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遊びをせんとや

・・・・引用・・・・梁塵秘抄 巻第二 四句神歌 雑
              
 遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ
 
 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動(ゆる)がるれ
  
大意……
遊ぶために生まれて来たのだろうか。戯れるために生まれて来たのだろうか。
遊んでいる子供の声を聴いていると、感動のために私の身体さえも動いてしまう。

------------------------------------------------------------

『梁塵秘抄』は知らなくてもこの歌なら知っている、というほど有名な歌だと思います。

この歌を、「遊び」はアソビメ、「戯れ」はタハレメに通じるとして、遊女が子供の声に触発されて、我が身の罪深さを嘆く歌、とする解釈もあるようですが、子供の純真な愛らしさを歌ったもの、として読んでいるのが一般的なようです。

これは、子供の未来に明かりを垣間見たいと願った、大人の思いなのではないでしょうか。

人間が遊びや戯れをするためだけに生まれてくるのではないのは、重々承知している。人間はもっと重い、長くて苦しい道のりを歩まなくてはならない存在であるけれど、だからこそ、遊び戯れる子供の声の可憐さに、そのいとおしさに、自分の身体も一緒に動いてしまう。子供が歌っているのを聴けば、一緒に歌いたくなってくる。そんな歌なのではないでしょうか。

この歌を謡ったのが親にしろ遊女にしろ、子供達が純真に遊ぶ心を忘れずに、健やかに育って欲しいと願う気持ちが、そして、自らもまた、子供の頃の気持ちを持ち続けていたいと願う心がこもっていると考えるのは、うがちすぎた見方でしょうか。

・・・・引用おしまい・・・・

ふたたび「平清盛」の話題です。

清盛の生母が唄っていたのがこの歌でした。追われて逃れて身を隠している立場で、前職(白拍子・白川上皇の手がついて清盛を生んだ、という設定だったような・・・)の折にうたった歌を、うかうか唄っていて見つかるなど、やや???な展開でしたが、懐かしい思いで聞いたのも確か。

いえ、私が平安末期を生きていた人間であるとか、遠い先祖が白拍子で、その遺伝子が震えた、とかの話ではないです。

初めて聞いたのは二十代にさしかかった頃で、ええ!、遊びをするために生まれたのか、戯れを楽しむためにか、それいい、すごくいい、と、ばかな喜び方をした記憶がありまして。

今様。昔の歌謡曲です。

ふたたび美術館の話に、戻ります。美に酔いしれるのみでなく、感じること多かったのです、あの大塚美術館。

王侯貴族は、華やかな豪奢な暮らしを競い、楽しんでいた。そこから生まれたものも多い文化、芸術というものが栄えるには、膨大な浪費、無駄も必要・・・その問題は今は措いて。

ほんの一握りのその人たち以外の、大勢の庶民は、食べるにかつかつ、という日々がほとんどだったと思われます。

以前、わが国の食料事情について、こんな、今のような飽食の時代は、歴史の中にも皆無。こんな食べ物が溢れて、膨大に捨てている時代は無かったし、異常でさえあると言える。

・・・そんなことを、読んだことがあり、ふうむ、なるほど、と、自らの胸・・・でなく、腹に、手を当ててみたものでした。

世界の様々な国でも、同じことが言えたのではないかと考えます。大きな力、救いの力を、人びとは要したのでしょう。

ここで、ぽ~んと飛んで、世界の偉大な宗教の祖が、あちこちの国々にあらわれて来たことの必然性に思いが及ぶし、たとえば前にも書いた受難のキリスト、その「復活」というものは、人々の心の救いのために、どうしても無くてならないことだったのだろうと考えます。

しちめんどくさい話になりました。パルドン。

で、梁塵秘抄です。

先に引用した解釈以外にも解釈は多々、あるようです。

どう解釈してもいいのなら子供の未来に明かりを垣間見たいと願った、大人の思いなのではないでしょうか、と、ここにあることに、うなずきたい思いが深いです。

今夜もラストに、小出裕章先生の話を貼らせてもらいます。あとで。


話変わって。

このブログにコメントを寄せて下さること多いyuutaさんが、北茨城の、やはりここのお仲間であるようこさんの、細腕繁盛記(が、今、本人の努力でどうしようもないところで揺らいでいる)民宿「はまや」さんで、「食べよう、だべろう、ヨンジュン・サランのミジンコ会」みたいな(これは今、思い付きで勝手に書いたフレーズ)専用のお部屋を開設されました。

私は、特定の民宿や店の宣伝をしようとか、強引に「来てよ!」とか、言うつもりは本来はありません。

人生的な時期的に今、いささか、出かけることが出来やすい自分になった。

他へ行くなら、東北や関東の方へ行きたい。自分の関心がもっとも向いている方面です。あ。四国へもまた行きたい!。

あちこち知らないので、では、はまやさんへ行って、ゆったりさせてもらって、また仕事頑張ろう。

また頑張ろうという気が、私には、湧く、温かいおもてなしを受けたのです、前回。料理も新鮮、たっぷりで。これ重要でした。

皆がみな、今の私みたいに呑気に、そうしたいからそうしよう、というジンセイでないのは、よくわかります、当たり前。自分はたまたま今、そういう時である。

本当は、もっと大声で叫びたい。

宮城県の亘理・いちごっこさんは「食べることが支援だ」と、食べ所を開設しておられる様子。

支援だなんて、訪問する側の人である私は、自分の口からはそうは言えない、私が食べることが支援だなんて。何年もしょっちゅう食べ続ければ少しはそうも言えるだろうが。おこがましいっす。

おいしい魚をいただきに行きましょう、と、言いたい気持ちは、てんこ盛りだぜい。それだ。

・・・何かを言えば誰か、どこかに当たってしまう。それは承知。どちらかを選ぶんだよね。きっと。

行く。行きたい。私にとっては、神戸から飛行機でぴゅーんだから、行きやすいのも魅力。

。。。食べたい、遊びたい言い訳を、延々としてますね~ワタシ。

楽しかったんですよ。

少し、興味と関心を持って下さるなら、yuutaさんがそのうち、出して下さるであろう「お知らせ」を、ご覧になって下さいと。

精一杯、PRさせていただきました。

こういう、遊びを、せんとや、生きてるよ~。


・・・・・梁塵秘抄には、以下のような今様も見えます。

 仏は常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあはれなる
    人の音せぬ暁(あかつき)に ほのかに夢に見えたもふ 
 
 
  訳。

   仏は常にいらっしゃるのだけれど、いつもは見ることができないのがさみしい。
   しかし、静かな暁に、夢の中にかすかにお姿をあらわされたりする。
 
   【感想】=(引用)
   私もまだみんなが起き出さない暁に、仏のお姿を見たりする。
   二日酔いの頭に、昨夜の愚かな行為が蘇ってきて、仏があらわれ
   責められる。
   
   昔は、夜の暗いときを、宵・夜中・暁と分けていた。
   と、高校の古文の授業で習ったっけ。
   この時代は暁は暗闇で、曙とは違う。
 






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  1. 2012.03.18 (日) 08:25
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  3. yuuta
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KUONさん
ありがとうございます

今載せました
はまや会 皆様のご参加をお待ち申し上げます
今一度 貼らせてくださいませ
↓  ↓
http://bbs4.aimix-z.com/gbbs.cgi?room=meitamu2

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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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