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返事の中までKUONです。

  1. ことばのたのしみ
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月すむ空に


   秋の夜の あくるもしらず なく虫は

   わがごと物や かなしかるらむ

                 藤原敏行 『古今和歌集』巻4-0197 秋上


秋の夜は長い、ということを前提にして詠まれているうた。

その長い夜の、明けて行くのも知らないで鳴く虫は。

わたしのように、胸いっぱいにもの思いを重ねているのだろうか。

悲しみ深いのだろうか。

・・・と、秋の憂いが詠まれています。



私の好きな歌人の一人、西行。

西行は、今宵、中秋の名月を、以下のごとく詠んでいます。



   いかばかり うれしからまし 秋の夜の 月すむ空に 雲なかりせば

                                        (西行)


どんなに嬉しいだろう、秋の(この特別な)夜の、月の澄みわたる夜に、雲が無かったなら。

群青色の天にはただ一つ、名月のみ。を臨んでいるのか、このうたの西行。

いささかワガママぽくて可愛らしい、この西行。

しずしずと月に近づいて行く雲、その雲の風情さえ、もちろん愛でることのできる西行と思いますが。

ぴっかぴかの、磨いたばかりのような満月を、ただに愛でたい時もあったのでしょう、西行。


   おぼつかな秋はいかなる故のあれずすずろに物の悲しかるらむ


どうしてなのか、なぜなのか、わけは分からないのだけれど。

秋という季節は、いろんなことが、ただもう、悲しくなってしまうんだよね。

↑ このごとくも西行法師はうたを詠んでいます。



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  1. 2017.10.04 (水) 23:08
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  3. たまき
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福岡では月を見ることが出来ましたが、関東の友人は曇っていて見られなかったそうです。

月というのを、日本人は好きですよね。月に何かしらの想いを込める。
月にはアポロ11号が降りたったとか…それが既に半世紀以上前?

俄かには信じられないことですよね。

秋と言えば、ユーミンの

藍色は群青に
茜はくれないに
やがて来る寂しい季節が友達なの♪

でしょう。

秋はそれだけでも寂しいのに、そこに独り身という負荷が加わると更に倍、倍の二乗ですよ。

いつも丁寧なご返事ありがとうございます。冬の鍋を楽しみに、猫とこたつを楽しみにこの秋を乗りきる覚悟です!

  1. 2017.10.06 (金) 03:18
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  3. ラピスラズリ
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星の名歌

秋を詠んだ歌は名歌が多いですね。

西行法師の“すずろに物の悲しかるらむ" いい表現ですね。
ヴェルレーヌの "身にしみてひたぶるにうら悲し" と通じる興趣ですね。

秋と月は日本人には一番しっくりするのでしょうか。
百人一首の中にも優れた一句があります。
"月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど" 大江千里-古今和歌集
秋の月を見上げた時に湧く思いを見事に表現しています。

夜空にあるのは星もなのになぜか和歌の世界では影が薄く星そのものを歌った歌はほとんどなく百人一首には一首もありません。

星の美しさに惹かれる私はとても残念に思っていたのですがある時珠玉の一句に出会った時の感激は今も褪せることなく残っています。

"月をこそ 眺め慣れしか 星の夜の 深きあはれを 今宵知りぬる" 建礼門院右京大夫

作者は安徳天皇の生母である建礼門院徳子に仕えた人で壇之浦で滅びた恋人の平資盛の死後その霊を終生弔い続けたと言われています。

落剥した建礼門院を大原に訪ねた時の深い悲しみの文章も哀切ですが慰霊の旅の途上比叡山坂本でこの句を詠んだという背景を知るとどんな思いで夜半空を見上げて星の美しさに初めてあはれを感じたのだろうかと哀しみが強く胸を打ちます。

"君看よ双眼の色 語らざれば憂いなきに似たり"
白禅隠師の言葉だそうですが私の一番好きな言葉です。

心の中に哀しみを湛えた人だからこそ人の心に響く歌が書けるのだと改めて思います。
  1. 2017.10.06 (金) 10:40
  2. URL
  3. ねこやま
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好きなうた~

KUONさん

ご無沙汰しています。

私はこの時期、好きなお歌

月よみの光を待ちて帰りませ 山路は栗のいがの多きに

この名の栗蒸し羊羹も大好きでして・・・
  1. 2017.10.06 (金) 15:34
  2. URL
  3. KUON
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今日は、涼しいというより肌寒い日です。お昼は、温かい大根もちを食べました。レンコンのかすかな確かな歯あたりが美味しかったです。


・たまき さん

日本人は月にこだわりがあるのですね。内親王を月に例える感性は、私にはよくわかんないです。アポロが行ったという月は、ホントだったかどうなのか、謎のようであります。

ユーミンか。鮮やかな世界を作られますね、彼女。・・ワタシは、中島みゆきのどろろんの世界派、とか(笑)。あくまで「歌」の彼女です。

猫とおこた。いいですね。楽しんで下さいね。私もおこた、置きたいけど・・無理なんですよ。悲。


・ラピスラズリさん

秋と月とは、まことベストマッチ。大江千里のうたもいいですね。この名前ゆえ、今はそうでもないのか、歌うたいの人の方を連想されたりしてました。

そして、 建礼門院右京大夫。女主人もこの方も、若いみそらで絶望的な滅びの世界を知ってしまった。

当時の京・大原なんて、今と比較できないくらいの寂しさだったでしょう。平家物語に魅かれてやまないのは、まこと

諸行は無常、諸行無情、それなのでしょうね。

>語らざれば憂いなきに似たり

いろんなもの抱えて、だっはー、と笑って生きてる、人は。

そうなんですよね、と、思いを同じくします。


・ねこやま さん

お久だにゃあ。

>月よみの光を待ちて帰りませ 山路は栗のいがの多きに

良寛さんの、さくっとして優しいおうたですね。読めばなるほど、何も引っかかりも無い、でも、とっても優しい。

ここでも「月読みの」とあります。

内親王を月に例えるのを聞いて見てしまって以来、あちらの方を向く気がしなくなりました。

あまりにも酷い話でした。

その有名な栗蒸し羊羹。画像で見たら、栗がどっちゃりでした。美味しそうでした。食べる機会はなさそうです~~~。

  1. 2017.10.06 (金) 16:50
  2. URL
  3. ラピスラズリ
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すばらしい秋と月の歌がまた増えました

ねこやまさんご紹介有難うございます。
KUONさんのご説明でこれがあの良寛さんの作であることを知りました。
それであれば、これは訪ねてきた友を見送る歌でしょうね。

私はてっきりこれを訪ねてきた恋人の帰って行く夜道を気遣い見送る女性の歌かと思いました。
待ちませという優しい言葉がそう思わせたのかもしれませんね

どんな道も舗装されている現代では生まれない風情ある句ですね。
心に残ります。
  1. 2017.10.06 (金) 22:08
  2. URL
  3. ラピスラズリ
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和歌と短歌俳句との混同

大変申し訳ないことに先のコメント中、和歌に対して何度も句と言っています。
数える時は一句ではなくて一首、そのものを指す時は句ではなくてうたなのですね。
失礼致しました。

KUONさんが歌ではなくておうたと平仮名で書かれるのは何か思いがおありになるのでしょうか?
言葉を大切にされる方にはきっとそれなりの思いをこめておられるのかと思いましてお尋ねさせて頂きました。
  1. 2017.10.09 (月) 19:33
  2. URL
  3. KUON
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・ラピスラズリさん

お返事遅くなりました

良寛さん、やさしい気持ちがうかがえる一首ですね。

女性が男性を見送る、情感あふれるうたにも、ほんと、読めますね。

人の気持ちは底のところ、そんなに変わっていないなと安心できるようなうた。

>どんな道も舗装されている現代では生まれない風情ある句ですね。

そうですね。

・俳句と短歌の呼び方の混同は、かなりよくあることです。かつて私もそうでした。申し上げた方がいいのかどうか、悩むところで、自分は「うた」「おうた」で通して、わかって下さるといいなあ、とか、消極的な願望を。

ラピスラズリさん、調べて下さったようで、とても嬉しいです。

長歌も短歌も「うた」「おうた」と、ひらがなで呼ぶのは、私の好みです(笑)。短歌と言えば正確ではあるのですが、

たんか  のさいごの音の「か」が、けっこうきつい響きに私には感じられる、というのが、言ってみれば理由でしょうか。

短歌の、五つに分かれている構成の、たとえば「一句目」と言えば、良寛さんのおうたをお借りすれば

「月読みの」、つきよみの、の五音をさします。こういう時は「一句、二句」という言い方。

俳句の場合は、

>柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺

このまるごとを「一句」と呼びますね。この中でも「柿食えば」が「一句目」という風に呼ばれる。

俳句は一句、短歌は一首、シンプルにはこれでいいと思います。

うた、おうた、とKUONが呼ぶのは、基本的には、好み。ということで。

  1. 2017.10.10 (火) 02:24
  2. URL
  3. ラピスラズリ
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歌の世界

KUONさま

連休中のお忙しい中私の質問に詳しくお答え下さいまして有り難うございました。

好きな歌や言葉を持っているのは何だか心の中が豊かになる気
がしますね。
このブログをこれからもとても楽しみにします。

“うしろすがたの しぐれてゆくか“

これも種田山頭火の作だと知りました。句はどこか頭に残っていたのですけど。

後ろ姿は普通誰かの後ろ姿ですが、これは自分自身のことを歌っているところに惹かれます。
自分を客観視しているけど突き放してなくてぞっと包み込んでいる。
しぐれてゆくかに痺れました。

破天荒で放浪の中で生きてこれだけの作品を残した自由な歌人が確かにこの日本にはいたんだと、今の日本は色んなものを失って遥かに生きにくくなっているのではないかと、ふと思いました。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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