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今夜は力説・・・てへへ。

こんばんは。

ディランさん。
「姉さん」が、イヤとかご不快、とか、とんでもないでございますよ。

イヤ、なんぢゃないの。そうぢゃないの。
恥ずかしい、くしゅぐったい、面映い、そーゆーことなんです。
救世主、なんてのは、ととととと、と、と、とんでもな話ですよ~~~~~~。
たまたま、そういうものに近い所におりましたので、ご紹介させてもろたのですじゃん。。
私の方こそ、信じて、使ってくださったことに、深く感謝、です。
それは本当です。
これを、ご紹介なんかしてほんとに、いいのだろうか、と、考えましたもの。
最先端を行くハイテク、みたいな感じの、原発の、事故。噴火するマグマのごとき(見えない)放射性物質。

それに対するが、活性炭だとか、砂利みたいなゼオライトとか・・・。

笑われて、バカにされて当然、と、おずおず、申し上げ始めたのですよ。どうしても、わかっていただきたくて、ですね。

やさいさんという方の(聞いてくれてます?おーい、やさいさーん、KUONのだらりん・トーク・やさいへの感謝・編ですぜ~)ふところの大きさで(胸は小さいと自己申告されていますが)、ブログに書かせていただき、読んで下さって、私のごとき、どこのロバの乗り主?みたいな者の言うことを、信じて、使って下さったのでありました、皆様。
感謝してます。

ので、姉さんでもなんでも、はじゅかしくても、てへへ、照れるよお、でも、しゃきっとガマンしましゅ。

でも、どうせなら、姉御の方が豪気ですなあ。
いっそ、KUON姉御でいかがでしょ?。

からだも態度もでかいので、いいかも。

ディランさんは、今後、私のこと、姉御と呼ぶべし。ね。ご自分が、呼びたいと思ってくださる間はね。
(なんか、えらいことになって来た・・・頑張っぺ)。

お申し付けは、承りました。

stainless stealさん。

預けられっ子の侘しさを、体現されたのですか。

さびしかったでしょうね。

私、子供時代のほとんどが、それでした。

海へも、亡父の妹である叔母一家に、連れて行ってもらっていたのです。
叔母も、今年のバレンタインの頃に無くなった叔母の夫も、本当に優しく、親身にしてくれました、感謝ばかり。
でもね、幾つか上の従妹が二人、一つ下の従弟が一人、いました。
特に従弟は、母親が、自分より私に少しでも寄っている、と感じると、ダメでした。
自分も子供だったけど、従弟の気持ちはよくわかった。
いつも、少し、身を引いていました。
一人でいる気楽さを、早くから知っている子供でしたなあ。ははは。

母の里。
今も思い出すと懐かしいばかり。
煌くような、少女時代の夏が、あそこにありましたね。
そういうことになるのでしょうね。

だだっ広い家で。
濃い緑色の蚊帳を吊ってもらって、祖母の部屋からただよって来るお線香の匂いの中で寝た。
朝になると、雨戸の抜けた節から、ものすごく密度の濃い光が、強烈に入り込んで来るのです。
つかんだらつかめそうな陽光でした。
伯父は、ほとんど一生、仕事をしないで、絵ばかり描いて、お酒を吞んで。
妻との仲は、子供心に、最悪に見えました。
伯父の妻は「こんなはずではなかった」という結婚に耐えていた人だったのですね。
山を売り、茶畑を売り、田んぼを売り、軽トラックで、揃いのお膳や食器やを買いに来る商人に、蔵の中身を、だまされるみたいな値段で、わかっていて、おばのものでもあるはずの、様々なものを、売り飛ばしてしまう夫。

行儀のいい人でしたから、義妹の子である私にも、ていねいに接してくれました。
朝、わたしにだけ欠かさず目玉焼きがついて、藍色のお皿の上に、白身のフチが少し焦げてまくれあがった目玉焼きが、きれいで美味しかったこと、覚えています。

おばさんは、おじさんのことも、おばあちゃんのことも、わたしの母のことも、きらいなんだな。
そう、感じていました。
田舎の川も、夕焼けの山も、好きなような気はしていましたが、そんなにのびのびしていたようでもないです。
早く、母に、迎えに来て欲しかった。

私の母は、私が生まれるとすぐに、乳母さんというのですか、お婆さんで、少しのお金をもらってよその子の面倒をみるシゴトの人・・・に預けて、ばりっばりに仕事をしている人でした。
平気で、人に、子供を預ける人だった。
小学校を出たばかりの私を、丸投げしてしまった人で。

中学校の三年間を過ごした養家には、三つ年上の女の子と、一つ上の男の子と、一つ下の女の子がいました。
寝たきりのお祖母さんがしっかり財布を握り、お嫁に行った、デキのいいおねえ様方が、しょっちゅう出入りして、弟の妻の悪口を言っておられる家でした。
養父の妻(っておかしな表現ですが)は、そりゃもちろん、わが子三人を、守る、庇う、当然のことですね。

あまり住みやすい環境では無かったです。

とにかく私は、自分の子は、自分の手で育てる。それだけ、考えて、愚かでさぼり屋の母親業を、なんとか、こなして来た気が、しますよう。

いろんな理由で、親を失ったり、遠く離れて暮らしたりしなければならない子が、出て来ます。
かわいそう、と言うのは、簡単だけど。
可愛そう、なんて言われたくない、小さな人間もいるでしょう。

被害者意識を持たないように。
私が願うのは、そういうこと、かな。
自分を哀れんでいいことなんか、一つも無い。
酷でしょうか。
でも、誰も、ずっと、ずっとは「かわいそうに」といい続けてはくれない。
そう思うんです。

なんか、力説してますね~。
恥ずかしいってのは、実は、こういうことなのかも・・・。

やっぱり恥ずかしいですが、今夜はこういう感じで・・・てへへ。











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  1. 2011.07.04 (月) 02:22
  2. URL
  3. ディラン
  4. [ edit ]

お言葉に甘えて…

KUON姉御様(^◇^)

今回、多めにお願いしたので
心配しておりました。
ありがとうございますm(._.)m

だんだん御礼する品がなくなってきました(苦笑)
  1. 2011.07.04 (月) 10:06
  2. URL
  3. やさい
  4. [ edit ]

それじゃ~

「様」をつけるのはメンドーくさいから、『姉御』と呼びましょう。。

ちなみにですね・・・
私が 『姉さん』と呼んでいたのは、「ねえさん」じゃなく「あねさん」ですが~~

(^^)/~~~e-319

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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