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返事の中までKUONです。

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愚痴ですよ~ん。

こんばんは。

雨の後で空気が湿っていて、気温は高くて、庭のラッパ水仙がいっせいに開きました。

新鮮な黄色。

もうすぐ、コブシもレンギョウも雪柳も咲く、桜も咲く、モクレンも咲く、春です。

トシとって、春をうれしいと感じるようになりました。もうあと、何回、春を迎えられるかなあ、とも、自然に考えるようになりました。50回もは無くてもいいな。笑。

今年の春はでも、花が咲くさえどこか、うら寂しい気分。

小さいことにいちいち、びくんと反応する自分を、なんだかな~、と、外から見ています。

「あれから一年、決して忘れない」

そんなふざけたフレーズに触れると、妙な気分になる。

決してわすれない・・・まるで他人事の響き。

他人事ではないのに。

空も水も海も、際限なく汚れていっていて、政治は暴走、さえ出来かねる迷走状態。

賠償、補償、どこまでどうできるのか、何が切り捨てられるのか、だれが置き去りにされるのか、誰も何の責任を取らない、人々は責任を追及しないこの国。

今頃、地震直後の体が不自由だったり何が起きたのかわかりにくかったりの方の、自宅での餓死の問題などが出て来ています。

逃げられなかった、は、ともかく。当時は、避難所へ入っている人以外は、損壊を免れた自宅にいる人には、支援の飲食物を配らなかった。ダメだ、と拒んだ事実が報じられています。

餓死。

人も、牛も、犬も、逃げさせててもらえないで、飢えて死ぬとは、どんなに辛い苦しいことだったか。

仕方がない、という面は、確かにあったのだろうけれど・・・。



「決して忘れない」。

・・・誰が誰に向かって、その言葉を吐いているんだろう。

絆という言葉が、今年の言葉とやらで発表されたとき、私は、あ~あ、と、げんなりしたのです。ひんしゅく買うのを承知で書いています。

その言葉は、スローガンになるべき言葉でないよな~、と、今も思います。詳しく書くと長くなるので説明はしませんが、だいたい、心に、ちらっとも引っかからないような、つるつると耳触りだけいい、上滑りする「きれい」な言葉が多すぎるんだよ。

被災地の方にメッセージを、とか、沢山、目にしました。

「一人じゃないよ」とか「いつも心はつながっている」とか「前だけを向いて行こうね」とか。それを掲げて見せたりする。

レポートまとめるに慣れてるから、そういう「言葉」だって、それなりに生み出せる。時代的に、そういう感じがある。とりあえず、そう書ける。そして、そういうことだって書ける自分は、優しい自分、いい自分。あんまりな自己肯定って、行き過ぎると・・・あああ、あまり暴走しないでおきましょう。

私自身もそう、その一人です。

私に限って言っても、本当に、ぎりぎり飢えた覚えも渇いた覚えも、実際、ほんとうに「やばい、もうダメだ」という危機に直面した経験が無い。

だから、自分の身に、そんな、どうすることも出来ないような、芯から、底からどうすることも出来ない事象が起きて来ることを、想定できない。

政府の人も東電の人も、大小の役所の人も、おそらく、同じと思う、そのあたりは。

年齢にふさわしい「大人」がまとめている国でないのではないか。

滅びてしまうのではないか、と、ふと、思ったりして、いいや、そんなことは無い、絶対に無い、あるものか、と、自分を自分で叱ります。

どしっと、お腹にこたえるものが欲しい(いや、食べ物でもいいのですが)。深いあたりにある人の思いや、思いから出て来る、本物の言葉が、欲しいと思うのです。

「決して忘れない」ですか。

・・・あなたのところには、恐ろしいものは来ないのだね。

沢山の人のところに、いま現実に恐ろしいものが迫っていてね。

とても、すごく、苦しんでおられる。

一年たったからといって、思い出して「あげる」かのように、思い出すのは無礼だと思います、私は。

って、書いている自分自身、なんなのだろうな、あ。

叫ぶこと、書くこと、基本的に恥ずかしいことですね。

こちらからこそ、読んでくださっていて、ありがとう、です。

・・・瓦礫を引き受けないからと言って「絆」はどうしたんだ、と、言い募るのも。おかしい。

問題は、きちんと分けて、考えないといけない。感情論で現実を処理できるほど、甘いた易い状況ではない。

これは、本当に本当に、そうだと思う。いい、とかイヤ、の問題ではない。

馬鹿な政府よりは、シビアに考えざるを得ない「一般大衆」が賢い(面もある)。

嘘をつかず隠さず、きちんとした情報を出さないから、風評被害も起きる。不安が募る。

この問題については簡単に書けない…私の度量やヨレヨレ文では無理・・・と、自覚しております。


お返事が遅れました。

ディランさん。

南相馬から避難して来ておられる方が、気になるのですね。

ここよりもっともっと遠くへ行って、と、言ってあげたくなる気持ちは、言えないだけに、とってもお辛いと思います。その気持ちは、すごくわかる気がします。

故郷へ帰りたい、故郷で暮らしたい思いは、多分、理屈抜きで募るものでしょう、それが、今は、無理なんだものね。

いつまでだって無理だと、私は、考えています。もう帰れない土地だと、私は考える、けど、当事者である、そのお嬢さんは、そんなこと、考えないのね。辛いですね。

時々、ハラが立つこともあります。

どうして知らないの、知ろうとしないの、知らないままでいようとするの、自分のことでしょう。

と。

むごい人ですね、私。

・・・誰も、助けてくれないのに。と、思ってしまう。故郷がどうのこうのと言っている場合か、という局面になったら、どうするんだと。

人間は、時に、誰だって、故郷を喪失する憂き目にだって、遭う。というのも、残酷ですか。

本当なのに。

・・・国は逃げます、東電も。自分の身を、だれか、何かが守ってくれるなんて思っているのは、日本人だけでないかと思うくらい。えらい目にあっている国の人は、シリアスですよ~。

やっと手に入れた食べ物を、惜しまずに分け合うことはしても、ピース・サイン出して「絆」なんて言わない。しつこくイヤミですね私。

私の若いころ、日本人は、水と安全はタダだと思っている、という言い方がありました。

今はどちらもタダでない。

自分の身は、自分で守らないといけない。でないと、大切なものを守ることも難しくなる。

ディランさん、そばにおられる限りは、今はご存じなくても、もし、そのうち、ショックを受けられるかも知れないその方に、寄り添ってあげて下さいね。ご自分も苦しんでおられるディランさんの優しい気持ちがこちらにも伝わります。

自分自身が味わった「痛み」は、共有できるのですものね。

そういう「思い」って、巡り回って、ディランさんのお子さんに届いて行くかもしれません。

それを目当てにするのでなく、人の「真心」って、ぐるうっと回ることだってあると、レトロなことを信じている私です。ディランさん、頑張れ。

・・・どなたかのお誕生日ごとの「きょうだい写真」。

素敵なこと、聞かせていただいて。

それが、お子さん方の、そしてお母さん・ディランさんの、宝物ですね。

yuutaさん。

わたしも、です。わははははっ。

もう少し近ければ、お会いしやすいのにね。

でもまた、会って、しゃべって、食べて、しましょうね!。


えまさん。

弟さんたち、元気に過ごしておられるようで、ずっと前からお聞きしている私も嬉しいです。

すてきなお父さんであられるだろう弟さん、その奥さん、お子たち。

みんなで「守る」ものがあって、それこそ「絆」が強まるのではないかと、確信します。

嬉しいことを教えて下さってありがとう。

放射能はイヤなやつで、まこと恐ろしいものではあるが、誰でもみんなやられるものでもないでしょう。

時々はあ~やれやれ、と休みながら、強く、強く、前向いて、みんなみんな、行きたいですね。

あれ。愚痴愚痴モードだったのが、書いてたら元気が出て来ました。

ありがとう。ありがとう。


ようこさん。

ありがとう、と言って下さって、ありがとう。

人はお互い、鏡と言いますから。

ありがとう、への反応は、ありがとうです、なんちゃって。

土曜日なのに、お客さん、来られなかったのですか。

しんどいね。でも、大丈夫、とおっしゃるのですね。

私、やさいさんのところへお邪魔するようになった数年前までは、もう新しい友達も要らない、人付き合いはもういい、誰かにしゃべりたいことも無い、着替えてお化粧して出かけて行くのもしんどい、めんどくさい、という感じの心模様だったのです。

いま考えると、そうだった気がします。

世界が、灰色とまでは言わないけど、倦怠色というか、くすんでいました。

とっても疲れていたのかな。

今は、そこを抜けて、また会いたいよ~、と、出て行く口実と算段を考えまくる自分になれました。

会いたい人も、できています。

ようこさんとも不思議なご縁ですね。

冬の海でない北茨城の海を、見に行きたいです。

誰かが計画してくださって、のるだけなら、なんとかして行くのにな~。横着ものの寝言やね。




















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  1. 2012.03.07 (水) 16:44
  2. URL
  3. ようこ
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kuonさん

被災された人たちそれぞれに
時には立ち止まり、苦しい時はあるけれど
生きる意味を掲げながら
がんばっていると思います。
私もそのひとりです。

最近ひとりになると考えることがあります。
おっとが元気な時、震災前、
何がゆめだったんだろうと
夫婦だけでゆっくりできる旅をしたいと思っていたことは思い出せても
震災前に楽しみにしていたことが思い出せないのです。
この一年近く、何を考えても悲観的になり
冬ソナのCDを聞きながら窓の外を
うつろに見てました。
今年に入ってやっと小さい希望がひとつ、ふたつと感じられ、生きることにも希望が見えてきました。

震災をきっかけに
今後商売の行く末がどう変わるかわかりませんが
人に喜んでもらえて、働ければ本望かなと
思っています。

kuonさん
私はいつでも大歓迎です。
また会えると信じています。
  1. 2012.03.08 (木) 00:41
  2. URL
  3. sarah
  4. [ edit ]

あの日からもうすぐ1年ですね。

始めのころは悲しいと思い、やがて怒りに変わって、今は悔しさでいっぱいです。
なんに対して悔しいのか、誰に対して悔しいのか・・・。

絆という言葉が、安売りされて、押し売りされて、イヤな感じでした。
「除染じゃなくて移染なの」とことあるごとに言っています、ミジンコの小さな小さな抵抗です。


「タイタニック」をTVで見ました。
以前見たときはラブストーリーと思いましたが。
今回、一変しました。

食事をしたりダンスを楽しんだり、幸せな人たち。
皆、「明日がある、未来が待っている」、と信じて。

想定外の氷山の出現、巨体ゆえに進むしかないタイタニック。
絶対安全だと言われていた船の避けられない沈没。

女性と子供だけという救命ボートにこっそり乗って生き延びた男性船主。
混乱し動揺する乗客のために最期まで演奏し続けた楽士たち。

沈没していく様子が津波に襲われているようで、涙がこぼれました。

自信や過信、卑しさと尊さ、エゴイズム・・・、いろいろなことを考えさせられました。
それは震災以来ずっと考えてきたことでもありました。

日本という国・・・、タイタニック号のようだと・・・。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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