FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
  2. tb: 0
  3. cm: 0
  4. [ edit ]

最後の一句。

今日も青空、いいお天気です。

福島から帰ってきた一人が、こんなことを言っていました。

除染をして欲しい、しろ、必要だ、ということで、応じて、汚染物の最後の始末までしようとする。そういう仕事を任される。それが「移染」でなく「除染」だから。

後始末をしないで、はぎ取る、掻き落とす、洗い流す、だけをするなら・・・それを、あちらやこちらへ運んで行って、ば~んと捨てる、流す、だけするなら、簡単なこと、しかしそれは断じて「除染」ではない。

きちんとしたルートから入って、そうするはずだったのに、そこで問題が生ずる。

運んで捨てる業者なら〇〇円でできるのに、なぜ、それくらいのお金で出来ないのか、みたいな話。どんどん費用を落とされて来る。初めから赤字と出る仕事を、会社は、できません。


たとえば。

使った天ぷら油を、そのまま、冷ますだけで流しに流して捨ててしまうような人もおられるらしいが、普通それはできない、冷めないうちに油に入れろ、タイプや、固めて捨てる、や、タイプはありますが、最終的に燃やせるゴミの範囲にして捨てる、というのが、一般的にはそうでないか。

それをするには、いささかの手間や、吸わせたり固めたりさせるものの代金、とか要りますが。それは当然のことでしょう。

いきなり大きな(大げさな?)話になりますが、地球上に存在する水の量は、不変。

増えも減りもしない。気体、固体、液体などに形は変わっても、全体の量は変わらない。

だから汚してはいけない。水を。

・・・と、理屈はあまり好きでないが考える。


最後の始末までしようとすれば、手間もお金も要ります、容器を開発するだけでも。今まで無かったものを作り出すのだから、大変だったと。なにもかもがゼロから始まったことで、しかしベストでなくてもベターをめざして。

放射能のゴミの処理について答えの出ていない現状では、ベターしかめざせない。

・・・それを今更なんでわからんちんなことを、、、などと、大上段にかまえる気は無いです。


ただ。除染が必要な場所のために、あるべき予算が、出ない。

ものすごく、絞りに絞られていて、計算するに首を傾げるどころか、ひっくり返るようなことになっている。

あちこちで、いわゆる復興予算というものが、全く関係の無い方向へ・・・昨日かおととい聞いたのは、自殺防止のための予算に流用され・・・自殺防止ももちろん大切だが・・・他にも、いろいろできている「なんとか委員会」とか、研究会とか。そっちの人件費に、莫大な「復興予算」が流れて行っている。これは、むかしむかしからのよくある話ですが。センセイがたの人件費だけでも、食い食い状態。

悔しいのは、みんなでいっぱい復興のための予算を、つまんで、ふところに入れて、あっちへ流し、こっちを埋めて、最後の余りを、ま、ちょっとはそっちへも、みたいな感じに、投げて来るのではないか、と。

こまった状態にあられる方のために、と、用意された幕の内弁当を、鮭はあそこが、卵焼きはあそこが、と、次々つまんで、コンニャクの煮物ひとつ残して(残って)、それを、使って(食べて)下さい、と、いや、これを食え、と。

経済のことも政治のことも、何もわからない自分ですが、それくらいのことは、じいっと見て、考えていればわかって来る。ほのかに、でも。

被災地の方を馬鹿にしていると思う。馬鹿にしている。悔しい。腹が立つ。


実感として言えばつまり、目に見えず匂いもしない放射能やらに汚染されているとかいうものを、目の前から消してくれればいいのかな、自分ちの境の外で、何がどれだけ積み上げられていてもいいのかな、という感じも、あります。


これから生まれ、育って行くひとたちに、その場しのぎのやり方で汚れてゆくままの大地や水を、残すことに、どういう感覚なのかな、と、素朴に不思議だ。

汚れた水、汚れた土壌を、きれいな水と汚染のかたまりとに分ける。そして処理する。

そんなことが、できたら、どんなにいいだろう、と、アタマ振り絞っていたぢいさんですが(自分で考えたかっただけです)、それは現実にできたのですが、いざ始まって、ころころ責任者の言うことの変わる現状、この先については、聞いても、昨日は口を濁していた。情熱だけはまともに一直線なのです、それを持続できない状況。

。。。異様な何かが跋扈している。魑魅魍魎の世界、ですか。

・・・鎌田實先生と言う方がいらして。キャンプをされたりさまざまな発言をされたり、りっぱな方と思っていました、今でもそうは考えている。

その方でさえ、除染について、

「大手ゼネコンが仕事を取って、地方で尽くしていた業者に来ない」

と発言された。私には悲しい言葉でした、この先生でさえ、除染、ということを、しっかりわかって下さっていない、と。

はぎ取って投げるだけなら、どこが誰がしてもいいわけです。むしろ、身近な業者の方がされれば、地方の経済も動く。他のどこの業者さん方は知りませんが、よその地の、大変な中の方の仕事を、わざわざ獲りに行きはしない。しません。

それでは本当の「除染」ができない、ということが・・・医学者、文学者であられるので、仕方ないのか・・・はい、単なるわたしの愚痴です。

・・・お金、これから儲かりますね、と、にこにこ訊ねて下さる方もおいでです。私に。放射能は、これから、お金になるでしょう、と。

仕事ですから利益無しでもいい、とは言わない、言えないが、国民が納める税金、個々人が捧げた寄付金、義捐金。

パックマンみたいに、あらゆる「お金」を食い尽くして恥じない人間が、たっくさんいる。


それと一緒になりたくないな、と、思います。


・・・なんぞ、言うてせんない世迷言、ネガティブなことをくどくど、書いてしもうたです。

ほんとに思っていることですので、消す気は無い、無いですが・・・。

お昼休みに古い雑誌を読んでいて、そこに、森鴎外の晩年の小説の一つについて、記されている。


「最後の一句」という小説です。

半ばどうしようもなかったことで、咎を受けて、奉行所に死罪を命じられた父親。四人の子があります。

十六歳の「いち」を頭に六歳の男の子まで、その子たちが、どうしても父の命を救いたいと「四人の子が父に代わって死罪を受ける」旨、願い出ます。

奉行所の取り調べ役は、申し立てにウソはあるまいな、と問いたたし「身代わりをお聞き届けになると、すぐ殺されるぞよ」と言います。

いちは「よろしゅうございます」と。そしてさらに、役人に対して「最後の一句」を放つのです。

「お上のことに間違いはございますまいから」



う~ん。

役人さんたちの胸にどう届いたかは知らん、私の胸にぐさっと来ました。

ごちゃごちゃ言わんと、まっしぐらに、仕事をさせてもらおう・・・んんん。
スポンサーサイト






 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・