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返事の中までKUONです。

  1. 旅のこと、とか
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お彼岸に・前半

名古屋市千種区に「平和公園」と呼ばれる墓地があります。

名古屋市内を一望できる高台にある、市内随一といわれる広大な墓地です。調べると

「区画整理のため、市内の各寺院境内地に備わっていた墓地を、移転・整備することにより誕生した大規模墓地。園内には200以上の寺院墓地が存在する」。

とあります。昭和50年代に、私の実家のお墓もそこへ引っ越しました。隣接して次姉の婚家の墓、少し離れたところに、亡父の妹であり私たちをとても可愛がってくれた叔母の婚家の墓地も定まりました。わたしの実家は長姉が継いでいますので、一度そこへ行けば、実家、叔父叔母、義兄のご先祖さまと、すべて拝することができたのでした。

私は婚家の墓には毎月初めに参りますが、実家にはなかなかそうは行きません。それで当たり前と思って来ました。年に一度行けたらいいかな、くらいの感じでいました。

今年はお彼岸が連休で行きやすくて、23日の土曜日に名古屋へ向かいました。

いつも次姉宅に世話になります。義兄はとてもいい人、八十歳になろうかという今も、特殊な細工の緻密な建具を、自宅の一階でマイペースで作り続けている職人です。

行くと歓待してくれ、一緒に晩ごはん食べながらいつも機嫌よく、食べ終わると(すでに風呂は済ませている)ころんと寝てしまう人です。私はこの、苦労人で律義で正直な義兄が大好き。今回も義兄は、自分の分の塩板焼きの材料の海老や牛タンやカルビ肉など、どんどん私にくれて、缶ビール2本楽しんで吞んで、ンじゃお休み、と、自室に去って行ったのでした(笑)。長姉と次姉と「わたし家を離れられんのだわ」で独身の姪と、私。女同士の中には「おら、入りたにゃあわ」という感じで(笑)。

食べて喋って少しぶつかって(長姉と私が)ダハハハとすぐに戻って、夜更けに寝に就きました。

この家は、母が最晩年を過ごした家。あれこれ思って眠れず、足元に来た猫のマイケルくんのやがての寝息を聞いていたら、ぬくくなってきて、やっと眠りに落ちることができました。

翌日、姪の真っ赤な外国車に乗せてもらって、大須の万松寺というお寺に行きました。信長公の父親・織田信秀の菩提寺だとか・・このお寺に、お墓のマンションとでも言うべきものがあって(言葉が稚拙ですみません)、叔父と叔母が、ここへ入ったと聞いていたからです。

大須のにぎやかな商店街に添って間口広くそのお寺はあり、400年だか500年だかの歴史はあまり感じない華やかな色彩。できて間の無いせいでしょうか、横正面の賽銭箱には、巨大な三つ葉葵の紋。

黒いスーツのにこやかな(でも髪は乱れ気味、参拝の人がお彼岸時期で多いため?)女性が、私たちのめざす場所を教えてくれました。その前夜、姉妹でお参りに行くと従妹に電話して、けっこう濃密な付き合いの続いている次姉が、はじめて、お墓を移したことを知らされていたのです。

〇階の、左へ行った、奥。すぐにわかりました。

両開きの、ミニ仏壇と呼ぶのか、まだ新しく黒々、金金(きんきん)した扉が、上下に何段も通路沿いに両側にずらりと並ぶ壮観さ。

あった、ここだと次姉が手招き、どこどこと歩を進める皆、開けていいと許可を得ていたから開けると、花や線香や叔父の写真、叔母の写真。

うう、叔父さま、叔母さま。

時には実の母親よりも親身に、渾身に、父親に早く訣れて他の事情もあってばらばらになった私たちを気遣い、庇い、大事にしてくれた、(義)叔父と叔母の、全開の笑顔の写真が、そこにありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・日曜日に帰宅して今日月曜日、けっこうハードに仕事しまして疲れてしまいました。

続きは明日、コメントへのお返事も明日にさせていただきます。

このことは、やはり書いておきたく思いましたので、今夜の前半と、明日帰宅してからの後半に・・いや、単に個人的な感傷の記録であります。





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  1. 2017.09.26 (火) 08:02
  2. URL
  3. アルジェリマン
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一年過ぎてからゆっくりと

KUON様、
なじみの地名が出てくると嬉しいものですね。
大須近辺に職場があるので。

「一年過ぎてからゆっくりと決めればいい、」と、
父が言ってくれたので、まだ決められないでいます。


オレは暗いところにはいない、風になる・・・と言っていたし、とか、
この家は、私で終わりなのだし・・・と思ってみたり、
大須のあそこにするか、
覚王山のあそこにするか、
まだ半年あるからご縁を待とうか、とか。

こらから先の自分の気持ちがどうなるか、
どんな変化が起きるのか、
想像もできなくて、
そんな時に、先輩方の文章を読んでヒントをいただいております。
  1. 2017.09.26 (火) 10:14
  2. URL
  3. みぃ
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平和公園

平和公園の近くに住んでいます。
名古屋は今とてもすごしやすい気候になりました。
ここで永眠される方々、気持ちよさそうでうらやましいです。
  1. 2017.09.26 (火) 22:56
  2. URL
  3. 長屋の爺
  4. [ edit ]

場所は何処でも・・

こんばんは

我が家の墓は覚王山・日泰寺のコンクリート墓地の上階にあります(笑)

親不孝な爺ですから、とんとご無沙汰です(兄弟間の諸事情により)

死んでからここがいいとか、此処じゃいやだと言わないかもしれませんね

月が変わったらこっそり墓参りに行こうと思います

記事に背中を押された気がしています 感謝
  1. 2017.09.27 (水) 14:37
  2. URL
  3. さと子
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次姉様のご主人素敵ですね。一番下の義妹KUONさんが
可愛くて仕方ない様子です。
お次兄様が、自然体でいらっしゃると女姉妹も集まりやすいですね。
女姉妹の居ない私は、とても羨ましいです。

納骨堂が出来た頃は、味気なくてイヤでしたけど、後の管理を考えると時代にマッチしているのでしょう。
随分慣れて来ました。季節の変わり目ですのでご自愛下さい。
  1. 2017.10.01 (日) 13:56
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事遅くなりました


・アルジェリマンさん

そうなんですか。母が洋裁をしていたので、「おおすの こめひょー」へ何度か連れて行かれたのを覚えています。このたび久しぶりの大須、観音さんやカラクリ何とかにも興味があったのですが、団体で(笑)移動していたので残念でした。

一年ある?のは、お父さまに関連したこと?ですか?

言っていいのかどうか、いとこたちも究極の選択だったと思いつつ、桜の名所の平和公園から、いかにもぼうさんまも〇うけ、のにおいプンプンの納骨堂へ、というのは、驚きでした。口には決して出せませんが。

実は、墓そのものに疑問を抱く昨今でして・・今日も婚家の墓に詣でて来ました、落ち着いた墓地です、ものすごく勝手なことながら、私は、日本海のあの、黒いような青い海に撒いて欲しいなどと。叶わぬ思いを抱いております。まったく参考にならんこと書いてますね・・・わん。

・みぃ さん

あちらの方は、生きている人々にも住みやすい街ですね。なかなか実家の墓にも参れませんでしたが、けっこうな高台で、風がすーすー吹いていて。気持ちよかろうと私も思いました(笑)。長姉の末っ子=甥が、お墓を見ていてくれますが、この甥に子がありません。そんなこと、もう、私が案じることではないと考えてはいますが。

みぃさん、毎日をお楽しみになって下さいね!。
  1. 2017.10.01 (日) 18:46
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事遅くなりました

・長屋の爺さん

覚王山。子どものころ周囲は「かこーざん」と発音していた記憶。それどころか、「かこーざんがこう言って来た」「かこーぜんから電話があって」とか。???でした(笑)。覚王山に住んでいる〇さんが、こう言って来た、と。そういう意味だったのですね。

死んで体が消えてタマシイになるのなら、お墓がどうで、とはならないのでしょう。でも、

そうは解っていても、墓参りすると何か気が済む感じもあります・・・のかな。

私も思えば親不孝な娘でした。思い出すと胸の詰まることがたくさんです。多分、心臓が停まった瞬間(のちに確認)、西春市にいた母が、瞬時に宙を飛んで奈良の私に、逢いに来てくれた。きれいなリンの音で知らせてくれた、その事実をもって、母は許してくれたのだと自己満足しています。

不思議な経験でしたが、それだけは信じています。

ゆっくり、お墓参りなさってくださいね。わかってるけど一層、お喜びになるのでは、と、勝手な思いをいたしております。

・さと子さん

義兄は、戦争で父親を失い、戦後にお母さんを栄養失調のような亡くし方をし、中学生で一人ぽっちになった人なのです。苦労したらしいですが、手に職をつけ、頑張って来た人。無口ですが優しい人で、かつてドリームランドに一緒に行った時、馬車を引く小さな馬が必死に歩いているのを見て
「かわいそうだな」とひとこと。皆、気にしないで遊園地ではしゃいでいたのですが。

ツマ(次姉)のきょうだいやその子どもたちを受け入れてくれ、私の叔母とそのだんなさんの義叔父を、親のように大切にし、大切にしてもらっていました。

一人で大人になった義兄が、いま、周囲に子や孫やひ孫まで集まっていて、休日は魚釣りしてのんびりしているのが、私には安心です。

さと子さんは姉妹がおられないのですか。わたしたち姉妹は、家の事情でバラバラに生い立ちましたが、たまにこうして集まれるのは幸せなんだろうな、と思います。何やかやあっても、やはり懐かしくて・・。

ありがとうございました、また、叔父叔母の納骨堂のお墓に参りたいです。行きやすいし、便利です、実際。
  1. 2017.10.06 (金) 10:46
  2. URL
  3. さと子
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ひと言だけ書かせて下さいネ。お返事は、要りません。

>馬車を引く小さな馬が必死に歩いているのを見て
「かわいそうだな」とひとこと。皆、気にしないで遊園地ではしゃいでいたのですが。

このお義兄様のひと言に、実は長年同じ思いをしていたもので・・

月の砂漠という歌がありますが、とても好きなんですが、何だか哀しいんですよね。
人を乗せてとぼとぼと歩くらくださんは、来世も又らくだとして生まれたいのかな等と思ったりして。

お義兄様は、早くに一人になられたのに、ご家族に恵まれ良き子孫を残されて、亡くなられたご両親も安心でしょうね。
  1. 2017.10.06 (金) 15:58
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・さと子さん

お返事させてもらってしまいます。

書いて下さったこと、とてもよくわかり、義兄のために嬉しかったです。

ありがとうございました!。


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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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