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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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さようなら

むかし親しかったひとのお葬式に行って来ました。

幼い娘を二人育てながら、毎日のようにバスで六つ向こうの夫の実家に通っていたころ。姑はひんぱんに旅行に出かける人で、その留守の日が私のフリーの日でした。彼女は、私と同じ年頃の子を三人持つお母さんでした。

私の家でときどき、コーヒーを飲みました。近くに喫茶店もありましたが、私の三十代だった当時、昼間に喫茶店でお茶のみトークする主婦は珍しかったのです。当時は私の嗅覚も鋭敏だった、ちょっと贅沢する気分で、カリカリとミルを回して挽きたての豆で淹れてのコーヒーは、美味しかった。

二人とも母親ではあったのですが、多くの場合子どもや夫の話でなくて、婚家の愚痴やワルクチでもなくて、自分のことばかり喋っていました。会話と言うのでなく、互いに、同じ場所にはいつつ、自分の世界にどっぷりしていた感じ。性格のいい加減さのホドが、たまたま、合っていたというか。彼女は、彫金に夢中な人でした。

彼女の夫さんが若い女性に走り、彼女とお子たちが引っ越しをし、私も仕事に没頭して行って、距離は遠くなりました。

彼女の次男くんが「お母さん知りませんか」といきなり尋ねて来たり、長男さんが高校を止めてしまったと風の噂が流れて来たり、気にはなっていながら、自分のことで精いっぱいの私でした。

大男の髭面の白人と歩いていた彼女が、遠くから私を見つけて、ひらひらと手を振るのを、無視したこともありました。彼女の末っ子の娘さんも高校を止めたと聞いた直後のことで。

ぐうぜんどこかで出会うと、必ず「また電話するわ、番号変わっていないね?」と言いました。ふつうの笑顔でそう言いました。

電話がかかって来たことは無く、私もかけませんでした。最後に会った時・・・スーパーマーケットの雑誌コーナーで立ち読みしていた彼女が、

「また電話するね、聞かせたいことあるんだ」

と言った時、私は、

「かけてくれなくていいよ、聞きたいことも無いわ」

と、応じていました。彼女の前歯が一本半欠けていて、ほっそりときれいな人だったのですが、社会保険もかけていないし年金もかけていない、あんなもの、と笑っていた言葉が、不意に思い出されて、無性にその時の笑顔に嫌悪感を抱いた。そうだったと思います。

訃報は、彼女の元・夫さんからもたらされました。

元・夫さんが中心になっての小さなお葬式。

若い女性との再婚を解消して、今は、長男さんの家族と暮らしていると。長男さんの奥さんは、私にも愛想のいい笑顔を向けて来るひとでした。よかったなと何となく、思いました。次男さんは葬式に帰って来ず、もう奈良には帰らない、家族は無い、とのことです。純ブンガクを目指しているらしい。娘さんはぼちゃぽちゃの女の子をおんぶ紐でおぶっていて、シングルマザーだと自己紹介してくれました。

シングルマザーと言う呼称は、私には未だ馴染めないものだなどと、その場で口にするほど私は誠実でないです。

彼女は死にました、最後の別れに来てやってくれますか。と電話で突然誘われた時、考えました。

葬式に行って、その場で見るものを、批判したり否定したりバカにするためには、行かないでおこうと。行ってはいけないと。

長い間にちらちらとではあるがいろいろ聞かされた彼女のこと、子どもさんたちのこと、私の気持ちにそぐわないことが多かった、それは仕方がない。私は彼女のように自分第一には来なかったと思う、それは事実と思うけど。

もしかして自分は、私は、彼女より「マシ」に生きたのかも知れないとおもっているならその感覚は、きっと、傲慢。

・・・時々彼女とコーヒーを愉しんだ時間、私は、せいせいと勝手なことを喋ってたのしかった、気にしないで喋り散らしていた、それは本当のことだった。あの時期の私に、彼女は、たいせつな友だちだった。

そしてただ、私より早く旅立った彼女を、悼みたいと思った。胸痛く願った、やっぱりそれは悲しいことだろう、その思いだけで、行きました。

小さなお葬式でした。

元・夫さんは古びた美貌を(そのお顔が自慢のひとだったのです)ゆがめて立っておられました。東京の、いいとこのボンだとのことでしたが、今でもやはりボン、のようでした。いささか変わった思想のもと、来られた人のようです。

夫さんも子どもさんも配偶者も孫さんも、悲しんで泣いておられました。彼女との永別を、悲しむ人だけが、お葬式に集っていたのです。私は、泣くだろうと予想して行ったのでしたが、涙は出ませんでした。

元・夫さんがしがみついて来るのから身をかわし(私はこのオトコがきらいでした)、長男さんがハンカチも持たず泣いているので(奥さんはまったく意に介せず泣きながら双子の面倒を見ていて)新しいのを持って行ったハンカチを、結局二枚とも差し出しており、娘さんは、喫煙できるスペースに私を誘って、子どもをおんぶしたまま美味しそうに煙草を吸い、目から涙を流しながら

「おばちゃんとこで頂いた煮込みうどん、いつも美味しかった、お好み焼きも美味しかった、おにぎりも美味しかった、お世話になりましたね、子どもの頃は」

と言ってくれた。私は自分の子どもに食べさせるので作ったものを彼女の子どもたちにも出していた記憶しか無く、

「あなたのお母さんのリンゴのパイは美味しかったよ、どしっと重くて美味しかったわ」

思い出のリンゴとクルミのパイの話をしました。本当に極上の味だった、私はパイやケーキを、よう焼かん主婦でした。道具を買って何度か作っても続かなかった。

彼女の娘は、

自分は、毎日、子どもに食べものを作る親になろうと思って結婚したのだけどね。

と、何とも言えない悲しい目を、むき出しに見せました。

「年に一度や二度ご自慢のパイもいいけど。毎日ちゃんとごはんを、って、ずっと思ってて。そうなりたかったけど、結婚さえ続けられなかった、親と同じになっちゃった、お母さんのこと嫌いだったのに、いっしょ、あの人と一緒なんだって」

ぼろぼろと涙を流し続けるのを、どうしてあげることもできませんでした。

よくわかる。目の前で泣いている女の子(わたしにはそう見えました)の気持ちが、とてもよくわかりました、でも、何も、どうもしてあげられないのでした。


お葬式の帰り、奈良に来たら必ず寄る古本の店に寄りました。

空腹だったし、坐ってゆっくり冷たい飲み物を飲みたかった、でも、古本屋に入ってしまいました。

何か選びたいという気分も無いまま、本の背中を眺めていました。のろのろと、読むかどうかわからない数冊を、適当に取り出して、レジに持って行って。

気付きました。この店には、過去ずっと、来るたびにビートルズがかかっていた。いつもビートルズでした。

その日は・・昨日は、そうでなくて。オルゴールの曲が流れていました。先客がお金を払って何か喋りこんでいて・・あ、と気が付きました。

オルゴールの、この曲、知ってる、よく知っている、ミスチルだ。

ミスター・チルドレン。「抱きしめたい」だ。

あのボーカリストの、あの独特の声が脳裏に浮かんで来ました。

あの歌、好きだった。ミスチルの「抱きしめたい」。

彼女とは関係ない、もう遠くなっていた時期に聞いていただけ、今日、お骨になった・・いまなっているのかな、あの彼女とは関係のない歌、だけど。

どうしよう、こらえていたのでもないのに、涙が、激しく溢れ出して。

どうしてだろう、涙が止まらなくなってしまった。

さようなら、あすこさん。さようならだったんだね。





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  1. 2017.09.22 (金) 00:25
  2. URL
  3. tibineko
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お悔やみを・・

ただお悔やみを申し上げます

KUON様のあふれてしまった涙・・
それこそが、
昔、親しかった方が残した
大切な形見ではないでしょうか
    合掌
  1. 2017.09.22 (金) 08:31
  2. URL
  3. 美絵理
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お悔やみ申し上げます。
今日は煮込みうどん、作って食べようと思いました。お夜食に。
  1. 2017.09.22 (金) 10:59
  2. URL
  3. パール
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KUON様。
お悔やみ申し上げますとともに、ご友人様の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

少々の自分語りをお許しくださいませ。
今月のおうたで、逝った友への思いを詠みました。
彼女は、人のために生きたような幼馴染みでございました。
10代で父を、20代始めに母を亡くし、お兄様とひっそりと暮らしておりました。
結婚をし、二人の子の母になり「家族が出来た!大事にしたい!」と、妻と母の生活を何より楽しんで過ごしていました。
認知症の姑様のお世話も精一杯こなし、離婚した後のお兄様の闘病の世話もし、見送りました。
子どもも社会人になり、これからだね!と言ってたこの夏、逝ってしまいました。
病気療養をしていましたが、主治医でさえこんなに早く・・と驚くほど急でした。
暑い暑い日でした。
車を運転中の信号待ちの時、スーパーのレジの順番待ちの時、
不意に彼女の顔が浮かび、涙が溢れる日々です。
来月、幼馴染みたちと彼女を偲ぶお食事をいたします。
平均寿命と言われるまでは、まだ30年ほどありますのに・・
本当に残念です。

B'zの TINY DROPS と言う歌、御存知でしょうか?
大好きなB'zですが、この歌詞が沁みすぎて、また涙です。

長々と、申し訳ございませんでした。
KUON様、穏やかに過ごされますように。
失礼致しました。
  1. 2017.09.22 (金) 11:29
  2. URL
  3. 古希
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お疲れさまでした。

KUONさん、お疲れさまでした。
心が泣かされる事は、辛くて寂しいですね。

どうぞ、ゆっくり蜂蜜檸檬水(レモネードと言いますが、カタカナ言葉は疲れが取れない感じがする時があります。)でも、召し上がってお休み下さい。

  1. 2017.09.22 (金) 13:51
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2017.09.24 (日) 03:59
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  3. 千鳥足・ウナ
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いのち短し恋せよ乙女

よみのくに
とをくにありて
ははのひに
いみじくもあり
いちじくもあり

お早う御座います
機会がありましたら
抜作(おいら)に漢字を教えてください

釣瓶落としとはよく言ったものです・・
『夜』が長いことは
嫌いではありません
あはは。
  1. 2017.09.25 (月) 16:47
  2. URL
  3. ラム酒
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私のおばが、亡くなった時、悲しくなかった。
泣かなかった。母をいじめていたのを知っていたから、泣けなかった。

でも、ある日、中華屋に入って中華ソバを食べた途端、涙が止まらなくなった。

昔、海水浴に連れて行ってもらった帰りに、連れて行ってもらった店だった。

自分でも、びっくりした。

人って、意外な物に、想い出が詰まっていたりする。

あの娘さんの涙、、、親の死への涙、
kuonさんへの感謝の涙、
幼い頃の家庭環境への涙、
因縁への涙、

そして、
kuonさんの突然の涙。

なんだか、わかる様な気がします。

久しぶりに、涙の混じった塩辛い中華そばの味を思い出しました。

  1. 2017.09.30 (土) 12:50
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・tibinekoさん


旧友へのお悔やみありがとうございます。

親戚付き合いも薄かったようで、かつての夫君とお子さん方のみのお見送りでしたので、tibinekoさんのお気持ちも彼女に届いて、喜んでいるのではないかと思います。あれこれ思い出すと、彼女流に幸せな一生だったのでは、という気がします。好きなようにいられたように思えますので・・

・美絵里さん

子どもを、ぽいぽい平気で預ける人でしたので、昼時にわが家にいればうちの子たちと一緒に、ごはんを出しました。当時は御用聞きがまだ回っていて、讃岐の生めんを置いて行っていて。それを、ありあわせの揚げさんやネギやと一緒に煮込むと、けっこう皆、喜んで食べてくれたのです。彼女の娘さんも苦労はあったはずですが、きれいにつるんとした表情、目の大きなそっくりの赤ちゃんを、昔風におぶって(煙草を吸っちゃいながら・・)、ヨシヨシとゆすぶりながら可愛がっているのが見えて、安心の気持ちだったのです。

このトシになると、知っているひとみんな、平穏でいて欲しいなどと、昔は無かったホトケ心が(笑)。



  1. 2017.09.30 (土) 16:42
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事遅くなりました。


↑ ・美絵里さん

間違えてしまっています。生めんでなく乾麺、ゆでるタイプのうどんでした。これから煮込みうどん、いいですよね。


・パールさん

九月のおうた呼びかけに応じて下さっていたの、しっかり覚えています。

>車を運転中の信号待ちの時、スーパーのレジの順番待ちの時、
>不意に彼女の顔が浮かび、涙が溢れる日々です。

幼馴染、しかも極上のすてきなお友達だった方。さてこれから、という時の死。惜しんで余りあるお気持ちと拝察します。

わたしは、CMにあったように「ともだち100人」できなくていい、と思う変人です(笑)。ま若い頃はそうなのでしょうが、歳を重ねて行った残ってくれる友達が大切と思えます。そんなお一人を、失くされたのですね。

遺された者は、惜しくて辛くて、ではあるのですが、ご当人は、するだけのことをなさって、半ばではあってもすっきりで、自分のことを惜しむ友のあまりにも深い悲しみは、逆にその方の悲しみになるのかなあ、など、思いました。

しっかりと記憶していたいと思います。人の死は、一度目は肉体の死、二度目の死は、人々のこころから消える時と言いますから。で、トシとって、まことにあの世と言うモノがあるかもね、と、信じる心地にもなります。そう思うと自分が休まります。

数人の方と、存分に、亡き方を褒め、愛おしみ、してさしあげて下さいね。泣きたいだけ泣いてね。
  1. 2017.10.01 (日) 08:32
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・古希さん

おねぎらいを戴き、ありがとうございます。本当に。

蜂蜜檸檬水  って、文字の面の美しい言葉ですね。檸檬。

難しいとは言われても、表記文字の素敵なこと、日本語はいいなと思います。

>(レモネードと言いますが、カタカナ言葉は疲れが取れない感じがする時があります。)でも、召し上がってお休み下さい。<

これも、ありがとうございます。実は(ぶっちゃけて申せば)甘味の入った飲み物は飲めなくなった・・でも、せっかくです、濃くだしたアッサム・ティに、檸檬を、ぎゅうううううううううっと絞って、紅茶色の失せてしまった紅茶を、ゆっくりといただこうと思いました。

・ヒミツの〇さん

母と娘の関係もあれこれですね。

このたび二人の姉と久しぶりに一夜、語りましたが、姉たちは父親っ子で、母をあまり良く言いません。早くに死んだ優しかった父親と、後に苦労した母親では、勝負にならないよね、と思いながら聞き役に徹していました。母親にもっとも辛辣だった長姉が、同居の長女に徹底的に抑圧されていると愚痴るのも、聞き役でいました。

他人の方が親切で親身で助けてくれたという感じは、私も持っています。今は、もう、付き合いたい方とだけ、ゆる~くほそ~く続いていたい気持ちです(笑)。互いにカラダ、いたわりましょうね。

ココロは元気でも、カラダが挫けるんですよ(悲)(笑)。

・千鳥足・ウナ さん

私も秋の夜長はきらいではありませんよ。


・ラム酒さん

>でも、ある日、中華屋に入って中華ソバを食べた途端、涙が止まらなくなった。

> 昔、海水浴に連れて行ってもらった帰りに、連れて行ってもらった店だった。

これ、とってもよくわかります。これ読んで涙がジワ、としたくらいです。

私は、つい数年前まで、自分の来し方をツギハギだらけだと感じていました。還暦の年になっても劣等感に塗れていました。その根拠は、自分の育ち方にあると感じていました。私が、家族だった皆の中で一番、人さまの世話になって大きくなった。そして、その家庭家庭で、それぞれ、生き方の小さな是非の違いがあって、どうしたらいいのかわからなくて自身が持てず、でもプライドだけはチョモランマより高く・・爆笑。でも、私にひどいことしたと思える人の、優しかったことやちょっとした弱みを見せてくれたこと、も、とてもたくさん覚えています。

ちょっとアホかな、と思いますが、自分としてはその方が楽だった気がするので、いいかな、とも(笑)。

人って、多面体の生き物ですものね。その中華そばの味、想像してみました。美味しかったのね、今も、美味しい中華そばなんですものね、記憶の中で。


  1. 2017.10.01 (日) 15:25
  2. URL
  3. ツグミ
  4. [ edit ]

兄の死に泣けなかった私

こんにちは。
ブログを読んで、ふと亡くなった兄のことを思い出しました。
長い間、ひどい目にあった天敵だった長兄が亡くなった時、ショックではあったけど、涙は出なかった(-_-)
一か月くらいした時、二階のベランダに蝶々が長く止まっていた!
『お兄ちゃん、会いに来てくれたの?』と思わず話しかけた私。
その瞬間、滂沱のごとく、号泣しました‼︎
あっ、やっと私、泣けたんだと・・・
今でも兄を思うと複雑な気持ちになりますが...複雑です( ̄◇ ̄;)
でもありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
  1. 2017.10.01 (日) 19:14
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・ツグミ さん

>『お兄ちゃん、会いに来てくれたの?』と思わず話しかけた私。

本当に。血縁というものは、理屈でないですよね・・・

私も、長姉とは長い間あれこれあり、いろいろあり、何より、姉が母に対してとてもひどかったことで、複雑な歳月でした。私からは連絡しないで長くいました。

でも、会って、年とって、気は強いけどカラダは弱っていて(11歳違います)、姪にこう言われてどうこうとつぶやくのを見ていると、悲しい。姪の大変なことはわかりつつ、なんとも言えないのです。

お兄さんは、ツグミさんのこと、可愛いと思っていらしたかも知れません。天敵同士の(??)仲であっても、そうだったかもしれません。

で、ホントにお兄ちゃん、かっとびの妹に、ちょっと、会いに来てくれたのかも

可愛い妹だったんですよ、きっと、何があっても点天敵でも、血のつながりって、訳のわかんないもの。

そんな風に感じました。

  1. 2017.10.03 (火) 01:16
  2. URL
  3. ツグミ
  4. [ edit ]

追記

遅くにすみません。
KUONさんの返コメを読んで感じたことがありまして...なので再びの返事は大丈夫です、すみません(_ _)
>可愛い妹だったんですよ、きっと、何があっても天敵でも、血のつながりって、訳のわかんないもの。
確かに血縁って、特に兄弟姉妹って不思議な生き物ですよね。
ぜーったいに長兄が私を可愛いなんて思ってないと思いますが(笑)
でもKUONさんにそんな風に言って頂いてなんか嬉しかったです♡
ただそれだけを言いたかったので(#^.^#)

後、『この子の七つのお祝いに』を撮影していた時に志麻ちゃんが、この映画は出なければ良かったとボソッと言っていた(いろんな関係があるので内緒ね)のを思い出しました(^◇^;)
  1. 2017.10.06 (金) 15:09
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・ツグミさん

>ただそれだけを言いたかったので(#^.^#)

ハイ、お言葉受けとりましたよ。ありがとう、と申し上げますね。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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KUONの久遠

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明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
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