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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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  1. 今の思い
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「君よ、その胸に半旗を掲げよ」。

「君よ、その胸に半旗を掲げよ、今日は皇后陛下が「A級戦犯」と切り捨てた英霊がたの処刑日だ。」

今夜は時間の都合で少ししか書けません、が、BBさんの今夜の記事の冒頭の上記。胸に来ました。

天皇誕生日だそうです。

一般参賀だの多くの人がお祝いだの。それはまあ、なんでも「珍しいもの」「最後らしいもの」には反応敏感、ラーメン店の開店に行列作っちゃう民族性を有する(らしい)ヒトビトには、パンダの抽選待っているより気軽に行けた場所ですか、あのバルコニーの下は。

あの年の12月23日、早朝より、次々に吊るされて行かれた方々。愚痴言わずわめかず雄々しい辞世を遺して、日本の英霊がたは。

  我ゆくも またこの土地に かへり来ん 國に酬(むく)ゆる ことの足らねば

                              東条英機      辞世



この日を狙って、皇太子の誕生日を期して、あちらは、絞首刑を執行して行ったのです。

今上さんは、恐かった、ビビりあがったのですね。分からなくはないですけどね。。そして「ジミー」と皇太子を呼ぶ家庭教師を、あてがわれて。「粉屋の娘」とのことを企まれて、あっさりはまって。

旗日には、自室の外の濡れ縁に設けた細い柱に、ずっと、小さな日の丸を掲げて来ました。

今日はしませんでした。かなり以前から日の丸を揚げておりません。今上の誕生日に、国旗を掲げる気持ちは、いっさい失せ果てました。

眞子さんも新しいドレスでバルコニーで手を振っておられたようです。今年で、まこと、最後ですものね。いや、おそらく。

1f2e4663.jpg

天皇はこのたび「孫の眞子が小室圭さんと結婚する、幸せになってもらいたい」と、明言されました。↓。

『私たちの初孫である、秋篠宮家の長女眞子と

小室圭さんとの婚約が9月に内定し、来年11月に

結婚いたします。大変喜ばしく、二人の幸せを願っています』。


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  1. 2017.12.24 (日) 22:07
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  3. 長屋の爺
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同意

こんばんは

私もこの数年12月23日は国旗を掲揚しておりません

日本人として祝うべき日だけ玄関前に小さな国旗を掲揚しております

山の日だ海の日だ・・・それがどうした!

日本人として祝うべき日は他にもある気がしております

祝う日が有れば、同じだけ悼む日もなければなりません
竹島の日であり、戦犯と断じられた先人の鎮魂の日も・・・

本当にこの国に「神」が居るのか、疑心暗鬼になる年の瀬であります。
  1. 2017.12.24 (日) 23:51
  2. URL
  3. ラム酒
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眞子様の背後の女官さん、
パール?の玉が大きいですね。
もしかしたら、紀子様より、大きいかも。
妃殿下より、大きな玉って、下品です。


  1. 2017.12.25 (月) 23:58
  2. URL
  3. ラム酒
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最近は、昭和天皇に対してまで、
なんだかなぁ…って、思ってしまうのです。

偉大な方も、子育て、後継者育てに失敗する時がある…

そんな事を感じてしまいます。

それにしても、あの二人(現 天皇両陛下)を、制御できなかったのかな。。。

昭和天皇崩御から、四半世紀。
日本もすごく変わりました。

まさか、一般の専業主婦がこの様な便利な通信機器(スマホ)を自由に身軽に所有できるなんて
想像できませんでした。

それによって、菊のカーテンの向こう側も覗ける様になったのですが。
  1. 2017.12.26 (火) 11:03
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  3. まめはな
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KUONさま、お久し振りです。

ラム酒さま、
昭和帝は美智子さんに○されたとの噂があるんです。
お亡くなりになられたときの昭和帝のお顔は、
どす黒く、大きさがお元気な時の半分ほどになられていたとかで、
毒○された遺体の状態に似ていたそうです。

丁度その頃、昭和帝は、当時の皇太子夫妻を離婚させ、
常陸宮さまに後を継がせるおつもりだったらしいです。

あの方なら、やりかねないと思います。
  1. 2017.12.26 (火) 13:30
  2. URL
  3. つつじ
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決まっていたのかな

遅まきながら失礼します。

眞子さん、ICUに進学された時点でいわゆる護りが効かなくなったのかなと思っています。
進学先とはいえ、他にも学校はあっただろうし
キリスト教系を選んだ時点で良からぬ者たちと縁をつないだことになってしまったのではないかと
何か古事記だかの解釈にどうでもいいとか、そういうお立場らしからぬ卒論を書いていたようですね。
残念だなぁと思います。

なので小室氏のような相手の縁談に突き進み、このような場所にいらっしゃるんだと。
今年ほど天皇誕生日と眞子さんにガッカリした年もないと思います。

今年もブログの更新をありがとうございました。また来年も学ばせていただきたいと思います。
  1. 2017.12.26 (火) 19:00
  2. URL
  3. 黒猫アビ
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KUON様

今晩は。
忙しい中ブログの更新ありがとうございます。

皇后の「A級戦犯発言」に驚きとともに怒りがこみあげ
毎月、靖国神社参拝を続けるようになりました。
今月は21日に今年最後の靖国神社参拝をしてきました。

天皇退位発言から現在に至るまで、天皇皇后両陛下の
我儘と取れるような発言・行動に皇室の終わりの始まり
を感じています。

  1. 2017.12.27 (水) 15:52
  2. URL
  3. KUON
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お返事遅くなりました。


・長屋の爺さん

ここ数年で(六年ほどでしょうか)私の呑気な内面は激変しました。と言いつつ、本当は潜在的な「反」の気持ちはあったことも、わかっています。まさこの実家の金の箪笥の話から靄が開けはじめて、今上さんに対する「反」はブービー賞的順序、このたびの眞子さんの恋愛結婚で、残り見事に瓦解玉砕した感じです。

深く考えることも無く、汚れた沼の中の一部だけが「そうでない」と、思おうとしていた、そんなバカな話はありませんよね・・・

奥歯にビー玉でもはさまっているようなセコい書きようで、わかって下さると甘い気持ちもあり。

心から掲揚させていただきたい日の国旗は、揚げつづける所存です。イブの前夜で都合のいい「平成の天皇誕生日」、来年以後はどう呼びますかしらん、もう私には関係の無い日、休日が増えるだけのこと・・仕事の調整が大変です、と、極小会社の経営者、いささかの見得を張ります(笑)。

でも、皇室のヒトビトが、神さまの方を向いて生きていたなんて、いいかげん嘘臭い話ですね。


・ラム酒さん。

あの女官さん、名前もはっきりしています、伊東典子さん。みちこさんのお気に入りなのか、ハサミも投げつけられず追い出されもせず。どっしりとあの席にいて、お化粧はどんどん濃くなり、おそらく、いい目も見てる、下衆な想像ですが、そういう動き方をされていて。

大きな真珠。主家の女性より大きそう。本物かどうかは知りませんが、本物しか身に着けないのよ~、の方に見えますね。


・・・続きは後ほど・・・

  1. 2017.12.27 (水) 16:46
  2. URL
  3. KUON
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・ラム酒さん

昭和天皇は、皇太子が成長する時期、戦争で大変だった、そして、戦争の終わりは、皇室の激変の時でした。

今と同じ感覚では考えにくいとは思います。

>偉大な方も、子育て、後継者育てに失敗する時がある…

>そんな事を感じてしまいます。

いろんな「今まで無かったコト」が重なった時代でした、天皇も皇太子も、危うい危うい「生」を、生きていたのは事実と思います。

そして息子は、甘く吹きつけられたアメリカの風を快く感じ、周囲の女性皇族とは全く違うツマに溺れて、父親を軽く見た、うざいものと見たのだろうと、私は考えています。何より、オツムが、およろしくなく。国民は大迷惑。

昭和帝への思いは、あれこれ書き尽くせません、一概には。


・まめはな さん

お久しぶりです、お元気でいらっしゃいましたか。

う~ん。そんな噂もあるようですね。

昭和天皇は、長く病床にあられ、輸血を膨大に受けられ、下血のことも逐一報じられ(ご本人の、すべて伝えよ、の命があったとか)、精魂尽き果てての「死」を迎えられた。私はリアルタイムで経験しました。

仰っておられることには、申し訳ないですが、私は触れないことにします。

常陸宮殿下に・・とも。当時にしても、天皇がそれを望み、決定されることが、可能だったかどうか。

コメントを下さり、ありがとうございました。


・つつじ さん

私も、眞子さんがあの大学へ進まれた時は、非常に強い違和感がありました。なんで、キリスト教大学?

聖心を出てから入内された美智子さんとはケースが違う(美智子さんの入内もおかしいことだらけですが、世間は当時、浮かれていました)、10代終わりの頃の学校環境って大きいものと、普通に感じます私は。

でも、愛子さんの件でがくしゅういんが乱れて、のごとき「理由」を、なんとなく信じて、自分の違和感のお茶を濁してしまったかとも、今は考えます。

圭は、まっすぐ、目指して、来たのでしょうね、400万やそこら(あれらの考えそうなこと)グダグダ言うようなのより、こっちの方が「でっかいぞ」とばかり。みんなみんな、アホばっかり。

>何か古事記だかの解釈にどうでもいいとか、そういうお立場らしからぬ卒論を書いていたようですね。
>残念だなぁと思います。

確かに、お立場らしからぬ卒論の内容ではあったとも考えられないことはありません。私も、へえ、内親王が、今では、こういった論調で・・と、驚きましたし、正直、不快でした。「どうでもいい」というものでは、なかった気もします。

後で、眞子さんの卒論のタイトルだけでも、記させてもらいます。その言葉で検索すると、出て来ます。私も以前にそれについて触れたことがありましたが、今、探せないでいます。

また、コメントいただけたら嬉しいです。


  1. 2017.12.27 (水) 16:49
  2. URL
  3. KUON
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眞子さんの卒論について。


>宮内庁によると、眞子さまは大学3年から「美術・文化財研究」を専攻し、
「明治時代における神話画の誕生、 発展、そして葛藤」と題した卒業論文を英語で執筆された。<
  1. 2017.12.27 (水) 20:18
  2. URL
  3. KUON
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・黒猫アビさん

寒い寒い師走ですね。

先日の地方版に出ていたのです。

春日大社の回りには、大社につとめる(こういう言い方をしておきますね)方々の家が、沢山あったのだそうです。が、国のやり方で大社に奉仕することができなくなって、多くの人々が去って行かれた。高畑町。

そういった方々の家の名残りが残されていて、貴重な資料や、今からでは作り得ない独特の建築の在り方や、庭のしつらえや。

奈良のこの周辺にしかありえなかった色んなモノが、朽ち果てるままだったり、無惨に放り出されていたり、歴史文化的に、大変もったいないことになっていると。

予算が取れなくて、つまりは日本の「宝」みたいなものが、大事にされていない。

言葉は拙いですが、以上の記事がありました。

読んだのは、今上夫婦のわがままでの退位ほかのために、血税の35億円をぶち込む(失礼)と、厚かましいニュースが流れたあとのことでした。

口で「寄り添う」と言って、実は贅沢ざんまい。今もあちこちには、さまざまな被災の跡が残っている、何が35億円だ、と怒りに震えていたのが、こういう記事にも心が動き、あれらの利権に動くお金の一部でも、などとも、考えてしまったのでした。

お金の生きる使い方。

あの夫婦に使われる血税が、惜しいし悔しいです。

お互いに体を大切にしたいですね。しましょうね。
  1. 2017.12.30 (土) 23:59
  2. URL
  3. 春日野
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高畑町はどこか懐かしくて、よい薫りが漂っています。かつて咲き誇っていたであろう名残の微かな薫り。
https://mainichi.jp/articles/20171226/ddl/k29/040/456000c
100軒以上の神職の家、その方々はどうされたのでしょうか。

昨年の春、春日大社の式年造替の特別公開に参拝し、普段入れない神域に入れていただきました。
無事に正遷宮が執り行われることを願い、少額ですが寄進いたしました。
そして夏の終わりに大社から自宅に封書が届きました。開けてみると、資金難の為に追加の寄進をお願いしたいとの事。
驚きと悲しみと悔しさ。一体いくら足りないのか・・・
11月には式年造替が滞りなく行われたとニュースで知りましたが、本当に大丈夫だったのでしょうか。
京都の下鴨神社が式年遷宮の資金不足で、敷地にマンション建設する件が頭をよぎります。
下鴨神社は古くから朝廷との関わりが深く、今も宮中の四方拝が行われるほどの格式の高い神社。
それがこのような事態になる。裕福な神社はほんの一部で、ほとんどは資金難で経営が難しいのが現状。
遷宮資金が順調に集まるのは伊勢神宮だけとも聞きます。

明治新政府の伊勢神宮を頂点とする国家神道政策により、
神仏分離や民間信仰禁止政策等、天照大神の系譜とは異なる各地の氏神や信仰を排除した結果、
神社の祭神が書き換えられ、それまでの神道のあり方が大きく変わってしまいました。
皇祖神を祀り、日本人の心の拠り所として、今や誰もが伊勢神宮を特別な神社として意識しています。
しかし神宮創建以来歴代の天皇は誰も参拝していなかったのです。
明治新政府の決定によって、初めて明治天皇が参拝し、今に至るだけなのです。
皇族や神職はじめたくさんの人々が必死に祈っているのに、どうして?という悲惨な現状。
祈りが届いていないのか。それとも明治新政府諸々の決定がよろしくないんでしょうか???

天照大神の陰に隠れ、目立たず知られずにいる神々にこそ祈るべきと考えています。
各地の古い神をお祀りする神社に、忘れてはおりません、と申し上げたい。

今年行けなかった春日大社には、来年ご挨拶に参ります。


たくさんコメントを書かせていただいて、お返事もいただきありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願いいたします。




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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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