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返事の中までKUONです。

  1. うたのおべんきょ。
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一月二十二日 おべんきょ

続いて読ませていただきます。

この色が作品。この色が詠み人さんのお声。これがKUONの書かせてもらった部分です。

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   白萩 さん

・うたた寝す君に引き掛く吾がコート包み込むには余りに小さし

情景も思いもよく見える一首ですが、すこし触れさせてくださいな。

「うたた寝す」と止めてしまうのは、この語順ではいささか無理があります。いちばん最後ならおーけーですが、まだこれからの訳で。きちんと書くなら「うたた寝する」。ここであえて字余りにはしたくない。で、「うたた寝の」でいいかと思います。「君に引き掛く」はきちんと書けば「引き掛ける」「引き掛くる」、ここでも字余りにする理由は無かろうと。「引き」の音は、すこし強い言葉になる。ひっぱたく、とかの「引き」に通うモノがある。そんな強くなくていいのでは?と(勝手に)思い。いっそ「君に掛けやる」ではどうなんだろう。

「うたた寝の君に掛けやる吾がコート包み込むにはあまりに小さし」

女のひとの優しさ、でも私のコートは小さすぎて、もっとたっぷりと包んであげたいのに叶わないの・・・の、切ない思いが、よく見える一首になるのでは、と。


・葬送の我らに舞いし東京の雪は旅立つ祖母の言葉か

この「東京の」が、事実であってもうたの言葉として生きています。

・肌乾き髪には白きもの二本心にも三十年(みそとせ)の澱たまれり

この「三十年」は、一人で生きていた年月の長さでなく。自分以外の人との暮らしの長さが、語られているのかな。その歳月の「澱」。ううむ。

   たまき さん

人生の
あては向こうから
外れると
母の口癖
しみじみ思う

なるほど・・・

元旦に
恋の残骸
集めてる
どんど焼きの日
くべてしまおう

そうなんだ・・どんど焼き・・・

寒き日に
寒いね、という
人が居ぬ
ことこそ極み
寒さの極み

俵万智のあの一首の本歌取りですよね。
「寒いねと話しかければ寒いねと答える人のいる温かさ」
でしたか。才能にもチャンスにもタイミングにも恵まれて現れた「万智ちゃん」、可愛いとか何だとか絶賛浴びて、わたしは、こんな風に自由にやっていいのかと、羨ましかったり嫉妬したりしたものでした。確かに才ある人でした。可愛い、清楚、とか言われる中で、とっとと未婚子を産んで、ケロッとしていた。ケロッとする才能もお持ちだった。それはいい。人の気持ちの底などわかりませんし。
じぶん一人の子として産んだ子を(それ自体には何を言う権利も持ちません)、認めてほしい、わかってくれてもいいでしょ、この子にはこの子の、といった感じのうた・・わが子に「お祝いの靴が、いるけどいないパパより届く」、なんてうたを、さんざん書くようになったあの女史を、私は、これは私はイヤだと感じました。ルール違反だと。何のことだかわかりませんね、失礼。

で、本題。

寒き日に
寒いね、という
人が居ぬ
ことこそ極み
寒さの極み

可愛い顔していけしゃあしゃあ、と私には見える万智ちゃんのうたを、凌駕する一首と思います。


  忘れな草 さん

誰にしも 我が悲しみは 語らざり
同行ふたり 墓場まで

初めに下さったこの一首を、ご自分で推敲されて

誰にしも 我が悲しみは 語らざり
一人の胸に 納まるがゆえ

このようになさいました。とてもよくなったと思います。たとえば「墓場まで」という言葉でも、必然性(この言葉を、うたの場合によく使います)があれば、使ってもかまわないとは考えます。ただ、推敲後の一首は、言葉のリズムも結句の
「一人の胸に納まるがゆえ」も、深さが出せたと思います。とはいえ。いつもいつも「一人の胸に納め」なくてもいい、迷ったりもがいたりの思いを、そのまま出されてもいいとも、思います。
直されて歌が良くなられました。

細かいことを言いますと、「誰にしも」という言葉は、これは正しくは「誰にしも・わからないであろう」という風に使う言葉。字足らずでつっかえる感じでも、ここは「誰にも」というのが、細かく言えばタダシイ言葉の使い方になります。「誰にさえ」とかね。
ムズカシイですね、でも、楽しくなりますから。創作は「M]な作業です(笑)。



今宵はここまでとさせていただきます。



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  1. 2018.01.22 (月) 21:10
  2. URL
  3. たまき
  4. [ edit ]

万智ちゃん越え、ありがとうございます!

万智ちゃんの本家歌
まっこと存じませんでした。
どこかで目にしたか、耳にしたかもしれませんが。

私のは、魂の叫びです。
た・ま・し・いの叫び!
うふふふふ。
  1. 2018.01.22 (月) 21:11
  2. URL
  3. 白萩
  4. [ edit ]

kuon様
丁寧な推敲をありがとうございます。
1首目はなかなか三十一文字に入りきらず悩んだのですが、お直しして頂いた後の歌ですとスッキリ、言いたいことも伝わりますね。
3首目は、30代になりますと独身、既婚、バツあり、子供の有無、仕事の有無など、人それぞれの道が固まっていく。それに伴って30年分の心の澱もまた…というイメージで詠みました。
また2月も楽しみにしております。
  1. 2018.01.24 (水) 21:09
  2. URL
  3. 忘れな草
  4. [ edit ]

お師匠さま

うたの添削と私個人に向けて下さったお言葉有難うございます。
言葉のリズムや深さは意識して詠んでいませんでしたからハッと気づかされました。

私はこれまでもずっと心の中は人には言わないできました。
信頼して言っても後で言わなければ良かったと思うような気がするからです。
サイモンとガーファンクルの「アイアムアロック」という歌の中の歌詞に「僕は岩、僕は島。岩は傷つかないし島が泣くことはない」とあるのですが、学生時代に聞いた時に私の心象風景だ、と共感したことを覚えています。
今も変わりません。

作家の伊集院静氏が「人を信用しない人間はろくな人生は送らない」と書いているのを見てなるほどそうかもとは思いましたが生き方を変えるには人生を長く生きてますから、このままだろうと思います。

こういう風ですからあまり瑞瑞しいうたは詠めないと思いますが言葉の世界は大好きですので今後ともよろしくお願い致します。

雪こそ降らね大変な寒波に襲われています。
どうぞご自愛下さいませ。


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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