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返事の中までKUONです。

  1. 今の思い
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もう、ええなあ。

おはようございます。

朝から外は激しい風、5時ごろには深い藍色に見えた海も、鈍色の雲が厚くぼったりと覆いかぶさっている今はどんよりと鉛いろ。

ここへ来てから初めてといっていいくらい、波立って、不穏な様子です。

雲のひとところが切れて、陽がさして、きらきらと。光っている海を、いま、見ることができました。

疲れているのに神経が剣山みたいにとんがっていて眠りに入りにくかったのが、ここ数日、疲労時に於ける人体のノーマルな状態といいますか、布団入った、ちょっとだけ本読も、あ無理、目ェあいてられへん、電気のスイッチどこや、まだ見当つかない、あ、これやんかリモコン、よいしょっと押して、暗くなったわあい、バタン、ぐー。

こういう感じになってまいりまして、よく眠れて、ごはんの支度なんぞもできるようになって。ずっと三世代六人分、おさんどんしていた身には、簡単、簡潔、簡素な台所シゴト。ええですわ(笑)。


昨日は月末で銀行回りもあったのですが、それより、仲人さんが亡くなられて

年齢的には不足ないと思われる、後顧の憂いもおそらくはおありにならない方。夫婦養子を迎えておられて曾孫さんも何人もおられて。

その方のお世話を任されていた孫嫁さんが、お子たち連れて実家へ帰ってしまっていっとき大騒ぎ、結局、施設に入っておられた。

時々お顔を見に行っていました。寝付かれてからは若いころのアクも激しさも意地の悪さもすっきり抜け落ちて、行けばニコニコ、ただ嬉しそうに、笑いかけてくださった。

持病があるからと食べ物の持ち込みは厳禁でしたが、家族ならぬお医者さんにナイショの了解をもらって、好物だったお菓子をほんの少し、もって行きました。奈良で一番古い和菓子の店の、直径が2センチ足らずの小さい、でもとてもとても美味しいお饅頭。それを一つずつ、ペットボトルのお茶で、一緒に、いただいたのでした。

おいしいな、ええな、うれしいな〇っちゃん。老いても色白の綺麗な肌、細く眼光の柔らかくなった目「~」にして笑って、ゆっくりと口の中で味わって食べておいででした。

また来てな、来てくれるやんな。それが、退出するときの背中にかけられる言葉でした。ドアの前からベッドサイドに戻って、手をきゅっと握りしめて、また来させてもらいますゥ。そう言うのが、いつものことでした。

・・越して来て、わが家は車を手放して、何十年ぶりに車の無い生活を始めています。幸いバスの便はよく、タクシーも、いざの時には頼みやすいようです。でも、今までのように身軽に、少し離れたところへは行けません。

引っ越しの前に見舞ったときは、風邪をひいておられて中途半端な熱が出て、しんどそうにしておられました。

ベッドサイドの椅子に座って、手をつないで顔を眺めていたら、私の顔をじいっと見つめて、何か言いたそうなのですが声が出ない。

私は涙が出て来て。勝手に涙は目から溢れて頬を滑って落ちて、つないでいる手を濡らしていました。

やがて。

かすかにうなずいてウンウンと二度小さくうなずき、かすかに手を動かされました。

もうええよ。

もうええなあ。

そんな感じに私は、受け取りました。何もおっしゃらない,おっしゃれない方の手を、もうしばらく、握っていました。

すうっと目を閉じられ、涙が一滴だけ右の眼から流れ、くちもとは、確かに、微笑んでおられました。

眠られるんだな。そう思って手を放し、そんなことはしたことが無いのに、真っ白になった柔らかく少なくなった髪を、ふんわりと撫でさせてもらいました。

ナースさんが入って来られたので、それを機に部屋から出て来ました。

・・亡くなったのは、それから16日目。最後はうとうとしたまま、安らかな最期だったそうで、何よりのことと思います。

葬場は〇〇や、紋付き袴で来てや。。喪主さんからそんな電話があって夫は、型通りの弔電を打てと言う。
ひっそりと亡き方を偲ぶと言います。

亡くなられた方は、学生時代から私の夫を可愛がり、何かにつけそばへ寄せ、「うちの長男やのに、養子にくれてえらい強引やってんで」と姑は、一つ話に怒っていました。

夫の結婚相手も勝手に決めていたそうで、私との結婚の仲人も、引き受けなければいいのに絶対にやる、と言い張られて、気にくわない途中入りした(わけではなかったのですが(笑)、私に、はじめはきつかった、ひどかった。私は何となく、姑よりはこの遠縁の「おばさま」がものを言いやすいな、の感じがありました。

・・夫は本当に通夜にも葬儀にもゆかないと言う。
私もならうことにしました。
四十三年間の、それなりのお付き合い。

最期は葬儀の参列で終えるのが普通かも。

・・最後の数十年は、お会いして嫌な思いをすることは無かった。最後の十年は、暖かいといっていい接し方ができた。

最期の数年は、しみじみと懐かしいような、薄くはあっても何かの縁につながれた同士の、優しい触れ合いをさせていただけた。〇〇ちゃんと睦んで下さった。

それでいいなあ、と、思います。

今日は、夫が帰宅したら二人で、神様の前で、頼まれ(ない)仲人をしていただき、今日、夫は古希を迎えますが、ここまでなんとか来られたことも併せて、神様と仲人さんに感謝しようと思います。

最期にお会いした時に「もうええなあ」といっておられるように感じたこと。

あれで、よかったのだと、思っています。

・・・これを書き終えて見たら、雲がいなくなって、太陽が海を照らして。

海が、きらきらと光っています。




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  1. 2018.03.02 (金) 01:58
  2. URL
  3. はしびろこう・ウナ
  4. [ edit ]

鮫々と・・・?

こんばんは
(二日のいちじはんでございます)
おてしょのお師匠様に擱かれましては
ご健勝のご様子が窺え
嬉しい限りで御座いましゅ

拙者、もといおいらは転職という事情もあり
皆様方のページを
開ける事に聊かな不具合もありました
(睡眠時間がタイトとか・・・)
ところが
自然と落ちる一滴(泪)という『無辜』には
共感しかありません・・・

少なからずや
『同じ』時間を生きたということに
感謝の言葉しか思い浮かびません

Nさん
カナダの親父殿
長屋の兄者
最愛の人『ツグミ姐さん』・・・?
そしておてしょのお師匠様
おいらこんなにも恵まれていて
勿体のぅ~御座い魔手
そろそろ寝ますでしゅ
(嘘、うちょ、寝るのは4時ころでしゅ・・)
あはは。
  1. 2018.03.02 (金) 18:35
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・はしびろこう・ウナさん

私の方こそ、放縦な、ではない(笑)、芳醇なお仲間がたの一員に加えていただき、光栄でござい魔手。

おかげさまで元気でしゅ。まだ雑用は終わりきっておりませんが、なんか、人心地がついたと申しましょうか。

あまりガラにもない「いい人」になってしまいませんように、自分なり「ふりょう」で、この世に置いていただきとうございますよ。

こちらは物価はけっこうトホホですが、お魚は新鮮でおいしくてお値打ちです。ほんとに魚はよろしいですよ。酒は飲みません(飲めません)が・・・。


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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