から、お去り下さい、と。

こーゆー流れになりませんか?。

以前にも書きましたが、皇太子夫妻の離婚は、しかるべき手続きを踏めば可能、です。

天皇、皇后のお立場におなりあそばしてからは、無理、できない、不可能、との決まり。

私は、離婚を人に勧めるなど酷いことは、到底思い及びません。

愛子さんが宙に浮きます。

お父さんのもとに残っても。お母さんに引き取られても。今より幸せに、とは考えられない。私には。

とにかく、落ち着いた静かな暮らしを、ご両親がなされる(かどうか、そんなこと知らんよ!)。とにかく屈辱、なとこから離れる手立てだってあるのよ。

そう、なさって下さい、と、言わせたかったの? 。鳴門真彦氏。違うの? 。

違うなら、なんで? 変なの。私、買ったから(シッ)お客だから(せこ)感想を述べてもいいですよね(小心者)。

皇室に対する知識もあいまいな男のおばちゃんが書いた風な、時々ぶお~んと掃除機の排気口からみたいな、芳香の真逆のにおいを、ぷんぷん感じさせる、記事でした。

雅子さん擁護、と、素直にとっても・・・とったら、逆効果だったとは、思います。

そしてこれは、小和田夫婦にもさっぱりお分かりになっていないことでしょうが。

雅子さんは、皇太子殿下とのご成婚なって、国民みなの持つ「戸籍」というものを離れ、皇統譜という独自のものに入られた。小和田夫婦が雅子さんを「自分の娘」扱いを止めないのは間違いだし、東宮様を・・クンと呼ぶのは言語道断のこと。そして、皇太子殿下にも妃殿下にも、いわゆる「人権」というものは「無い」のです。

その代わりといってはなんですが、特別の存在としての特権あれこれも、お持ちなのです。

人権、人権と。東宮妃にはもっともそぐわないお言葉。




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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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