FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. ことばのたのしみ
  2. tb: 0
  3. cm: 6
  4. [ edit ]

しみいるような言葉が欲しく



身の回りが片付いてきて

ゆるやかに疲れがほころびていって

パソコンの前にも座れます

無性に気になってしかたのなかった

あのやんごとなき(と言われてもいた)方々のこと

もはや言うべき言葉もみつからず

なんとも申すべき言葉もなく

ならば黙っておりましょう

黙っておりますよ  言いたくもない

からからに渇いておりますよ



しみいるような言葉が欲しく

したたるような思い恋ほしく

中原中也など読んでおりました   

.........................................................................................................


     月夜の浜辺

                                  中原中也

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
   月に向ってそれは抛(ほう)れず
   浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

....................................................................................


     また来ん春

                            中原中也
 
また来(こ)ん春と人は云(い)う
しかし私は辛いのだ
春が来たって何になろ
あの子が返って来るじゃない
おもえば今年の五月には
おまえを抱いて動物園
象を見せても猫(にゃあ)といい
鳥を見せても猫だった
最後に見せた鹿だけは
角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた
ほんにおまえもあの時は
此(こ)の世の光のただ中に
立って眺めていたっけが……






スポンサーサイト


  1. 2018.03.06 (火) 10:50
  2. URL
  3. たまき
  4. [ edit ]

トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

倦じてし人のこころを諌めする
何ものもなし

それは日曜日の渡り廊下
みんなは野原へいっちゃった

何でもないてば
何でもないて
木履の音さえ身にしみる

折にふれ、口から出てくるこれらの言葉。
このスコーンと乾いた虚無感。
人間には二種類ある。
中也の詩を、わがことの様に感じる人とそうでない人。
いつのまにか中也の倍も生きてしまいました…
  1. 2018.03.06 (火) 23:25
  2. URL
  3. ラピスラズリ
  4. [ edit ]

春が来たって何になろ
あの子が返ってくをるじゃない

最高の友でもあった母がこの世から居なくなった後の春の私の心境そのものです。
花鳥風月への感激が無くなり、周りの景色も色を失って白黒映画のようになりました。
桜が満開になってももう心が浮き立つことはなく散ってしまうとホッとするありさまでした。

初めて墓参に帰郷した時に見慣れたこの景色の中にもう母がいないと思うと悲しみで涙が溢れました。
もう一度会って話したい。
今もその思いは変わりません。
自分の未熟さ故に母の心の中の悲しみを感じ取ろうともしなかったことを悔いています。
  1. 2018.03.07 (水) 01:44
  2. URL
  3. はるせん
  4. [ edit ]

中原中也は、高校生の頃だったかに読んで、
言葉が美しく、多感な時期にピッタリというか、ムードに浸っておりました。

でも、今読むと、深深と悲しいなぁ。
安易な(おセンチ)涙を許さない程、悲しいです。
  1. 2018.03.07 (水) 10:08
  2. URL
  3. ゴネコ
  4. [ edit ]

中也の音

おはようございます。

私も、乾いていることをひしひしと感じます。
満員の通勤電車で見る美術展のポスターに、滋養の水を
いただくことがあります。
そんなとき、ここまで乾いているのかなと少し笑いたくなります。

生後四か月からおばあちゃんに育てられた私が、大学生になり、母と暮らすことになったとき、おばあちゃんと二人で、山の中にあるお寺にゆっくりと詣でたことがありました。
たぶん最後のお墓参りになるだろうと予感しながら。
春浅い日で、野草ばかり山道は良い香りがしました。
その時の光景を思い出すたびに、私には、「ゆやーんゆよん
ゆやゆよん」の音が響きます。
あの懐かしく愛おしいお墓参りは、私にとっては「ゆやーんゆよんゆやゆよん」でした。
あれから30年以上が経ちますが、あの時の思い出が懐かしすぎていまだにお墓参りに行けません。
いつかきっと、もう一度、「ゆやーんゆよんゆやゆよん」を感じながら、お墓に通じるあの道を歩きたいと思っています。
  1. 2018.03.07 (水) 21:19
  2. URL
  3. ラピスラズリ
  4. [ edit ]

中也の詩の中で一番心を揺さぶられた詞

帰郷の一節です。


これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている

心置なく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする

あゝ おまへはなにをしてきたのだと 吹きくる風が 私に言ふ


中年を過ぎた我が身を振り返ってこのような感慨を抱かないものはいないのではないか。

詩が汚れるが小室圭と内廷皇族の男どもにこの言葉を突きつけてやりたい。
この感性とは真逆の俗にまみれた能天気な阿呆面でしかないことに改めて驚く。
精神の高貴さはまるでない。
  1. 2018.03.07 (水) 21:38
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・たまき さん

>このスコーンと乾いた虚無感。

そうです。抒情は溢れていても、ことば自体は乾いているのがいいのです、ねちゃこいのはゴメンです。でも、気持ちが渇きすぎるのは、しんどいのです。

山口県へ行ったとき。中也の記念館へ連れて行ってもらいました。小柄な男性だったという中原中也のまとった着物は、ほんに小さくありました。かげん知らずの激しい恋をしたという(一度ならず・それはまったくかまわんと思うであります)中原中也の、すさまじい情念を想わせる文たちを、ふえぇ、と引きながら(嘘です、顔ちかづけて懸命に)読み取ろうとあがきました。

若く死んだ中也、確実に年を重ねて行く自分。でも、何かあると、この詩人のところへ戻っている気がします。きっとこれからも、そうなんだと思います。

あえて中也の逝った年齢を書きませんでしたよん(笑)。


・ラピスラズリさん

>春が来たって何になろ
>あの子が返ってくるじゃない

この、無造作にも思えるフレーズに、ラピスラズリさんのように、失くしてしまった・・消え果てしまった大切な人を重ねる方は、多いのではないか。

言葉のままの思い。母親である女性が書くと、こうはならないで、もう少し肉の痛み、みたいな感じが混じりこんでくる気がします。

石川啄木も、長男を亡くしています。中也の「あの子」も長男でした。「あの子」が夭折してほどなく、この父親・・中也も死んでしまった(啄木も同様)。縁の薄い親子だった、などと書くのは簡単ですが。作品の中に、残っていて・・うまく言えません。

お母さまは「最高の友でもあった」と。私の親しい人、ほぼほとんどが、母親と、そういう風になじめなかった、というパターンが多いのです。実は私もその一人で。親不孝のそしりは素直に受けます・・・

そうでない母子関係、まぶしいようでもあります。

>自分の未熟さ故に母の心の中の悲しみを感じ取ろうともしなかったことを悔いています。<

これは・・・。とってつけたようなことを言う気はありません、何と言おう。これは、わかるけどつまり、仕方のないことなんだよ。でも。

お母さまは、いつでも傍にいらして、こういう思いを向け続けてくれている愛しい娘を、見つめて、守って、そうなのです。(もちろん許して)喜んでおられます。これは、断言してもいいことです。そうなんですよ。絶対に。


・はるせん さん

>深々と悲しいなぁ。

そう、深々と悲しいですねえ。

30歳で死んでいるんです。で、ものすごい数の優れた作品を残している、というか、残った。

わたし、夭折した「天才」さんがたに対して、めったに、生きていればもっといい作品を、もっと沢山、とか、よく言われることを、思わないんです。

ここまで、だったんだろう、みたいな薄情さ。書き尽くして。生き尽くして、逝ったんだ、と。人として思えば、本当に残念で悲しくて、という場合は、もちろん沢山ありますが。ものをつくるために生まれて来て、それしかできなくて、という人間に対しては、どんな短い生涯であっても、そこまでだったんだな、と。

そう思わないと、悲し過ぎますし。

古びないのですよね。すごいことです・・・。


・ゴネコさん。

「ゆやーんゆよんゆやゆよん」

ゴネコさんの書いて下さった、おばあ様のお墓参りのこと。詳しいことは書かれていないのに、人間関係の微妙な感じ、大学生という年齢の時だということ、(なぜか)最後の墓参り、とか山道は良い香りがしたとか。

奥の深い何かを思わせ、胸を打たれるものがありました。

ゆやーんゆよんゆやゆよん。

中也は、目も鼻も耳もよく効いた人だったのでしょうね。風の流れも見えた。そんな人が、ふつうに生きているって、しんどいことだったでしょうね。

戦争は「茶色」かった。

もしも再びお墓参りされる日があるなら。

>春浅い日で、野草ばかり山道は良い香りがしました。

そんな日だといいなあと、夢のように思い描きました。









 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。