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返事の中までKUONです。

  1. 旅のこと、とか
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arigatou,desita。

金丸座へ、行ってみたかったのです。

きんきんきらきらの世界は苦手、たとへば宝塚なるものは、全く縁なし。ファンの方には申し訳ないが、あの芸名を目にするたび、ダメになるワタクシなのです。恥ずかしくて、恥ずかしくて。だから真逆の格闘技に走った!なぞ、ほざいても、理解してはいただけますまい。

歌舞伎は、多分、きんきんきらきら要素の強いもの、なんだけど。違うの。

歌舞伎を、いっつも見ているという立場ではない。たまあに行っても、安い席で、声の通り方や、役者さんの放つ、その人なりのニオイみたいなものを、かろうじて感じて、うっとりするくらい。

玉三郎さんはすごかったです。美し過ぎておそろしかった。ほっそりと背の高い生きている人形が、空を仰いで哄笑するシーンがあった、刹那、のど仏が鮮やかに私の目を射た、全身に鳥肌が立った。

不思議な瞬間だった、です。虚構の極みにあって、女形ののど仏に出会った。それが、拒絶感でも無く、ああ、玉三郎はすごい、美しい・・・と。それだけが、じんじんと来ました。

このたび、行きたいから連れて行ってよお、とねだって。

日本最古の、現存する歌舞伎小屋。そこを、訪れることができて、仰ぎ見ることが出来ました。

途中、昭和40年代後半に、火事が起きた時の類焼を避けるためも理由の一つに移転されたというそこは、ゆるやかに小高い地にあって、眼下に琴平の町が広がっていました。(内緒でばらしますがやさいさんは、自称でも謙遜でも無く、疑いの無い、正真正銘の方向音痴です。私は面白かったですもん)。

空は、春になりたての、うす青い空でした。空を遮る何も無かった。空ばっかりだった。

幟が何本もはためいていました。昔の名代に混じって、玉三郎丈の名もありました。

やさいさんに連れて行ってもらったのです。やさいさんは何度目か。こっちこっち、と、優しく招かれて、中へ入って。ほの暗い。いま、電気がついていてもこの暗さだから、昔はさぞや、と、外からもれ入る陽の明るさを感じながら、思いを馳せた。

なんと、ボランティアの男性がいらして、外からくぐって中へ入る「ねずみ戸」の説明からして下さった。身を屈めて一人ずつ、なのは、わあっと入ると、木戸銭払わない人もいるから、と笑わせておられましたが、それもあるけど、気の逸っている客の事故を防ぐ意味もあったのでしょう。

身を屈めて中へ入ればそこは、ひとときの夢の世界。外の世界のあれこれを忘れて、舞台の上の絢爛に心を委ねる・・・。楽しみの少なかった時代に。

中のことを細かく書いて行くとキリが無いのです。場内は撮影禁止でなく、時間の制限も無い。来場者本位の気持ちの徹った運営のされように、歌舞伎の世界に通じるものを感じました。

表から見える舞台のみでなく、裏へ回って、床山さんの控室だったところや、着替え室も自由に見られる。舞台の中央の廻り舞台にだって乗れたし(トン、と踏んでみた。笑)、ユーレイがひゅーどろどろと出て来る井戸の、桟敷から見えるところだけでなく、その下の方の、カラクリ部分まで、見せていただけた。

舞台も好きだが、楽屋裏が好きなのは昔からですね。

裏や底部分の精密さ、やさいさんの「プロ」の目からは如何に、と尋ねたら、これはすごいわね~、との答で、私は、自分のものでもないのに、どんなもんだい、と、鼻の穴が自慢感で膨らむ心地でありました。なんだろう、この「いいな、さすが」感は。前々生は、自前の小屋を抱える興行主ででもあったか。あり得ないわ、その話は。私の前生はイタリアのお姫様(なんという胡散臭さだ・・)。

・・・やや前傾している桟敷席は、正座でないと辛そうな広さ、それは確か。私は、正座はいっさい無理、それは確か。相撲中継を見ていても、マス席は無理だと思うのです。相撲をマスで見る日は、まあ来ないでしょうが。

で、大向こう、播磨屋!とか中村屋!とかの声がかけられる場所、舞台の真正面に座って、観たいなあ、と、夢見たが・・・難しいそうで。

空いていたから、皇太子ご夫妻が見物されたという席で、雅子様関連のことも話した。気持ち一緒で、楽しかったです。オフレコ、ピー、の話も盛り上がって。

・・・あのこじんまりした小屋を盛り立てたかった、あそこで、先祖のしたような汗の見える芝居をやりたかった、勘三郎さんの気持ちが、見える気がしました。いっぱい、したいことが、おありだっただろうなあ。惜しい、惜しい、早すぎた。

諸行は無常であります、か。

・・・天井から、竹で編まれ組まれた天井から黒子が一心に散らす花吹雪が無数に舞い、客のすぐ眼の前を、花道を、役者がわたって行く。

たん、とミエを切る。あああ。いいなあ。

小さな小屋だけに、独特の無限の世界が広がるのだろうと思いました。

たった四畳半の室内に、大きな宇宙をこしらえあげるということを「遊ぶ」、真剣に遊ぶ、茶の湯。やはり抱えられるような広さの中に世界が置かれるのだと言う盆栽。

日ごろ、すべてに無作法に暮らしてはいても、自分のDNA(これについてもやさいさんと競い合って喋った)に組み込まれている日本人の血が、こういう時に、騒ぐ気がします。

というのは、わざわざな理屈であって。

いいなあ、と、ただ、楽しんだ、楽しませていただいたってことです~。

・・・しきりに、もっと他のものも見せてあげたい、と言って下さったやさいさんでした、ありがとう。

その日は、金丸座へ行って、おしゃべりする。それ以外にしたいことは無かったのです。それだけがしたかった、望みでした。

そして、したいようにしました。

ピザとコーヒーとケーキで、バスの時間まで喋りました。目覚まし時計セットしておいて、没頭しました。

夢中で喋り、かつ、がっついていたので、この言葉を告げるのを忘れておりました。

ピザもコーヒーもケーキも、美味しかったです。

部屋から海が見えなくても、楽しかったです。

久しく、どこへも出かけていなかった。この一泊の旅は、とても充実したものでした、ありがとう。

JRなんばでバスを降り、近鉄電車に乗るべくてくてく歩いていて夜の都会で迷子になり(つくり話ではありません、ほんとうのことです)、若い女の人に尋ねたら「わからないから、あのへんのお兄さんに聞いたら」と言われ、振り向いて見た「そのへんのお兄さん」の一人は、推定体重120キログラム、ピアスの総数1ダース以上、のヒト。スキンヘッド。も一人は、やたら肌のつるぴかしてる、虹色の髪にイタリアンぽいスーツを召したのっぽさん。

聞いたら、にこにこと、そこ曲がってね、すぐですよ、気をつけて下さいね、と、とおっても丁寧で親切で優しかった。ありがとう、何かの呼び込みの(これも推定職業)の、すてきなお兄さんたち。

おかげで、無事に帰宅できました。

何もかもに、ありがとう、でした。




二日間の旅で私が口に入れたもの。

京都駅で買った「京のおばんざい」というお弁当。

途中尾道でエビアン一本。

広島駅近くでお好み焼き。ソバ入り。ジャワティ。

広島平和公園の川に沿った「フレンチ」で、もう3月だけど、牡蠣とペンネのクリームソース。バゲット一切れ。フレッシュオレンジジュース、とっても濃いコーヒー。

ホテルで煎茶。

大戸屋で鯖味噌煮定食・半分。

ほうじ茶。

水を飲んで入眠。

梅干しのおにぎり、厚揚げと大根のおでん、シラタキも。トマトジュース。爽健美茶。

焼き鴨を乗っけたさぬきの上等のうどん。

ぱりぱりタイプのピザ半分、ケーキ2種類を半分こで計一個分、コーヒー2杯。

鮭お握りいっこ。爽健美茶、エビアン。









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  1. 2013.03.16 (土) 00:52
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  3. やさい
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つぎは・・

自分でトッピングを選んで、

ネギも天かすも自分でもって、

どんぶり持ったまま庭に出て、

テキトーな場所に座って

ズルズル~と食べるセルフの正統派“さぬきうどん”を食べに行きましょう!


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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