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  1. 福島事故
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わたしの小さな世界

何も忘れていません。

せえのう、ハイッと「黙祷」できない自分がイヤでもある。

「復興」という言葉に関して、口に出せない思いがあります。

悲しい気持ちや「反対」とかいう行動や、いろんなことが、それは仕方がないのだろうけど、整理のようなことをされ、分類のようにされ、どんどんシステマティックになって行くのを、不器用で偏屈な自分は、やっぱり隅っこの偏屈席、みたいなところで、じまっと黙って見ているだけ、のようにも感じます。

本当の意味に近い「じょせん」は、うっすらと確実に広がって行っている気がします。



私は本を読むのが好きですが、系統立った読書というものでなく、手当たり次第に何でも読みます、再読しないと判ずればすぐ、リサイクルに出す。

手放せない本もいくらかあります。

林芙美子の「放浪記」はその一冊です。

広島へ向かう途中下車して、尾道へ行きました。駅前からタクシーに乗って、千光寺なるお寺へ行ってもらいました。

坂の町、尾道の中でも、そこは小高いあたりにあって、眼下に海が見下ろせると言う。

芙美子の焦がれた尾道という町へ行って、高いあたりから光る海を見てみたい。

ただそれだけのことを、したかった。

親切な運転手さんが待ってくれたので、心行くまで・・・でもない、ほんとは3時間はぼおっとしていたかった・・・けど、海を、町を、見下ろして。

あっちに霞んでいるのが四国の・・山ですよ。教わって遥かに眺め、大切な景色を胸に抱くように、駅へ戻りました。

尾道は、車窓から見るどこもどこも、懐かしい感じのする町でした。

昔のNHKの朝のドラマ(うず潮だったか?)の「芙美子」も、記録を打ち立てたという、先ごろ亡くなった女優さんの「芙美子」も、わたしは、好きでないのです。林芙美子の「放浪記」が好き。

・・・他にもある中に、表の表紙も裏表紙も反り返ってしまっている、何度読んだかわからない一冊が「苦海浄土ーわが水俣病」です。著者・石牟礼道子は、この本を書いたゆえに「公害の悲惨の代弁者」だとか「怨念の書」であるとか、言われてしまったようですが、それはそうであり、そうでないとも思う。それだけのものでは決して無い。




「ゆき女きき書」   引用(渡辺京二氏に拠る)。



坂上ゆき 大正三年十二月一日生 
入院時所見
三十年五月十日発病、手、口唇、口囲の痺れ感、震顛、言語障碍(中略)
歩行障碍、狂躁状態。(中略)絶えず(中略)(舞踏病)運動を繰り返し、
視野の狭窄があり、(中略)知覚障碍として触覚、痛覚の鈍麻がある。
                             (石牟礼2004:140)

「所見」はこれに「生来頑健にして著患を知らない。」とつけ加える。
ゆき女はこう語る。



──うちは、こげん体になってしもうてから、いっそうじいちゃん(夫のこと)がもぞか(いとしい)とばい。(中略)うちゃ、今のじいちゃんの後入れに嫁にきたとばい、天草から。嫁に来て三年もたたんうちに、こげん奇病になってしもた。(中略)うちはひとりじゃ前もあわせきらん。(中略)それでじいちゃんが、仕様ンなかおなごになったわいちゅうて、着物の前を合わせてくれらす。(中略)うちは、もういっぺん、元の体になろうごたるばい。親さまに、働いて食えといただいた体じゃもね。病むちゅうこたなかった。うちゃ、まえは手も足も、どこもかしこも、ぎんぎんしとったよ。海の上はよかった。ほんに海の上はよかった。うちゃ、どうしてもこうしても、もういっぺん元の体にかえしてもろて、自分で舟漕いで働こうごたる。いまは、うちゃほんに情なか。月のもんも自分で始末しきれん女ごになったもね……。(中略)心ぼそか。世の中から一人引き離されてゆきよるごたる。うちゃ寂しゅうして、どげん寂しかか、あんたにゃわかるみゃ。ただただじいちゃんが恋しゅうしてこの人ひとりが頼みの綱ばい。働こうごたるなあ自分の手と足ばつこうて。海の上はほんによかった。じいちゃんが艫櫓(ともろ)ば漕いで、うちが脇櫓ば漕いで。
                             (石牟礼2004:150-152)

もうひとつ。

六歳で発病し十七歳に達した娘、ゆりを育てている夫婦の会話。「とかげの子のごたる手つき」と「目あけて首のだらりとする」 (石牟礼2004:265) 死んだ鳥のような植物状態の娘のおしめを替えてやりながら、妻は夫にいう。



「あんたとうちゃん、ゆりが魂はもう、ゆりが体から放れとると思うかな」
「神さんにきくごたるようなことばきくな」(中略)
「木にも草にも、魂はあるとうちは思うとに。魚にもめめずにも魂はあると思うとに。
うちげのゆりにはそれがなかとはどういうことな」(中略)
「あんまり考ゆるな、さと」(中略)大学の先生方もそげんいうて、あきらめたほうがよかといいなはる。親ちゅうもんはなあ、あきらめられんよなあ。(中略)ゆりが魂の無かはずはなか。(中略)木や草と同じになって生きとるならば、その木や草にあるほどの魂ならば、ゆりにも宿っておりそうなもんじゃ、なあとうちゃん」
「いうな、さと」
「いうみゃいうみゃ。
──魂のなかごつなった子なれば、ゆりはなんしに、この世に生まれてきた子じゃいよ」
「(中略)目も全然みえん、耳もきこえん。(中略)えらか先生方に何十人も手がけてもろても治らんもんを、もうもうたいがいあきらめた方がよか」
「あきらめとる、あきらめとる。大学の先生方にも病院にもあきらめとる。まいっちょ、自分の心にきけば、自分の心があきらめきらん。あんたなあ、ゆりに精根が無かならば、そんならうちは、いったいなんの親じゃろか。(中略)」
「妙なことをいうな、さと」(中略)
「(中略)うちはなあとうちゃん、(中略)
ゆりが草木ならば、うちは草木の親じゃ。ゆりがとかげの子ならばとかげの親、鳥の子ならば鳥の親、めめずの子ならばめめずの親──」
「やめんかい、さと」(中略)
「ゆりからみれば、この世もあの世も闇にちがいなか。ゆりには往って定まる所がなか。
うちは死んであの世に往たても、あの子に逢われんがな。
とうちゃん、どこに在ると?ゆりが魂は」
「もうあきらめろあきらめろ、頭に悪かぞ」
「あきらみゅうあきらみゅう。ありゃなんの涙じゃろか、ゆりが涙は。
心はなあんも思いよらんちゅうが、なんの涙じゃろか、ゆりがこぼす涙は、
とうちゃん──」
                              (石牟礼2004:267-273)


・・・わたしは、自分が「可哀そうな話」が読みたいわけではないと、思うのです。

この透明な文体が、など、白々しくは申せません。

ただ、また読みたくなって、手に取ることを、繰り返して来ました。

・・・新日窒水俣肥料工場が、いのちの海に垂れ流した有機水銀の害が、水俣病をもたらした世界で初めての奇病だという。

ある頃までは、不知火海の近くに住む主婦であった著者は。上記の言葉たちを「聞き書き」したのではないと言う。

この人の気持ちはこうだろう、と、書かれた言葉たちであり、実にまことそのままの気持ちの言葉だったと。









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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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