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返事の中までKUONです。

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育ちゃんの話をします。

育ちゃんは、昼過ぎに入院するとの話でしたが、実際に病棟に抱かれて来たのは、午後四時前。
定時制高校へ行く私とナベちゃんが、日勤終わりの申し送りをしようとしている頃でした。
はい、お母さんはそちらで待ってて下さい。婦長の、最悪機嫌時のきつい声が響き、もう、ほんとに、こんなに、もう。
憤懣やるかたない声と共に,処置室の台の上に、入院児が置かれました。
置かれた気配でした。泣き声はあがりませんでした。
ひああ。声にならない声が、私から申し送りを受けていたAさんの口から漏れました。
私も、いつも冷静なAさんの「ひああ」の先を見ました。

なんとも言えないものが、台の上にいました。
タオルシーツの上に、赤ん坊らしきもの。
ナースステーション周囲にいた皆が、黙って台を囲みました。
痩せこけて。お腹ばかりが大きく膨れ上がって。細い細い手足は力なくだらりと垂れており、顔は「老人用顔貌」。ふっくらしたところが一つも無く、シワだらけで鼻は尖り、目は吊り上がって見えました。全くの無表情でした。
オムツだけの裸にされたその子は、全身に、乾いて薄黒くなった垢をまとっていました。
ミルク嫌いって病名なの。
婦長が言いました。
ナベちゃんと、白衣を高校の制服に着替えながら、顔を見合わせて、二人とも、初めて見た凄まじい子供の姿に、言葉がありませんでした。
当時、女性週刊誌などで騒がれていた「ビアフラベビー」。飢えて、乾いた大地に座り込んで死を待つ、と描かれていた、アフリカの子供と、育ちゃんは、変わることの無い飢えた赤ん坊でした。

授業を終えてクラブ活動をして、二時間足らずの仮眠をとって、深夜勤務の病棟に入りました。
「あの子、ミルク嫌いなんかじゃないよ」
准夜勤務の病児室から出て来てBさんが言いました。
何でも飲むよ。白湯でも。K先生の指示のミルクじゃ足りない、トモちゃんが、ダラダラミルク飲んでるのを、横目で、じーっと見てるの。
それが本当なのは、すぐに解りました。
口に触れて来るものは、必死で、くわえようとする。
赤ん坊に服薬させるのはコツが要り、お腹が空いているはじめに、シロップのクスリを、ゴムの乳首の先に入れて、まず吸ってもらって、それから、ミルクをあげるのです。
イヤがる子もいます。
育ちゃんは、口に入るものは、一切拒まない、飢えた赤ん坊でした。
赤ん坊とはいえ、生後半年にはなっていた。栄養失調状態だから、頚も座らず、にこ、とすることも無かったですが。
私は、日勤でも深夜勤でも、育ちゃんのいる病児室に入ることが多く、接する機会が多かったのでどれだけ飲んでもまだ足りない育ちゃんが、気になって気になってミルクを一気に飲んだがもっと欲しそうである、薄いブドウ糖の液を、もう一回増やして欲しそうである、など、少しでも育ちゃんに沢山飲ませてあげたくて、必死でカルテの記述を続けました。

初めて、頬の片側を、すこーしぴくりとさせたこと。
それが育ちゃんの初笑いでした。
ずっと、悟り済ましたように、置かれた形のまま、天井に顔を向け続けていた育ちゃんが、私が入って行くと、顔を動かして、わたしを認めて、ふに、と笑った。
力なく体の脇にだらんとさせていた手を、持ち上げて、顔の前にひろげて、不思議そうに眺めるようになり。
私が手を差し伸べると、ゆっくりではありますが、両手を伸ばしてくれるようになりました。

大晦日、私は、深夜勤務につけるよう願いを出し、家庭持ちのナースさん方は休みたいから問題なく、年の終わりに、病児室へ入りました。
帰宅できる入院児たちは、お正月の間、一時退院しているケースが多く、病棟はがらんとしてました。
育ちゃんも、迎えがあれば、家でお正月を迎えられたのですが、お迎えはありませんでした。
おばあちゃんと、お父さんとお母さんと、お兄ちゃんと妹。カルテに記されている限り、育ちゃんには、それだけお家族がいるはずでしたが、誰も、一度も、面会に訪れたことはありませんでした
皆が沢山持っている、おもちゃの一つも、育ちゃんは持っていませんでした。
婦長にばれると叱られるので、音の小さながらがらを、鞄に潜めていて、勤務の時だけ、育ちゃんに持たせてあげていたのです。

深夜、ゆっくり、育ちゃんをお風呂に入れました。
もう、乾いた垢はこびりついていませんでした。いくらかは肉がついて、気づいてみれば育ちゃんは、切れ長の目もとの涼しい、ハンサム君でした。
きゃ、く、と、お湯が気持ちいいのか、しきりに声を出し、手足をぐるぐるしました。
湯上りのジュース、ミルクと飲ませ、育ちゃんが眠った間に、するべき用をすべて片付けました。

窓の外が白んで来て、育ちゃんが目を覚まして。
私は、育ちゃんを、しっかり抱き上げました。
病児室の正面の山から、朝日が昇ることはわかっていました。
その年はじめての朝日を、育ちゃんと見よう。
そう、決心していたのです。
山と山の間から、その年初めての太陽が昇り始めました。
育ちゃん、あっち。示しても育ちゃんは、私の指を捕まえに来ました。
初日の出だよぅ、育ちゃん。
軽く揺すると育ちゃんは、笑いました。私に向かって、まだ肉の足りない頬に、しわを一杯よせて、やっと前歯の見え始めた口を、にいっと開いて、笑ってくれたんです。

次の日、今度は准夜勤で入って、育ちゃんを膝に乗せて、カルテの整理をしていると。

担当医のK先生が入って来られました。
あらら。優しい女医であられた先生は、育ちゃんの頬を、ぷくんと押されました。眉を寄せて身を逃れる育ちゃん。私の白衣にしがみつく。
「あんたなあ」
気にしないで先生は、育ちゃんに話しかけました
「この看護婦さんに、もろてもらえたらええのになあ」
びっくりしている私を後に、K先生は出て行かれました。
ハラが立った。
いつもは大好きなK先生に、猛烈に、腹が立ちました。
私は、まだ高校生で、何の、どんな力も無い。

養父の家にいるのがイヤで、学寮のある准看護婦養成所へ入り、夜は高校へ通い、試験に受かって小児科病棟に務め始め、そうしながら、夢を叶えるべく、小説の新人賞に応募を続けて、賞を得た。
一人で生きて行ける、と思っていたのに、高校を出たら養家へ帰れと言う。小説家などは外道である。二部へ行ったら時間が無くて諦めると思って行かせたが、お前は強情な子だな。養父は言い(とても力のある人でした)、家にいて何年かしたら、お嫁に行けばいい。いい人をみつけてあげるから。そんな風に言われていた時期ではあったし、何より、今の自分が、この可愛い子を、病院に捨てられた子を、育ててなど、やれるわけがないではないか。

医師としてのK先生の惑いにも気づかない鈍感な私でした。自分のことばかりだった・・・。

育ちゃんの退院が決まり、お母さんが迎えに来られました。当時の流行の服装で。それをとやかくは言えません。
でも、育ちゃんのオムツカバー(当時はmだ布おむつでした)の、ボタンが、取れていた。
入院した日より、処置代の上で随分大きくなてた育ちゃんが、きょきょろと何かを目で探している気がしましたが、私は、他の用を言いつけられていました。
当日の病児室のナースが、はあ、はあ、と、どこかへ耳を忘れて来たようなお母さんに、いろいろ説明をしていました。
育ちゃんが病棟を出て行く姿を、見ていません。
トイレで泣いていたので。
ナースは、そんな風に泣いてはならない職業です。

高校の卒業式を間近に控えていた頃、一ヶ月前に「ミルク嫌い」が治って退院して行った育ちゃんの、訃報を、聞きました。
育ちゃんは、風邪がこじれて、あっけなく亡くなったそうです。

子供は親を選べない。
つくづく、そう、思います。
今日は私の誕生日で、まったく関連の無い、むかし悲しかったことの一つを、思い出してしまいました。



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  1. 2011.06.11 (土) 22:36
  2. URL
  3. yuuta
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No title

KUONさん
育ちゃん、、、くおんさんに会えてよかった

くおんさん 誕生日だったのね
今日からの一年が充実した日々でありますように
  1. 2011.06.11 (土) 23:26
  2. [ edit ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2011.06.12 (日) 00:00
  2. URL
  3. tsuru
  4. [ edit ]

No title

KUONさん、今日6月11日がお誕生日でしたか。

深夜に、おめでとうございます、と 書き記しますことお許しあれ。

育ちゃんの事、やさしい若かりしKUONさんが、手をかけてあげれて、その時だけでも幸せだったのは、まぎれもない真実です。

いつも、放射能関連の事、詳しく説いてくださって、ありがたいことです。
 
また、熱いヨンLOVE話の吐露も、しましょう。 
  1. 2011.06.12 (日) 02:26
  2. [ edit ]

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  1. 2011.06.12 (日) 22:55
  2. URL
  3. ☆NU☆
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おめでとうございます

お誕生日おめでとうございます!

とりあえず…
おめでとう!と
言いたかったです
(^w^)

☆NU☆

  1. 2011.06.13 (月) 02:27
  2. URL
  3. えま
  4. [ edit ]

No title

kuonさん 
お誕生日おめでとうございますv-300

少し遅れてしまいましたね、ごめんなさいv-436

育ちゃんのお話・・・

多感な頃に経験された、とてもとても悲しい事

心に刻まれ育ちゃんはkuonさんの中にいる

yuutaさんの言うとおり、
育ちゃんはkuonさんに会えてよかった
そう思います。




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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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