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  1. みんなのうた
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八月も無事に  みんなのうた

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八月もみなさま、うたをお寄せ下さり、ありがとうございました。

いろんなことがありましたが、今もまだ続いていることもありますが、私のおめでたい幸せの一つは、ほとんどの時間、ほとんどの事象に対して、ボーっと暮らしていられることかとおもっています。

こうして、これからもボーっといられたら、はた目にはどうでも、自分としてはいいよなあ、と。

呑気に考えております。

また来月。ここで、言葉の愉しみを分かち合えたら、と願っております。

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     おてもやん の詠める

・・八月のうた

〇仏壇のひい爺じぃに手を合わせお供えの桃孫が持ち来る


     きく かおる の詠める


「遠方で 生前偲びて 手を合わせ初盆の棚に 思い寄せつつ」

「飛び込めば 水底に透く 陽の色淡し このときのため 皆泳ぎたる」



     黒猫アビ の詠める


・おだやかな 暮らしを願い 手にいれし
  残りの余生 おくる居場所

・おだやかな 心もとめて 万葉の
  歌のせかいに 身をおきしずめ

・靖国の 絵馬にたくした 願いごと
  叶えてほしい 日本の未来

・定位置で いつも寝そべり 傍にいた
  猫の視線を いまだに感じ


     おてもやん の詠める


〇草むらにサボテンの鉢捨て置かれ愛の渇きに枯れそうになる



     KUON の詠める


・今年またこの日来たれり 舌の奥の鉄錆色に匂ふ八月

・たっぷりと水をまいらす身じろぎもならず灼けゐる父祖の墓標に

・墓参了へやや豪華なるランチ了へ姉たち帰途に就くなり われも



     過保護な今出川 の詠める


・「さよなら」の替わりにいつも「また来るわ」
 言い忘れたと駆け上がる階段

・月初め よくきてくれたと義理母笑う
 供えた羊羹 両親と食す

・ひらがなで「かった」だけのラインあり
 今日も勝つよ 頑張れ息子

・大学のフェイスブックを見る夫
 息子の笑顔に「いいね」押す      (コラッ夫!)



     かりそめ の詠める


・どこだつて住めば都といふけれど病院食は喉を通らじ

・わが前にいつも無防備この背中たまには尖れ若きに戻り

・本当はとどまりたきが去ぬシェーン恋の行く末読めるがゆゑに

・・(原爆の日に健康診断に赴く天皇夫婦。この人たちのことはもう口にもしたくないと思ひしが......)

・水を欲る被爆者の声聞けよかし己が健康憂ふる前に



     KUON の詠める


・終日を雨降り続く止まざりて何処も昏し 人の心も

・ひもじさにまんままんまと逝きし子と詠み続けたる人のいま亡し

・逝きし子を黄河に投げてあと二人を守りしと詠みしかの人も亡し

・背にゐる子死ぬると知りつつ三日間降ろさず顔見ず逃げしと詠みぬ

・やうやくに乗り込み得たる引き揚げ船に子の死なば海へ投げるほか無く

・祖国日本見え来たる朝に果てし子を負ひて雨中に下船したりと

・あさましく人を罵る顔ばかり映る平和の日本の朝を

・大袈裟なる笑ひ誰れ彼れの噂話は消して四角くテーブルを拭く



     イッサ の詠める


・・8月15日に


★靖国の御霊仰いで合わす手に入道雲と蝉セミ時雨

★鎮魂の心は見えぬ幸いに亀首下げて大根演技

★水の害多きこの夏いかならむ祭祀忘れし帝咎有り



     さやかの詠める


・・KUON さまに刺激を受け、拙いながらも初めて作ってみました。


まどろみて小さな寝息頬に受け熱の下がりし額に安らぐ

紫に染まる浜辺独り占めさざなみ寄せる夏の夕暮れ

君来ぬと知りつつ視線を投げ掛けた窓の向こうは激しい夕立



     かげろう の詠める


・・亡き父の青春の地をたづねて

  父が戦中戦後に学んだ地を訪ねました。



亡き父の残しし爪と髪の毛を携えて今立つ筑紫の大学の門

戦よりもどりし父は筑紫の地学びの舍ではげみをりしか


・・父の学んだ大学が移転してしまうそうで、行ってきました。

  戦前の建物はいくつか保存されるようでほっとしました。



     Nちゃん の詠める


・・終戦記念日に

  終戦記念日に日本最大の陸軍墓地を歩く



●淋しげな陸軍墓地に金髪二人
  この日ばかりは来るなと思う

●人の無き陸軍墓地に横たわる
  終戦の日の黒とハチ割れ (猫)

●誘いみた陸軍墓地を断られ
  皇室などを憂うオトコに



アルジェリマン の詠める


・・お盆の15日がなぜ終戦の日なのだろう、

  お盆だから終戦の日なのかしら、と、

  小学生の頃、いつも不思議に思っておりました。

  偶然の一致だったのでしょうか。それとも。



風を呼ぶ迎え火高くきゃあきゃあと母と寄り添い背で壁作る

黒犬が枝から落とすコガネムシ 死んだ振りして命拾いす

もうすぐに雨は止むよとスズメ啼く 送り火見たいと黒犬が鳴く

霧雨の集まり落ちて叩く石 ピクンピクンと黒犬の耳



     おてもやん の詠める


・・八月十六日に生まれて


〇盆明けの実家の居間で産気づき我を産む母助産師の祖母

〇我に問う誰かの生まれ変わりならこの日生まれの意味はあるかと

〇前世に何があったか知らねども今は平和に生きております



     KUON の詠める


・ひとごとに愚帝「反省」とまたも言ふ英霊たちを踏みにじるがに

・ええかっこしいの愚帝さかしげに「反省」とどちらを向きておほざきあそばす

・息子らは静養中とや蝉さえがうつむきて鳴く葉月十五日



     おてもやん の詠める


〇反省と言うなら今の内廷の愚行の極み省み籠れ



     かりそめ の詠める


・・(思い出・シアトル)


・市場にてポンドで買ひし桜んぼふたりには多すぎる嵩

・海沿ひの市場への道下り行くひと足ごとに濃くなる魚臭

・御真影二世の店にありし頃やや甘すぎるカツ丼を食ぶ

・日本を遠く離れて仰ぐ山たれ名付けしかタコマ富士とふ


・・(思い出・パリ)


・早朝の巴里に降り立ち入るカフェにまづはひとくちクロワッサンを

・十年後ウェイトレスの皺ふえて同じ仕草でカフェオレを注ぐ

・おそらくは二度と行かざる巴里の街少女期ひたに憧れゐしが



     たまき の詠める


山の上
廃遊園地に
ただふたり
そらは秋いろ
ただ果てしなく

今度こそ
最後のメールと
うつ指は
震え震えて
意味をなさず

扇風機
の音キィと鳴る
盆過ぎの
誰もいない
畳の部屋に

おかあさん
夢にて叫ぶ
一夜あり
あんなに嫌って
いたはずなのに

誰にでも
懐かない猫
四年経て
憐れでもあり
愛しくもあり

・・きたーーー

深い反省
言うならば
だれがだれにか
説明よろしこ



     KUON の詠める


・床しもよ老舗旅館は廃業の知らせに浅葱の和紙を張りをり

・ゆかた着て幼な児のゆく紺屋町茶町綿町ながき夕ぐれ

・遊郭の名残りの路地に首細き少年ひとり花火してゐる

・真っ白き足裏二まいひらひらと潜りゆきたる児を見失ふ



     わすれんぼ の詠める


代替わりへ激しく動くこの一年余
なりふり構わぬ動きに驚く

“天皇は権威はあれど権力なく
たみくに思いて祈る“はマヤカシ

権力者が良識モラル踏み潰し
国壊しゆくさま目撃す 

数年前は東宮批判できていた
言論界が今沈黙す

満を持して批判のブログを攻撃す
後ろにいるはあの連中か

攻撃に負けてはいないという人たちの
おられることに希望見出す

戦わずに得られるものなどないという
若き日の教訓今思い出す

戦うには日ごろの準備こころがけ
弱さを剋す生き方持たねば



     ROM の詠める


・・和歌なんて私には無理だなあと思いつつ、数日前、飼い猫が近所の野良猫(たぶん)との喧嘩に負けて帰宅。外傷が見つからないまま、興奮状態が続いた後ぐったりした翌日から医者に診てもらうまで、喪うかもしれない不安と悲しみとの闘いの数日の気持ちを、勇気を出して駆け込みで書いてみました。


どうしたの?声をかけてもふりむかず引きこもる背中に戦いのあと 

寝付かれぬ傷負いし猫のただじっと私をみている真夏の夜更け

一夜明け医師の注射に生き返る見返すまなざしチカラが宿る



     きく かおる の詠める


・公平に 出来れば誰も 引かぬもの 貧乏くじの 当たりの紐を

・権力を 持たせて判る 地頭の 弱き者達 鈍い判断

・身を削り 額に汗して 働けど 伝わることなき このマンパワー


・・近頃の我が国、我が職場を詠みました

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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