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わかって下さい

入院していても無駄だ。自分で原因はわかっているし、医者の言う「これでなければあれだろう」と言う、パターン化された「病人の病気の原因」の一つに組み込まれて分類される意味がわからないし、と、夫は、退院してしまいました。

・・・やめておこうと考えた話を、書ける部分だけ書きます。

放射能は恐ろしいのです。そのことだけでも、わかっていただきたい。本当に、おそろしいのです。

それを、ほぼ、放置し、見ないふりをし、忘れかけようとしているのが、わが国です。

激しい症状に生命の危機さえ予感した、こういう、夫のような人間も、あらわれて来ています。

どうか、これを読んで下さる皆様、新たに、認識して下さい。放射能は恐ろしい。と。

わかって下さい、今、本当に、放射能がじわじわしていると。



危険なものに触れる仕事で、収入を得て暮らしている部分の大きい我が家です。

業務上の守秘義務は、守ろうと思いますが、まず。

夫は、十年以上前、関東地方のあるダムの周辺のヒ素汚染の程度の調査を、国の機関から請負い、当時はまともな施設も無く換気すら不十分だった、掘立小屋のような「実験室」で、正規の仕事時間の過ぎた後に、単独で実験を続けました。

レポートをまとめあげて、提出して・・・以後のことは、いずれあらたに書こうと思います。

ダムを管轄するお役所のトップの方は、

「私はあと半年で定年を迎えます。この報告書にあるようなことが表へ出たら、無事にその日を迎えられません。定められた手続きでお支払いはします、これでこれに関する件は終わりです」

と、提出しておいた報告書に、目をくれようともしなかった。

上へ行く報告書は、別のものが、別の誰かによって作り上げられて、その件は、文字通り終わった。

そんなことは、珍しくもなんともない。当たり前にまかり通っていることで、昨日、今日と、新聞の一面に出ているように(新聞もこういうことを、出すようになりました、世の中の風向きを読んで)、これはこうしておきましょうね、と、自分たちの側の利益、便宜、その他どういうかは知りませんが、国民のことなど、知っちゃいない。自分たちに都合のいい方、何かを、ごまかそうとしておられたらしいですね。

その問題を論ずるには私はあまりにも無知、無力、非力ですが、夫のことは事実であるので、これは言えます。

ものものしい手続きを経て運び込まれた、ダム周辺の土壌、水。

調べ続けた後に、夫は、倒れました。

劣悪な条件下でしか実験を行えなかったのは、向こうの責任ではありません。

長年仲の悪かった夫の両親、夫の父の子を二人も生んだ女性、それに対抗したくて、せっかく、学校を出て後、研究職につきたかった、父母の確執を離れたかった夫を、泣いて脅して父親の会社に入れて、乗っ取られまいと頑張った夫の母、それをあざ笑うように、私の夫をことさらに冷遇した、義父の愛人の専務。

そんな、韓国ドラマみたいにめんどくさい人間関係の中で、夫は、必要以上に待遇の悪い状況に文句言わず、実験も、黙々とこなし、で、倒れた。

顔は黒ずんで、頭はふらふらで、食べられない。医者へ行こうと言っても聞かない、少しのヒマがあれば横になって寝ている。検査して何かが出たら、仕事が出来なくなるので、イヤだったのだと思います。

私は、とにかく、何でも飲ませた。水、お茶、スポーツ飲料。寝ているのを引きずり起こして、だばだばに水分を与え続けました。

愛知県から、20キログラムの、商品を詰めた箱を50箱。1トンの注文をいただきました。

運送屋へ頼めば・・・円、レンタカーを借りて自分らで運べば・・・円。約30000円、差額が出ます。

私は、運送屋に頼もうと思ったが、夫は、自分らで行こうといいました。30000円の差額は、当時の私達には超のつく大金でした。

2トントラックは、よく揺れてくれました。着いたら頭がぼあ~となっていました。

夫は、私よりもっと、ぼおっとなっている。樹の陰になっているところに運転席が来るように車を停めてもらい、20キロの段ボール箱を、一つずつ、おろしました。

8月だったか。暑かった。重かった。

現場にいた若いお兄さんが、見かねたのか、幾つか下ろしてくれました。中年の男性がお兄さんを呼び、向こうの方で何かを言っていたようで、私は、黙々と、必死で、計50箱、おろしました。

体を使って仕事をする人は、自分の体をいとわなければなりません。無駄に疲れては、自分のことに差し障りが出て来る。中年の方はきっと、人のいい若者に、そのセオリーを教えたのでしょう。

帰りは、サービスエリアで休み休み(休ませ休ませ)、長い時間をかけて、ざばざばと水分を補給しながらの岐路でした。

また、毎日毎日、夫は、帰宅すれば眠っていました。1か月以上、眠り男でした。本当によく、眠っていました。

手や脚は、軽くしびれつづけています。長い付き合いになると思います。

それでも・・・復活したのです、あの夏は。私は、ヒ素の中毒だったと言い、夫は、今でもたっぷり残っていると言います。

ヒ素はしかし、夫一人のことで済みます。焼いたらしまいや。夫は、そうも、言います。私も、骨が真っ黒けやね、きっと、と、返します。


このたびは、放射能、だったと、確信しています。

おかげで、今は、エアコンも備わり、換気扇も回る実験室で、それを仕事の中核として、実験や開発をできるようになっています。

周囲のお引き立てのおかげと感謝しています。

そこへ、この春、塩水をかぶっただけだ、という説明の、土壌や、タンクに入った汚れた水が運び込まれ、積み上げられ夫は、それを背中に、仕事をし、コーヒーを飲み、「愛妻弁当」を食しておりました。

運び込む「ぶつ」は、素性だけは明らかにして欲しい、と、今まで、しつこく、頼み続けて来ていました。自衛の手段を講じる必要があります。

それが、5月の初めあたりから、夫の咳が異様なものになって来た。

汚い話ですみませんが、痰に鮮血が混じる。鼻血もでる。

ゴールド免許を誇って来たのに、年齢のせいかどうか、つまらない軽い物損事故を、つづけて起こした。

そういう日々のある日、当該物を運び込んで来たところから、それらをすぐに、送り返してくれ、緊急に、との、依頼が来ました。

家へ帰って来て、今日、全部、送り返したよ、と、笑って話していました。

へえ、と受けながら私は、妙な胸騒ぎにとらわれていました。

この後は、あえて省略します。簡単に言えば、夫の背中の後ろに、ほぼ1か月の間、積み上げられて、夫が、塩水をかぶっただけのものとして相対していた土壌と水は、某所で採取された、とんでもなく高線量の、放射性汚染物だったのです。

大手のゼネコンといっても、放射能に詳しい人はほとんどいません。

日本中にだって、本当にわかっていて、机上の論でなく、現実に対処するべきものとして、現場でレクチャーしたり、アドバイスしたりできる人は、皆無に等しいのが現状と思います。皆さん、本当のところはわからないまま、さまざま作業をしておられる。除染をしている、という方々の姿を、テレビで見たりすると、大げさでなく慄然とします。あまりにも、無防備で。

それで、今、日本中に、無防備に、無防御に、目に見えず聞こえず匂わない、最強、最悪の毒物が、ひろまり、運ばれ、何の手も打たれずにいます。これは現実だと思います。

・・・夫の、死ぬかと思われる激しい咳、咳いても咳いても出てくれず、粘着質に胸にとどまって呼吸を阻害し、文字通り、血を吐きながらの咳、痰、呼吸。熱は上下動して安定せず、息が苦しくて、寝ることも起きていることも出来ない、空を掻き毟るように、呼吸を求める。
関節痛、しびれ、筋肉の痙攣、声は出なくなって、顔はすすにまみれたようにどす黒くなった。

医者は、のどに炎症が起きている、と言いました。その通り。わかるのは、それだけ。放射能にやられた、と、言っても、笑われるのが現状。誰も信じません。

どうして、奈良で?。

持ち込んだところに、文句言えないの?。

・・・現実的ではありません。わからないんです。

今、わかっているのは、放射性ヨウ素と甲状腺異常とに、関連があるらしい、という、ただその一点です。それだけは、国際的に今は、認められている。甲状腺の問題だけは。

他は、誰にどんなことが起きても、苦しんでも、わからない、の闇の中です。その闇を、強固に保って、認めまいとする大きな力が現実にある。

私のように、じりじりと、危ない、危険だ、と、感じ続けて来た一人でも本当に「放射能にやられた」のかどうかを、確かめるすべは無いのです。夫の場合、かなり激しく急性に症状が出たので、疑いを持ちやすい、ということはあるでしょう。

広島、長崎の原爆では、爆発的な被曝で、犠牲者が膨大に出た。

過去の話ではありません。

67年を経た今でも、苦しみ続けておられる方がいる。ご本人だけではない。その、子どもさんも。連鎖しての苦しみ、悲しみ。

福島の場合は、低線量の被曝、ということで、即死者が続出するパターンでなかったので、ゆるく受け止められているのかも知れませんが。

人によって計算や分量はさまざま、しかし、信頼できる科学者と私は思っている小出助教は、今回では、広島の、400倍から500倍の放射性物質が飛散した、と言っておられる。

今朝の新聞に、これも初めて出た数字、東電の推定量として、放出量は、90万テラベクレルであったと。ゼロが何個並ぶか、ちょっと(すごく)わからないですけど、これは、事故のすぐ後に、アメリカが試算して出した数字に似ており、わが国では今まで、もちろん、もっともっと少ない数で出されていました。

隠して、いいことがあったのでしょうか。

・・・点滴を、じゃんじゃんしてもらい、私は、夫は水も飲めないとオーバーに告げて、軽い軽い、水みたいな点滴を、いっぱい、してもらいました。

どうすることも出来ない。体の中にあるものを、できるだけ早く、出したい。考えることはそれだけ。出来ることも、多分それだけ。点滴の液の中には、ややこしいものは無かったと思う。

症状が存在するだけで、原因不明、としか、言いようのない中に、夫は、いた、いるのです。

・・・放射性物質の多少の量が、自分の夫の体から出たとて、それはほんの一部で、夫の中には、放射能が残る。死ぬまで消えない。それが、あまり悪さをしないように、だましだまし、行く以外に、すでに方法は、ありません。覚悟はありました、その方面の実験を始めた時から。

少しでも、幼い孫どもと接触の機会が減るように、夫は、早く早くと、自宅と離れた事務所を借りたがったのかもしれないな、と、思います。夫には、何かいろいろ、わかっていた。

少しでも遠くなる。これは有効です。というより、そうするのも、しないよりマシ、かな。現実に生活というものをする中で。

・・・夫から出ていった放射能は、水に混じり何かに混じり、つまり、たとえば半減期が29年と言うセシウム137ならば、長い間、絶対に消えないで・・・目の前から消しても、絶対にどこかに残り続けて・・・つまり、濃縮されてゆく。

いま、放射能を食べてくれるバクテリアも無い、事故の後の状態のままの福一の原子炉には、ふたもされていない。

冷却をし続けているということは、中に水を入れて、汚染水を作り続けているということです。

がれきの問題は難しく、私などには触れようも無いのですが、基準値以下、と言う、数字のトリックを、恐ろしく思います。

水とカルピスとで考えると、イメージし易い。

カルピスを1とする。水が9。

足して加えて、10、の、おいしいカルピス。

その10の中には、そのままでは飲めないくらい「濃い」原液が入っています。

少しの量の高線量のものと、ほとんど問題にならない量の多くのもの。混ぜて、半分に割って測れば、基準はクリアするかも知れないが。

高線量のものが、そこにある、という事実を、打ち消す理屈にはなりません。


脱線しましたが、夫はもう、仕事に行っています。口には出さないが、相当体はきついと思います。

ほとんどしゃべりません。黙っている方が楽なのでしょう。

マッサージ椅子に座って、ぼおっとテレビを見ています。

朝になると、仕事に行きます。誰への不満も口に出しません。自分のすること、させてもらえることを、黙々と一生懸命にして行くだけ。そういう考えのようです。

この人と結婚して、私は、人間もどきになれた、なれていると、年とって来てからは、ますます、感じています。

病気と寿命は別物。一途な、世の片隅の一・科学者が、なんとか、し遂げたい仕事を、し続けていられるようにと、願っています。

やりかけていることを、したいのでしょう。して欲しいです。

応援するしか、私には、方法がありません。

・・・月曜日まで、ブログは、休ませていただきます。

ちょっと、保養に、なんちゃって




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  1. 2012.05.27 (日) 23:49
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  3. sarah
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No title

ずっと言葉を考え続けていたのです。
でも、見つかりません。

「神さま、ご加護を」、ただただ手を合わせています。

「世の中」というのは「不条理」の別名ですね、悔しいです・・・。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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