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今日も元気でいましょうね^^

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ちょっとした話


古い友達の見舞いに行って来ました。

小正月の頃、な~んか、目がおかしいなと感じたそうです。

網膜剥離が起こっていて、気づいた時は片目の三分の一が下からフタされたような感じだったのが、紹介されて大きな眼科へまわった時点では、半分、めくれてしまっていたと。

翌日でしたが緊急でオペしてもらうことが出来、八日間の入院で帰宅出来た。家へ帰ったと電話が来て、彼女の好物のサバの棒寿司持って、会いに行きました。

和菓子をいっぱい出してくれたので、ひたすら口に運びつつ、彼女がまくしたてるあれやこれを、聞いておりました。

四日間うつぶせになっていないとあかんねん、とか、力入れてもダメ、とか。

顔を洗っても何もつけてはいけないし(刺激があるから)髪も洗えないし、メガネの作り変えも出来ていないから不自由だし、とか、へえええ、なことを、聞いていました。

もう片方の目の水晶体も、ついでに入れかえてもらったので、視力がまるで変わったのだそうです。

転ばないように、足をすって歩いているとか。

でも、オペが出来てよかったと言っていた。



最近、身のまわりで、眼科のオペの話を聞くことが、とても多いです。

去年、周囲の、屈強の男性たちがつづけて三人、白内障の手術を受けた。経過は良好で、大丈夫のようです。

今年に入って、仕事上での知人が二人、やはり白内障で。

今日見舞った旧友は、網膜剥離なわけですが、原因はよくわからない。

年齢のせい、も、あるとは思います。

旧友は、月のうち三分の一か半分、私がひそかに線量が高いと感じているまちへ、孫守りに通っています。


いっさい、何の根拠があるのでないことを考えているのですが、たとえば六十歳前後くらいになると、新陳代謝もさして活発でなくなって来ていて、放射能のダメージも受けにくくなる、みたいな感覚がありました。

今は、少し違うように感じています。

新しい細胞が、新しいダメージを受けるのでなく。


からだのなかの、本人の弱い部分に、ダメージが来るのではないか、と。

被曝は、どの個体にも一律に、一年にこれだけなら、とか、体内への蓄積量とか(確実に測ることが可能だとして)、量で測る物でなく、あくまで確率のもの。

大量に浴びても、ずっと何でもない人もいるし、細胞が分裂を起こす瞬間に「被ばくのタイミング」が合ってしまう、ということも、あって。それが厄介で。

肌は、およそ一か月・・28日くらいで新陳代謝をしているそうです。目の角膜・・・目の一番表面の透明な部分・・・では、約一週間といわれています。

白内障は目の水晶体の、網膜剥離は眼球の一番奥の側の、いわばスクリーンの役割をする部分であって、角膜とは違うのだけれど、心配し過ぎか考え過ぎなのか、では、そこで暮らしている方々はどうなのか、と問われれば、先に書いたように無根拠なつぶやきですので、どう申しようもない、ただ、私の不安、実感、と言えばいいでしょうか。

自分は、こう感じていると。

・・・催奇性とか、これから問題の大きくなってくることは事実あるとして、若さとか体力とかは、やはり「力」である気がする。来て欲しくないものに、あっちへ行け~と、はらいのけて行く力。

人間は強い、人間は弱い、という言い方で言う「強さ」なのかもしれない、と・・・。

強くあっていただきたいです。

。。。けっこう使って来て、疲れかけている体の、弱い部分に、来てしまうのかな~、と、心の中で、考えていました。

何十年来の付き合いであるこの友は、はじめ心配していたけれど、関東に住む娘家族に関して、放射能の危険ということを、考えるのはやめた、と、明言しています。

知ってどうなるものでないから、考えたくない、と。それで暗くなってストレス溜めるのはイヤだ、と。

それはそうだろうと理解できるし、押し付ける気は無いので、いっさい今は言わないです。

久しぶりに外でごはん食べよう、となって、サングラスしてベレーかぶって、ぺたんこ靴といういでたちの彼女と、ランチしました。

早く目も治って、おしゃれな子だから、春の洋服買いに、らんらんと出かけて欲しいと、つくづく願う思いでいっぱいでした。



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