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  1. ことばのたのしみ
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ひたくれなゐの


1936年2月26日。東京は雪。白い早暁。

陸軍の青年将校たちがクーデターを起こした。

多くの将校が刑死した。

蜂起を企んでいた青年たちを、知っていて止めようとせず連座したとして、禁固5年の刑を受けた陸軍少将 斎藤瀏は、自ら歌人であり、昭和を代表する歌人の一人であった斎藤史の、父親だった。

父に愛され、たっぷりと豊かに育った史の人生は変わった。変わったのであろう。幼なじみも、何人も、刑死した。



・白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう (『魚歌』)

・岡に来て両腕に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた (『魚歌』)

・たそがれの鼻唄よりも薔薇よりも悪事やさしく身に華やぎぬ (『魚歌』)

・濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ (『魚歌』)

・暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた (『魚歌』)

・白きうさぎ雪の山より出でて来て殺されたれば眼を開き居り (『うたのゆくへ』)

・人も馬も渡らぬときの橋の景まこと純粋に橋かかり居る (『密閉部落』)

・ぬばたまの黒羽蜻蛉(あきつ)は水の上母に見えねば告ぐることなし (『風に燃す』)

・死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生(せい)ならずやも 
                              (『ひたくれなゐ』)

・恋よりもあくがれふかくありにしと告ぐべき 吟(さまよ)へる風の一族 (『ひたくれなゐ』)

・ 遠い春湖(うみ)に沈みしみづからに祭りの笛を吹いて逢ひにゆく (『魚歌』)

・ おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は (『ひたくれなゐ』)

・ 疲労つもりて引出ししヘルペスなりといふ 八十年生きれば そりやぁあなた (『秋天瑠璃』)

・ 思ひやる汨羅の淵は遠けれどそれを歌ひし人々ありき (『風翩翻以後』)

・たふれたるけものの骨の朽ちる夜も呼吸(いき)づまるばかり花散りつづく


斎藤史は、10年ばかり前に没している。私の短歌の師が、誰より好きと言い言いした歌人。

226事件の折りには激しい怒りを示されたという昭和天皇。

1997年、史の死の5年ほど前。

宮中歌会始の召人としてあがった史に、今上天皇は話しかけられたという。

「お父上は瀏さん、でしたね」

と。

陛下はあの、優しい眼差しでいられただろう。斎藤史は(明治の女性だがほとんど和服を着なかった)、微笑んで、さようでございます、とか、答えただろうか。

私も、斎藤史の激しいうたは、好きだ。

いろんな歌人の、いろんなうたが好きだ。

ずっと、ずっと、ことば、というものに酔っ払って夜のひとときを楽しむ、こんな日々が続いて欲しいと願う。

果ての無い楽しみだ。私には。

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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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