FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
  2. tb: 0
  3. cm: 1
  4. [ edit ]

ブログを始めたのは


昨日、おいしい店のたこ焼きをいただきました。誰にも分けてあげずに(…無人だったので・・・)うまし、うまし、と食べていて、ふと、思いました。

全部にタコ、入ってるなあ。。。大昔は、タコの入ってないたこ焼きも、一包みの数のうちに入っていた覚えがあります。ちょっと残念な。でも、それはそれで、外側の皮はかりっとしているのに、中は潤んでいて、それもまたよし、みたいな。つまり食いしん坊ですので。どうにでも美味しがれる。特技かも。爆。

たこ焼きのタコが、まれに外れ、なのはいいけれど。

阪神淡路大震災のかなり後、こんな話を聞きました。

信じられない具合にひっくり返ってしまっていた、あの高速道路。あの道路を作る時にいささか関わりのあったという方が、言っていた。

鉄筋が、両側から入れたんだけど、真ん中部分には行き渡っていなかったのだ、と。

長方形のドデカイ羊羹をイメージして下さるとわかりやすい。

羊羹の長い側面の両側から、つまようじのようなものを、中心に向けて、どんどん刺して行きます。

いっぱい刺して、そうなればとっても頑丈、上から縦にぐぐんと包丁入れても、何十本のようじに刃は阻まれて、下まで通らない、切れない。包丁は羊羹を上から切り落とせない・・・はずが、まんなか部分に包丁入れると、しゅっと切れてまな板まで、通る。

真ん中には、両側からの楊枝が届いていないのです。10センチの長さのとこに、両側から3センチずつ、あるいは4センチくらい、入れた。真ん中には届かず。入ってない。外からは見えない。

「そんな工事をやっとったんやぁ」

と、言っておられました。そう言えば私の子ども時代、伊勢湾台風と言う大きな台風が襲って来て、道路は川になり、うちのブロック塀が倒れました。ブロック塀を作る時に、入っていなければならない鉄筋が、うんと下の方にしか入ってんかった、と、大人たちが言い言いするのを、聞いていた記憶。

きちんと工事をするところ、惨事の後にしかわからないズサンな仕事をするところ。

いろいろあるのでしょうね。

先日、トンネルの天井が落ちて、何人もの方が亡くなった。人間でない女が金をどうした、人を殺めてどうした、と、連続ドラマみたいに報じていた主に新聞が、この事故に関しては、選挙のことに取り紛れて、もうほとんど、扱っていない。恋人や友人、同乗者の総てが亡くなって一人助かったという若い女性の、今後の人生の辛さ切なさを、ひそかに考えてみたりするのです。

そして、作られてから30年、40年経っている、あちこちの高速道路や一般道路、橋、などが、いつ、どこで、どんなことになってしまうのか、思いを巡らせずにいられません。

また。


原発を、単純に反対、と叫んで、現実にすぐ、どうなるものとは、私には思えないのです。昔みたいな生活を、というのは夢物語でしょう。いまでは、すぐに手に入る柴も無い、洗濯できる川も無い。

田も畑も重いコンクリートを乗せられている、農家の方がいつも言われることです、一年、田畑を放っておいて、すぐにまた、ということは、無理なのだ、と。

高層の何十階に人が住んでいる。電気が停まれば・・・。


。。。もしも、原発を動かすなら、基本の、根本のところから考え直す。まず考え直す。

もし、この地震国日本で、原発の事故が起こるなら。

起こった時のことを、よくよく考えておく。

ものすごい予算を、税金を、今まで、全く関係ない方へダダ漏れに流しまくって来た、利権のために闇に(表にいる風の人たちの、闇です)消えて来たお金、これは、被災者の方向へ、向く。たったそれだけのことを、まず、考えて、無理でない、できることからして行くしか無いと、私は、考えています。

今のままの原発はNOです。絶対、断固、NO。


口当たりのいいことを、今この時とばかり、恥ずかしげも無くマイクでがなり立てる人々も、NO、だ。

すごく白けた気分で、新聞、テレビ、眺めております。選挙には行きます。ほとんど棄権したこと、無いです。

昨日のボクシングの試合は観ました。亀田興毅は、試合前、すがすがしい無心な目をしていました。

古い友人の一人は、ボクシング好きだなんて言いなや~、言わんときや~、と言うが。


恃むは自分だけ。たった一人でリングに立つ。立派やんか。

茨城のり子さんのこの詩が好きです。以前もご紹介しました・・・。


 倚りかからず

 もはや
 できあいの思想には倚りかかりたくない 
 もはや
 できあいの宗教には倚りかかりたくない
 もはや
 できあいの学問には倚りかかりたくない
 もはや
 いかなる権威にも倚りかかりたくない
 ながく生きて
 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目
 じぶんの二本足のみで立っていて
 なに不都合のことやある
 倚りかかるとすれば
 それは
 椅子の背もたれだけ




えまさん。

楽しんで下さって何よりでした。私も楽しかったですよ。本当。

ストレートに言った方がいいね、私は、KUONあんた何様よ~と自分で思ってしまうので言いたくないですが、自分なりに「忙しい」です。

来年はもっと忙しくなるだろうし、そうしたいと考えています。かの地のセシウムはどんどん土壌に沈みこもうとしています。人間のできることはものすごくちっぽけで、ほとんど全く何も出来ないに等しいですが、必要とされれば一生懸命にしなければなりません。頭の一部はいつも、そのことでいっぱいです。

私がこのブログを始めたのは、放射能は恐ろしい、と、言いまくりたかったからです、それは今もちっとも変っていないと、自分では考えています。実はだから、仕事や私生活のあれこれや、できるだけ抜けないように(すっごく物忘れがひどいの)、自分が悔しくないようにと望んで、生活形態も変えた。・・・本来これは私個人のことで、わざわざ書くことでもないが、落ち込まれたくないので、あえて書きました。

よろしければブログを読んで下さって、ふうん、まあこんなこと書いて~とか、流して下されば。そうしていただければ、と、思います。

一度、縁あってお会いすることができて、楽しい時間を共有した。それでよし、とされませんか。私が、どんなに食べるかもご覧になったでしょう?。笑。私は日ごろ、親友とも友達とも、ほとんど電話もせずメールも送らず、暮らしています。社交的な人間ではないのです。それらしく人と「合わせる」こと、年の功で不可能ではないが、虚しい言葉を、口からもパソ打つ手からも出したくない、というのが、けっこう強い望みです。人と会ったり話したり、は、自分の「本気」でしたいと望んでおり、そうすると、そんなにしょっちゅうは無理、ということになるわけです。えまさんにお会いしたのは無理でもなんでもなく、楽しかった、ですよ。本当に。


やっぱり、何度、どう書き直してもエラソーだなあ。KUON、あんた何様よ~。



スポンサーサイト





  1. 2012.12.05 (水) 20:55
  2. URL
  3. えま
  4. [ edit ]

kuonさん 


そうですよねv-398

kuonさんがとてもお忙しいのよーくわかっていましたのに。

つい・・・ついv-388
また簡単に会えるみたいな書き方をしてしまって
申し訳ありませんでした。

私も真剣にお会いしに行きましたから
仰る意味わかります。

一期一会・・・お会いできた時間大切にしたいですもの。







 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・