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返事の中までKUONです。

  1. 福島事故
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あの・その・わたしじゃない委員長

九月の十八日に、原子力安全委員会(斑目春樹委員長)と、原子力安全保安院という二つの組織が終わりを迎えました。

翌・十九日に、原子力規制委員会(環境省)が発足しました。

そこに関して、これは何なの???、ということが出ています。いつもの黒い文字は引用文、青い文字はKUONのつぶやき、というか、つっこみ、註釈であると、ご了解ください。


〇規制委、放射線データ公開できず HP上で、発足初日から

原子力規制委員会が東京電力福島第1原発の周辺で観測された放射線量データを、発足初日の19日からホームページで公開できていないことが21日、分かった。委託業者との契約内容に問題があったためで、規制委の事務局は「これまで立ち上げ準備に注力し、発足後のことに考えが回っていなかった」と頭を抱えている。ふつう、これって、頭を抱えている、では済まないよ~、と、おこらえたりしないのでしょうか。

この新委員会についた予算を調べようとしたら、まだ発表されていません。何か月前に、これができる話が出ていた時は、どこかへ間借りして、なんて、わざわざ、お金使わないよ~と、見せようとしていた覚えがある。そのうちいろいろ、予算がつくはず。


公開できていないのは原発周辺の海水に含まれる放射性物質濃度や、陸域の放射線量データで、東電と福島県がそれぞれ測定。21日午前の時点で公開されていない。

以下は、この委員会の態度について、ちらりと出ています。

〇特定の主義主張 ご遠慮いただく
原子力規制委が取材規制
しんぶん赤旗 2012年9月26日(水)

原子力規制委員会が毎週一回開く委員会終了後の記者会見について、
同委員会の実務を担当する原子力規制庁の広報担当者は
「特定の主義主張を持つ機関の機関紙はご遠慮いただく」などとして、
「しんぶん赤旗」を排除する方針を25日、明らかにしました。
さらにフリーランスの記者についても
「どういった雑誌に、どういった記事を書いているかを見て、
特定の主義主張を持って書かれている方はご遠慮いただいています」と、
憲法が禁止する検閲まがいの対応をしていることも明言しました。

原子力規制委員会の田中俊一委員長は、19日の第1回委員会で
「地に落ちた原子力安全行政に対する信頼を回復する」ため
「透明性を確保する」と述べ、
「報道機関への発表を積極的に行う事で、委員会としてのメッセージを分かりやすく伝える」
とする方針を決めていました。
委員会で決めた「報道の大勢について」では、
「報道機関を既存官庁よりも広く捉え、報道を事業として行う団体や個人を対象にする」
とまで明記していました。

これまで、内閣府原子力安全委員会後の委員長らの記者会見で、こうした対応はされていませんでした。

確かに「あかはた」は、被害者っぽい書き方をする面のあることは、わたし的には否めませんが。そこは除けて読んでも、これを堂々とされるというのは、いかがなものか。あ。政治家みたいなコトバ遣いをしてしまいました。ついでに・・。

まことに遺憾です。


透明性を確保するために、会議は原則すべて公開することが決まりました。
また委員からは、「原子力の利用には、常に危険が伴うことを意識する必要があり、安全の目標を常に議論すべきだ」という指摘や、「原発事故で心身ともに傷ついている人がいるので、これらの人たちを支援するため必要な情報を共有できるよう努めていきたい」という意見が出ていました。

さらに田中委員長は、福島第一原発について、「収束や廃炉の作業を進める国の資源エネルギー庁や東京電力とは違う、『住民の安心』という視点から関わっていきたい」と述べ、福島第一原発の作業に積極的に関与していく考えを示しました。

あとさきになりましたが、ここで。

原子力規制委員会とは

国の原子力の安全規制は、これまで、主に、経済産業省の原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会によるいわゆる“ダブルチェック”の態勢で行われてきました。

ところが、保安院などは、去年3月の東京電力福島第一原発の事故で十分に機能しなかったうえ、規制を担う保安院が原子力を推進する経済産業省と一体になっていることに改めて批判が集まりました。ここって、けっこう重大なポイントだと思う・・・規制を担う保安院が、推進する経産省と一体だと。。。まあ、日本の大きな裏側では、こういうことは不思議でも無いとは、聞くけれど。おかしいよね。おかしい。

このため政府は、保安院を経済産業省から切り離した上で、原子力安全委員会や文部科学省の一部を一元化し、環境省の外局に委員長と委員の5人でつくる原子力規制委員会を設置しました。
また事務局として定員473人の原子力規制庁を設けました。



取り組みと課題

原子力規制委員会は、政府からの独立性を高めようと、いわゆる「3条委員会」で運営され、委員長と委員の5人は、独立した職務権限が保障されています。
しかし、環境省の外局として設置されることから、人事や予算の面まで環境省の影響を排除できるかは不透明です。
また事務局を担う原子力規制庁の職員は、原子力を推進する側と分離するため、原則、異動で出身省庁に戻らないとする「ノーリターンルール」が適用されます。
しかし、猶予期間が5年間設けられる例外があり、ルールが「玉虫色だ」という指摘があります。
さらに、原子力規制庁の職員の8割以上は原発事故で「専門性の欠如」や「初動の対応のまずさ」を指摘された保安院と原子力安全委員会の職員です。
運転再開に向けた取り組みも重要です。
国内の原発は、ことし7月に運転を再開した福井県にある大飯原発の3号機と4号機の2基を除いて、残りの48基が停止したままです。
こうしたなか、政府は、公表した新しいエネルギー政策の中で、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう取り組む」とした一方で、「規制委員会が安全性を確認した原発は運転を再開する」という方針を示しました。


しかし、規制委員会が安全性をどのような方法で評価し運転再開を判断するのかは示されていません。
これについて田中委員長(委員長には、田中俊一さんという方が就かれたのです)は記者会見で、停止中の原子力発電所について、「動かすかどうかは原発の防災体制ができているかどうかが大前提で、運転再開の暫定基準も見直すので、今後少し時間がかかるかもしれない」と述べて、再開までに時間がかかるという考えを示しました。

以下は、この田中委員長のオコトバです。

この方は、年に100ミリシーベルトも可、とか、福島のことは終結している、とか、発言しておられる方です、ある日の記者会見への答えを、引用させていただきます。

途中からは、音声を文字に起こして下さっているものです。マイクを持って、こう、喋ったのです。



えーっと、本審査会では自主的避難対象区域における自主避難者滞在者に対する
放射線被ばくへの恐怖や、不安に対することへの賠償を認めることになりました。

この背景には事故当初に於いて政府等による指示があって、既設に行われなかったことがありますが、
より根源的なこととして、
子どもの放射線被ばくに対する恐怖と不安を審査会が認めたという事があると認識しています。

一方放射線被ばくの恐怖と不安は個人差も大きく、周期も特定できず、
現在の福島県の放射能汚染状況を踏まえると、
今後も長期にわたってこのような状況が継続するという事は避けられないと思います。

しかし、これを今後も賠償という形で対応する事が不安や恐怖を克服する最も適切な方法であるとは
わたくしは考えていません。

福島県民の放射線に対する不安やストレスは事故から日を重ねるにつれて深刻さを増しており、
すみやかに長期的な対策を講じることは極めて重要であります。
このためには環境の放射線量を低減するための取り組みをそくせん、促進するとともに、
これに加えて、えー、12年前のJCO事故の後にも取られた定期的な健康診断、健康相談。
さらには、個々人の被ばく線量のモニタリング。
あるいはモニタリング結果を踏まえた放射線リスクコミニケーション等の
長期的計測的な対策が有効であろうと考えています。

低線量被ばくに対する対策は、個人への賠償という形ではなく、
多数の住民の不安や恐怖を軽減するための長期的な施策が優先的に講じられることを願うものです。
ありがとうございます。



えーっと~、私が副理事長を今までやってきた、あのー、2年…位になりますかね、2年弱、あ、弱ですが、
放射線安全フォーラムの資金の流れを全部出すか、っていうのは私が決めることではないですから、
それはここでお答えできません。

この刑事こ、告発されてるっていうのは、私初めて聞いたんですけれども、
そうなんですか?
あ、そうですか。
へぇ…、本人が知らないのに刑事告発されてるんですか、
あぁ、ええ、よくわかりました。
何で刑事告発されたのかがよく分からないけれども、ま。

それから100ミリシーベルトについての見解は私の個人のあれではないんです。
国連科学委員会とか、さまざまなところで、
そういった国際機関でこういう状況になっていますよ、というデータをお示ししました。
ただ、福島県のみなさんは、あのー、非常にその低線量についての不安をお持ちです。
それは事実です。
で、その不安、がですね、ストレスになっていろんな病気を、他の要因で、あのー、病気を起こすというか、
それが非常に心配されるという事は、これはチェルノブイリの経験とかいろんな事から、
多くの、あのー、IAEAでもそういうことを、あのー、いわれていますので、
そういったことをお伝えしたという事で、わたしの見解ではありません。

それから福島第一の収束についてどう思うかという事ですが、
あのー、私が収束していると、先程来お答えしているように、
今後、あの、後片付けをしなくちゃいけないという事が、あ、その、いけないという事ですけれども、
片付けない訳にはいかない訳ですね。
ただ、収束しているという事と片付けるという事は別です。
本当に収束、安心できるためにはやっぱりきちっと安全に片付けるという事が大事です。
だからそこは少し、あの~、考え方が、
こ、言葉がちょっと違うのかもしれない、お考えが、・・それだけですかね。

・・・この方を、信用できないと、まったく信用できないと、ふつーに感じるのですが、わたし。

sarahさん。

ぢいさん、と、じゃんじゃんお呼び下さい。ぢいさんは、このように呼ばれていることも、小出先生をホーフツさせると名誉なことを言っていただいているとも、全くしりません、でも、よく思って下さるお気持ちは、どっかで何かにつながって、エネルギーになってくれるでしょう。

感謝します。

田んぼの除染も頼んでいただくのだけど、田んぼ、今のやり方で、とりあえずかなりのことは出来る、しかし、田んぼ自体の力は戻らない、米どころ福島の田んぼの力は無くなってしまう、もう、元の田んぼには戻せないと思う、と、しみじみ申しておりました。チェルノブイリみたいに、早いうちにコンクリートと鉛で固めてしまえば何とかなった、今のようなダダ漏れとは違う状況のはずだった、チェルノブイリでも、固めて「石棺」にしても、二十六年たった今でも放射能はくすぶっている、けれど、セシウム137の半減期・29年に近い歳月が流れた、線量は下がって来る、つまり、固めていれば、すくなくとも、時間は稼げたのに。そう、嘆いております。

東京電力は、爆発した原発を、まだ使いたい欲から逃れられなかったし、みすみす作業する人々を「死」に向かわせるわけにも、行かなかっただろうし・・・。

ずっとずっと、本当に起きてしまったんだ、と、思い起こしては、呆然とします。今日書かせてもらったように、肝心のところが、信じがたくボケ・・・いや、頭を抱えるだけで済んで、けっこうですね、と、皮肉の一つも、ふふふ、言っちゃいました~。

やまねさん。

コメントありがとうございます。

下さったお言葉、ありがたいです・・・少しずつ、進んで行けるといいな、と。製品(凝集剤)が手から離れてしまって以降のことは、どうすることも出来ず、頑張ってくれ~、と心でエール送るしか無いです。

あの製品に、本当に頑張って欲しい。そう考えています。

諦めないのが大事・・・そうですね、諦めようが無いですね、絶対に、いい。そう、思うので。

朝夕涼しくなりました、また、コメント下さると嬉しいです。






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  1. 2012.09.29 (土) 21:23
  2. URL
  3. sarah
  4. [ edit ]

こんばんは

原子力規制委員会のほんとうの名前は
「原子力寄生委員会」というそうです・・・v-356

あるテレビ局の、これからの原子力エネルギーをどうするかについての長い討論番組を見ました
増えるばかりの核のゴミをどこに保管するかという
解決しなければいけない、でも答えが見つからない(答えがない?)問題を考えると
経済界がどうの、アメリカがこうの言っても、何をどう考えても
「原発ゼロしかない」と思いました

最終処分場の候補地を見ると、緑深い山々と清らかな渓流の地ばかりで・・・
こんな処に核のゴミ捨て場が、と思うと涙がこぼれます・・・

「どこかに処分場を造らなければならない、でも自分のそばは嫌」
これは人間として自然な感情です
原子力エネルギーは犠牲がなければ成り立たないエネルギーです

あるブログに
「国家がもっとも大事にすべきなのは「国民が平和で繁栄する環境を整えること」。
勇ましい愛国熱血論が戦端を開いたときにナショナリストたちは真っ先に戦うのか。
そうではなかったことは歴史が教えている。」
とありました

これは領土問題について書かれたものですが
「ナショナリスト」を「原発推進者」と言い換えることができます

安全な処にいる人ほど声高に叫びます・・・

(長々と、すみません)
  1. 2012.09.29 (土) 21:33
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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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