いいな。
少しずつ読んでいる本の話です。
いつもは読まないタイプの本です。みすず書房の、タイトルは「死を生きた人びと」著者は「小堀鷗一郎」。
新聞の書評で知って、読みたい。とすぐさま注文してしまいました。この春に出た、新しい本です。けっこういつもは、中古の本を買っているのですが。
定年までを外科医として、大学病院や国立医療機関に勤めておられた著者が、
「たまたま退職する同僚に依頼されて、彼が長期間にわたって個人的に担当していた寝たきりの患者二名を引き継ぐ形で訪問した」
こんな形で始められて、
「現役時代四十年間は在宅医療の存在を知らなかったことになる」
この方の患者数が、飛躍的に増えて行った、と。そんな始まり方です。
「外科医としてすごした四十年間を一言で表現するならば、「救命・治癒・延命の日々であった」と書かれています。
その四十年以降のことを、書いておられます。ただ「生かす」ためだった医師の日々、以降を。
中身の濃い本で、なかなかすらりとは読み進めません。
書評で紹介されていた部分、66ページの「事例25」・・・<好きな酒を自由に飲みたい>
・・・引用するに気をかねてしまうのですが、少し。
76歳男性の場合。
「初めての診療訪問時は、ひどく痩せて腹水がたまり、食事もほとんど取れていなかった。本人の第一声は好きな酒が自由に飲みたいということであったので、その場で好きなだけ飲んでよい、と許可した。介護する妻はヘビースモーカーだったが、これも」
喫煙自由とした、とあります。いつでも飲めるようにニッカウヰスキーのプラスチックボトルに吸い口をつけたものを枕元に置くようになって患者は、食欲も一時的にではあったが旺盛となり、ウナギや寿司の弁当の空箱が山積みとなった、と。
最後を迎えるまでの二か月間、訪問しては褥瘡の処置をするのが(妻の吸うたばこの濛々たる煙の中での)、唯一の医療行為だったと書いておられます。
以下の部分は、67ページ、三行めからの引用です。
ある日ふと思いついて、昔、患者から贈られたジョニーウォーカーの青ラベル(当時黒ラベルよりもさらに高級と先輩に教えられて長年保存していた)を彼に進呈しようと、箱を抱えて彼の病床に持って行った。彼は非常に喜んですぐ味見をすることになったが、なにぶん年月を経た品だったので、コルク栓は劣化していた。手近に栓抜きもないので、スプーンの柄で長時間かかってコルクを取り除き、大量のコルク屑と一緒に乾杯した。彼は嬉しさのあまり」
もうすぐ生まれるお孫さんに、この医師の名前をつけると言い張リ、医師の方では、患者さんと自分の名の組み合わせに、との提案をされた、だが、その提案は
「母となる娘に即座に却下された」
とあります。この娘さんのリアルも、とてもよくわかります。
年齢や立場、それ以外のそれぞれの感覚で、このドクターは評価されるのでしょうが、私は、こんなお医者さんいいな、こんな風に最後、診ていただきたいな、と。強い憧れを抱いたのです。
ラストの「即座に却下された」の書き方も、硬質なユーモアがあって、さすが。
さすが。
小堀鷗一郎。お名前を見て、ピンとくる方には、来るか。
軍医であり文豪であった、森鷗外。その二番目の娘は嫁いで小堀杏奴(あんぬ)となり・・・小堀杏奴は随筆家・・・、男の子を成してなんとまあ「鷗一郎」と名付けられたのですね。どれだけ父親の好きな娘さんでいらしたやら。そして
少し前になにやかや私が書いていた、森茉莉さんは、この方の「伯母さま」になられます。私のことはどうでもいいが、
森鷗外、おそるべし。と、感じもしました。
それを省いて読んでも、「人はなぜ死ぬのか、どうやって死ねばいいのか」などということを、かなり本気に考えないではいられなくなっている私には、安心と勇気をもたらしてくれる一冊でもありました。
人は、何のために生きているのか。ちょっと、自由に、考えられました。
いつもは読まないタイプの本です。みすず書房の、タイトルは「死を生きた人びと」著者は「小堀鷗一郎」。
新聞の書評で知って、読みたい。とすぐさま注文してしまいました。この春に出た、新しい本です。けっこういつもは、中古の本を買っているのですが。
定年までを外科医として、大学病院や国立医療機関に勤めておられた著者が、
「たまたま退職する同僚に依頼されて、彼が長期間にわたって個人的に担当していた寝たきりの患者二名を引き継ぐ形で訪問した」
こんな形で始められて、
「現役時代四十年間は在宅医療の存在を知らなかったことになる」
この方の患者数が、飛躍的に増えて行った、と。そんな始まり方です。
「外科医としてすごした四十年間を一言で表現するならば、「救命・治癒・延命の日々であった」と書かれています。
その四十年以降のことを、書いておられます。ただ「生かす」ためだった医師の日々、以降を。
中身の濃い本で、なかなかすらりとは読み進めません。
書評で紹介されていた部分、66ページの「事例25」・・・<好きな酒を自由に飲みたい>
・・・引用するに気をかねてしまうのですが、少し。
76歳男性の場合。
「初めての診療訪問時は、ひどく痩せて腹水がたまり、食事もほとんど取れていなかった。本人の第一声は好きな酒が自由に飲みたいということであったので、その場で好きなだけ飲んでよい、と許可した。介護する妻はヘビースモーカーだったが、これも」
喫煙自由とした、とあります。いつでも飲めるようにニッカウヰスキーのプラスチックボトルに吸い口をつけたものを枕元に置くようになって患者は、食欲も一時的にではあったが旺盛となり、ウナギや寿司の弁当の空箱が山積みとなった、と。
最後を迎えるまでの二か月間、訪問しては褥瘡の処置をするのが(妻の吸うたばこの濛々たる煙の中での)、唯一の医療行為だったと書いておられます。
以下の部分は、67ページ、三行めからの引用です。
ある日ふと思いついて、昔、患者から贈られたジョニーウォーカーの青ラベル(当時黒ラベルよりもさらに高級と先輩に教えられて長年保存していた)を彼に進呈しようと、箱を抱えて彼の病床に持って行った。彼は非常に喜んですぐ味見をすることになったが、なにぶん年月を経た品だったので、コルク栓は劣化していた。手近に栓抜きもないので、スプーンの柄で長時間かかってコルクを取り除き、大量のコルク屑と一緒に乾杯した。彼は嬉しさのあまり」
もうすぐ生まれるお孫さんに、この医師の名前をつけると言い張リ、医師の方では、患者さんと自分の名の組み合わせに、との提案をされた、だが、その提案は
「母となる娘に即座に却下された」
とあります。この娘さんのリアルも、とてもよくわかります。
年齢や立場、それ以外のそれぞれの感覚で、このドクターは評価されるのでしょうが、私は、こんなお医者さんいいな、こんな風に最後、診ていただきたいな、と。強い憧れを抱いたのです。
ラストの「即座に却下された」の書き方も、硬質なユーモアがあって、さすが。
さすが。
小堀鷗一郎。お名前を見て、ピンとくる方には、来るか。
軍医であり文豪であった、森鷗外。その二番目の娘は嫁いで小堀杏奴(あんぬ)となり・・・小堀杏奴は随筆家・・・、男の子を成してなんとまあ「鷗一郎」と名付けられたのですね。どれだけ父親の好きな娘さんでいらしたやら。そして
少し前になにやかや私が書いていた、森茉莉さんは、この方の「伯母さま」になられます。私のことはどうでもいいが、
森鷗外、おそるべし。と、感じもしました。
それを省いて読んでも、「人はなぜ死ぬのか、どうやって死ねばいいのか」などということを、かなり本気に考えないではいられなくなっている私には、安心と勇気をもたらしてくれる一冊でもありました。
人は、何のために生きているのか。ちょっと、自由に、考えられました。
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- 2018.06.30 (土) 01:09
- URL
- よみびとしらず
- [ edit ]
杏奴さん。
姉の茉莉さん曰く・・・。妹の杏奴は、『苦みのある独逸の薬草のような女』に成長した。
小堀家の人々は、『聖家族』のような・・・と評した人もいましたね。実際は、ちょっと違っていた???ようですが。
遅くなりましたが、地震の影響がありましたそうで。
普通の生活に、早く戻れます事を。
- 2018.06.30 (土) 10:15
- URL
- まめはな
- [ edit ]
- 2018.06.30 (土) 10:57
- URL
- さと子
- [ edit ]
- 2018.06.30 (土) 20:56
- URL
- アルジェリマン
- [ edit ]
テレビで
小堀先生とその同僚の看取り医としての活動を、6月10日頃、テレビのドキュメンタリー番組で見ました。
最期まで生きること、
そんないろんな例を、
暗くなく、淡々と、映像は映し出していました。
先生方のような人たちこそ、
これからの社会が求める医者だと思いました。
去年、父はそんな医師に出会えて幸せだったと思います。
- 2018.07.02 (月) 15:27
- URL
- KUON
- [ edit ]
- 2018.07.04 (水) 15:31
- URL
- KUON
- [ edit ]
- 2018.07.07 (土) 02:21
- URL
- ゴネコ
- [ edit ]
- 2018.07.07 (土) 11:14
- URL
- Nちゃん
- [ edit ]
『KUONのブログへようこそⅡ』 2、ツーです!
勝手な事をしますKUONさんの 新ブログ
『KUONのブログへようこそⅡ』 へは URL
http://1950611mitiko.blog.fc2.com
↑皆様、こちらで 辿りついてくださいませ
Nちゃんより
- 2018.07.07 (土) 11:15
- URL
- ゴネコ
- [ edit ]
すみません
「たかが猫」 といわないでください ミイちゃんは 私の大事な 家族なのです重ねての私事でのコメント、本当に申しわけなく思います。
ネコは、今朝の9時ころに旅立ちました。
「いきが足りないこの世のいきが」という、歌人の辞世を、実感をもって受け止めた時間でした。
- 2018.07.07 (土) 14:05
- URL
- KUON
- [ edit ]
お返事たいへん遅くなり申し訳ないことでした。
・よみびとしらず さん
鷗外の次女、杏奴さんは、姉のような狂気のような天才の持ち主でなく、でも父の文才は受け継がれて。・・といっても私、杏奴さんの作品はほとんど知らないに等しいのです。
母・森茉莉との「会い」は、次男の亨にとって、特殊な味わいのことで・・亨氏の冷静の極致のような一文について、数か月のうちに書いたのでしたが今は略・・茉莉は、世話になっても妹のことは「うっとおしかった」のか(笑)。わからなくはない。
この、鴎外の孫にあたる医学者・小堀氏の一冊は、胸にこたえます。なんだか「さすが鷗外」の「イデンシ」と、リフレインが。
「聖家族」って、言葉は美しいですが、私は信じていない言葉ですよ。(笑)。
・まめはな さん
そうですね。昔のお医者様は、大きなバッグを持たせて往診して下さいました。母のもとへも来て下さってた。ブドウ糖エトセテラの静脈注射を打ちに。。とても安心しました。
お医者様は、安心させて下さればいい、ような。あの高須ドクターは江戸時代からの医師の家系ですが、「患者には希望を与えることだけを言う」と。
胃瘻だのノドに穴あけて、など要らない。死んでゆく身に寄り添ったお気持ちとお言葉を、と、つよく感じています。
・さと子さん
スパゲッティ症候群。まさに。医師や家族のエゴ。まさに。医師は(も)すでに「聖職」ではない。どうやってでも生かしてやりたい、と言うのは、私に言わせれば実際に患者の看取り現場にいない、お気楽なひと、です。
自分のことを言えば、舅への胃瘻の勧めを断り、本人の望むままに毎日アイスクリームを届け、人工呼吸も断って、痛み止めと酸素とだけをお願いして、舅は、おそらく選択肢の内ではよかっただろうな、の逝き方をされました。と、思っています。
断る勇気、悪者にされて平気な勇気が必要と、つくづく今も思っています。もちろん私も、単なる延命なぞはのぞまない・・
高齢の方々のディサービスなどでも、煙草はだめ、と融通のきかない施設がほとんどです。いいじゃんか、好きなもの、少しずつなら、と、感じています。タバコを禁じられて悲しそうだった方も、存知あげております・・・
・アルジェリマン さん
「武士のごとく」逝かれたお父さまと、以前のコメントで知らせていただいて、記憶に残っています。
NHKは、そんな看取り医の方々のドキュメンタリーを流していたのですか。見たかったなあ・・なんとか見たいと思いますね。
>先生方のような人たちこそ、
>これからの社会が求める医者だと思いました。
>去年、父はそんな医師に出会えて幸せだったと思います。
お父さまも、幸せだったと思えるお嬢さんも、お幸せですものね。
医療が、すべて点数で数えられるままでは、こういった形の「看取り医」は、難しいのだろうとはわかります。でも。
安心させて下さるお医者様が、欲しいのですよね。
・ゴネコさん
大切な、長い間の暮らしのパートナーのお一人、猫の「ミイちゃん」享年21歳の、何と申しましょうか、この世界とのお別れを・・・謹んで、お悔やみ、お悼み、申し上げます。
ひとばん、苦しい息のミイちゃんを見守られて。
あなた様にも苦しい切ない一晩だったことでしょう。
お疲れさまでした。ミイちゃんは、七夕の朝に旅立って。
河野裕子さんのあの一首が、まことに実感されたのですね。
「このひとにも またこのひとにも・・・息が足りないこの世の息が」
正確には書けません、でも、あの歌人さんも、ご家族の方々の中に、ずううっと、生き続けられるのですものね。
全く違う場面、設定の短歌ですが。冒険家の植村克己さんが還ってこられないと決定した時に、詠んだ一首。
「捜索は打ち切られたり この世にて会ひし幸せをその妻の云ふ」
- 2018.07.07 (土) 14:08
- URL
- KUON
- [ edit ]
Nちゃん さん
ありがとうございます!
KUONさんの 新ブログ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『KUONのブログへようこそⅡ』 へは URL
http://1950611mitiko.blog.fc2.com
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここです、ここです、どうぞ、皆さまのお目にとまりますように!。
- 2018.07.14 (土) 21:24
- URL
- よびかけKUON
- [ edit ]
みなさま。とつぜん自分のブログに入れなくなっていて、コメント欄にだけは書けるという。
で。新しいブログ(継続用の)がはじまっています。タイトルは
「KUONのブログへようこそⅡ」です。今では
「fc2ブログ KUONのブログへようこそⅡ」で探し出すこともできるようですが、これをお読みの皆さまは、よろしければ、上の
URL http://1950611mitiko.blog.fc2.com
とあるところを、ぽちっとクリックして下されば、新しい(でも今までの続き)へ飛んできていただけます。
このブログではもう、記事も書けませんので、「みんなのうた」は、上のURLの方へお寄せいただきたく存じます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
七月、文月(ふづき・ふみづき)の「みんなのうた」、詠草を募らせていただきます。
基本は五七五七七、三十一文字の定型。いささかの字余り、字足らずはそれはそれ。
うまく「つくら」なくても、まずはつぶやいてみられたら。うたの形にしたい、うたにしてみたい、とお思いなら、アドバイスさせていただきます。
ご一緒に、ことばを楽しんでみられませんか。
今夜から16日の夜まで。熱中症には気をつけながら、こころ、あたま、熱く、しぼってみられませんか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
機械オンチと、アホなんやねKUONったら、と、ご理解下さいまして、どうぞよろしくお願い申し上げます。
お待ち申し上げております、
待ってますよ~~~~~。
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プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
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