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宮川選手の会見全文

日大の「加害選手」の」5月22日の会見全文」を以下に引かせていただきます。)読んでもらいやすいようにと、途中で行を空けたりしてしまいましたが、ご容赦ください。

* * *

宮川選手:まず最初に、本件によりケガをさせてしまった関西学院大学のアメリカンフットボール部のクオーターバックの選手、およびそのご家族、関西学院大学アメリカンフットボールとその関係者の皆様に対し、大きな被害と多大なるご迷惑をおかけしたことを深く反省しております。本当に申し訳ございませんでした(深く頭を下げる)。

 試合の日までに至った経緯について、試合の3日前の5月3日から話させていただきます。
 今年度の試合は本件までに、4月22日、4月29日の2回行われています。そのいずれについても、私はスターティングメンバーで出場しました。5月3日の実戦形式の練習でプレーが悪かったということでコーチから練習を外されました。これまで同じことはありませんでしたが、この頃は監督・コーチから「やる気がたりない」「闘志がたりない」という指摘を受けるようになっていたので、このプレーをきっかけに外されたのだと思います。
 そのあと、全体のハドルの中で監督から「宮川なんかはやる気があるのかないのかわからないので、そういうヤツは試合に出さない。辞めていい」。井上コーチからは「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」と言われました。

■内田監督から「日本代表に行っちゃダメだ」と言われた
 5月4日、練習前に監督から「日本代表に行っちゃダメだよ」と、当時選抜されていた今年6月に中国で開催される第3回アメリカンフットボール大学世界選手権大会の日本代表を辞退するように言われました。監督に理由を確認することはとてもできず、「わかりました」と答えました。この日は、今年度はじめて全体で行われたディフェンシンギーの日でした。未経験の1年生がいたので、副キャプテンがタックルをして、私が受ける形をメニューをやって見せるために、私がダミーを持ちました。するとコーチから「なぜ最初にダミーを持つんだ」と言われて、グラウンド10周を走らされました。
 その日の実践練習は、練習前に井上コーチに確認したところ、「宮川は出さない」と言われて外されました。5月5日、この日も実践練習を外されていました。練習を井上コーチから「監督にお前をどうしたら試合に出せるかを聞いたら、相手のクォーターバックを1プレー目でつぶせば出してやると言われた。『クォーターバックを潰しにいくんで、僕を使ってください』と監督に言いにいけ」と言われました。

 続けて井上コーチから、「相手のクォーターバックとは知り合いなのか」「関学との定期戦がなくなってもいいだろう」「相手のクォーターバックがケガをして、秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう。これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念をおされ、髪型を坊主にしてこいと指示されました。
 ポジションの先輩から、井上コーチに宮川にはアラインはどこでもいいから、1プレー目からクォーターバックを潰せと言っておけ」と言われた旨を告げられました。相手を潰すくらいの強い気持ちでやってこいという意味ではなく、本当にやらなくてはいけないのだと思い、追い詰められて悩みました。

 5月6日、いろいろ悩みましたが、これからの大学でのフットボールでここでやらなければ後がないと思って試合会場に向かいました。試合のメンバー表に、私の名前はありませんでした。

■コーチとの会話は同じポジションの選手も聞いている
 その後の試合前のポジション練習時に、井上コーチに確認したところ、「今行って来い」と言われたので、私は監督に対して直接「相手のクオーターバックを潰しにいくので使ってください」と伝えました。監督からは「やらなきゃ意味ないよ」と言われました。戻った私は井上コーチに監督と話をしたこと、監督から「やらなきゃ意味ないよ」と言われたことを伝え、さらに井上コーチに対して、「リードをしないでクオーターバックに突っ込みますよ」と確認しました。井上コーチからは「思いっきり行ってこい」と言われました。このことは同じポジションの人間は聞いていたと思います。

 その後、試合前の整列の時に井上コーチが近づいてきて「『できませんでした』じゃすまされないぞ。わかってるな」と念を押されました。本件直後は何も考えられない状態でした。そのため、相手のクォーターバックがケガをして代わったことにも気づいていませんでした。ふだんの試合でこんなことはありえません。本件で問題になっている1プレー目の反則行為の後、2プレー目が終わり、コーチに呼ばれてサイドラインに戻った時に「井上コーチからキャリアに行け」と言われましたが、さんざんクォーターバックを潰せと指示されていたので、井上コーチの発言の意味が理解できず、再びパスをしてボールを持っていない状態の相手チームのクォーターバックにタックルをして倒し、2回目の反則を取られました。

 3回目の反則は、相手に引っ張られて尻もちをついたあと、相手のオフェンスの方に行こうとした際に、正面から向かってきた相手選手を突いた行為に対して取られました。この反則は、「相手がつかんできてもおとなしすぎる」などとコーチから指摘されていましたし、「やる気がない」として外されていたので、向かってきた相手選手にやられっぱなしにできないと思って、意識的に行った行為でした。
 退場になり、テントに戻った後、事の重大さに気づき、泣いていたところ、井上コーチから見られていました。試合後、スタメンと4年生が集められたハドルの時に、監督から「コイツのは自分がやらせた。コイツが成長してくれるんならそれでいい。相手のことを考える必要はない」という話がありました。

■コーチから言われた「優しすぎるところがダメなんだ」
 その後、着替えて全員が集まるハドルでも、監督から「周りに聞かれたら、俺がやらせたんだと言え」という話がありました。井上コーチから、私が退場になった後、DLの上級生リーダーが、私に相手クォーターバックにケガをさせる役割をさせたことをすまなく思って、自分にもやらせてほしいと申し出たという話を紹介して、その上級生は「自分にもやらせてくれ言ったぞ。お前にそれは言えるのか。お前のそういうところが足りないと言っているんだ」と言われ、退場後に泣いていたことについても「優しすぎるところがダメなんだ。相手に悪いと思ったんやろ」と責められました。

 5月8日、井上コーチから午後5時ごろにグラウンドに呼び出されました。私がグラウンドのクラブハウスで待っていると先輩が来て、私の様子を心配してくれました。先輩に「もうアメフトはできない」と伝えると、先輩は「そうだよな」と応じてくれました。

 その後、学生のスタッフが来て、監督が待っているコーチ部屋に行くように言われました。当初コーチ部屋は監督一人でした。私と監督が話し始めると、遅れて井上コーチと鈴木コーチが来て、監督との話を聞いていました。私が監督に対し、「もうフットボールはできない」と言うと、監督は「お前の罰はあの時、退場になってお前の処罰は終わっているんだからいい。世間は監督を叩きたいだけでお前じゃない。気にするな」と言われました。その後、監督は練習に出ていったので、井上コーチと鈴木コーチの3人で話をしました。
 当然、二人のコーチからは事実関係の確認はなく、「お前が辞める必要はないだろう。向こうとの試合がなくなろうと別にいいだろう」という話をして、退部を申し出た私を引き留めようとしました。しかし、私としてはこんなプレーをしてアメフトを続けることはとても考えられませんでした。

 5月9日、森ヘッドコーチから三軒茶屋のキャンパスに呼び出されて「辞めるべきじゃない。フットボールで返していくしかない。監督が厳しく言ったことを、そのままお前に伝えたコーチに責任がある」と言われました。

■[被害者への謝罪したいと伝えたら、内田監督が「今はやめてほしい」
 5月11日、前日の謝罪文公表を受けて、こちらから井上コーチに連絡をして、本部にある監督の部屋で、監督と井上コーチ、私と両親で面会しました。父から、個人的にでも「相手方選手と家族に謝りに行きたい」と申し入れたところ、監督からは「今はやめてほしい」と言われました。
 父から、監督・コーチから選手に対して対戦校のクオーターバックにケガを負わせろと指示を出し、選手はそれに従っただけである旨の公表を求め、そのメモを先方に渡しましたが、公表できないと断られました。面会の後、井上コーチから父に連絡があり、理由の説明もなく「関学アメフト部の監督に謝りに行く」と言われました。父がアポイントを取ってほしい旨を求め、アポイントを取ろうとしたようですが「先方から断れた」と連絡がありました。しかし、夜中に再度井上コーチから父に連絡があり、「謝りに行く。息子さんを行かせてください」と言われて、関西学院大学に行くことになりました。

 5月12日、謝罪のために私と井上コーチと関西学院大学を訪れましたが、再度先方から面会を断られたため、関学アメフト部の監督にお会いすることはできませんでした。

 5月14日、井上コーチから父に連絡があり「三軒茶屋のキャンパスに来てほしい」と呼び出され、父と二人で訪問しました。その日はその後、私と父が関東学生アメリカンフットボール連盟の技術委員会で聞き取り調査をうけました。

 5月16日、私は日本大学本部の体育局にチームの幹部とともに呼ばれましたが、先方はどう出てくるかわからない不安が強く、体調もよくなかったため、私は行きませんでした。

 5月18日に、私と父で関学アメフト部クォーターバックの選手およびご両親を訪問し、直接謝罪の意を伝えました。
 最後に、本件はたとえ監督やコーチに指示されたとしても、私自身が「やらない」という判断ができずに、指示に従って反則行為をしてしまったことが原因であり、その結果、相手選手に卑劣な行為でケガを負わせてしまったことについて、退場になった後から今まで思い悩み、反省してきました。そして、真実を明らかにすることが償いの第一歩だとして、決意して、この陳述書を書きました。相手選手、そのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部はもちろん、私の行為によって大きなご迷惑をおかけした関係者のみなさまにあらためて深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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