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返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
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日々・揺れる

やっとなんとか休暇の調整をして出かけた、同居の次女一家が、帰れなくなっています。

沖縄へ行っているのです。記録的な大きな台風だそうで、最大瞬間風速70メートル、と聞くと、無理して帰って来なくていい、あぶない、と、思ってしまいます。

いつも忙しくて、子どもの言うことをゆっくり聞いてやる余裕も無いから、缶詰になっているホテルで、のんびりしてるわ~、と、電話が来ました。

私も、ぢいさんと二人で、ゆっくりしてるわ~。ご飯も作らないわ~~。爆。
娘は仕事をなんとか動かせるけど、婿どのは、焦っているだろうな。でも、とにかく、行っちゃってるんだから、どうしようも無い。無事を祈るのみ、です。

・・・・・人には、いろんな考えがあるものだな、と、つくづく感じる今日この頃。

人様に向かって、平和○ケだのなんだの毒づいて、何がどうなるものでもない・・・。自分がどんだけエラいんじゃ~と、己に向かって突っ込む愚かな時、時。

テレビを見たり新聞を読んだりあちこちブログを読んだりしていて、不思議のことがいっぱいあります。

一つ、言葉はおかしいですが「よかったな」と思うのは「西成のマザー・テレサ」とか「日本のマザー・テレサ」とかと呼ばれていた女医さんが、数年前に川で溺死され、自殺と言うことで片付けられていたのが、再捜査が始まることになったニュースでした。

亡くなっているのに「よかった」と書くのは不謹慎でも、ものすごく犯罪の多いそのまちで、ろくに遺族の訴えも聞かれることなく「片づけ」られていたこのことに、一筋の明りがさした。

自殺するような人間ではない、理由も無い、との、ご遺族の必死の思いが、膨大な量の署名となって、再捜査への道が開けたのだとか。

亡くなった命は帰らなくても、わけのわからないままの悲しみに、何か救いがありますようにと、心で願ったことでした。

もう一つ、一人の女性の死について。

山本さんという女性が、シリアで取材中に、今わかっている範囲では、狙い撃ちされて亡くなった。

反政府軍に同行しての取材だったそうです。

若く美しく優しいまなざしをもった戦場ジャーナリスト、ということで、かなり詳しく報道されている。

ご遺体は、ご姉妹に連れ帰られて自宅へ無言の帰還、元・新聞記者だった父上が涙の出迎え・・・、。

お気の毒だしご無念でしょうし、でも、と、私の中の言いたい虫がうごめく。

戦場ジャーナリスト、というのは、聖域にいるひとではない。

国の中で、同じ国の人間同士が、やるかやられるかで戦っている中へ、入って行く。誰に呼ばれているのではなく、自分で、行くのです。

・・・あまり厳しいことを言うのは、自分も辛いので控えますが。

戦場へ、どうにかして入って行って取材するジャーナリストが、戦場で亡くなるのは・・・。


私の大好きな漫画家の西原理恵子さん(アニメは除く)。彼女のパートナーだった、数年前に亡くなった鴨志田穣氏も、いわゆる「戦場ジャーナリスト」でした。

何冊も著書がある中「アジアパー伝」というタイトルのものはシリーズのように何冊かあり、中の「最後のアジアパー伝」の、ある個所を、昨日読んでいて、こんなところを見つけました。

鴨氏は、あちこちの戦場で、うんざりするほどの人の「死」に直面して来ていた人。カンボジアでポルポト派のゲリラの人質になったことは日本のテレビでも報じられ、お金が無くて、自衛隊(道路を作りに行っていた部隊)の隊員が食べ残して、残飯バケツにあけた「カレー」の匂いがたまらなく、手を突っ込んでそれを、一口、食べ・・・たところでばれそうになって撤収、という切ない思いもしていて。

その鴨氏が、相棒の「タカハシ」氏と、晩ごはんによんでくれたカンボジアの漁師さんの家へ、行く途中。

ニッパヤシで出来た粗末な家が並ぶ、小さな村落であった。
水牛が沼から頭だけだし、うっとりした瞳で空を見上げていた。
裸の子供達が自転車の車輪を棒でつつきながらころげるように、走り回っていた。
一面のおじぎ草の上を歩いてゆくと彼の家だった。
部屋の中を見回すと電化製品は何一つなく、すすだらけの鍋が一つ、ステンレスの皿が数枚部屋のすみに置かれている。
村人達は沼の岸辺に集まり、行水をしている。
米を洗い、洗濯をする老婆。
「いいなタカハシ、この景色」
「ああ」
「なんでこの光景に目が行かなかったんだろうな」
「だってこれを撮るのはオレ達の仕事じゃあないだろ。他の人がきれいに撮影してくれるさ」
「じゃあオレ達の仕事って何なのかなあ」
「戦争取材、じゃあないの」
「それって必要な事なのかなあ」
「だってあんまりやる人いないし・・・・」
「     うん    」「
以下。略。

長々と引用したことの「わけ」は、特に、ありません。

なんとなく、異国で、銃弾を浴びて亡くなった日本人ジャーナリストの山本さんは、このところのメディアが、本当のところもよくわからないままに、雰囲気だけで彼女の死(と生)を扱って・・・丁寧にしておけば間違わんやろ、みたいな・・・英雄のように云々されるのは、本意ではないのではないか、と、感じたのでした。

それよりも、人が人と殺し合うことの、もっと根っこのところの悲惨、無残、を、伝えたい、知って欲しいと願っておられたのではないかなあ、と。

上記・鴨志田氏は、戦場を見過ぎたことのストレスも(多分)あって、お酒に溺れて病院のベッドの上で、愛するサイバラさんに看取られて亡くなったのですが、鴨氏の「お師匠」、やはり戦場を舞台に飛び回ったジャーナリスト、橋田信介氏は、2005年にイラクで、銃撃されて亡くなっています。

じっとしていられなくて行く人が、戦場ジャーナリスト、なのだかどうかは知りません。

死んでいるのは、フリーの方ばかりです。

山本美香さんのみ魂が安らかであられるよう、お祈りしたい気持ちです。

なんだかわけのわからんことを、書いてしまいました。













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  1. 2012.08.26 (日) 21:54
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つれづれなるまま

KUONさん、こんばんわ。

シリアで殺害された瞬間のVTRが繰り返し放送されてるとき、それ、見るたびに、一緒にいた同僚(上司?)の方が、自分だけ無事に戻ったことについて自責の念でつらいだろうな~とか、周りからも無言の責めを負わされるだろうな~とか、
あと、トルコまでご遺体を運んだ大使館員の方たちも、さぞかし恐ろしかっただろうな~とか、

また、戦場へ向かうことを、ご家族はどんだけ止めたことか、
どんだけ心配して、どんだけ眠れぬ夜を過ごされたかと、
いろいろ、あれこれ、いらんこと考えました。・・・・・です。

台風が行ってしまうまで、足止め・・・・
苦笑しながら、ホテルから外の海をご覧になってるんでしょうね。
しょうがない。  ですね。。。。(ごめん、ごめん)


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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