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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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いまの立場。

皆様こんにちは。

去年の今日、3月10日、私は、独身の頃からの付き合いの友達と会って、昼食を共にし、食後のコーヒーを、ゆったりと楽しみました。

またね、と別れて次の日、東北地方を大地震と津波が襲いました。

その時、パソコンの机の前におりました。

んん?めまいかしら。

それが奈良に住む私の感じたことで、いつも、昼間はテレビを見ないのに(工場の方にはテレビそのものが無いのです、その日は自宅の続きである事務仕事用の部屋にいたのです)、胸騒ぎというか、パソコンのトップ画面の「大地震」という言葉に、思わずテレビをつけました。

安藤優子さんがすでに、ヘルメットを頭に乗せた姿で、ぐわん、ぐわんと天井の照明や下がっているプレートやが激しく揺れているなか、果敢にご自分の任務に立ち向かっておられました。

「落ち着いて下さい、落ち着いて行動して下さい」。

安藤さんは、どんなにか驚いて恐ろしかっただろうに、頑張っておられました。

それ以後のことを、いま、書くことは控えたいです。

多分、テレビを見られる環境にいた多くの方々・・・現実に災害の中にはいなかった方・・・自分も含めて・・・は、思考が停止したような状態で、ただ、ただ、テレビ画面が伝えて来る、すさまじい映像に、向かい合いながら、声を無くしていたのではないでしょうか。

奇妙だった・・・。

家が、車が、コンテナが、樹が船がクレーンが、流されている。

少し高いところで、その様子を眺めている人々がいる。

離れたところで、温かい部屋で、そんな映像に打ちのめされている人間がいる。

本当に、何もかも、現実のこととは思えない光景でした。

原子力発電所が、煙を吹いている映像を見て、詳しいことを知らなかったものの、えらいことになった、と、脚が震えました。うろうろおろおろするだけ、な感じでしたが、ハッとひらめくことがあり、数日前に会ったばかりの友達に電話をしました。

あちらもオロオロしているばかりでした。彼女には、少し前に先天性の心臓疾患の手術を受けたばかりの幼い孫がいるのです。

彼女の一人娘の、初めてのお子です。横浜にいます。

「Aちゃん、連れておいでよ、あんたんちへ」

私は言いました。彼女は、京都と奈良の中間あたりに住んでいます。

自分もそう思って、娘に連絡したけど、娘は全く気が無くて、急に連れて行けない、私の仕事どうなるのよ、と言うのだ、と、彼女は、淡々と答えます。呆然としていた、と言えば正確だと思います。

ばかか、と私は怒鳴ってしまい、Nちゃん(彼女の娘)がそうなら、あんた、行って、Aちゃん預かって来なさいよ。うちのダンナは、えらいことになると言うてるよ、私を信じてよ。強引に説得しました。

結局、彼女は、新幹線で飛んで行って、保育園にいた孫娘を抱きかかえて、着の身着のまま自宅に連れて来て、娘の婿さんに、すみませんが、ひと月ほど、できたら当分、預からせて欲しいと頼みに頼んだものの、十日ほどで、孫ちゃんのパパは愛娘を奪還しに来たのでした。

放射能に関することは、一人一人、感じることが違うのだ、と、思い知ったはじめでした。



明日は私は、一人で、祈りをささげる日にします。

私という人間のいまの立場では、泣くしかない。



もし、およろしければ、どなたも、どんなお気持ちも書いて下さい。







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  1. 2012.03.10 (土) 20:53
  2. URL
  3. ようこ
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kuonさん

いつになったら心の底から笑えるのでしょう
いつになったら心の底から楽しいと思えるのでしょう

家族を失った人
家を流された人
仕事を失った人
・・・・・・・
・・・・・・・
にとっては、一年が来ても
周りが絆だ繋がりだとさわいでも
別にただ一年が過ぎただけのはなしです。

被災地を支援しているあるプロサッカーチームの
揺るがない言葉「支援はブームじゃない」
嬉しいですね。

震災から2日後くらいに
あるテレビ局がヘリからの取材で
カメラを回しながら
レポーターが「見えてきました!見えてきました!」と絶叫しているのを最近見ました。
富士山が見えてきたわけでもあるまいし・・・
とたんに私はテレビのスイッチを切りました。
取るに足らないことでも
被災しない人にはわからない気持ちでしょう。

地震、津波、原発事故、風評被害
この四重苦を背負って
どう進めと言うのでしょう。
生かされているうちは
生きていくしかないことは誰でも知っています。
kuonさん、最後は愚痴になってしまいました~。
  1. 2012.03.11 (日) 01:19
  2. URL
  3. やさい
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KUONさん、ようこさん こんばんわ。

去年、
とてもとても大変なことなった。とは思ったけど、
まる1年後も、殆ど何も解決してなくて、
復興というには遠い足踏み状態でいるとは想像してませんでした。

   そういう意味で驚いてます。
   そういうことで悲しいです。

   
  1. 2012.03.11 (日) 21:51
  2. URL
  3. ジュン
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kuonさん、ようこさん、こんばんは

朝、目覚めと同時に、お祈りをしました。

沢山の方を思い。

私も、何時、何処で大地震に遭遇するのだろうかと!

日々、優しさを感じ、大切に生きていこうと!
  1. 2012.03.12 (月) 01:48
  2. URL
  3. ディラン
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重過ぎて…

こんばんは、KUONさん。

色々なことを…
書いては消し、書いては消ししているところに

南相馬市在住のヨン友さんから
リアルPhotoがメールで届き

積み上げた積み木が崩れ落ちたような
焦燥感に襲われて
しばらく書くのをやめていました。

何もかもが重た過ぎる…
どんな言葉を使ったら
常に押し潰されているような
この感覚を
あらわせるのか、見当がつきません。

このところ連日放送されている
テレビ番組も
辛くて辛くて見ていられず
今日は、ほとんどスイッチを入れずに
いました。

でも、現地の方々には
それが日々を取り巻いている
現実なんですよね。
スイッチなんかじゃ、切り替えられない(~_~;)

それでもまだ原発を推進しようとしている政治家さんがいる。
驚きです………



職場でも、従業員用に
ヘルメットを設置の話があるようです。
地震への対策は取ろうとしていても
放射能への対策は
未だ前進なし…かな(ーー;)

  1. 2012.03.12 (月) 02:51
  2. URL
  3. sarah
  4. [ edit ]

SPEEDIのデータの公開、会議の議事録の不備。
最悪のシミュレーションにこそ対処しなければいけないのに、あまりにも重大なので「なかったことに」。

何千ページという議事録や音声での詳細な記録を残しているアメリカ。
アメリカ製原子炉をそのまま設置した地震国日本に比べて、同じ型を狭い国土を考えて改良してから設置したスイス。


なんというか、シビアな世界に比べて「お子ちゃま日本」という感じです。
そのお子ちゃまが大人しか手にしてはいけない道具を持ってしまった、使ってしまった。

その結果・・・。


いつも拝見しているフランス在住の方のブログに書かれていた言葉が心に残ります。

「フランスに住むようになってから、いろいろな国のいろいろな人の話が他人事と思えなくなった。
ホロコーストも難民も、少年兵も貧困も、戦争も民族も、
なにもかも明日自分や自分の子どもに降り掛かるかもしれないことのように感じる。
そういう生々しさがここにはある。

こういう生々しさを感じることなくのほほ〜んと生きていられた日本という社会と、
人生設計なる言葉が普通に使われ、
35年ローンを組んで家を買うことがごく普通のことだったあの時代の特殊さが、
今は夢の出来事のように思われる。」
  1. 2012.03.12 (月) 08:11
  2. URL
  3. yuuta
  4. [ edit ]

KUONさん みなさん おはようございます

三日間夜明けを見ないでいたら
今朝はいつもと同じ時間の朝がとても明るくてびっくりしています

この数日間 去年あなたは何をしていたか、、、と何人かに聞かれました

その時は自宅に帰れない状態になって
東京のあるお宅に娘と二人でお世話になったのでした
翌日の夕方やっと帰宅できて それから不便な生活が始まりました
でも、そんな思いなど吹き飛ばされる事態が次々とわかってきて
自分のあまちゃん振りを思い知らされた一年でした

今も過酷な状況におられる被災された方々
行方不明の方が三千人以上もおられる
身元確認ができない方々
一日も早くお名前とご遺骨が一致できる事をただ祈るばかりです

「被災された方に心を寄せて」
いつまでもこの気持ちを忘れないように生きて行きたい
今強くそう思っています

皆さん それぞれ思いを抱えていらっしゃる事でしょうね
北茨城のはまやさんで語りたいな~なんて思いますが
あんなこと こんなこと 勿論ヨンジュンのことも
いかがですか

ようこさん KUONさん 勝手に話してますがいいですよね(独断的~)
一月の時はジュンさんが参加してくださいましたね
いつの頃がいいのかな
四月か 五月か はたまた六月か、、、

「アヴェ・マリア」をありがとう 
  1. 2012.03.12 (月) 11:18
  2. URL
  3. ソナチネ
  4. [ edit ]

KUONさん こんにちは~。

テレビを殆ど見なくなった私は、土日の2日間、ずーと点けっぱなしにしてゴソゴソしてました。

つらかったです。

かなしかったです。

くやしさがこみあげてきました。


放射能が一年間ずーと降り続け

復旧・復興の妨げになっているか。


これから先

どれほどの  くるしみ・つらさを、、、たえしのばなければならないのか。


ただ、、、、おもう。。。。

苦しみ・辛さを耐えて、、、よかった。。。。


その日が・そんな日が・・・・かならず、、、くる。。。。


いのります。

祈り つづけます。

  1. 2012.03.12 (月) 14:49
  2. URL
  3. えま
  4. [ edit ]

kuonさん

いっぱいいっぱい書きましたが
消しました。
何を書いても言い表せません。
ただただ胸がえぐられるような思いです。
生まれ故郷福島を思う。
時の止まった町を。
被災し生き残った多くの方々の苦悩を思う。
私も
祈り続けます。
  1. 2012.03.12 (月) 20:05
  2. URL
  3. 山イチゴ
  4. [ edit ]

KUONさん皆さん少しごぶさたでした。
震災関係番組、結局「障害者」の事民放は無し、NHK教育2時間のみ。しかもゴールデンタイム…誰も見そうにない時間帯!
そういう位置でしかないのだと。
餓死は体が不自由で助け呼べなかったのだろうと数日前報道してたけど…。

申し訳ないが祈る気持ちになれず。
明日は我が身・我が友。
泣く事もできない。
「泣くとお腹すくから泣くな!!」合い言葉が蘇り。
5時夕食翌日7時朝食まで空腹。
昭和40年代。
成長期小・中・高校生が丘の上でそういう生活を強いられてた…自分も。
空腹のあまり、泥団子作り食べちゃった小1Mちゃん「死んじゃうが!吐き出しよ!!」数人で抑え指で泥を掻き出しながらみんなも泣いた。
私は映画「火垂るの墓」はつらくて見れません!
祈って、泣けば食べ物が降るなら、放射能汚染が消滅ならいくらでもやるけど。
今回、家畜も人も餓死だけはなんとか防いで欲しかった!。

KUONさん、一歩間違えたらあなたの説得がお友達家族関係壊したかも。
お孫さん心臓手術したばかりで親から離れるストレス一番負担な事、思い及ばない程焦ったのでしょうけど。
程良い距離でのKUONさん、どうしましたか?
今、法律が厳しく万が一親が訴えたらおばあ様でも「誘拐」になり渡した保育園も責任問われ、面倒くさい事態になった。
とりあえず、大事にならず済んだんですね。なんか厳しい事をと思いますが。
KUONさんようこさんに会いたいなら、直接連絡されて自力で行かれたら良いかと。yuutaさんとも直接連絡がいいと。
後で「旅報告」ブログに書く書かないは自由。
「ブログ内程良い距離で…」貫かれた方がKUONさんらしくて良いと私は思います
日本も光は残ってると思う動画見つけた。
「3・11中学生が起こした奇跡」YouTube。広島の中学生とNHK職員の話しです。よろしかったら見てください



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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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