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返事の中までKUONです。

  1. あほらしいこと
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退いて下さい。退いて下さい。

新潮45という月刊誌があります。この「45」は、ほぼそれくらいの年代の読者を想定して、の誌名だと、読んだ記憶があります。

この新潮45の6月号に、

<<【御成婚二十年】
雅子妃「適応障害」の核心 鳴門真彦>>

なる記事があります。5月18日発売のこの雑誌は既に売り切れ。すごいなあ。これも、まとめ買いした人がいたのでしょうか。

鳴門雅彦。これもすごい名前。なるとまさひこ。(追記です。雅彦は私の誤りで、真彦氏、です。どうもすみません)。

ナルとまさこ。

この人は、雅子さんを擁護することで、悪いのは日本国民。そう断じております。どう考えるのも、個々人の勝手。自由にものを言う、書く権利を、日本国民は有している、とされております。それもウソなんだけどね。表向き、そう。そうであっても、と思わしめる内容です。またここでもご紹介します。

おとこ版・友納尚子あらわる、か。


現在毎週、文春に「雅子様物語」を書いているのが、友納尚子というひと。元・風俗ライターである、と糾弾されてもいます。私は、元が何であろうが、いま、まともなら、過去はまあ、と思うようにしています

そこらに無駄に囚われて、批判したい本当のところを間違えるのはイヤです。

私が友納に感じるのは、ただただ、恥知らずだ、ということ。見て来たようなことをどんどん書いている。こじつけている。

<<<「寒いところに行くと“子供を産まねばならない”というプレッシャーがフラッシュバックする雅子様。それを克服するためにあえてスキー旅行に行かれるのだ」>>>

なんて、書く方も、書かれる方も恥ずかしいわ。私はそう思う。

少しタイミングがずれてしまいましたが、数日前の毎日朝刊の香山リカの言っていることも、粗雑に過ぎて驚愕しました。「回復へ一歩ずつ」というタイトルです。

一部だけ引くのは、ある意味フェアでないでしょうが、いいことにします。

<<<よく知られているように、雅子さまは「適応障害」というストレス性の不調を抱え、長い間療養生活を送っている。その中でも長女の愛子さまの登校に付き添ったり、東日本大震災の後は被災地を訪問するなど「自分でなければできないこと」を中心に、いろいろな活動に取り組んでいる。>>>

確かに愛子さんには付き添って、異常な姿を一年余りもさらし続けた。

上に立つ者が、わが子可愛い情に溺れてはいけないのは鉄則。もしも、雅子さんでなければならない事情が、愛子さんの立場から「ある」、のなら、それは、周囲の納得を呼ぶものでなければならない。私はそう思う。

適応障害で苦しむ。雅子さんはそうなのだ、と、人は、当たり前に言っているけど。

何に適応できないか、と考えを巡らすまでもなく。皇室という環境に適応できなくてお苦しみ、なのか。そうですよね。

皇室に適応できずに苦しんでいると、10年ほども、言い続けているのです。

適応できにくい環境を与えていることになる、周囲の方々の心に、傷がついていないと、いうことですか?。

天皇ご夫妻が、傷ついておられたと、読んだ記憶があるし、当然そうであろうと、私は、考えました。

・・・これは別にまた、書かせてもらうとして。

「被災地を訪問するなど」

これには、特大の疑問符を投じたい。

はああ ? 

一回しか、行ってませんよ。一回だけ。

こういう雑な「精神科医」兼「占い師」。敬語の使い方も知らないやからが、いわゆる大新聞と称される紙面に、堂々と。しゃあしゃあと。ぬけぬけと。

ここに置きたい一言を、ラストに置かせてもらおうと思います、以下は「ふぶきの部屋」さんから持ってこさせてもろうた、2010年(震災の前年)年末からマサコサンのしてたことです。


<<<
「ご体調の波がおありになりながらも」

「ご病気に苦しまれながらも」

「できるだけの事をしたいと誠意を持って懸命に頑張って」

のフレーズを念頭に置き、去年の雅子妃の誕生日から1年の間に彼女が

起こした問題の数々を列挙してみたいと思います。

 2010年12月7日・・・内親王の社会科見学に同行。

                  当日朝になって出席か否か決まらず皇宮警察が混乱

                  雅子妃と内親王は(KUON註・白バイ先導で)別の車でお昼に現場へ。帰                  りも別。

 2010年12月9日・・・誕生日。参内のため、内親王に学校を休ませる。

 2011年1月・・・小山女官&木幡女官が辞職。

 2011年1月31日・・・ウイリアム王子結婚式に皇太子夫妻が出席へ(KUON註・未遂)

 2011年2月23日・・・皇太子の誕生日行事を欠席。

                  小和田家を含んでの祝宴は出席

 この頃は愛子内親王はまだ1時間目から出席せず。「かまぼこ工場」見学の

  騒ぎを東宮大夫が否定。

  「付添いは愛子内親王が望んだこと」と言い訳。

 イギリスは招待状をどこに送っていいかわからず両陛下へ。東宮職は

  「東宮家へ送りなおし」を依頼。夫妻は出席に意欲。しかし、雅子妃は公式行事

  に出席せず内々に静養を目的に行くのではないかといわれる。

 3月16日・・・仕方なくイギリス行きを断念。

 4月11日・・・午前11時ー午後7時まで東宮御所で「お楽しみ会」

          学習院の子供達を招いてのパーティの合間に黙祷。(KUON註・大震災から一か月目)。

 5月4日・・・宮城訪問。決定したのは2日前。

          この頃「愛子内親王の付添いが中心の為、平日は被災地にいかない」

          事が問題に。

 5月7日・・・三郷訪問。

            「助けられなかった人のことは心に傷が残るようで大変ですね」

           と発言。

           また「陸に上がった河童の気分」猟師の発言に爆笑。

 6月13日・・・デンマーク・フレデリック皇太子が東宮御所訪問。雅子妃出ず。

 6月14日・・・フレデリック皇太子、被災地訪問。

            雅子妃は愛子内親王の「芸術鑑賞会」に同伴。本来1-3年までしか

            付き添いが認められないのに「特別待遇」

            帰りは「思いつき」で電車で帰宅。マスコミを集めて撮影させたのは

            いいが、JRから苦情。

 6月14日・・・皇太子、武蔵野陵・武蔵野東陵参拝に同行せず。

             夕方5時過ぎに一家で参内し乗馬を楽しむが、両陛下には

             来た事を知らせずに会わずに帰る。

 8月13日ー9月3日・・・那須ご用邸滞在。

                 ・ 二期倶楽部貸切

                 ・ 遊覧船を貸切で花火鑑賞

                 ・ 民間のプールを貸切

                 ・ 連日23時まで遊ぶ

                 ・ ご用邸にきた秋篠宮殿下と眞子様には会わず。

 9月・・・学習院初等科貴賓室占拠。毎日9時間滞在し、内親王と昼食をとる。

 9月14-17一・・・愛子内親王・山中湖校外学習に同行。

                 ・ 児童が訪問する場所全てについていき、規制線を張る

                 ・ マウント富士インペリアルスイート貸切で特別料理。

                 ・ 総額3000万かかる。

 10月・・・愛子内親王の運動会の席取りに侍従を並ばせる。

          双眼鏡で父兄を監視。父兄は見回りに刈りだされる。

 10月20日・・・皇后誕生日。参内するも祝宴は欠席。身内の食事会も途中退席。

 10月23日・・・眞子内親王成年の儀の挨拶に出ず。無視。

 11月1日ー5日・・・愛子内親王を東大病院貴賓質に入院させる。

                1フロアを貸切、一度も東宮御所に帰らず。

                精養軒から出前をとって食べる日々。

 11月3日・・・悠仁親王着袴の儀を無視。そもそも葉山に静養する予定だった

            事が発覚。

 11月10日・・・皇太子が東大病院訪問。「風邪」の為同行せず。

 11月14日・・・愛子内親王に社会科見学を欠席させる。

 11月15日ー18日・・・ブータン国王夫妻来日。

                 ・ 歓迎行事に出席せず。

 11月18日・・・ブータン国王の見送りに出ず、学習院への付添い再開。

             夜、皇太子が東大病院へいくも同行せず。

 11月30日・・・秋篠宮殿下誕生日の食事会を愛子内親王と欠席。

 12月1日・・・愛子内親王の誕生日。身内だけですごす。



時系列でみると大震災以後変な行動が目立つのですが、イギリス行きが

なくなった事、スキー静養がダメになったことが「心の傷」になった模様。

(皇太子夫妻イギリス訪問はネット上では大問題で「雅子妃がイギリスへ行ったら

日本の皇室の名前を汚す」とまで言われて抗議のチラシ配布が始まった頃に

大震災発生・・・。>>>

検索して行くと、果てしなく出てくる「雅子さん話」。

腐っている。腐ってるよ、やってることが。性根が。私はそう考えます。断じてまともではない。


末尾になり、申し訳ないことですが。

天皇・皇后両陛下は、今年11月、インドをご訪問されると読みました。

インドまで飛行機で、デリーまで8時間半、ムンバイまでなら9時間半。

いくら居心地のいい飛行機を用いられるといっても、長時間のフライト。直行便でその時間です。

時差は3時間半とか。

11月は日本では寒くなっている頃。その気候に馴染んだお体で、インドへ降り立たれる。

あの夫婦は、心配でないのだろうか。あの二人がまともなら、名代で動かれて不思議は無い、皆、もろともに賛成、の思いを抱くでしょう。

天皇陛下は12月に80歳になられる。皇后陛下は、首や肩に持病をお持ちです。飛行機の中での長時間が、ご負担でないはずが無いと、思わせていただきます。

退いていただきたい。三人で、ごちゃごちゃ言われず、人に迷惑かけない静かな暮らしをなさって下さいと、毎日毎日、願っております。

香山リカ。

天皇家は、祭祀をする家。

天皇家は、国家の安寧と国民の繁栄を、無私無欲に祈り続けて下さるためにある家。

そこのところをすっ飛ばして、利いた風な口をきかないで欲しい。迷惑です。






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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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