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返事の中までKUONです。

  1. くおんの万葉集
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小松が下に立ち嘆くかも


君に恋ひいたもすべなみ 楢山の小松が下に立ち嘆くかも

  きみにこひ いたもすべなみ ならやまの こまつがしたに たちなげくかも

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昨日に続き、笠郎女のうた。

大伴家持の邸宅跡は、今では春になると桜並木がみごとに美しい佐保川あたり。平城宮跡の外側。長屋王の邸宅跡もこのあたりです。

長屋王の邸宅跡には「そごう」ができ、そのそごうはいけなくなってイトーヨーカドーが後に入り、そのヨーカドーも、もうすぐなくなるとか。

地図の読めないワタシが書くとどうしようもない(すみません)、そこからすこし離れて佐保姫伝説のある狭岡神社の参道に、上記のうたの歌碑が建っています。

・・・あなたが恋しくてどうしようもなくて、ならやまの、小松の下に、立って、わたしは嘆いています。

そういううたです。

楢山は奈良山であるとして・・奈良の、北の方の山、ですね。楢の木がうたにする時に目についたのかな。そして「小松の下」というのは、そういう名前の松や地名があるのでなく。木の下に立って、待つ。

「小松」と「待つ」とをかけてあって、とにかく待った、待っていたのよ、ということでしょう。

思い詰めて。期待して期待破れて、待つ。ただ、ただ、待っていたのか。

電話もスマホも無い時代、(おそらく)人目を忍ぶ、人目はばかる乞いであったから、誰かに伝言をたのむのも難しく。

それでも恋のさなかでもあって、男の方にも同じ程度の「気」がある時期や状況なら。

いついつどこで、と、約束をして、それを違えずに行けば会える、ともなるのですが。

女性の気持ちは逸っていても。この場合、相手はそうでないので。

郎女の方が、約束も何もしていなくて、でも会いたい一心で、ただ、待ち続けることだってあったのでしょう。

今日はきっとあの人は中へあがるはず、このあたりを通るはず、で、ここにいれば会えるはず。

そんな思いで待ったかも知れず。

対して男は、通りがかろうとして、そこに、一途な目をした女が立ち尽くしていれば。

うわあ嬉しい、たったと走ってぎゅううう、ハグ、とかなってくれればいいけれど。

うひゃ。いる。どんだけ待っているのだろう、約束していないし、この頃は、会うと、気持ちが離れたのかとかもっとこちらを見て、とかの押し問答ばかりで。コワイ顔するしすねるし膨れるしイヤミ言うし。。

正直、楽しくないんだよね~。

などの思いが駆け巡って、その場をそーっと離れて、違う道から。とか。

気が削がれたから、あっちのあのコのとこへ行っちゃお、とか。

そんな風な具合だったのかも知れません。男の身は、やはり、自由です。


笠郎女は、そんなに身分の高くない家の娘、からだを使ってキリキリと働いていた女性だったような。

家持は名家の息子で。少納言だったりして、いわゆるエリートでした。政治的には苦しい立場でもあった・・ごめんなさい、こっちの観点からは詳しくないのです、家持に関してはただ、ただ、和歌の血筋の良さの方から見てしまっています私。

二十歳は越えていたのでしょうか、互いに。

ふたり。

どういうことでか知り合って、付き合いが始まって、女性の方からの思いが勝って多くのうたが生まれて。

男の方はそんな、積極的でもなかった、としか考えられないのです、こういったことのバランスは、絶体と言えるくらい、片側に傾くものであって。

思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我は死に還らまし

   おもふにし しにするものに あらませば ちたびぞわれは しにかへらまし

                                       603


恋が苦しくて死んでしまうようなことがあるなら。恋で死ぬようなことがあるならば。

わたしは、千度でも死ぬでしょう、この叶わぬ恋の苦しさに。何度でも、千度でも。

・・・

家持の付き合った女性にはうたの才能のある女性も何人もいました、その中で最も才能のあったのは、この笠郎女、というのが定説になっています。家持自身がそれをわかっていて、彼女のうたを二十九首も万葉集に入れているのです、才能は認めていた・・・別れて後のことではありますが。

歌才に恵まれた笠郎女は、とうぜん、自分のうたの演出もしたと考えます。しようと思わなくてもしてしまう、それも、表現する人間の特質だと思っています。数年間のことだった家持とのことが、本当に、終わってしまって。

前回の「餓鬼の後に・・・」の一首で爆発した郎女。

恋しい男の気持ちは、どう激しく詠んでみても、郎女の方には来てくれなかった。つれなかった男は、つれない二首を、贈ってはくれました(今はそれを引きません)。で。

私感ですが。郎女の気持ちは案外、最後は、すっきりさっぱりではなかったか、と。

あ~あ、終わった、しんどかったぁ。恋なんぞすると疲れ果てるわ、消耗するわ、眠れなかったからお肌も荒れてしまった、あの男は通ってくれなかったし。あ~あ、淋しくない訳ではないけど。さびしいけど。胸、痛いけど。

もう。もうもう、どきどきハラハラ、朝も夜もあの人のことばかり、考えて暮らすことも無くなったんだわぁ。

思いは痛みになって残っても。やり切りました郎女さん。

新しい何かに、向かって行けたのではないか…など思うのは、すでに恋するに現役でない今のKUONだから、なのかもしれません(笑)。

・・・

すこし郎女から離れて、若い日の、みずみずしい若者・家持のうたを、一首。

   ふりさけて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも

       ふりさけて みかづきみれば ひとめみし ひとのまよびき おもほゆるかも

                                     994


ふりあおいで空に光る三日月を見れば。

一目、あの時に見た。あの人のあの。

ほっそりと美しかった眉が思われます。美しいひとでした。

・・・おおどかな、清廉ないろけのある一首と思います。


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  1. 2017.07.20 (木) 20:26
  2. URL
  3. アルジェリマン
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三日月

KUON様、昔も今も変わらないと思いました。

あ、今の若者の事情はわかりませんが。

携帯電話がなかった私の20代の経験から、
「待つ歌」の状況が身近に感じられます。

三日月は細くしなやか怜悧なるヤツを思わせちょっと腹立つ

そういえば三日月でチッ!となってた時期がありましたっけ。

なんか楽しい~、万葉集シリーズです。
  1. 2017.07.21 (金) 06:19
  2. URL
  3. たまき
  4. [ edit ]

そういえば

私にも、雨のそぼ降る中、傘をさして佇んでいた日もありましたな。

恋というのは
ほんとにおそろしいものでありまする。

相手は、ぎょっとなってスタコラ逃げたに10000点。
  1. 2017.07.21 (金) 07:20
  2. URL
  3. 葉山
  4. [ edit ]

やはりKUONさんの和歌シリーズは素敵です。

恋よりは抱っこで孫の頬が触れた時の方が、胸がキュンとなる今の私です。

でもKUONさんの歌ワールドに引き込まれます。

  1. 2017.07.21 (金) 20:25
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

・アルジェリマンさん


三日月ってきれいですよね。

空みあげて、受け月であると、気持ちが安定するようで嬉しいです。

ぼてっとした十六夜の月もよろしいですが。

電話とは相性わるいまま一生行きそうな(笑)。ばんばんばんばん喋ってしまって、あとの自己嫌悪がひどいのが判っているし。

奈良から私の住む町へ帰る電車、広い広い平城宮跡をすうううっと走り抜けるのですが。

その車窓から見える月は、すばらしいです。

満月も美しい、欠けつる月も、天空に、ホントに素晴らしいです。

奈良へ来られたら、夜、電車の中から平城宮跡の月を、見ていただきたいな・・・スマホなんぞ、バッグのポケットに突っ込んでおいて。

おうたは、いっぱい、貯めておいてくださいね!。


・たまき さん


・・・むむむ。もしや私みたいな「フモー」な思いを積み重ねて来たお方か。

ふつうに可愛い女の子が、当たり前に手に入れてしまうふつうの恋とかに、なにゆえか縁遠く。

勝手に美意識強く無駄に自意識過剰・・単純でアホなオトコ族(ケケ)なんかには、こちとらのキモチなんぞ判ってもらえなんだ・・。

いや。自虐ぶるのは止めましょう。

かの日々ありてこそ、今、自分は自分にございまする。

>恋というのは
>ほんとにおそろしいものでありまする。

いま、ヨユーでこんなことも、言えてしまいますが。

まあ、まあ。

若き日のたまきさん、ぎょっとなって逃げた(であろう・くくく)に絡めてのの自己採点10000点。

仕方ないんだよ、今は笑って言えまする、でも、痛かったでしょうね。よしよし(すみません)。


・葉山さん

>恋よりは抱っこで孫の頬が触れた時の方が、胸がキュンとなる今の私です。


これも、よおく、わかります。

16年前のわたしもそうでした。

初孫くんの頬っぺた、おしり、足の裏まで愛しくて。

実質的にわたしが育て役をになう感じでしたので、可愛くて嬉しくて懸命で、残る一生、この子さえいればいいと思っていました。

今も変わりません、私より大きく、鍛えているから全身カッチカチに固く、あたまは今どき丸刈り(自分で電気バリカンでします(笑))朝も早うから弁当ぷらすオニギリ三個持って出て行く、デカくなった孫息子。

私の日常は、朝、出かけて行く人たちのオベント、日によって三つか四つ作り、から始まり、全くロマンティックなものでは無く。

でも、いかに散文的な日常でも、アタマの中と気持ちは、ロマンでいたい。

昔の日本人たちの気持ち、息遣い、悲しみや喜びを、感じていたいなあと、今は、そんな風に願っています。

ぽちゃぽちゃの、いい匂いの、無垢の笑顔を惜しみなく見せてくれる、お孫さんとの耀く時間を、存分にお楽しみになって下さいね!。










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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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