FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ことばのたのしみ
  2. tb: 0
  3. cm: 5
  4. [ edit ]

秋風


         秋風あるいてもあるいても

                            種田山頭火





スポンサーサイト





  1. 2017.09.20 (水) 00:56
  2. URL
  3. ラピスラズリ
  4. [ edit ]

魂の孤独なさすらい

分け入っても分け入っても青い山

これも山頭火の句ですが、言葉を重ねているのが印象的です。
何の技巧もてらいもなくストレートに伝わってくるものがあります。

美智子サン作と対極的ですね。
一度お尋ねしてみたいことがありました。
どんな詩歌でもそれを詠む人はある意味心が綺麗でなければ良い歌は作れないと思うのですが、実像を知れば知るほど美智子サンは俗物根性の塊です。
それなのにあのように優れた人の心を打つ歌がどうして詠めるのでしょうか?
技巧を極めれば出来るものなのでしょうか?
はなはだ疑問で仕方がありません。
優れた歌詠みであるお師匠さまのご意見をぜひお聞かせ頂けたら幸いです。
  1. 2017.09.21 (木) 08:04
  2. URL
  3. [ edit ]

おはようございます

父が山頭火、好きで
詠を背中にプリントしてる
甚平やTシャツ来て 大阪のオッサンそのもの( ;∀;)

ワシは山頭火の生き方や人間が好きなんや〜と
彼女もいて、わりと好きに生きて
ヤツシでタイソウで
ホンマに分かって言うてるのか?と思うんですが

20歳前に一人青森から出てきて
それなりに望郷の念や郷愁があるよう

墓なんかいらんのや
お岩木山の見えるとこに埋めて
小さな卒塔婆でもたててくれ
と、たまに哀愁の詩人のような事を言います(≧∇≦)

そうはイクかい そんな遠いとこ
買ってある天王寺の墓も 墓守絶えるんやし
お父ちゃんも可哀想になぁ、
母方みんな入ってしまった
一心寺やでー 賑やか、賑やか と(^◇^;)

でも私もブログ初めに出てる
八幡平の山の麓で 誰にも知られず
朽ち果てたいです


悔いるこころに日が照り
小鳥来て鳴くか(山頭火)


ツバクロはピーピー鳴くと
老燕の愁いなし(ハナ)


Nちゃん でした


  1. 2017.09.30 (土) 12:05
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

お返事遅くなりました

・ラピスラズリさん

美智子さんは昭和34年に結婚され、うたの師として「母の歌人」と称された五島美代子さんに師事されました。

結婚の翌年の歌会始儀の詠草は、以下です。


皇太子妃殿下お歌

「光たらふ春を心に持ちてよりいのちふふめる土になじみ来」

選者・五島美代子氏詠草

「ふふみもつ光たばりし天雲を溢れ出でなむあかとき近し」

この2首をどうこう批評するのは難しいことと思いますが、「心に持ちて」とか、こういう訳語的な表現の多い美智子さんだな、とは、感じています。

で、かつては「優れた歌人」と思い込んだあの方のうたの、もってまわった感じが今はあまり快くない、わたくしであります。

浩宮を懐妊中でもあり、そこに気持ちをかけているとも思われますが、素直ぢゃないんだよな~、と、これは私感ですが。いつだって条件付きでものを仰る・・・言い訳ばかりに見えるのです、私には。

>どんな詩歌でもそれを詠む人はある意味心が綺麗でなければ良い歌は作れないと思うのですが<

これは。そうだと思い、人間は謎多い生き物であり、とも思います。私の一つ話ですが。

若い頃読んだ五木寛之の本に、

「立派な建物の明るい窓の中、ナチスの高級将校たちが酒盛りをしている。食べ物も豊富。中の一人がふと立ち上がってピアノに向かった、素晴らしい音色が流れだした、感動的な演奏・・・だが、皆が囲んでいる大きな卓の中央には、髪を刈られ、衣類の何をも身に着けていないユダヤ人の若い娘が直立させられているのだ」

こんなシーンがありました。当時の私の心に衝撃的なシーンでした。人間の中には、あちらの言葉で言えば天使も悪魔も両方いるのだ、と、強く自己肯定したのはあのシーンだった気がします。

いろんな形のゲージュツとは、そういう混沌の中から生まれて来るのではないか、と感じています。

美智子さんのうたは、私感ですが、時期時期によって異なっています。この意味は、考えて下されば、と思います。(笑)。


・Nちゃん さん

>墓なんかいらんのや
>お岩木山の見えるとこに埋めて
>小さな卒塔婆でもたててくれ

>と、たまに哀愁の詩人のような事を言います(≧∇≦)

かっこええお父ちゃんですね。お岩木山であるところが、詩、ですね。

私も数年前、もっと前から、墓ってなんやろ、とおもっています。奈良には沢山の御陵さんがあり、あれはつまり、どなたかの墓。と言われているけど、子孫が参ってるのか? ちっさいたくさんの古墳。とか。そういうものでもない、と言われそうですが。

結婚以来ずっと、婚家の墓を大切に来たように思いますが、自分が入るとして(多分そうなる)死後に特に誰かに参って欲しいとも思わん。みんな自由にたくましく生きていってくれればええんや、と、本気で思います。

象や昔の猫のように、あるとき知られず身を消して、知られず自然に還る。そーゆー訳には行かんのやろか、と、そんな俗念が去らないKUONです。

毎月まいる墓地、すこんすこんと空き地が増えて行っています。税金関係ない職種のお方が、また、一区画何百万円で善男善女に売りつけるんですなあ。

諸行無常であります。
  1. 2017.10.01 (日) 01:02
  2. URL
  3. ラピスラズリ
  4. [ edit ]

歌の背景

深いご意見をありがとうございました。

美智子サンの結婚翌年の歌も初めて拝見しました。
五島美代子さんの歌と言葉遣いなどがよく似ているというのが第一印象です。
長年師事していればどこかで似てくるのは理解できますがこの場合は要領よく真似ているだけではないかなと思いました。
第一美智子サンは英文科で恐らくは入内するまでは和歌の素養もほとんどなかったはずなのにこれだけの歌が書けるようになるものなのか余程才能が隠れていたんでしょうかね。

才色兼備と騙されていた頃はそう思ったかもしれませんが現況を知った今では眉に唾を付けるしかありません、
美智子サンは詩人(歌人)の顔ではないんですよ。

KUONさんも読者の方も既に見られたかもしれませんが「これでいいのだ日記」の中の9月24日付(閲覧注意●皇后さまの変なお顔)という記事をたまたま見て改めて驚愕しました。
最近顔が変になってるとは思っていましたがここまで崩壊しているとは思っていませんでしたからなんというか醜悪とも違う妙な感じなのです。

いつも車の中で手を振る顔はもう少し顔も耳も長かったと思うのにこの写真は顔が変に横に平べったくうちわのような顔つきになっていて色つきのサングラスも初めてだしどうしたのかと思っていたら今日愛媛の国体に行った時はまた元の顔に戻っていましたがサングラスの顔は一体本物だったのでしょうか?
パンダみたいにも見えて化け物みたいでした。
こんな顔つきの人が皇后なら絶対に深い歌は詠めないと思いました。

どんなに浮き世のチリあくたに汚れようと魂はどこかにピュアなものが宿ってないと人の心を揺さぶる歌を生み出すことは出来ないと確信しているのです。

皇后と呼ばれる美智子サンは俗にまみれて卑しさしか醸し出してないように思います。
最近の歌会始めの歌は何か心が籠ってなくて投げやりな感じを持ったのですが、良からぬことに策略を巡らすことに心が行っていては当然でしょうか。
  1. 2017.10.01 (日) 22:46
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・ラピスラズリ さん

>どんなに浮き世のチリあくたに汚れようと魂はどこかにピュアなものが宿ってないと人の心を揺さぶる歌を生み出すことは出来ないと確信しているのです。<

同感ですよ。

>皇后と呼ばれる美智子サンは俗にまみれて卑しさしか醸し出してないように思います。<

これも同感。ものすっごく情けないことではありますが、事実。

>最近の歌会始めの歌は何か心が籠ってなくて投げやりな感じを持ったのですが、良からぬことに策略を巡らすことに心が行っていては当然でしょうか。<

苦笑しつつ大いに同感。年齢なりに枯れて来る…瑞々しさを失って来ることはあるとしても、その代わりに、枯れたことの良さ、何とも言えない悠々たる感じその他が、添って来ると思うのですが、高みに上られた感じは無く。すべてに於いて、もう、仰げるところもなんにも無くなったお方のようにしかみえませず、国民として残念・・という思いも、ありません。

皇室は私には、今までの存在と異なるものに成り果ててしまいました。実感なので仕方ないんです???。

 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・