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返事の中までKUONです。

  1. うたのおべんきょ。
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うたのおべんきょう、パート 1

「うたのおべんきょ」始めさせていただきます。

この色が詠草です。この色が詞書(ことばがき)、ちょっとひとこと、などです。ご挨拶は勝手ながら省かせてもらっています。この色はKUONが書いているところです。お名前は、この色で。

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     KUON


・練り香を紅さし指にすくひたり今日ひとに逢ふ仕上げともして

いただいた「練り香水」、沈丁花の香りとのことで、つかってみたく思い。くすり指のことを「紅さし指」とも言いますので、練り香を紅さし指にすくって、とやってみましたが、いささかイヤみ風味になった感あります。しかも「会う」でいいのに「逢う」とか。自分でちょっと許しがたくもある一首になりました。作りこみ過ぎや、と、自らにつっこむ。

・シャツを干す向うに青き海の見ゆ両手だらりとしてしばし視る

・洗濯物干し了へて見る沖に早やヨットいっぱいに風はらみをり

・そこまでは行けないけれど 快晴の沖のヨットの白さ眩しむ

「白さ」でなく「白を眩しむ」にします。


     Nちゃん


   昨日、大雨の後の葛城、御所に行きました


新緑に
葛城山の
見降ろすは
大和 難波津
古代の遺跡

うたを詠んで何度も推敲(すいこう=ああしようか、これでどや、と))しておられるの、とても嬉しいです。この一首、後半のリズムも「大和難波津古代の遺跡」と畳みかける読みぶりも「いい」です。で、もったいないので前半に手を入れました。

「新緑の葛城山「より」とするのが字余りになっても自然なのですが、「葛城山「ゆ」という言い方があります。「より」という意味。どちらにされるかは、詠み人のお気持ちです。「葛城山に」でもいいのでは。

三度目の正直の「差し替え」ですと、この「新緑」が「青嵐」になっていました。青嵐、確かに魅力的な初夏の「季語」です、が、Nちゃんさんのこの一首には、元の「新緑」がいいのではないかと、私は、思いますのです。


新緑の
葛城山に
見降ろすは
大和難波津
古代の遺跡

お揃いの
靴を浮かべる葛城の尾根
躑躅 鶯
君と二人

「お揃いの靴を浮かべる」が、すこ~しわかりづらい。でもこのままで「君と二人」を「君とふたあり」にしてしまったら。

登山せぬ
10代の頃
決めたハズ
君と登りし
山の数々

うたの内容を重視して、うたとしてまとめさせてもらいました。

「登山せじ十代の日に決めたれど君と登りし山の数々」

「せじ」とは「~するもんか」と、強い目の決意を言う時に使います。


伊吹山
君と初めて
登ったは
オトメ?十九
今ひとたびの

この「?」は、テレカクシでしょう。わかるけど却下(笑)。無しでいいでしょう。

「伊吹山君と初めて登りしは乙女十九  今ひとたびを」


山道を
手を引き引かれ
バカップル
いつの間にやら
四十重の月日

差し替えを依頼されて迷ったのがここ、四十重の月日。ここ。四十年近いこと、その四十年がそのままで重いので、淡々と「四十年なり」とか「四十年来つ」とか。実際にも少し短くても、こういったオーバーは、いいことに・・・。

脚上げて
息整えて
頑張れよー
歩けるうちは
連れもて遊ぼ

「連れもて遊ぼ」は、大阪の言い方ですね。そう、連れもて遊んで下さい。


     まめはな


・仏壇にひっそり鎮まる桃の実の産毛震えりろうそくの灯に

桃の産毛はたしかに、ろうそくの灯に震えるような。よくとらえておられます(と思う、スグ、エラそーになってしまいます)。

・りんご剥くくるくる落ちてく皮の上(え)を少女が独り駆け降りていく

二首目は「駆け降りていく少女が一人」とどちらにしようか迷ったのですが、上記を選びました。疾走感を採りかったんです。

むぎわらゆらさんという童話を書く方がいらして、その方の書かれたものの中に、「(りんごの)剥かれた細い皮は途中で切れることもなく下へ下へと続いてゆく。まるで赤い螺旋階段のように」という一節があって、そこからの連想です。
「螺旋階段」という喩えが素敵だなと思ったのですが、さすがにそれを使うと盗作になってしまうので…。

ガラスの靴を片方残して駆け去っていくシンデレラが思われたのですが、りんごにシンデレラは合わないので、「少女」として、少女期の焦りや衝動、過ぎるのの速さを表したつもりです。
「駆け抜けていく」「駆け去っていく」…ここも悩みました。


一首に向かって迷う、悩む、嬉しいです。

で。「駆け下りていく」は「正解」と思います。もっと言い足せば「ゆく」が、いいかなあ・・。

「螺旋階段」という言葉、実際の存在は、なかなか妄想癖を満たしてくれるもの。私の気持ちを書けば、まめはなさんが「螺旋階段」をここで使われても「盗作」にはならないようにも考えます。赤い、までいってしまうと難しいでしょうが。こういう例はままありまして。

迷われた「少女の感じは、とてもよく出ています。

堂々と、まめはなさんとしての「螺旋階段」を使われればいいです。もう少し書きますと、

「くるくる落ちてく」は「くるくる落ちゆく」くではいかがかな、と思います。「てく」の口語感のたっぷりさが、ここでは惜しい気がします。調子に乗って書きますと、むかし角川の「短歌」に、

「地上へとぐるぐる続くを朝ごとに長さ異なる螺旋階段」と書いたのを、思い出しました・・・。



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  1. 2018.05.19 (土) 17:03
  2. URL
  3. まめはな
  4. [ edit ]

KUONさま

(コメント送ったのですが、届いていないようなのでもう一度。)

添削をありがとうございました。
一首目はそのままで、二首目は
・りんご剥くくるくる落ちゆく皮の上を少女が独り駆け下りてゆく
でお願いします。

二つの「ゆく」が重なって、リズムが心地いいです。
小学校の頃、「ゆく」と読むときも「いく」と書く、と教わって、そのままで来たのですが、今はどうなっているのでしょう? 
お歌のときは詠む人の自由なのでしょうか?

螺旋階段を使った歌は、次回の課題にさせて頂きますね。

それから、KUONさまの螺旋階段のお歌の解説をお願いしたいです。
どのような情景、心情を詠まれたのか、
天上からの毎朝長さの違う螺旋階段って、何を意味するのか、
なぜ長さが違うのか…
よろしくお願い致します。
  1. 2018.05.19 (土) 22:14
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・まめはな さん

少しだけ調べたら以下のように。

・・・・・

『広辞苑』
--------
い・く【行く】
《自五》
(奈良・平安時代から「ゆく」と併存。平安・鎌倉時代の漢文訓読では、ほとんど「ゆく」を使い、「いく」の例は極めて稀。助詞「て」の下では「いく」が多い) 「ゆく」に同じ。
--------
ゆ・く【行く・往く・逝く】
《自五》
(奈良・平安時代からイクと併存。平安・鎌倉時代の漢文訓読ではほとんどユクを使い、イクの例はきわめて稀) <以下略>
--------

現代では、「いく」は日常平易な口語。「ゆく」はやや改まった語・文語的といえるでしょうか。
複合の語は「ゆく」が固定されていることもあります。「成り行き(なりゆき)」「行方(ゆくえ)」「行く末(ゆくすえ)」 等々。

・・・ほかに、それは自由、好きなように、とのご意見もありました。自分が学校でどう習ったかは、大昔であるしマジメな学徒で無かったし(恥)、忘却の彼方です。

うたを始めたのは27歳ごろ。古典的仮名遣いで、けっこうかちんかちんに指導を受けました。で、自分としては「行く」は「ゆく」なのですが、今では違うのかもしれませんね。それなら、申し訳ないことをしました。

お好みで書かれればいいのではないかとも、今は、考えています。私は「ゆく」で通しますけれど。

「螺旋階段」のうたは、連作の中の一首でした。自分をまんなかに据えて詠みました。私にとっての「螺旋階段」。うたでフィクションすることを、どんどんしていたのです。これは、後ろめたい恋のうたなんです。男が部屋に来て、いてくれた朝の、そしてそうでなく、一人で迎えた朝の。状況によって、仕事を持つ女が、違う気分で階段を下りて行く。だから、日によって、すまう階から地上への螺旋階段の長さが、異なるわけなのでした。

階段の長さは感覚によって違う、と、そういう。

あ~、あの頃は、妄想の恋に必死にもなれて。ある意味、楽しかったですね(笑)。
  1. 2018.05.28 (月) 09:26
  2. URL
  3. まめはな
  4. [ edit ]

KUONさま、お返事遅くなりました。

「いく」より「ゆく」のほうが柔らかい感じがします。
これからはどう読むかで選ぼうと思います。

歌でフィクション、もありなのですね。
女性の振りをして男性が書いている本もありますね、紀貫之とかフィオナ・マクラウド(英の作家、本名ウィリアム・シャープ)とか。
私も挑戦してみます!

最後になりましたが、いつも細やかな添削、ありがとうございます。
  1. 2018.05.28 (月) 19:50
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・まめはな さん

うたに対して真剣に向き合って下さって、ありがとうございます。嬉しいのです。

うたでフィクション、あります。私も、うたでらぶしーん書いていて、モア、モアで、師は後押しして下さり、それ行けもっと行け、と。たいへん楽しい日々でした、が、うたでフィクションを紡ぐことへの理解が叶わないアタリからは、非難ゴーゴーで。「母として生きなさい」とか真顔で言われて、うるせえよお、と、気がくるいそうに腹が立ったり。

邪魔もされたし、こんなこと許しておくなんて、と、師に文句つけて来られたり。でも師は、うたとして完成していれば、しっかり受け止めて応援して下さったのでした。師は、苦労された女性でした。

なんでも、どんどん、行って下さい。もう、楽しいですよ~。自分でない自分になれる、うたで女優して下さい(笑)。

どんどん。

そのうち、若き日のKUONのラブ短歌、ぽろんと、出してみましょうか・・・

イヤそんな、大層なもんでもないですが・・うふふ。


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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