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友よ!

友よ~~
夜明け前の 闇の中で~~
友よ~~
戦いの炎を燃やせ~~

夜明けは近い 夜明けは近い

友よ 
この闇の向こうには

友よ
輝く明日があ~~る~~~

友よ
君の涙 君の汗が

友よ~~
報われる その日がくる

友よ 
この闇の向こうには

友よ
輝く明日があ~~る~~~

友よ~~
昇りくる朝日の中で~~

友よ~
喜びを分かち合おう

友よ 
この闇の向こうには

友よ
輝く明日があ~~る~~~

           

やさいさんありがとう、今夜も岡林信康がらみのようです(爆)。

今日、YOUTUBEで、この「友よ」を聴いていて。
すごい歌やな~と、感じました。昔より素直に。

夜明けは近い。
シンプルで、すごい力を持った言葉です。

私、今、何を見ても聞いても、放射能(と簡単に呼びます)のことがアタマから離れなくて、ううう、どうするんだよ~~、どうしてくれるんだよ~~、なんて、呪文ぶつぶつばあちゃんと化しており、いかんな~、と、水に濡れた後の犬みたいに頭、ぶるぶるしてみる。

この「友よ」を、歌っていたあの頃の人の心の中には、明確な自分に足りないもの、のイメージがあったと思うのです。
解りやすい「足りないもの」の姿があった。

まだ、あれば嬉しいものが沢山あった。
もう一本ジーパンがあれば、もう一足靴があれば、デートの時にもう少し気前よくできれば。
もう少し給料があれば。親にプレゼントできる、風呂のあるアパートに入れる、そんな、ささやかで切実で、実際、がんばって手に入れて行った人は多い、そういったものたち・・・。
そちらへ向かって行けるのは喜びだった希望であった、なかなか大変だから、皆で、歌った、友よ、と。

岡林が、学園祭のステージがちゃちだと、帰ってしまったとお聞きして、まさか、でなく、らしいな、と、感じるのですが(肯定しているのではありません、あくまで、らしいな、です)、あのお人は、ギター一本で出て来て、あっという間に「フォークの神様」「教祖様」になってしまって、自由が利かなくなってて、多分、待っていたはずの学生さんたちを放り出して消えちゃったのは、農業をやりたい(出た!)と隠遁する、前くらいのことだと思う。

マジメなおまわりさんをからかったり、プロの、売れてる作詞家を愚弄したりする歌がけっこうあって、おもしろがって歌っている者もいたが、ちょっと、どっちへ行くのかしら、という感じの時もありました。

・・・なんてことは、ま、いいのです。

ええと、書きたかったことは。

YOUTUBE、あの時代の歌がこんなに聴けるなんて「昭和は遠くなりにけり」不思議な感じです。

「私たちの望むものは」も、今日、改めて見て(聴いて)みました。

yuutaさん。

宮古の人は、とても元気で、と、聞かせてくださってありがとうございます。

そうだよね~。生きて、生きて、生きていなければね~。

特別、岡林氏に、ここまでこだわるつもりも無かったが、作品の中に、今には無いいいものも、確かにある。

この歌の、このフレーズは、気持ちにぴったり来ます。

アイウォンチューなんとか、なんて、言葉の亡霊みたいな歌でない、生きてる言葉がありました。

「私たちの望むものは」の、一部です。

  いまある~不幸せに~とどまっては~ならない~
  まだ見ぬ~幸せに~
  いま~飛び立つ~のだ~









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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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