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ゆきこさん幸せかな


今夜も忘れられない人々のことを綴らせていただくつもりですが、先に、いま、感じていること。

海江田万里さんと細野豪志さんが呼び出されて公に語られたこと、中でも、とうに知られていたことですが、福一の事故後、東電の元・社長さんが、現場からの社員の全員撤退を考えられたこと。これに世の中があまり反応されないのが、私は不思議。みごろしにされそうになったのに。
置き去りにされるところだったのに。
東電は、そんなこと無かったと否定している。このことが、こわいです。

やっと、初めて測定されたという累積被曝量について、高くて50ミリだとか云々。それを、まあその程度で「済んでいる」ような感じで、新聞に書いてある。乳幼児の甲状腺の被曝についても。50ミリシーベルト。事故前に、日本人が一年間に被曝しても「いい」量は、1ミリシーベルトまで、だったのです。放射能の専門家は(小出助教のように)もう少し浴びても受け入れてくれ、という感じで。法律で決まっていた。
日本の法律って、すっごく軽いのですね、という気が、しきりにします。

放射能の害は、現実にあります。溢れるくらいそのことを、言いたい気持ちに、今のところブレーキをかけています。

「河北新報社」の五月二十一日の記事に<重点調査地域の除染計画、承認ゼロ 自治体「もう待てぬ」>という記事が出ています。

国の全額補助で除染を行える(それだけ被害が著しいという意味だと考えられる)はずの東北3県の53市町村に、計画を提出させて承認する、新年度早々に着手する、ということだったのが、未だに一件の承認もされていない。
3県の承認手続きは、環境省福島環境再生事務所(福島市)が行う。当初、3県の担当者は一人ずつで「問い合わせの電話さえつながらない(栗原市・佐藤市長)状態だった。

ということです。

今後どうなるのかわかりませんが。

何もかも、宙ぶらりんの気がします。また詳しく、書かせてもらいたいです。



女子閉鎖病棟 2

    ゆきちゃん

ゆきちゃん。

本来は、ゆきさん、あるいはゆきこさん、と呼ぶべき妙齢の女性だったが、二日間の休みのあと出勤して、髪ざんばらで、顔は擦り傷だらけ、拘束衣に両腕を固められて、裸足の足をジタバタと暴れていた彼女が「ゆきちゃん」だと教えられ、それでつまり、ゆきちゃん、と、呼んだ。

大変な興奮状態だった。

夜も眠らず、部屋中、廊下中を走り回り、どの部屋にも走りこんで、寝ている患者さんたちを、どっしんどっしん踏みつけて回る。八十歳を超えているタカギのおばあちゃんなど、まともに踏まれたら骨折してしまうだろう。ショックで、もっとひどい事態になるかも知れない。

それで、拘束衣を着せられた。柔道着のようなごつい、分厚い布で作られた、袖の長~い、長くて、胸の前で交差して、そのまま背中で固く結んでしまえるくらい袖の長い、体の自由を奪うことが目的の、特殊な衣服である。

眠れなくてギンギンに興奮しているゆきちゃんは、自由を奪われて怒った、怒鳴った、泣き喚いた。

どうしてこんなことするの、私が何をしたの、私だけが悪いんじゃないよ、私だって苦しかったんだよ。

ゆきちゃんの叫びは、私の胸に響いた。二十六歳。母親と二人、ある宗教団体の寮のようなところの一室に住み込んでいた。体の弱い母親は賄いの手伝いをし、ゆきちゃんは、掃除や布団の手入れや草むしりなど、いろいろな雑用をする日々で、僅かなお小遣だけをもらい、休日は月に二日。そんな中で、おとなしく、控えめに、誰ともトラブルを起こさず、暮らしていたという。カルテの入院記事にそうあった。

寮内で、誰かのお金やコンパクトや、干しておいたハンカチが無くなることが続き、ゆきちゃんだけでなく、他の人々も訊ねられたのだが、ゆきちゃんは、几帳面で潔癖なたちだったこともあり、花模様のハンカチ一枚、自分で買ったことは無い、人にもらったことも無い、もっといいかげんに生きている人もいっぱいいるのに、どうして私が、と、不満の思いを募らせて、不眠になり、疑い深くなり、ついに、疑うなら調べて下さい、とばかりに、身につけているものを、すべて脱いでしまって、走り回るようになった。

シーツなどかぶせても振り払ってしまう、食事もとらない、そんな状態のところへ、寮内の先輩の、信仰に篤いという年配の女性が、ゆきちゃんの母親に説教をした。
「あなたは、色情のことで間違いをして、人を苦しめた過去がある、それが、自分の娘のこの姿になっている」と。

ゆきちゃんの母親は、泣いて娘に、自分はそんなではなかった、酒飲み過ぎて死んだお父さんに逆らったことも無いと、訴えたらしい。

・・・このあたりの私の記述は、入院記事の内容と、いささか興奮状態から醒めていって、私にまつわりついていた時期のゆきちゃん自身の話を、総合して書いている。私の創作は当然無く、ゆきちゃんの語りを、整理して記していると、考えて下さい。

そこでゆきちゃんはきっと、心が潰れたか、はじけたか、自分のせいで、と、そこのところだけ非常に冷静に受け止めて、感じてしまい、思い詰めて、ある物を、むちゃくちゃに口の中に押し込んだ。倒れているところを発見された。

はじめ搬送されたのは内科のある病院だったそうで、胃洗浄を施され、途中で目覚めて錯乱状態となり、点滴を自分で引き抜いて医者と看護者を罵りまくったので、精神病院へ、の措置となった、とのことだった。
寮長も母親もそれを望んだらしい。

注射と薬で、強制的な眠りを与えられ、昼間もふらふらの状態で起こされていて、内服薬を、毒を飲ますのかと食ってかっかって払いのけていたゆきちゃんだったが、二週間ほどで、落ち着きを見せるようになった。

私が日勤の時は、私の担当の部屋だったせいか、へばりつくように傍にいて、話しかけて来た。

いささか話の脈絡のあやしい部分はあったが、満面の笑顔で近づいて来て、腕にぶら下がって、とにかく、話をしたいようだった。

人並みの顔立ちだったが、しきりに自分を「ぶさいく」だと言った。そうかな、可愛いよ、と、きっぱりの否定は避けて、自分の思う本当のことを伝えると、ひゃひゃ、と笑った。

好きな人はいるのか、と聞いて来たので、いたけどいない、と答えた。ゆきちゃんは、好きな人いるけど、家族と一緒にいる人なんだ、と、洩らした。

親のこと寮のこと、寮内の苦手な人のこと、その宗教の信者は、赤い色の服を着たらだめなんだよ、ということ。
お母さんは、何を言われてもうつむいて聞いて、後で泣くばかりだから、運命が明るくならないのだ、と、言ったこともあった。

本当に狭い範囲、小さな閉鎖的な社会の中で、育って暮らして来たゆきちゃんの中には、私には想像することもできない、悩みや葛藤が山積みにあるようだった。

母親は、週に一度、必ず面会に訪れた。
手作りらしい弁当を、面会室のテーブルに広げて、二人で、ひそひそ笑いながら食べていた。楽しそうだった。

ゆきちゃんの病状は落ち着いたものとなって行き、徐々に、私からも離れていった。

もう、満面の笑顔で寄って来ることは無くなり、言葉を振り掛けてくることも無くなっていった。

表情は、若い女性にしては伏し目がちな、変化の少ないものになって行った。それが、ゆきちゃん本来の「顔」であるようだった。私を見る目も、警戒の色を帯びたすっかり「よその人」を見るものになって行った。

急激な発症で、派手な入院をして来たゆきちゃんだったが、経過はとてもよく、閉鎖病棟を出て、開放病棟と呼ばれる、扉に鍵の無い、そこからパートの仕事にも出かけて行くような一階の病棟に移って行った。

私が病院を去る頃にも一階にいたが、すれ違っても、まったく関係の無い人の感じだった。

それがゆきちゃんにとって、ゆきこさんに戻った、ということだったのだろう。

私より、幾つか年上だった。

退院後の彼女について、まったく知ることは無いが、できれば幸せにいて欲しい。ごく普通に、そう思う。

たとえば娘を産むようなことがあったら、着せたいと思ったら、可愛らしい赤い服でも、着せてやれるような。

ゆきちゃんのことだけでなく、私は、宗教に壊された人間、というものを、沢山見た気がする。

壊れた人だから、宗教が必要なのだ、と、反論する人もいたが。

どちらがどうなのか、とにかく、痛ましく心を傷つけられた人を、たくさん、見た気がする。

私自身は、占いにさえ関わりたくない。神とか仏とか、人知の及ばぬ大きな存在のことは、別。そういうものを、感じているし、信じたい。

それは、太陽、というものでもいい。畏敬の対象物。謹んで何かに手を合わせる、という気持ちは私にもあるし、祈りの気持ちは強くある。教団、と言うものが、イヤなのだな、きっと。

おっと。このことに関して、私に何かを「教えてあげよう」とは、思わないでください、お願いしておきます。



sarahさん。

私が潜ったときにかけて下さったお言葉に、とっても嬉しいものがありました。

五月の初旬からおかしかったのが、夫が、詳しくは避けますが、激しい急性の症状で、入院していたのです。もしやこのまま・・・と、ビビったくらい。でもどこか、冷静なんですね、そーゆー時。
sarahさんが「私を思う」と、ひいて下さった言葉たちは、畏れ多いようなものでしたが、とっても嬉しかった。

だけどぉ。
あんな、ええもんでは、ほんとは、ないんですぅ。

・・・嬉しかったです、ありがとう。

えまさん。

実は私も、ねじれよじれのヒネクレ者なんですよ。

それで、か、だから、か。

自分は正しい、自分は立派、と、臆面も無い方の前に出ると、本当よりもっと、ひねた面をだしたくなってしまう、あほうなやつです。

なんでもいいや、トマト。リコピン酸たっぷりの美味しいトマト、作り手さんにそっくりに、まっすぐ、伸びて大きく育て!。





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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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