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風はただ、吹いているだけ

采女の袖吹きかえす明日香風都を遠みいたづらに吹く

   うねめの そでふきかえす あすかかぜ みやこをとおみ いたづらにふく

                                    志貴皇子   51



この一首、いいですねえ、と先日ご紹介して、あと、こころおもむくままに、詩歌の森をさまよっておりました。

とか気取りたくなるくらい、日本語の世界は心地いい。

一首に戻れば。

采女とは、宮中の女官の一。天皇のそば近くに仕えて、食事のことにたずさわった、と。大化の改新のときに、少領以上の郡司の姉妹、子女のなかから、「容姿端正なものを貢進することと定められた」と、何冊か調べて読んだ中にありました。どの辞書だったかなあ・・・。

身元たしかで容姿のいい娘さん。すれてもいなかったでしょう。天皇の食事の世話などするのですから、そこにはまあ、いろんなことが起きたのですね。

志貴皇子は、天智天皇の七番目の皇子です。母親は采女の一人でした。母の身分の重要だった時代に、そういった立場であり、皇子自身の性格もあいまって、宮中の争いごとに巻き込まれず、穏やかな生涯を送った、とされています。

もう一人、天武天皇の息子に「磯城皇子(しきのみこ)」という音の同じ人物がいて・・・となって行くと、いっぱい沢山書かなければならないことになります。

ですから、そちらの皇子さんは置いておいて、志貴皇子の一首を「いいなあ、これって・・・」と、うっとりする方向で、このまま行きます。

采女という立場の女性は、天皇や天皇の息子たちの子を産むことはあっても、つまりそれだけのものでした。

ここでうたわれている采女も、その例に漏れなかったのでしょう。

かつて思いを寄せ、いっときは睦んだ女性。思い出して暗いところは無く、風の中に立てば、ふと。まろやかな頬の線やなだらかな眉のカーブが蘇るような。

既に都は移ったあと。ひろびろとした野に、嫋々と風は吹き来て、吹き過ぎて行く。

采女の裳裾は、このような風に、ひるがえっていたなあ。袖が風に巻かれて、白い腕があらわになって、あわてて引っ張ったりしていたなあ。

過去の都跡に立つ皇子は、空に、山に、風の来る方向に視線を巡らせ、かつて睦んだ女性に思いを馳せる。

この一首、初めの一句が

「うねめの」と、五音でなく、四音です。調べとしては滑らかでない、ちょっと「ん」とつっかえる感じ。でも、そうしてつっかえるように「うねめの」と読み始めて、そでふきかえす、とリズムよく読んで、重要な真ん中の部分「あすかかぜ」と、さら~っと行く。

「都を遠み」ここでいきなりシリアスになる。思い出のつまった過去でない、今、そこにいる今は、現実の都跡。

もう都でない、すべてが終わった地なのです。

すべてが終わった地に、あの日と同じく吹き渡る風。

この風はもう、采女の袖を吹き上げ、はためかせることも無い。

風は同じだが、采女もいない。

風は、ただ、吹いているだけ。




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コメント

なんだか、心に残る歌ですね。

あぁ、もうすぐ お盆。
お盆が終わると、もう秋ですね。夏の終わりって、日も短くなっていくのを感じてさびしいですね。


人生のはかなさをうたった歌でしょうか。

KUON様、
あすかかぜ、ふんわり? ぴゅーっと?
気温は? 時刻は? 花のにおい? 枯れ草のにおい?

いろいろ想像して、果てしない。

政争もあって、怖いこともあったんだろうな、
解説を読んでいて、そんなことも思いました。

「みやこをとおみ」
その一言でこんなに広がる歌、いいですねぇ。

そうです、お盆です。
うちではじめてのお盆です。
なつかしくて、うれしくて、さびしいような時の流れです。


・らむ酒さん

こんにちは。

心に残る・・・ですね、千数百年の時を残って来たうた、ひとの「うったえ」ですものね。

お盆も間近? そうですね、その前に何日かでも、終わってしまう前の夏のきらめきが、在るようにも思い。

甲子園の決勝戦が終わるころ、夏の終わりを意識するようになっています。

人生は、はかない。一生もはかない。でも、時々、少しでも、生きていることの喜びもあるのだと・・思おうとしている気がします。


・アルジェリマンさん


>いろいろ想像して、果てしない。


>「みやこをとおみ」
>その一言でこんなに広がる歌、いいですねぇ。

いいですねぇ。ほんの短い詩形ですのにね。日本語の、たった一つの文字、音の持つ力に感嘆します。

新盆。これもまた、なんとも言えないもので・・盆提灯のくるくるが、わが家には無くて(神道なので)叔母の家にはあった、きれいだなあと眺めて、好きでした。

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