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夏のカケラ

愛知県・知多半島の、先っぽに近いあたりの海へ、毎年のように、行っていた。
夏。
名鉄電車の、終点の駅だった。
短い、幅の狭いホームに電車がたどりつき、あーやれやれ、といった感じに、かったん、と停まると、ぱらぱら、と、白いシャツの人たちが降りて行く。
真っ白な陽光、真っ白な道路。
音の記憶は無い。
海の町は、無音で、ただ、真っ白だった。
真っ白い道路の少し向こうに、もう、海が光っていた。

母の里の村は、岐阜県の田舎。
たった一本、バスの通る道路があって、その道路に面した、古い家だった。
毎年、着いて、一歩足を踏み入れると、真夏の真昼間、ひんやりと、何かの気配が首のあたりを撫でた。
長い間に、ずいぶん多くの人々がその家を去っており、そこを訪れる数少ない子供の一人である私に、寄って来ていたのだろう。
恐ろしくはなかった。
ただ、濃密に、生きていない、けれど何か親しいものの気配を、感じていた気がする。

祖父の代まで薬屋だったという。
薬草だか薬湯だかの匂いが、表の間の高い天井までこびりついていた。
暗いその部屋から外を見ると、向かいの医者の家の塀を越えて、赤いカンナが咲き盛っているのが見えた。
あきれるほど赤いカンナだった。
燃えながら咲いていた。
壁一面を埋める薬箪笥の、秘密の一段には、前の年に置いていった折り紙が、ちっとも色も褪せないで、残されていた。
見つけた時の気持ちが好きで、わたしは、毎年、新たに持ち込んだ折り紙を、隠して帰った。
祖母と、伯父と、伯父の妻。
大人ばかり三人が暮らす家で、私の折り紙は、見つけられることが無かった。

若い頃に体をいためて、仕事もしないで暮らしていた伯父は、ホタルを狩りに連れて行ってくれた。
ホタルは、光の糸がもつれあうほど沢山飛んでいて、むきになって捕まえて、ほたる草だと伯父の言う、草に、水を吹きかけて、籠に入れて持ち帰った。
朝になるとホタルは、全部、死んでいた。
死んだホタルは軽くて、いなよりもっといない気がするほど軽くて、独特の匂いがした。
蚊帳の中に、ホタルを、放してみたかった。
伯父はいいと言ったが、おばがイヤがった。
私は、もう、放してみたいなどと言わなかった。

一人で川で遊んだ。
川の水は底まで澄みとおって、底の石の影が、ゆらゆら揺れていた。
自分の、はだしになった足の影も揺れた。

はじめは、沢山いる小さな魚を、ただ追いかけていた。
石を使って追い込み場を作ると、もっともっと沢山の魚が集めたくなった。
集めた魚を、そのままにして、夕方、帰った。
次の日、私の集め場には、誰もいなかった。

川辺の石は、どれも、激しく、灼けていた。
ほんとうに、やけどしそうだった。
石の上で、濡れた指を、しゃらんと振ってみた。
水滴は、音も無く消えた。

夢中になった。
面白くてやめられなかった。
魚を、捉えて。
焼けた石の上に、並べる。
ひとはねもしない。
魚たちは、何も言わなかった。
熱い石の上に置かれて、黙って並んでいた。

私は熱を出した。
熱を出して、泣いたと言う。
ごめんなさい、ごめんなさい。
伯父が、後に、そう、言ったのだが。

謝った記憶は無い。
悪いこと、ひどいことだろうとは、感じていたが。
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  1. 2011.07.03 (日) 20:35
  2. URL
  3. stainless steal
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白い道

こんばんは KUONさん

白い道 川の思い出
熱 出した 記憶。。。

そうですか 熱

私にも 白い道の思い出が 有ります
夏休み 1カ月近く 祖父母と伯父夫妻の家で過ごしました


歳の離れた 妹の出産の為だったように 思います
従妹が その家と 近所に2人いて
2人は 毎日 ラジオ体操のcardのハンコの為に 早起きしていました
cardは 地域の子供だけに発行されてましたから
私は ハンコ貰えないの

だから 行かなかった 始めの 何回かで やめたのv-31
彼女達は 毎日 学校のプールに通う
そして スタンプや シールを 貼って貰い
沢山 泳げるようになり 水泳帽に 誇らしげな線が
縫い取られて行きました


私は 在校生じゃないから 行っても 入れない

それで つまんない 毎日 従妹のpianoを 弾いていました
従妹は piano あまり好きではなかった様に 記憶しています
記憶だから あいまいですが

ご近所のおばさん達が
「××ちゃん この頃 凄く上手になったね」
そう 褒められて 従妹は困惑したと 後に話してましたっけ

時間を もてあまし 宿題も あれほど早く終わった年は なかったですv-7

真っ赤なカンナ 真っ白な田舎道

同じ様な 風景です 多分。。。
子供心に 私 邪魔者?
そう 思いました そんなこと なかったんですよ
でも 当時は そう思いましたv-239

今年の夏休みに そんな つまんない思いを する 子供達が
少しでも 少なければ。。。そう 願います
目的が 私とは違うし 時代も違う
だけど 子供の心は 同じだと 思うんです


寛いだ 週末を すごされていますように
それでは また ごきげんようv-222
  1. 2011.07.03 (日) 23:20
  2. URL
  3. yuuta
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No title

KUONさん こんばんは

マイパソはまだお払い箱にしてほしくないようです
また、息を吹き返しました 今年で8年目ですが
もう部品はないかもしれないと言われました
まだ8年なのに、、、と思ったけど
そういうものなのでしょうか

今日のKUONさんのお話を読んでいると
まるで映画のシーンのように情景がうかんできます

子供の頃の夏の思い出ってなぜか鮮烈に覚えていますね

今の子供達も何十年後かに思い出として
今起きていることが思い出されるのでしょうね

こんなわたしにも子供の頃の夏の思い出が、、、
東京の下町からガタガタと大きな音をたてて走る列車
県境に架かる鉄橋を渡るときはさらに音が大きくなり
揺れ方もいっそう激しく 
このまま川にまっさかさまに落ちてしまうのではと
とても恐かった
でも隣に座っている母には言いませんでした
もしも恐い、、などと言ったら姉と同じに留守番させられそうだから
このときだけは 姉に対して優越感をもてました
母と二人だけになれるから
姉は不便なだけの田舎になど
行きたくもなかったのかもしれませんがね

列車を二つ乗り継いで降りたら川まであるきます
かわのほとりで「おねがいします~」と呼ぶと
おじいさんが小さな舟を漕いできて乗せてくれます
この川は恐くなかった
おじいさんがゆっくりと動く動作をみたり
水の中に動くものをみたり好きでした
いつからか舟もおじいさんもいなくなって橋がかかりました
とてもがっかりしたものです

舟をおりて竹や雑木やらの林をぬけるとフガフガという
豚の鳴き声が臭いとともに聞こえてきて
そこが母の実家でした

昼間は誰もいない静かな家の仏壇の前で
母はいつも泣いていました
まるで泣くために帰って来るみたいに
いつも泣いていました

帰りはおじさんが私を自転車に乗せて
バス乗り場まで送ってくれました
母とおじさんはいつも何か真剣に話していました
私はこのおじさんが大好きでした
田舎に帰った時の母もいつもより好きでした
ガタガタ道のせいか自転車の荷台がおしりにあたって
痛かった でも黙っていました
おじさんが好きだから? 泣いている母を見たから?
わかりません 帰宅してからも誰にも話しませんでした

田舎、夏、というと必ずこのときのことが浮かんできます
都会暮らしで楽をしたからここまで生きられた、、、
と言いながら その後数年で亡くなりましたが
果たして幸せだったのかしら、、

おかげさまで今日も無事に一日を過ごす事ができました
感謝

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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