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返事の中までKUONです。

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「たてまえ」職

今までなら、宮内庁を通して、天皇陛下に向けて、ご招待が来る。ということだったそうですが、この3月、外交ルートを通じて皇太子ご夫妻に、オランダ王室の即位式へのご招待があった。ということです。

これに関して。

<<<宮内庁の山本信一郎次長は8日の定例会見で、オランダで30日に行われる新国王即位式に皇太子ご夫妻が招待を受けていらっしゃることについて、「(出欠を)早くお決めいただくよう、(ご夫妻に)お願いしているのが現状」「一日も早くお決めいただきたい」と述べた。

 山本次長は、ご訪問によってさまざまな準備の必要性が両国に生じることを説明するとともに、3月上旬に外交ルートを通じて招待があった際に「できるだけ早く返事をいただきたい」との要望を受けていることを明かした。>>>

・・・宮内庁さま、これ、ウチは知らんもんね、準備が大ごとだから早く返事を、とお願いしてるのに、行きたかったはずなのに、お返事が無いんだよ、もうまったく、ぶつぶつぶつ・・・って、読みましたけど。

あの東京駅での「罵声」に、凍りつかれてしまい、衝撃を受けられてしまい、ご病状に触られてしまったのでしょうか。



次は、8年ほど前、この方の周囲の逆風が(ご本人にとって)強さを増して来た頃、公の場で、紹介された詩、についてです。

詩は、いい詩だと思います。

<<<ドロシー・ロー・ノルトというアメリカの家庭教育学者の作った「子ども」という詩で,スウェーデンの中学校の社会科の教科書に収録されております。

『批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる

しかし,激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる

賞賛をうけた 子どもは
評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる

可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる』

子どもを持ってつくづく感じますが,この詩は,人と人の結び付きの大切さ,人を愛することの大切さ,人への思いやりなど今の社会でともすれば忘れられがちな,しかし,子どもの成長過程でとても大切な要素を見事に表現していると思います。非常にこの詩には,私は感銘を受けました。家族というコミュニティーの最小の単位の中にあって,このようなことを自然に学んでいけると良いと思っております。また,愛子にはいろいろな経験をさせたいと思います。私自身,幼少のころから両親である今の両陛下にいろいろな場所に連れて行っていただき,そのなさりようを見ていたことが,今日でもとても良かったと思っております。その意味でも,愛子が公務を始めるというのではなく,私たちがやっている姿を見せることも大切と考えます。3歳になりましたので,いろいろな意味で社会性を身に付けていくことも大切と思っています。言葉もかなり(以下・略)>>>

反論などありようもない話です。けど、足らん。決定的に、あるものが足らんお話です。と思う。


次は、ゴシップ、と言えば言える話でしょうか。

並べると、それなりに迫力のある逸話たちです。どうしても、突っ込み入れながら、になってしまいました。

<<<「一時たりとも活字になっていませんが、小和田さんは留学前の88年、ある新聞記者の執拗な取材に声を荒らげて『あんな家にはいかない』と答えてるんです。ちょうど報道陣に『名刺を見せなさい』と詰めよるなど、取材攻勢に神経を尖らせていた時期ですから、ついホンネが出ちゃったんじゃないですか。当時、この発言は記者連中の間でもかなり話題になりましたね」(もと宮内庁詰記者)>>>(KUON・突・あんな家って・・・


<<<英国オックスフォード大大学院への留学に際し、伝蓋友人らによる送別会で「最近母から気が緩んでいると注意されました。イギリスに行ってからは、フンドシを締め直して勉強したいと思います。……でもイギリスにはフンドシは売っていないから、買っていかなくちゃー」>>>(KUON・突・ふんどしって・・・若い娘さんの口から


<<<水俣病とチッソ社長であった雅子母方祖父・江頭豊について、世論が触れると「おじいちゃんが悪く言われた」>>> KUON・まこと、ご本人にはお辛いこととは思います、が、そのおじいちゃんは、水俣病で苦しむ方々を「海に浮いている腐った魚を食べた貧乏人、補償が出るだけありがたく思え、と暴言を吐き、補償は惜しみに惜しみ、水俣を撮り続けていた写真家のユージン・スミス氏を襲わせて背骨を折り、片目を失明させ、夫人をレイ プさせた。夫妻は時間を惜しんで撮り続けられましたが後に離婚されています。お孫さんに罪は、多分、無い。でも、おじいちゃんがワルクチいわれる(からイヤ)という感覚は、首肯出来がたいです)。

<<<結婚前、駅ホームで撮影したカメラマンを追いかけ胸座を掴んで「フィルムを出してください!」>>>

<<<結婚前、カメラマンにマークされていることについて外務省の同僚に「マスコミってウジ虫みたい」>>>(KUON・ま、そういう側面も無きにしも、ですが、言葉が汚いのにはどうも)

<<<外務省北米二課の同僚・上田奈生子さんに向かって「ネズミに似てる」、上田さんが髪を切ってきたら今度は「うちのショコラに似てる」(KUON・不要事・この当時、ふりん疑惑も取りざたされていた。まあ、お歳を考えれば、かわいこちゃんというだけでは・・・)。>>>

<<<皇太子妃になることに積極的でなかったとされる小和田雅子が政府高官説得を受け「私は国家と結婚します」>>>。

<<<婚約会見で「一言付け加えさせていただきますと」>>>

<<<その考えている過程で殿下からは心を打つような言葉をいくつかいただきました。
そのひとつは、これは11月(平成4年)の後半だったと思いますけれども、私に対して、「皇室に入られるということには、いろいろな不安や心配がおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」というふうにおっしゃってくださいました。>>>

(KUON・上のセリフは、皇太子が会見場で言われたのでなく、プライベートな場でのことであったと、改めて知りました。そして、こうして、言われた方が、公に、明かされた。言質を、という思い方をする向きも多いにありました。後退さ様はこの時、嬉しそうにウンウンされ(エライこと不敬ですが)、待て、をされてるダックスフントみたいに、はぁはぁしておられます。その日までやっと漕ぎつけて嬉しくおられたんでしょう。同時に、その同じ場で↓)、

<<<「皇后美智子さまが嫁がれた際様々な苦労があったと聞きますが…」という記者質問に対して、「皇后陛下(=自分の母親)からはそのような(苦労)話は一切うかがっておりません。私が拝見しておりまして、いつも明るく楽しい方ですので、ちょっと私にはそのようなこと(=入内後のたいへんな苦労)があったと言われても、ちょっとピンとこないところがあるわけなんです」と回答、当時はめでたい席で過去の母親苦労話に言及するのを回避したかと思いきや、マジで母親が見えないところで努力し苦労してきたことを長男の癖に理解できてないんじゃないの>>>

<<<結婚当初の伊勢神宮参拝、皇太子と雅子は車から別々のドアから降り、歩き出して雅子が皇太子の脚を蹴とばしてしまい、笑いながら「あっ!ゴメン!」とタメ口で軽く謝り>>>(KUON・日常の中でならともかく、伊勢神宮参拝時、であることに、どうも)。


<<<1993年10月8日岩手県盛岡グランドホテルにて、前沢牛しゃぶしゃぶ3人前(メニューは前菜や刺身お造りにデザートなども揃ったフルコース)をきれいにたいらげた東宮夫妻「お気持ちはよくわかりました。ありがとうございました」>>>

<<<1993年10月15日初めて出席した園遊会にて、世界陸上選手権女子マラソンで優勝した浅利純子選手に対して「殿下と夕食をとりながらテレビを見てたのよ。」>>>


<<<皇太子殿下のご学友の豊永聡美氏がお二人の様子を語る。
「ご結婚前は花見やテニスや水泳など定期的に行事もあったんですが、ご結婚後はなくなり、御所にお呼びくださることも少なくなりました。お二人だけでいらっしゃる方が楽しいんでしょうね。
 一昨年(=1994年)の秋に最後にお目に掛かった時、雑誌を何冊か殿下と雅子さまに持っていったんです。その中についうっかりして、『夫に先立たれたとき』という特集がまじっていたのですが、雅子さまはそれを殿下にお見せになって『ほらこれ』といって仲良さそうに笑っていらっしゃったのが印象的でした」>>>

2003年以前、さらに言えばご成婚直後から見受けられたというご様子。さる東宮職OBによれば、
<<<「ご懐妊の兆しが見える数年前、東宮ご夫妻が揃ってある地方都市を視察されたことがありました。土地の産業や地域の過疎化などについて、県や市の幹部と意見交換し、食事をともにされたのですが、後日、妃殿下は『ああいう集まりには、もう二度と出席したいとは思いません』と仰せになったのです」
 このOBが当時、耳を疑ったのは言うまでもない。
「つまりは、現在のご自分とお暮らしとは直接に関係がないことだというようなご趣旨だったのですが、
皇族のお立場というものについて、根本的にご理解が異なっているのではないか、という違和感を強く覚えたことを記憶しています>>>」


いやげなことを、延々と連ねました。

一番ラストの、

皇族のお立場というものについて、根本的にご理解が異なっているのではないか、という違和感を強く覚えたことを記憶しています」>>>

こここそが、私の感じるところです。



やさいさん。

春の爽風が吹きぬけてゆくようなお姿ですね。

皇族としてまとも、と言うといつものごとく「不敬」ですか。でも本当。きちんと皇族らしいご両親がおられて、そこで育まれているお子さまがたがおられる、という、安心を誘う構図。

私、皇室とか皇族の方々とかは、ある意味「たてまえ」職であられると思うのです。

戦後、昭和天皇は「あらひとがみ」でなく「人間宣言」をされました。人間天皇であり、憲法でいう象徴天皇と定められました。

それまで厳として存在した「不敬罪」の呪縛からも解き放たれた人々は、当初はしゃいだ・・・というか、現・天皇の妹さんを「おスタちゃん」などという呼び方をし、美智子様を「ミッチー」と呼んだ。いま、雅子さんを「まっしー」とは、誰も呼びません。少し保守の方向にブレが戻ったから、というより、実際に、そこまで親近感や希望や、いろんな感情を、あの方に向けようがないからと、自分は考えます。

国民の方を向いていない人に、こころ向きません。

秋篠宮ご夫妻は、ご自分たちの使命や立場を理解して、その上で行動される、いわば皇族としての「プロ」を、目指し続けておられるように思います。そこが素晴らしいな、と感じます。

たてまえ、というか、あらまほしき姿を体現されていて、そして、問わず語らずのうちに、秘められている思いが、もれ出て来る。芳しい香りである。そういう感じ・・・。

形だけで、人は、心動かされないと思うし。

プロは美しいです。頭が下がります。

・・・そのことを、どこで読んだか、いま探しあぐねておりますが、紀子様はこのたび、何かの学位を受けられたとか。

どんな学位か、だから今はわからないのですが、努力を重ねられた結果なのは事実でしょう。

私は、特別、紀子様を「好き」とかでは、ないです。正直に書けば。ただ、本職の「皇族」であられる、と、感じています。

安心して見上げることのできるご一家で、この国のある面での代表となって下さる大切な方々で、皆様のお健やかであられることを、素直に念じるものであります。

やさいさん、明るさ、希望、私も同じことを感じます。




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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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