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どこでもポケットがもし在らば

・・・短歌の師のことを思い出していました。強くてユーモアがあって醒め方に年季が入っていて、情にもろくて家族思いで、そして短歌ひとすじを貫き通された、すばらしい女性でした。

青島から引き揚げた方で、命からがら、家族それぞれが自分の身と、手に下げられるだけの荷物を持って、帰国の船に乗り込まれた。
大きな会社を成功させておられた父上と、敗戦の直前に位牌になっておられた母上と、妹さん二人と、幼い弟さん。

命からがら、すっからかんになって帰って、家族を庭の隅の納屋に住ませてもらうことを条件に、父方の本家の跡継ぎ、いとこさんとの結婚を承諾された。

大変な苦労が、次々に師を襲って来て、簡単には書ききれないほどのことを、私は、とても可愛がっていただいたので、聞かせてもらいました。

師のうたではないですが、心に残る一首。

 逃るるさ牡丹江へ投げし幼な児の溺るるさまを君泣きて言ふ

逃避行の足手まといになる。他の子を生かさなければならないので、一人で歩けない幼い子を、中国の大河、牡丹江に投げ落とした。その子は、訳もわからないまま、泣くしかない母の目の前で、溺れて行った、と。ご友人のうただそうですが、短歌だからこの悲惨がうたえる、と、何度も言っておられました。

そんなことが、たくさんあったと、教えてもらいました。

ご存じのとおり、日本は、本来の国土以外にも支配できる土地を得ようとして、海を越えたあたりへ、どんどん人々を送り出した。奨励して行かせた。

敗戦は昭和二十五年、八月十五日ですが、その数日前に、国どうしの約束を破って、ソ連が参戦し、中国にいる日本人たちの上に襲い掛かって来た。広島、長崎に原子爆弾が投下されて、日本はもうダメだ、と、判断したのでしょう。

一般の人々が、急なことにあわてふためいている間に、関東軍、軍属、満州鉄道の者たちは逃げた。守るべき者が、真っ先に、特権的に、逃げた。

敗戦となって外務省は、外地にいる者は、現地に定着せしめるべし・・・ずっとそこにいなさい、と言った。いられなくなっている人々に。

日本政府はそして、引き揚げの費用を出さなかったのです。

残留孤児のことにまで言及すると言い尽くせなくなるので、当時の、何も知らされないまま、日本は戦争に勝っている、大丈夫だ、と吹き込まれ、あっという間に略奪され、追い払われ、自分たちが努力して築き上げたものを、あらゆるものを失って、では祖国に帰るにも、なかなか帰れなかった、人々。

その中の、師は、お一人でした。

政府も、宗教も、信じておられなかった。でも、とっても熱い心で、人を包み込んで下さる方でした。

厚かましく一線を越えて来ようとする人には、さりげなく、きっぱりと、線を引かれつつ。

師が、東北の現状を知っておられたら、なんとおっしゃるだろう、と、考えていました。

国のすること、威張っている連中がすることは、いつの時代もどんな時も一緒だ~。そんな風に言って、弱い者がやられるんだよ~、と、おっしゃったでしょう。

日本が戦争に負けた、その日が、師の、二十歳のお誕生日だった。そのことを、何度も、笑いながら、口にされました。

今日は、私の、六十二回目の誕生日です。

で、こんなことを書きました。

師は、こんなうたも詠まれました。

 ドラえもんのどこでもポケットがもし在らばリラ咲く五月の青島へ行かむ

少女時代、そして人を恋いそめた青春時代。二十歳の誕生日を境に、ごろりと暗転した、一人の女性の運命。

やまとの、なだらかな山々を仰ぐ地に帰りつき、住み慣れ、心にかかる病を持たれた次男さんを見送って半年後、静かにこの世を去って行かれた師。

師も、故郷を喪失した日本人の一人、でも、ありました。

すみません、コメントへのお返事は明日に・・・ぺこり、ぺこり
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  1. 2012.06.12 (火) 01:09
  2. URL
  3. yuuta
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お誕生日おめでとう

KUONさん おめでとうございます
今日からの一年が良き日でありますように

KUONさんの刻まれてきた人生に 素晴らしい方がいらして
その方々を忘れずにいるKUONさんがいて
そのほんの少しを聞かせていただいている私達がいて
考えてみると人生って不思議です

六十台っていいなと思います
楽しく元気に生きましょうね

  1. 2012.06.12 (火) 17:36
  2. URL
  3. えま
  4. [ edit ]

No title

kuonさん お誕生日おめでとうございますv-300v-300v-300

1日遅れになって・・・ごめんなさい

kuonさん
今朝片腕のサーファーの女の子の映画の情報をテレビで見ました。
モデルになった実在の女の子が出ていました。
腕をサメに食いちぎられたのに
数ヶ月後にはまた海に入ってサーフィンをする
なんかとっても凄いと思い、映画もまだ見ていないのに・・・
ひとりで号泣してました。

今日は
どこでもポケットがあったら私はどこに行こうか
ふと真剣に考えていました。
v-20に会いに行きたい
やっぱり・・・どう考えてもそうでしたv-401

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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