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おきざりにした悲しみは


数十年ぶりにその前を通りかかった精神病院は、跡形も無くなっていました。車のスピードは速かったので、改築されて見覚えの無い建物を、それと見落としたのかも知れません。

とにかく、幅の広いバス通りに向いて、鉄格子の入った窓が黒くずらりと並んでいたあの光景は、失われていました。


結婚する前、自分自身がとても不安定な気持ちの状態の頃。

頼まれて、内科・精神科の看板を掲げた、とある病院に、勤めたことがありました。三か月ほど、おりましたか。

結論的には、自分の方が、中にいる患者さんがたより、よほど問題あり、という、予想通りの結果でした。自分にとっては。

しかし一応、白衣をまとって、常時カギのかけられている、女性の閉鎖病棟へ通い始めたのでした。

中で体験した、見た、聞いたことは、本当に沢山あって、話し始めるとキリが無いです。

今夜は、その中の、ほんの一つの体験談を、書いてみたいと思いました。

今日、今年初めてのスイカを、口にしましたので。

思い出して。


・・・記憶はそんなに定かではないのですが。

一週間か二週間に一度、病棟の勤務者が、二人ずつ組になって、買い物に出るのでした。

患者さんが、紙に書いて、要望箱に入れておく希望のおやつを、買いに行くのです。

書かれたものすべての要望が通るのではありません。

ロッテのチョコ一ダース、えびせんの大袋も一ダース、ミント味の何とかを五十個、などという希望は、整理されて、そこそこの量と種類に収まります。おやつは、どなたにとっても、単調な入院生活の中での、大きな楽しみです。

今はどうか、まったく私有財産の無い、とみなされている、天涯孤独と思われている、長く入院したきりの患者さんにも、入院費のほかに、おやつを楽しむことのできるお金が、回っていたようです。下着や靴下なども、こざっぱり、できていました。

裕福な家の患者さんもいて、普段着に大島を着ておられる方もいました。その大島は、住込みのAさん・・・洗濯専門のおばさん・・・が、他のいろんな洗濯物と一緒に、がんら、がんら、洗濯機で洗っていましたが・・・。

で。

スイカの思い出です。

始めは、病棟に出入りする度に、厳重に開け閉めする長い鍵ももらえず、誰かにくっついて出入りもするのが、ひと月ほどで、鍵を持たされます。

そうなると、買い物隊にも、加わるのだそうで。

その日は、私くらいの年齢の息子さんが二人いるというFさんと、買い物の一覧表を持って、私服に着替えて、外に出ました。

病棟には、四十人から五十人の患者さんがおられる。その希望の買い物は、けっこう時間や労力を要します。

しかし慣れているFさんは、てきぱきと店の人に注文し、届けてくれるよう依頼し、私は、傍で、へえええ、と、口あけて、めったに出来ない体験を噛みしめておりました。

終わった、と、小柄なFさんは、にこっと笑い、私を、喫茶店に誘うのでした。ええええ、と私。

「自分のお金は持つなと言われたから、手ぶらですよ」

言うと、うん、うん、うなずくのみでFさんは、ずんずんと、物馴れた風に近くの喫茶店へ。

・・・ワタシは実は、今より当時の方がもっと、喫茶店と言う場所が、好きでした。

コーヒーや煙草の匂いが好きでした。

席に着くとFさんが、コーヒ二つね、と、ウェイトレスに言いました。

「コーヒでいいでしょう?」

私はコーヒーが、大好きです。しかし。

あの、と、真剣にモジモジしたと思います、

「後で、お金、お返しします」

とにかくその件をきっちりさせておきたくて、申し出ました。

ああ? あ、いいの、いいの。

Fさんは、ピースに火をつけて美味しそうに煙を噴き出して、にっこり笑いました。

「さっきの買い物、患者さんは定価で買うけど、払う時は、ちょっと値引きした値段で払うの。だから、買い物の手間代に、コーヒくらいは、飲んでいいことになっているんだわ」

つまり、患者さんの払う額と、実際に支払う額の差額で、買い物隊は、労をねぎらうコーヒーを、いただく慣例なのだそうで。

私が世間知らずなのかどうなのか、あの時のコーヒーの味は。

家族を入院させているお家、医療保護を受けて入院しておられる、あの方やあの方。

その、ウワマエはねて、飲んだコーヒーであると。その思いが、こびりついて、当分離れませんでした。

スイカもそうでした。

夏の初めだったのかなあ・・・。

大きなスイカが、届けられて、婦長さんが、患者さんに見えないあたりで、さくっと切った。

よく熟れた、真っ赤なスイカでした。

勧められて口にすると、甘かった、おいしかった。

果物は、めったに食べたいと感じない自分ですが、イチゴとスイカは好きでした。

その、大きな甘いスイカは、いつも買い物をしてもらうので、と、町の青果店が持ち込んで来たものと聞きました。

それも、患者さんのウワマエの分でした。

遠い初夏の思い出の一つです。            


えまさん。

張り切って、いろいろしておられるのですね。

やさい子ちゃんや、べじ太くん、すくすく大きくしてあげて下さいね。

yuutaさんのブログのお休みは、とっても、何というか、うまく言いにくいですが、毎日行くよ、と書いて下さっていたし、またここへ来て下さるのを、ずっと待っていましょうと、思っています。

治ったから書きますが、ひどい風邪のようなものにやられていて、特に咳がひどくて、訪れていた親戚の家で、もうあんたは寝とりなさい、と、ベッドのある部屋へ追い込まれていたりして。のどが、裂けそうな感じでした。熱はいっさいカンケー無く。咳と、倦怠感。

今日はもう、なんとか元気です。

明日はもっと、元気でしょう。






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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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