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返事の中までKUONです。

  1. 今の思い
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・・・

こういう話は疲れます。

自分ではない他人のことを、ああ、こう、と。

放っておいても日々の暮らしに何の障りも無い・・・ずっとそうだったのだし。

皇室のことなど、由緒正しい、まことの、純性庶民の一人である私に、わかることでもなし。

このところ毎日、いろんなものを見ていて、愛子さんの笑顔を見れば、こんな幼いお子についてちくちく考えて、とか。にたま~と、中途半端な笑顔のお妃さんを見ては、もしかして、ほんとに無気力でしかいられない体調なのかも、と考え、それなのに・・・と、自分を責める。ま、スキーや買い物や好きな人との会合には、しゃきしゃき出向かれるのですが。

イヤな自分ね、と、思います。

なに、ほんとはどーでもえーのよ。どうでもいいんだけど、どうでもよくないんです。

両陛下がご高齢で。東宮家が〇〇で。このまま、まあええやんか、と進んで行ったら大変だ~。どう大変か、言いつくせないけど大変だ~。

皇室なんかどうなっても関係ない、無くなればいい、との考えもあるようですが、わたしは、そう、思えないので。

日ごろはほとんど意識しないでいて、何かの折に、ふと、あって下さっていることに安心する、程度が、理想な気はする。そんな対象であっていただきたい、ような。皇室は。

・・・そうでなくなって来ている・・・写真見ても。

雅子さんと愛子さんが車の普通の席に並んで乗り、日本の皇太子は後ろに、荷物みたいに乗っている。

こんなササイなことが。普通の社会でなら、あそこ、ヨメさんのしりにしかれとる~、で済むことが(多分ね)、あの立場の家のことですと、よそから見ては笑い者。

このたびアメリカでも、皇太子が水の講演をされたというが、あからさまに軽く扱われていた記事があり、どうも事実らしくてクヤシイ。

・・・今夜は、これくらいでやめます。



源氏物語が書かれた頃にも皇族はおられ、たくさんおられ、まあ、ヒマだから、いろこい沙汰にしか時を費やす術が無かった。

言葉遊びに興じられ、顔を見たこともない女性に「恋しくて死にそうだ」とか文を書き、もらった方も、機知に富んだ返事をすればそれが「よいな~」となって。生活のご苦労などいっさい無い中で、遊んでおられた。

そんな中から、日本独自の文学が生まれ、今に至っている。私にはそれは、とても重要。

時代時代によって、ひどい目に遭われた・・・着るものさえ無くて、蚊帳をまとっておられるような天皇もおられた・・・が、うたは詠んでおられた。

皇后様はたくさん、うたを詠んでおられます。ことに思いの深そうなうたを、読み直していたんです。

僭越ながら、少し、感想と共に、好きなうたを。


子に告げぬ哀しみもあらむ柞葉-ははそは-の母清-すが-やかに老い給ひけり
  めったに実家に帰られなかったなか、お母さまを読まれた一首。子に告げぬ哀しみもあるだろうに、とは、自分が  原因でのお母さまの悲しみを思いやる、深いお気持ちでしょう。とても控えておられた方だから。

言-こと-の葉となりて我よりいでざりしあまたの思ひいまいとほしむ
  胸には宿ったけれど言葉にはしなかった、出さなかった、たくさんの「思い」、それを、いまいとほしむ…言わな  くてよかった、よかったのだ、と。


み空より今ぞ見給へ欲-ほ-りましし日本列島に桜咲き継ぐ
  現皇太子の和歌の師への挽歌という。わが子の師に、先生、見たがっておられた桜が咲き盛っていますよ、と心の中  で語りかけ、み空より、と言葉を置き、日本列島に、と言葉を選んで、スケールの大きさと共に、桜さくこの国へ  の愛情に溢れている。

岬みな海照らさむと点-とも-るとき弓なして明-あか-るこの国ならむ
 
白鳥も雁がねもまた旅立ちておほやしまぐに春とはなれり

新嘗-しんじゃう-のみ祭果てて還ります君のみ衣夜気冷えびえし
  おっと君である天皇陛下の、冷える夜の祭祀の果ての衣装の冷えに託して、いたわりと愛敬の情を。

春草のはつはつ出づる土手のさま見むと春泥の道あゆみゆく

柊―ひひらぎーの老いし一木は刺―とげーのなき全縁の葉となりたるあはれ
  どんな屈託を抱えられてのおうたかと、僭越ながら思います。

秋彼岸やうやく近く白雲の一つ浮かべる山の静けさ

この月は吾子―わこーの生-あーれ月夜―づきよーもすがら聞きし木枯の音忘れず
  愛おしんで育てたわが子。この月はその一人(おそらくは浩宮)の誕生月である、と思い出しつつ、耳から去らな  いのは 木枯らしの音だと

この国に住むうれしさよゆたかなる冬の日向―ひなたーに立ちて思へば
  
短夜-みじかよ-を覚めつつ憩ふ癒えましてみ息安けき君がかたへに
  昭和天皇の御病の後のうた、と。病癒えて寝息の安らかなかたわらに、眠らず添いつつ、憩う、と詠んでおられ   る。その厳しかった人のそばで。

子らすでに育ちてあれど五月なる空に矢車の音なつかしむ
 育児時代への思いと鯉のぼり。

窓にさす夕映え赤く外の面なる野に冬枯れの強き風ふく
 改めて読むと、冬のうたも多いです。

白梅の花ほころべどこの春の日ざしに君の笑まし給はず
 亡き高松の妃殿下のお印は梅。日本語の奥深さを感じます。

神まつる昔の手ぶり守らむと旬祭-しゅんさい-に発たす君をかしこむ
  <古きを守り親を親しむ事により常に魂が新しくなる、だから皇室は二千年続いた>。

音さやに懸緒-かけを-截-き-られし子の立てばはろけく遠しかの如月は
皇太子としての儀式に望まれる現皇太子加冠の儀、この子を産んだあの(なんやかやと寒かった)二月は はろばろと 遠い日である・・・。耐えること多かったと推察されるお心の感慨が、短く簡潔に深く。

木犀の花咲きにけりこの年の東京の空さやかに澄みて

ともどもに平--たひーらけき代を築かむと諸人のことば国うちに充つ
  平成の代がわり。

いつの日か森とはなりて陵を守らむ木木かこの武蔵野に

かの家に幼子-おさなご-ありて健やかに育ちてあらむ鯉のぼり見ゆ
  愛しまれたのはわが子のみでない。よその家の鯉のぼりに、健やかに育っているのだなあ、と、親の心で喜びを共有 しておられる。

とつくにの旅いまし果て夕映ゆるふるさとの空に向ひてかへる
 外国より、夕焼けの日本に帰って来られて。

日本列島田ごとの早苗そよぐらむ今日わが君も御田にいでます
 日本は瑞穂の国。天皇家も田植え、稲刈りをされる。 このようなお姿は他の国には見られないと聞きます。


短歌は、たかだか三十一文字の中に、大きくも小さくもさまざまなものを込めることができます。

私は短歌が大好きです。

皇后陛下がお子さまを詠まれたうたも好きです。

愛情が、したたるように籠っていながら、きちんと客観的な目をもって詠んでおられ、何がどうでも自分の子だけが可愛い、いい、といった、みっともよくないさが感じられません。

紀宮様が、ご成婚の日に、ご自分の 帯を締めて前に立たれた時、一瞬(より少し長く)生な母親としての表情となり、隠されなかった。強く印象に残っています。

客観性。それが、皇后様には備わっておられると思います。えらそーな書き方だな。許していただきましょう。私は、べたべたの皇室フリークでない(つもり)、そのことも。



・・・やまねさん。

黙っていようとも思ったのですが・・・ごめんなさい、私が東宮一家に「私生活も楽しめるように、お幸せに」と書いたココロは、優しいやまねさんの気持ちと真逆、違うみたいです。

私は、ああいうお立場の方が、自分たちの楽しいことにしか言行が及ばないのを、はっきり「おかしい」と感じていて、それなのならお退き下さい、と、言っているのです。

天皇家の長男として生まれたお方として成り立ってゆくような処遇は、もちろんどなたかがお考えになることでしょうが・・・このままいて頂きたくないのです。だから、どっか、チクチク、痛みながら、書いています。

ミジンコの遠吠え、と、よく言っていましたが、これも同じ。

きっと、同感して下さるやまねさんのお気持ちとは、違う、と思うのです。

きつくてごめんなさいね、しかし、そうなのです、と、書かざるを得ませんのです。





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  1. 2013.03.29 (金) 11:54
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  3. やまね
  4. [ edit ]

やっぱり、同感~♪

KUONさん、こんにちは。

お気づかい、ありがとうございます。

でもねえ・・真逆じゃありませんよ。

私も、「それならお退き下さい」ですね。

分相応の生活をするのが、「お幸せ」だと思うから、KUONさんと同じ思いです。

それなりの人格者でないなら、「ご公務」は務まらないのじゃないかしら?

「ご公務」ができないなら、退くのが筋じゃない?

ご実家云々のことは分からないけど・・

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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