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  1. ゆれ・ふら・とーく
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抱かれながら思った

母の日だそうです。

海の中には母がある。苺の中にも母がいる。母は、「毒」の中にもおりますな~


森茉莉の息子 山田亨

「「鴎外が茉莉を愛し、茉莉が父鴎外を愛したように、
僕は父山田珠樹に愛されて育ち、そして今でも父を愛している。
父が僕を可愛がった理由の一つは、僕の容貌が茉莉と似ていたためだと思う。
その反面茉莉と似ているためか、僕は継母からひどく嫌われた。
父はフランス文学者だったが、茉莉が指摘したごとく本質的には明治の男だったようだ。
自己の再婚に際し、親戚・知人の全員に
「亨の母親が森茉莉だということを絶対口にしないように」と頼んだという。
したがって僕は、母茉莉のことを父の死まで知らなかった。
父の葬式の後、「亨、僕たち二人の母親は、森鴎外の長女である森茉莉という人だ」
と兄から言われたが、突然のことで実感がわかなかった。
茉莉は当時まだ作家として世に出ていなかったので、
僕は叔母である小堀杏奴の著書や雑誌を書店で購入するようになった。
そして杏奴と文通するようになり、終戦後のある日叔母から
「亨ちゃん、御馳走するからうちにいらしゃい」という手紙をもらった。
当日玄関で叔母が「亨ちゃんには知らせなかったけれど、茉莉を呼んであるの」と言った。
部屋に入ると僕によく似た女性がいて、「亨」と言って僕を抱きしめて激しく泣いた。
母親というのは子供を抱きしめるんだなと、抱かれながら思った。
僕は継母から一度も抱かれた記憶がなかったからだ。
父に抱かれた記憶は何度もあるのに。

茉莉の死後、兄から茉莉の形見分けを任された。
僕が著作権継承者代表であったため、手元に置いて考えた。
これらの物は僕に所属する物ではなく、母のファンに所属すべき物だろうと。
そこで、鴎外の遺品すべてを文京区立鴎外記念本郷図書館に寄付した。
僕の死後は、伯父森於菟にならい茉莉のすべての遺品を、本郷図書館と
津和野の森鴎外記念館とベルリンのフンボルト大学所属鴎外記念館に寄付することにした。
そして、それぞれの担当者に僕の意思を伝えた。
最後に、母の作品を愛して下さった方々に深い感謝を捧げたい。」

この「山田亨(とおる)」氏は、森茉莉が婚家に置いて出奔したとき、まだ幼かった次男である。上記のように実母について知らされず育った。母に似ている自分を、父は愛し、継母はその故にこの少年を嫌ったという。

文中の「叔母・小堀杏奴(あんぬ)」は。茉莉の妹。鴎外の個性的な子どもたちのうち、もっとも「普通」に近いと評された。何冊か本を出している。

文中、最後に近く「伯父・森於菟(おっと・おと)とあるのは、鴎外の初めの妻との間に生まれた長男。茉莉たち三人の子の母である二度目の妻は、この子を邪険に扱った。鴎外の母親がこの子を守って育てた。この長男は突拍子もない人ではなかった、その伯父にならって山田亨は、遺品などを寄付するにいたった、ということだ。



「熊井明子が森茉莉をモデルにした短編小説、タイトルは「薔薇が香るとき」。

「今もあるかしら、団子坂に菊見煎餅の店。わたし、新婚のころ、谷中の清水町に住んでいたから、お客が来ると女中に買いにやらせたの。大正の初めごろのことよ」
物語はそんな樹里のお喋りで始まる。

この中で、息子との再会と別れについての樹里の印象深い言葉がある。
「わたしは、自分を押し通すために子どもを捨てた、親きょうだいも傷つけた。本音で生きるために。だから、これから先、何をするにしても自分を偽ることだけはすまい、とね。そういうものは、子どもと一緒に婚家に置いてきたのだから」
あるいはまた、こんな言葉。
「絶対に母性なんてもののためには生きられないエゴイスト。だったら、誤解されようが何だろうが、わたしにとって価値のある綺麗なもの、興味の持てるもの、好きなものについて書こう、と思ったの。わたしは善悪なんてどうでもいいし、道徳なんて知らないから、とても妹みたいに悟りすました顔はできない」


何ものにも捕らわれない童女のような老作家」と称えられる森茉莉の、「その」部分に迫る描写。ただし言葉そのものは、茉莉本人のものではない。この著者が描いた「森茉莉のことば」である。

である。が、が、実際これは森茉莉の「本当」の中の一部であり、他者が何を言うことでもない。

この茉莉が、成人して会うことになった次男坊を、抱いて、泣いた。それも茉莉の本当だろう。

息子は、

部屋に入ると僕によく似た女性がいて、「亨」と言って僕を抱きしめて激しく泣いた。
母親というのは子供を抱きしめるんだなと、抱かれながら思った。
僕は継母から一度も抱かれた記憶がなかったからだ。
父に抱かれた記憶は何度もあるのに。


こう書いている。この部分を読むたび、言い知れない辛さに満たされる。こんなに冷静に息子は、自分を抱いて激しく泣く母親を、見つめている。

森茉莉の涙、これも、本当だろう。

鴎外の末っ子、森茉莉の弟である類(るい)は、家族の中の裏話もあからさまに書いてしまった人、その書いた中に、

ここに引用はできないが、内容をつまめば

長男のジャク(本当は漢字・爵)が、電球を取り換えてくれた、立ったままつけられるようにしてくれた、と、訪れた弟に、喜んで語ったと。

この世で一番好きな長男、ジャクに。

次男の亨は・・・?。

蛇足ながら晩年の茉莉は、息子、二人ともに、それなりに世話になっていた。最後の棲み処も探してもらっていた。

「毒」の中にも「母」はある。


・・・・・ 森茉莉のあれこれに関しては「直球感想文」さんからお借りしたり学ばせてもらったりしました。ありがとうございました。




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  1. 2018.05.14 (月) 20:22
  2. URL
  3. まるこ
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こんにちは。

森茉莉さんの編集者だった方の本(題名失念)を読むと、実際はなかなか大変な方だったよう。でも彼女の作品は大好きで、時々無性に読みたくなり、その世界に浸っています。
  1. 2018.05.14 (月) 20:35
  2. URL
  3. KUON
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・まるこ さん

お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか。

そう、なかなか大変な方のようでしたね。それは判ります(勝手にワカっていいのか?)あの方はまあ、いろんな意味で特殊、まったくヒトビトとは異なるお方で。さんざん世話になった妹さんのことも、言いたい放題。

でも結局、ものをつくる方は、作品がすべて。時にケェキのクリィムの脂分がこってりし過ぎて胸やけしそうになっても、無性にそれが恋しくなることがあり・・・

佐藤愛子さんの本も一緒に身近に置いて、その時に触れたものを読む、みたいにしていると、頭ごっちゃごちゃになり・・つつ、婦人公論の樹木希林のインタビュー記事なんかも読み。なんとよろしき午後ですなあと。

いっときとても好きだった中野翠さんが森茉莉の部屋を訪問した時の記事も読みました。どこにあったか、探し出してもう一度、読んでみたくなりました。とても冷静で愛情に満ちた書き方だったのでした・・



  1. 2018.05.15 (火) 13:28
  2. URL
  3. [ edit ]

KUON 様

 森茉莉さんの美しい作品たちは芸術だと思います。

 でも、ご自分の気持ちから無意識にそっと除けていたのか、或いはなかったことにされていたのかは定かではありませんが、毒(被害妄想も含む)をたっぷりとお持ちでした。

 毒といえば、お茉莉のパッパとはかけ離れた、軍医としての林太郎の猛毒(最期まで、脚気に対する自分の過ちを認めなかった)を知ると、暗然となります。

ますらをの 玉と碎けし
ももちたり それも惜しけど
こも惜し扣鈕
身に添ふ扣鈕
(前略)
  1. 2018.05.16 (水) 23:49
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・青さん

森羅万象、この世にあるすべてのもの(と。大きく出るワタクシ)。光と影。太陽と月。対極のマーク。と、いきなり現実的になる・・多面体であることに意義が出て来るでしょ。

微量の毒があって、何かが輝くってことたくさん。

毒は仕方ないです。あるのです。どうしようもないです。たとえば森茉莉さんのああいうところ、そういうところを、論理的に。あるいは全く意味なく道義的、道徳的、清潔不潔とか誇大妄想か細心的描写力とか、いろんなところからホジってみたって、どうしようもないのですなあ。

子を置いて家をおん出て、あの時代ですし、もう一度、東北地方の、今度は医師のもとへヨメに行った、が、すぐにいけなくなりました。

「だってあちらには銀座も??も無いんだもの」と仰ったという森茉莉、余人は知らねど彼女にはそれは、まこと本当の「もう帰りたくない」理由だったとしか、思いようが無い。

身内にいたら迷惑かもしれない、が、仕方がないのです、きっと。一般的にヒトが、後天的に身に着けて行くいろんなことを、身に着けなかった。だから、作品が生まれた。それだけが事実であって、読者はもう、あの、時に退廃的な官能的な自意識過剰の、嫌いな人にはたまらなく嫌なのであろう作品を、自分は、受け入れるか入れないのか。その取捨しかない。私は、好きなところは好きですが、すべてが好き、ではないです。それも仕方が無いですよね。

途中でやめられなくなりますよね。酔っぱらう。毒は、あるときある所では、必要という以上のもの。私はただ、そう思っているのです。

無意識といえど、無意識な計算はしています。ものを書く人間はオソロシイ毒を持って・・知らん顔して知っている、時に正気にも戻ったでしょう、森茉莉だって。でも、正気よりは酩酊の方が絶対に、楽しい。彼女は、楽しく生きていた・彼女の意識の届くあたりで。何を書いているかわからなくなっています。

いきなり無茶なこと言いだしますが。明るすぎる、綺麗すぎる、正し過ぎる、きちんとしてい過ぎる。いろんなものが。いま。

たとえば芸をするひとたちには選挙権は無くていいから、溺れて無茶するあたりを、もう少し、薄眼で見て、でないと、と、しゃべらせておいたら切りがないです私、きっと。ごめんね、森茉莉自身が「げいじゅつ」という言葉がたまらなく恥ずかしいと書いていた、よおくわかります、私は凡人ではありますが。

森林太郎の軍医としての(おそらく大きな部分、オトコの嫉妬であろう、そして事実、大きな間違いであった)脚気についての話。

私にとって森鴎外は、森茉莉をあんな変わった形に創り上げた、最愛のぱっぱ。もうこれくらいでいいですか・・森茉莉を読むのは、何人にとっても、義務ではないのです。自分は、楽しむか,否か。それだけ。

・・恥ずかしながら私、書いて下さった最後の・・・よくわからないんです。二行くらいはなんとかわかった。でも、それ以後わからない。話はまったく違いますが、明治のうたよみ、与謝野鉄幹なんかもまったくわかりませんのです。おんなの人が好きだなあ。






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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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