FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 未分類
  2. tb: 0
  3. cm: 3
  4. [ edit ]

10の手口




若かった頃、自分の暮らす国のどこかに「水俣」という地があり、そこで、工場が垂れ流した水銀を原因として、ひどく惨い症状の方々が沢山出て、それは、その病気にかかった本人のみならず、胎児性水俣病、と呼ばれる、お母さんの体の中で、生まれる前から病気になってしまっている方たちがおられる・・・ということを、聞いたことがありました。

その時は、自分のことで頭がいっぱいの時期(今も基本的にはそうですが)で、気の毒だなあ、ひどい話だなあ、と、そんな感じで通り過ぎてしまったのでした。

水俣を撮り続けている写真家がいる、とも、知って、その奥さんは日本人で、綺麗な人で、とも、知っていた。奥さんの年齢が、夫君のユージン・スミス氏より、かなり下で、私と同じ。そんなことに関心が向いていました。

胎児性水俣病の「智子」さんを、ずっと撮り続けていらしたスミス夫妻の、写真展に行ったのだったか、写真集を目にしたのだったか・・・まったく体の自由がきかず、知能も発達しない娘さんを、お母さんが、大切そうに抱いてお風呂に入れておられる一枚が、心にのこりました。

日本の、失礼ながら貧しい暮らしと思われるお家の中でのモノクロの写真が、光射すように見えた。尊いものに見えた・・・と、言うことを、お許し下さい。

・・・わたしにとって「アイリーン・スミスさん」という存在は、そういう感じのものでした。

今日、ふと、ネットでアイリーンさんに触れ、以下に引用させてもらう「福島と水俣の10の似ているところ」に、深く得心するものを、感じ、ともかく、引用したい、と、感じ入った次第です。


ユージン・スミスさん(78年死去)と共に水俣病を世界に知らしめたことで知られているアイリーン・美緒子・スミスさん(61)が毎日新聞に「責任逃れ」「曖昧な情報流し」そして「被害者の対立」など、水俣と福島に共通する手口について語っている。

==============

 ■水俣と福島に共通する10の手口■

 1、誰も責任を取らない/縦割り組織を利用する

 2、被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む

 3、被害者同士を対立させる

 4、データを取らない/証拠を残さない

 5、ひたすら時間稼ぎをする

 6、被害を過小評価するような調査をする

 7、被害者を疲弊させ、あきらめさせる

 8、認定制度を作り、被害者数を絞り込む

 9、海外に情報を発信しない

10、御用学者を呼び、国際会議を開く




日本を、アジアを見下す相手は私が許さない

アイリーンさんの原体験は「外車の中から見た光景」。

日本で貿易の仕事をしていた米国人の父と日本人の母との間に育ち、60年安保反対のデモを見たのも、香港やベトナムの街で貧しい子どもたちが食べ物を求めて車の上に飛び乗ってくるのを見たのも、父親の外車の中からだった。こみ上げる罪悪感。「車の外に出たい」と強く感じた。

両親の離婚後、11歳で祖父母のいる米国へ。日本では「あいのこ」と後ろ指をさされたのに、セントルイスの田舎では「日本人」と見下された。「日本を、アジアを見下す相手は私が許さない」。日本への思慕が募った。満月を見上げ「荒城の月」を口ずさんだ。

アイリーンさんの「不公平」を嫌う根っこは、加害者と被害者、虐げる者と虐げられる者の両方の立場に揺れた、そんな子ども時代にあった。

20歳の時、世界的に有名だった写真家ユージン・スミスさん(当時52歳)と出会う。

結婚後2人で水俣に移住し、写真を撮った。日本語のできない夫の通訳役でもあった。患者と裁判に出かけ、一緒に寝泊まりもした。ユージンさんの死後は米スリーマイル島原発事故(79年)の現地取材をきっかけに、一貫して脱原発を訴えてきた。

水俣病で嫌というほど見てきた、国や御用学者らのやり口

大震災後、環境市民団体代表として何度も福島を訪れ、経済産業省前で脱原発を訴えるテント村にも泊まり込んだ。

テーブルにA4サイズの紙2枚を並べ、アイリーンさんは切り出した。「水俣病と今回の福島の原発事故の共通点を書いてみました」。題名に<国・県・御用学者・企業の10の手口>=別表=とある。

「原発事故が誰の責任だったのかも明確にしない。避難指示の基準とする『年間20ミリシーベルト』だって誰が決めたかすらはっきりさせない。

『それは文部科学省』『いや、原子力安全委だ』と縦割り行政の仕組みを利用し、責任逃れを繰り返す。

被ばく量には『しきい値(安全値)』がないとされているのに『年間100ミリシーベルトでも大丈夫』などと曖昧な情報を意図的に流し、被害者を混乱させる。

どれも水俣病で嫌というほど見てきた、国や御用学者らのやり口です」

福島県が行っている県民健康管理調査についても、「被ばく線量は大したことないという結論先にありきで、被害者に対する補償をできるだけ絞り込むための布石としか思えません」と批判する。

アイリーンさんが最も胸を痛めているのは、被害者の間に亀裂が広がりつつあることだ。

「事故直後、家族を避難させるため、一時的に職場を休んだ福島県の学校の先生は、同僚から『ひきょう者』『逃げるのか』と非難され、机を蹴られたそうです。

みんな不安なんです。だから『一緒に頑張ろう』と思うあまり、福島を離れる相手が許せなくなる」

福島の人々の姿に、水俣で見た光景が重なる。和解か裁判闘争か。

「水俣の被害者もいくつもに分断され、傷つけ合わざるをえない状況に追い込まれました。傷は50年たった今も癒えていません」

だから福島の人たちに伝えたい。

「逃げるのか逃げないのか。逃げられるのか逃げられないのか。街に、職場に、家族の中にすら、対立が生まれています。でも、考えて。そもそも被害者を分断したのは国と東電なのです。被害者の対立で得をするのは誰?」

昨年3月11日、アイリーンさんは娘と2人、久しぶりの休養のため、アメリカにいた。福島の原発事故の映像をテレビで見た瞬間、胸に去来したのはこんな思いだ。

「今からまた、何十年もの苦しみが始まる……」。水俣病がそうだったように。

水俣病の公式確認は1956年。77年の患者認定基準を、最高裁は2004年、「狭すぎる」と事実上否定した。

09年成立の水俣病特措法に基づく救済措置申請を7月末で締め切ることに対し、患者団体は今も「被害者切り捨てだ」と批判している。

半世紀たってもなお、水俣病は終わっていない。

「今、水俣の裁判闘争の先頭に立つのは50代の方々です。まだ幼い頃に水銀に汚染された魚を食べた世代です。だから、福島に行くたびに思う。

小さな子どもたちに将来、『あなたたち大人は何をしていたの?』と問われた時、
謝ることしかできない現実を招きたくないんです」

それでも声を上げようと思います

3時間にわたるインタビューの最後、腰を上げかけた記者を押しとどめ、アイリーンさんは「これだけは分かってほしい」と言葉を継いだ。

「水俣と福島にかかわっていて私自身、被害者と同じ世界にいると錯覚しそうになるけれど、でも違う。被害者の苦しみは、その立場に立たない限り分からない。分かっていないことを自覚しながら、被害者と向かい合い、発言するのは怖いです」

しばらく黙考した後、「それでも声を上げようと思います。福島に暮らす人、福島から逃げた人の両方が、水俣病との共通点を知り、互いに対立させられてしまった構図をあらためて見つめることで、少しでも癒やされたり救われたりしてほしいから」。

かつて水俣を、今は福島も見つめる両目が強い光を放っていた。

水俣病、について。

1956年に熊本県水俣湾周辺の住民に発生が報告された、手足の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄などを主症状とする中毒性の中枢神経系疾患。
 チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造工程で使っていた無機水銀の触媒から生じた微量のメチル水銀が工業排水として水俣湾に排出され、生物濃縮を経て魚介類中にメチル水銀が蓄積し、それを大量に食べることによって発生した公害病である。
 メチル水銀中毒の母親から胎盤を経由してメチル水銀が胎児へ移行し、言語知能発育障害、嚥下障害、運動機能障害を示す子供もみられた。これを先天性水俣病という。
 公害健康被害補償法の認定患者はこれまでに2,265人(2002年2月末現在の累計)に及ぶ。また、1964年ごろから新潟県阿賀野川下流域でも同様の症状を示す患者が発生し、第2水俣病または新潟水俣病と呼ばれている。

・・・動画もあるのですが、私には貼れません。知りたいと思われれば、水俣、とか検索すれば、いろいろ、あります。

やまねさん。

息子さんやお孫さんを思えば、胸の晴れない日々とお察しします。

とりあえず、地震が来なければ、と、願います。

もう今は、まったく他人のことではないのではないでしょうか・・・偽善者か、わたし。

気を、ちょっとずつ逃しながら、しぶとく行きませんか、それしかない気がします。


スポンサーサイト





  1. 2012.03.28 (水) 15:36
  2. URL
  3. yuuta
  4. [ edit ]

NoTitle

KUONさん こんにちは

国の対応をこうしてリアルに見ていると
子供の頃ニュースで垣間見た水俣病のことが
どうしてもだぶります このあたしでも、、

現地に住んでおられる方には個人の力では
どうすることもできない事だらけでしょう
親である国が国民を救えなくてどうするんだと思う

情けなくてやりきれない、、けどあたしもほぼ安全な場所にいるんですよね
申し訳ない、、と思いつつ
 
KUONさんみたいに警鐘をならす人がいなければダメなのよ
本当の事を知っているのと知らないとでは
全然違うと思います 何かの時の行動が
頭の中で思い描くだけでも違うと思うよ

テルテルたちは元気です 一応
今日は別の用事で今少し前に帰宅しました

リンクというの、、、右にあるのね 
そこポチするとエラーになるね
こういうこと まったくわかりませんわ ごめんね
でも載せてくださってありがとう
「はまや会」は静かに行うのもいいのではないかしら
v-20の京都のメーキングも観ましょうね



  1. 2012.03.28 (水) 21:35
  2. URL
  3. やまね
  4. [ edit ]

知識は力

KUONさん、こんばんは。

東京の息子ですねぇ・・東京から引っ越すことができないので、福島で原発事故が起きた時の対処方法を考えておくことにしました。

地震の備えは「水」や「家具の固定」「懐中電灯」等をしています。

知識や情報、それに経験も力(考える時の参考)になりますね。

原発事故の時は、先ず風向きを見なくては・・
避難のタイミングも大切・・
他にも考えておくことが色々あります。

もう、私達は「安全神話」に惑わされないですね。

現実をしっかり見据えて、万が一に備えようと思ってますv-91

はい、しぶとく行きますv-218

  1. 2012.03.29 (木) 18:59
  2. URL
  3. えま
  4. [ edit ]

NoTitle

kuonさん こんにちわv-482


絵文字入れられるようになってるのに、今気付きましたv-344

国は国民の事より、補償をいかに最低限で済ませられるか、それにやっきになっているのでしょうか・・・
その心配が先立っているから
訳のわからない事を繰り返し繰り返し。
通常まともな考えならば、同じ過ちは繰り返さないよう
努力するのだろうけれど・・・
過ちとも思わず、常套手段であるならば
政治家達はこうしてず~っと被害者の国民を煙に撒くつもりなのでしょうか。

10の手口。
政治家は何のために存在するの。
いざという時10の手口を実行する為?
そう思えてきましたv-40


 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・