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みや子さんの手記

信長が最期に舞ったという「敦盛」。

歴史上の根拠は無いのだそうですが(誰も見ていないので)、私は、信長公は舞いおさめてから、凛然と死出の旅についたと思いたく、思っておりまする。

「人間(じんかん)五十年 化天(げてん)のうちを比ぶれば 夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり」

「向日葵や信長の首切り落とす」

血なまぐさい俳句で申し訳ないです。この一句は、角川春樹さんの句です。言い方は悪いかも知れませんが、織田信長と言うひとは、想像力をたくましくさせる人物ですね。


「露と落ち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

秀吉の辞世の歌だという、これ。

最後は、誰かまわず「秀頼がこと、頼みまいらす」と言葉をかけ続けたという老太閤。自分が疑心暗鬼に陥って、身内も何もかまわず、葬りまくった人生の晩年近くだから、おのれ亡き後が、気がかりだったのでしょう。

寒百姓の倅から身を起こして、天下統一を成し遂げるに迫るまで成り上がった、豊太閤。

その愛妾と子を今に忍ばせるものとして、現在の大阪城に存在するものは。

城の北側に、一メートルほどの高さの碑があります。

普通の墓石くらいの大きさ。もっと大きい格調高い墓も、なんぼでもあると思われるくらいの、自然石と言えば言える、ひとことでいうと、何の変哲も無い石に、文字が刻まれています。

「豊臣秀頼 淀殿ら自刃の地」

そんなことが刻まれています。

初めて碑に向かった時、あまりの重々しく無さに、背中をひゅうと吹き過ぎる何かを感じました。

無惨やな、と、感じました。


<難波のことも 夢のまた夢>

難波・・・大阪のことも、何(わ)のことも、と掛け言葉をして、教養を感じさせる歌。

・・・・・すべてが夢にて、御座候。

北の政所、ねね様の最後は、京都の高台院で。今も見心地満点の、ゆったりした庭園と、珍しい造りの四阿、のある場所で、静かな晩年を過ごされたとか。

それもまた、ひと時の夢、であったでしょうか。



で。家康にも辞世の歌があることは、この折ですから再確認しましたが、引用するのは止めさせていただきます。

功成り名遂げて死んだひとの、ああそうですか、な歌なのでありました。私の目には、です。


sarahさん。

<人間が欲から解放されたときの真実の想いかもしれません。
死の間際でなければ欲望から自由になることができないのが人間という生き物、とも思います。
最近、いっそう強く感じています。>

いい欲、大欲は、持ってもいいそうです。

細かい、せせこましい、己のためだけの欲は、持っても叶っても、果てが無くて、そういう欲は「無間地獄」であると。

私は仏教徒ではないと思いますが(ほかの既成宗教の信徒でも無い)、年を取るにつれ、右傾化、というより日本人としての「アイデンティティー」ってやつに自然に目覚めてゆくに似て、DNAの中の「昔からこの国の人間じゃけえね」の部分が明確になって来る、その中で(まわりくどい文章書いてるな、今)、生きる、という普通で難しいことのことなどを、考えるようになっております。

外に向かって行く欲は、あります。まだある、いっぱいあります。

欲しいもの、などは、年年歳歳少なくなって行っている気がします。

洋服なども、状況が許せば、三通りくらいを、周囲の目とか何も考えずに順番に着ていたい、毛玉などがひどくなったら、買う、くらいの感じで。実際、それに近い生活をしています。いざ、という時、何を着ようと焦るのは、叶姉妹も私も、おそらく同じよ。ふん。・・・ものすごいところに話が飛びました。失礼。

で。

起きて半畳、寝て一畳。これが理想よ~、とか、夢見ている、と言えば、おかしいでしょうかね。

秀吉に、百万石での士官を促されて断った、前田慶次郎利益・・・通称・花の慶次がよく言うことなのです。

なんだか、ぱちんこにもなっているそうですが、私はそれは知らず。ただ、分厚い漫画本が何冊もありまして、その漫画の「慶さん」に、シビレているのでございます。

実写の世界で魅せて下さる方が、ちょっと、なんで、う~む。

<何せうぞ くすんで  一期は夢よ ただ狂へ>

<一期は夢>・・・この夢、は、もしや、生きている今、そのものか・・・ただ、ただ、一心に、生きることをしていたいと、願います・・・。




やまねさん。

コメントをありがとうございます。

蚊。

そうです、蚊でもミジンコでも、現実に存在しているのは確か。

でも・・・環境省に、蚊の意見は・・・届くといいなあ、と思います、ほんとに思います。

汚染水を、というのは、東電が考えていることで。もう今は、どこが東電で、どの辺が政府、やら。

どっちも、責任を取りたくないばかりのところですね。

みごとに、どこも、自分のとこの落ち度だ、とは、考えても動いてもいない様子です。

国民は、今ではどこへ移ってもいい自由を有して(与えて)あるのだから、自分で判断して自分の居場所を決めなさい、という感じですかね。どこへ行けばいい? 。

アメリカも汚しているし、フランスも海へじゃーじゃー汚染水を流して来たし、地下や雲の上でも核実験して来たし。

福島のこと以前に、地球はすでに、かなりひどい核の汚染状況だった、なんて、あまり、言いませんものね・・・。

先日の中国からのレーダー照射。あれにも放射能の問題は含まれているはずですが、ピストル撃つぞ、と向けて来た、といったあたりのことしか言わない。

中国は、もし危険なことになっても、自分とこが日本に勝てるとは、考えていない。今みたいにちょろちょろ、鬱陶しいことをして来るくらいのことだ・・・と、えらく確信持ってぢいさんが言うので、なんでよ?と聞いた。答えは、以下です。

あの国は、海軍が強い。陸軍も、そうかもしれない。人口は十倍いる。

しかし、国民が違う。勝てない。

どう違うか、は、お口チャックにさせてもらいますが、納得しました。

今も現実に、ちょろちょろして来ていますね。

とりあえず、ああしているしか(あちら側から言うと)しかたがない、らしいです。

こちらは、様子見らしいですが、一線越えたら許さん、と、睨み付けていましょう、これも、皆で。

蚊も、ミジンコも。そう思います。

文字色

<ビキニ事件>

1954年3月1日未明、米国は施政権下にあったマーシャル諸島ビキニ環礁で、広島に投下された原爆の約1000倍の威力の水爆「ブラボー」を使った実験を実施。

公海上にいた静岡県焼津市の遠洋マグロはえ縄漁船「第五福竜丸」の乗組員や島民らが「死の灰」と言われる放射性物質を強く帯びた砂を浴びた。

その後も実験は続き、54年末時点で太平洋で操業中だった日本漁船が少なくとも856隻被ばく、全国で水揚げされた魚が破棄された。

このことについて書くのは、別の機会にさせていただきたいですが、かなり以前、図書館で借りた本で読んで、たまらず書き写しておいた「手記」が、ネットで読むことが出来ましたので、引用させていただきます。

(福竜丸で被曝された)久保山愛吉さんの長女・みや子(当時小学校3年)さんの手記


死の灰にまけてならない、一しょうけんめいにこの灰とたたたかって、かならずよくなるといいつづけていたお父ちゃん。

家へかえられるようになったら、私たちをどうぶつえんにつれていってあげるよとやくそくして下さったおとうちゃんなのに、いまは私がおとうちゃん、みやこ子よ、と耳元でよんでもなんとも返事をしてくれません。

きのうも今日も重体のままです、ほんとうにかなしくておとうちゃんのまくらもとで泣いてしまいました。

小さい安子やさよ子は上京していませんが、遠くはなれている家できっと泣きながら小さい手を合わせてかみさまにお祈りしていることでしょう。

毎日私はおかあさんといっしょうけんめいかんびょうしています。おかあさんは泣かないでと言いますが、そのおかあさんもなみだをいっぱいためているのです。みや子はなおかなしくて泣きます。

大ぜいの先生がたやかんごふさんがよるもねないで、おとうちゃんのちりょうに一しょうけんめいにつくしてくださっています。先生おとうちゃんをたすけてください。

私たちがめんかいにいくと、にこにこしながら、みんなごくろうさん、よくきてくれたね、とよろこんで私たち三人のあたまをなぜてくれたり、一ばん小さいさよ子をだいたりしてくれたのに、こんな事になるとは、みんなあのすいばくじっけんの ためなのです。あのじっけんさえなかったら、こんな事にならなかったのに、こんなおそろしいすいばくはもう使わないことにきめてください。

・・・久保山愛吉さんは「原爆許すまじ」の歌声に送られて、旅立たれたとのことです。



「原爆を許すまじ」
浅田石二作詞・木下航二作曲


ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
われらの街に

ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの海に

ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの空に

はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
世界の上に


追記

安倍首相が、前・野田首相の,原発事故収束「宣言」を撤回されたのは、嬉しいと言ってはナンですが、あまりにひどい「宣言」だったので・・・頑張って下さい、安倍首相。
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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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