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  1. ゆれ・ふら・とーく
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フラ。フラ。トーク

忘年会で焼き肉食べた。あらゆる肉を食べた、おなかいっぱい。大好きなオイキムチもどっさり。三本分くらい。

若い店員さんたちが、笑顔を絶やさず気配りばんばんに働いていて、いつも気持ちのいいお店です。あれだけ、騒音の中で重いお盆を捧げて走り回って、時給はどれくらいなんだろ、とか、余計なことをふらふらと思い。家では自分のお茶碗下げたこともなさそうなコが。

流ちょうな英語で、客に対応している女性店員さんもいる。

今夜はビールも少し飲みました。飲む気になればイケる口だったのだろうと思います。

父親が四十二歳の厄年に肝硬変で死んでいることを子どものころから聞いていて、家ででなく、外でお酒を呑む人だったとも聞いていて、なんとなく、お酒に対していいイメージを持てなかった。私は、みんなが持っていて自分にはいないお父さん、という存在に、憧れがあったのです。

お父さんと言うひとが、いたら、どんなにいいかと思っていました。

高校生の時、青いシャツが似合っていてまぶしくて、日焼けした頬と細い切れ長の目が「すっごくいい」と感じていた=切れ長ですのに中身は黒目がちと言う、ごうせいな目でしたそんなN君と、その先輩のIさんと、詩のことでだったかお好み焼き屋さんで一緒して「ジンライム」というお酒を、慣れたふりして頼んで呑み、カーッ、クッラー、といきなり来て、学寮へ、どんな顔して帰ろうかと焦ったなんてこともありましたが、飲酒環境にまあ遠く育ちました。(ここの部分はN君がすっげえハンサムな男の子だった、ということを書きたかっただけ、かも)。

少し飲むとものすごく真っ赤になって、心臓がパクパクするから、あえて飲もうともせずいて。

お酒に縁なく長く来たのは、違う理由だと思います。

お酒を呑む人のご飯時間は長い。これが、私にとっての「致命的」でした。

長姉の夫が、後に別れた元・露文・中退(笑)の人でしたが、四人の子を産んで育てているさなかの姉が、呑んでいる間、自分のことをおろそかにすると、すかさずDVにはしる人でした。果てしなく呑み、かつ語る。ミルク代さえ飲んでしまうのに、目を中空に、トロイカの国のつめたい冬について語る。

私の、夏休みや冬休み、長期の休みの折り、呼んでくれていたのです。姉は大変だと感じていました。

次姉の夫は、生真面目な職人肌の人で、私にも優しいいい人ですが、やはり、仕事を終えた後の食事時間がロングラン。

昼間、夫婦で一緒に仕事をして、その後大急ぎで食事の用意をして、夫の脇に座って相槌係になりながら、うつらうつらと居眠りしている姉を見ていて、これも大変そうだ、と思った。子どもも三人いたし。

従妹たちのダンナさんたちは、いわゆるエリートさんだったり、でもどの人もノンベで、二時間も三時間も、食卓に、いとこたちは付き合っていました。

私は、十代のころから仕事しているのが自分の普通の状態でしたので、ダンナがノンベだと、自分の時間が全く持てないことに、早くから気づいていました。それはあかんな、と。

お酒を呑まない人が、もしも結婚するなら、いいな、と、考えていました。

そんなに結婚願望は無かった。でも、結婚しました。結婚した当時の夫は、今の百分の一くらいの優しさのひとでした。

今の方が優しいです。それはほんと。昔はそうでもなかった。

お酒を呑まない人でした。夜は、さっさとごはん食べて、自分の世界に入る・・・自分の読みたい本を読んでいる人で、しめしめ、それが、私ののぞむ結婚生活だったんだなあ・・・。子どもは可愛がり、面倒も見てくれました。ありがとう。今思い出してね。

今でも、あっちとこっち向いて、好きなことして、食事後の時間を過ごしています。

一緒にお酒を呑んで楽しむ生活も、実際がそうだったなら、それも素敵で、楽しかったかもしれない。


何をだらだら書いているかと言えば・・・あえて言えば、以下のことを、パソコン開けて、読んだから。


<内閣府は15日、「男女共同参画社会に関する世論調査」結果を発表した。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」と考える人が、2009年の前回調査に比べ、10・3ポイント増の51・6%となった。世代別では、20歳代が19・3ポイントの増加で、伸び率が最も高かった。>

このことに関して、特記したいことは無いです。

みんな、自分のしたいように、思うようにされればいいこと。

とはいえ、びっくりしたのですよ。

びっくりした。

私は、男でも女でも、仕事を持ったり、食べること身のまわりのことを自分ですることができるのは、いいことだと考えています。特に現代は、終身雇用なんてなくなり、寄らばその影、と寄った大樹も、どっすーん、どすーんと、こけまくっている時代です。

。。。家庭は、二人で作ってゆけばいいもの、、専業主婦と言うのも、りっぱな立場と思う。プロの域に達して、すごい方も身近におられます。

結婚の時の誓い「富める時も貧しき時も 病む時も健やかなる時も」、いたわりあって協力して暮らすなら、形はそれぞれでいいと思う。

ただ・・・・・いや、ほんとに、びっくりしたんです。

そこに、震災後、人と人の絆が云々、と、とってつけたみたいにくっついていたのにも、びっくりした。

この気持ちを、どう表現すれば・・・と思うが、別に、無理に表現しなくてもいいのでしょうね。

とにかく、こう考えているらしい若い人々が、相手に望むこと少なく、自らに課すこと多く、幸せに暮らし、生まれてくる次世代の、しっかりした土台になられればいいなあ、と、ばあちゃんは考えたりした次第でございます。

こういうのを老婆心、大きなお世話と言うのであろう。


sarahさん。

もう、投票は済ませました。。明日は早朝から工場へ入りますのでね。

しんどくても、大変でも、先に希望の持てる国になって欲しいです。

年間の自殺者が、幾年振りかに三万人以下になった、やっと三万人を切った、とか言います。

でも、行方の知れない人が、その数の倍ほども、おられるらしいですね。

考えにくい話です、それって。

先日も、新しい大きな建物が出来て華やかに賑わう大阪・梅田の、ものすごい人通りの交差点近くで。

なりたてに見えるホームレスの男性を見かけました。

サラリーマンの、普通の服装・・・シャツにネクタイに、グレーのスーツ。何かの箱に腰かけて、くしゃっとした新聞を読んでおられました。

眼鏡をかけていて。髪が、勤め人にしては不揃いな伸び方になっていた。洗われていない髪の質感でした。

ネクタイは、襟元を緩めて・・・で、なんでその人が「なりたてホームレス」と思われたか。

全身が、均等に、汚れて行っている途中、という感じだったのです。

シャツもスーツも顔も髪も、ある日ドロップアウトした(と私は思う)その時から、どの部分も遅れることなく、律義にいっしょに汚れて行っている、という印象でした。

そして、新聞に視線を落としている姿は、すべてと言うか、何もかもというか、私は、ずいぶん失礼なことを書いているのでしょうが、とにかく、拒絶していた。

拒絶も、始めたばかりのきんきんに、きっぱり!とされたあたりから、だんだん緩んで来ていて、積極的な拒絶でなく、慢性に移行しつつある周囲への無関心、俺に触れるな、俺を放っておいてくれ、バリアーが、鋭くなくなった分、分厚くなって。

もしかして、やり手、きびきび、の働き手であっただろう、三十代後半な感じのその人の、全身を、覆っていたのでした。

。。。だからどうだ、というのでもなく。

こういう、明らかに、いやおそらく、ある時突然、の感じで「やーめた!」になってしまったのかなあ、と感じられる人を、お見かけした、という、そういう話なのでした。


山本太郎さんの応援に、ジュリーが。

そうでしたか。

<みんな楽しくHappy♡がいい♪>でも、すべて文字起こしで内容が紹介されていますね。

ジュリーの、いわゆるメッセージ、ソングを、ここに貼らせてもらおうかと探しました。

で、けっきょく、私の好きなジュリーの歌、を、一曲。へへ。



えまさん。

お返事遅くなりごめんなさいね。

優しい夫さんと、体に気をつけながら、おいしく酒を楽しんで下さい。

お幸せと元気を、お祈りしておりますよ。


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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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