今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

無い心が「揺さぶられた」って。

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ホウドウキョク 2/23(木) 7:37配信

皇太子さま、57歳の誕生日

(一番下に会見の全文がありますが、わたしKUONもまだ、全ては読んでおりません。一応、全文。

「ホウドウキョク」のまとめは、以下のようです。


皇太子さまは23日、57歳の誕生日を迎えられた。事前に行われた記者会見で、皇太子さまは、天皇陛下のお気持ち表明について、「とても心を揺さぶられました」と心境を明かされた。
皇太子さまは「(陛下が)『全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか』と御案じになられていることに、とても心を揺さぶられました」と述べられた。
皇太子さまは、2016年8月、退位の思いがにじんだ陛下のビデオメッセージを、「厳粛な思いで伺いました」と振り返ったうえで、次の皇位継承者として、「真摯(しんし)に重く受け止め、常に心にとどめつつ務めに取り組んで参りたい」と述べられた。
陛下のお気持ち表明後、皇太子さまが感想を述べられるのは、これが初めて。
象徴天皇のあり方については、両陛下のように「国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむということを続けていきたい」との考えを示された。
また、中学校卒業を控えた長女・愛子さまの体調については、「今は普段通り、学校生活に戻っております」と説明し、雅子さまと共にご一家で臨む行事も増え、「私たち家族としては、活動の幅を広げることができた1年ではなかったか」と振り返られた。

さすが皇太子、コトバにも態度にも微塵のブレも無い。

恥が無いのは生まれつき。

心が無いのは(無いはずの心が揺さぶられたと自己申告はしてはるけど)これも生まれつき。

ナルちゃんというヒトの、標準装備に、恥も心も欠けていたのね。

オクスフォード出してもらって来たって、オプションとしてくっついた訳では無かったんだ。はあ、かわいそ。国民が。

・妻は頑張っておる。もうしばし温かく見守れ。

・娘も普段通りに戻っておる。高校へも進学するぞよ。

・自分も務めに取り組んでまいりたい。

・民は小さいことでガタガタ言わんように。

・わかったな。

だってさ。

57歳にもなって、何の深みも滋味も無いとっちゃん坊やの顔さらして。

若いコなんかにゃ負けません、髪を前に垂らして。たぶん歯周病、浮いて来ている前歯を見せて笑顔風のおばちゃんひでんか。

もうなにも言わせない痩せっぷりの、このお嬢さん、どなたなのかな、少し前のお洋服と色違いはこだわりのお表われか。

近眼乱視に老眼のきつくなっていますKUONの目に(なのか?)、このお嬢さんと下の制服姿のお嬢さん、同一とは見えにくいです。

ここで、かしこくおっちんして、ホホエミ風味でいる「愛子さん」は、おクスリのおかげで、こんな風にいられるのかな。

そうなのかな。某女性誌では、精神科のお医者さんが(東宮医師団一人氏では無い)、

激やせ愛子さま 精神科医は「拒食症で危険水域」と指摘

との記事が。今は詳しくご紹介できませんが。NEWS ポストセブン 2/22(水) 、です、言うてるのは。

誰に指摘されなくても親にはわかる。親に、心なんてものがあるなら。

そして両親、同じ場にいて、心配している様子も、これにも、微塵のブレも無い。

テレビで動画を見ましたが。

もうショックですら無い。ひどい痩せ。

機嫌を損ねたくない気持ちの透けて見える動画でした。

愛子さんは、ナルやまさに気を遣ってホホエミモドキしている、この女性みたいな。

あんな従順。恭順、びくびく引いている感じの内親王では無かった。

このお子にはまだ、感情がおありのような。

ナルとまさは、いつも通りニタニタしてた。何や、この。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

記者会見全文

(宮内記者会代表質問)
(問1)天皇陛下は昨年8月に公表された象徴の務めに対するおことばで、即位後に象徴天皇としてご自身が歩まれてきた道や、高齢となった天皇の在り方についてお考えを表明されました。表明に至るまで、殿下は天皇陛下のお考えをいつ、どのような形でお聞きになり、表明されたおことばをどのように受け止められましたか。今後、天皇、皇后両陛下にどのようにお過ごしになっていただきたいかという点もお聞かせください。

(皇太子さま)昨年8月8日の天皇陛下のおことばを、私は、愛知県での公務を終えた後の名古屋駅で厳粛な思いで伺いました。天皇陛下のお考えをいつ、どのような形でお聞きしたか、というお尋ねについては、何か特別な場でそういったお話があったというわけではありませんし、私自身は折に触れて陛下のお考えを直接お聞かせいただいたり、あるいは、そのお姿やお話しぶりから推し量ることもございましたので、明確にいつどの機会にどういった形でということを申し上げるのは難しいと思います。天皇陛下には、御即位以来、長年にわたり象徴天皇としてのお務めを果たされる中で、そのあるべき姿について真摯に模索してこられました。今回のお考えは、そうした模索と熟慮の結果を踏まえ、また、内閣を始め主な関係者とも御相談なさった上で、おまとめになられたものであろうと思います。思い返しますと、私が初めて両陛下の御公務に御一緒させていただいたのは、恐らく、私が4歳で、陛下が皇太子でいらっしゃった昭和39年の東京オリンピックではなかったかと思います。それ以来、ボーイスカウトのジャンボリー、高校総合体育大会、冬季スケート国体など、そういった行事にお連れいただきましたが、その度に、両陛下が一つ一つの行事を大切に思われ、真摯に取り組まれるお姿を間近に拝見してまいりました。ですので、今回、陛下がおことばの中で「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」と御案じになられていることに、とても心を揺さぶられましたが、同時に陛下のお気持ちがそこに至った背景につきましては十分お察し申し上げていると思います。私といたしましては、陛下のお考えを真摯に重く受け止めますとともに、今後私自身が活動していくのに当たって、常に心にとどめつつ務めに取り組んでまいりたいと思います。また、両陛下の御健康を御案じ申し上げつつ、両陛下には、お身体をお大切になさり、末永くお元気でいらっしゃることを心から願っております。それとともに、これからは、御自身のためにお使いになる時間をもう少しお取りになれるとよろしいのではないかと思っています。


(問2)政府が設置した有識者会議で象徴天皇の在り方について議論が重ねられており、国民の関心も高まっています。次期皇位継承者である殿下ご自身は象徴天皇とはどのような存在で、その活動はどうあるべきとお考えでしょうか。殿下が即位されれば皇后となられる雅子さまの将来の務めについて、お二人でどのようなお話をされておられますか。

(皇太子さま)象徴天皇については、陛下が繰り返し述べられていますように、また、私自身もこれまで何度かお話ししたように、過去の天皇が歩んでこられた道と、そしてまた、天皇は日本国、そして日本国民統合の象徴であるという憲法の規定に思いを致して、国民と苦楽を共にしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。陛下は、おことばの中で「天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」と述べられました。私も、阪神淡路大震災や東日本大震災が発生した折には、雅子と共に数度にわたり被災地を訪れ、被災された方々から直接、大切な人を失った悲しみや生活面での御苦労などについて伺いました。とても心の痛むことでしたが、少しでも被災された方々の痛みに思いを寄せることができたのであればと願っています。また、ふだんの公務などでも国民の皆さんとお話をする機会が折々にありますが、そうした機会を通じ、直接国民と接することの大切さを実感しております。このような考えは、都を離れることがかなわなかった過去の天皇も同様に強くお持ちでいらっしゃったようです。昨年の8月、私は、愛知県西尾市の岩瀬文庫を訪れた折に、戦国時代の16世紀中頃のことですが、洪水など天候不順による飢饉や疫病の流行に心を痛められた後奈良天皇が、苦しむ人々のために、諸国の神社や寺に奉納するために自ら写経された宸翰般若心経のうちの一巻を拝見する機会に恵まれました。紺色の紙に金泥で書かれた後奈良天皇の般若心経は岩瀬文庫以外にも幾つか残っていますが、そのうちの一つの奥書には「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」旨の天皇の思いが記されておりました。災害や疫病の流行に対して、般若心経を写経して奉納された例は、平安時代に疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め、鎌倉時代の後嵯峨天皇、伏見天皇、南北朝時代の北朝の後光厳天皇、室町時代の後花園天皇、後土御門天皇、後柏原天皇、そして、今お話しした後奈良天皇などが挙げられます。私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がまさになさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたいと思います。私が、この後奈良天皇の宸翰を拝見したのは、8月8日に天皇陛下のおことばを伺う前日でした。時代は異なりますが、図らずも、2日続けて、天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます。私がここ10年ほど関わっている「水」問題については、水は人々の生活にとって不可欠なものであると同時に洪水などの災害をもたらすものです。このように、「水」を切り口として、国民生活の安定、発展、豊かさや防災などに考えを巡らせていくこともできると思います。私としては、今後とも、国民の幸せや、世界各地の人々の生活向上を願っていく上での、一つの軸として、「水」問題への取組を大切にしていければと思っております。また、私のこうした思いについては、日頃から雅子とも話をしてきており、将来の務めについても話し合っていきたいと考えております。


(問3)ご家族について伺います。雅子さまは式典への出席が増えるなど着実に活動の幅を広げられました。殿下が感じられた雅子さまの変化や現在のご体調についてお聞かせください。愛子さまはこの1年、両殿下とのお出ましが増える一方、体調を崩され学校を長期欠席されることもありました。春には高校進学を控える愛子さまのご様子、進学や皇族としての活動など今後に寄せられる思いについてもお聞かせください。

(皇太子さま)雅子は、治療を続ける中で、体調に気を付けながら、努力と工夫を重ね、公私にわたってできる限りの務めを果たそうとしております。その結果、昨年は、式典への出席回数も増え、また、4月の神武天皇二千六百年式年祭の儀や、6月の岩手県での復興状況視察、8月の「山の日」記念全国大会など、公的な活動を、少しずつではありますが、一つ一つ着実に積み重ねてきており、それがまた本人の自信にもつながり、活動の幅が広がってきていることを、私としてもうれしく思っております。また、東宮御所内での仕事などでも、私をよく支えてくれておりますし、愛子が体調を崩した折を始め、母親として愛子の成長を見守り、導いてくれていることに、心から感謝しております。このように、雅子は着実に快復してきておりますが、一方で、依然として体調には波もありますので、引き続き焦ることなく、慎重に少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思います。国民の皆様には、これまで雅子に温かく心を寄せていただいておりますことに、改めて心より感謝の気持ちを表すとともに、引き続き雅子の快復を温かく見守っていただければ有り難く思います。愛子については、先生方や多くの友達に囲まれ、中学校生活の最後をとても有意義に、そして楽しく過ごしているようです。一時期体調を崩したこともあり、皆様に御心配をお掛けいたしましたが、雅子の支えもあり、今はふだんどおり学校生活に戻っております。また、昨年は、夏休みの機会に、神武天皇山陵の参拝や、「水を考えるつどい」、「山の日」記念全国大会など、様々な行事や場所に3人で出掛けることができました。こうした機会を通じて、皇族としての務めについての理解を深め、また、自覚と役割を学びつつあるように思います。4月からは高校生になり、新たな環境に身を置くことになりますが、今後とも、機会を捉えていろいろな経験を積んで、人として、また、皇族の一員として、健やかに成長していくことを願っております。天皇皇后両陛下には、日頃、私ども家族を温かくお見守りいただいておりますことに、心から感謝申し上げます。


(問4)皇族方の減少や高齢化が進む中、皇室の現状や将来の在り方についてどのようにお考えでしょうか。両陛下の負担軽減や皇族方による公務の引継ぎ、分担についての殿下のお考えもお聞かせください。

(皇太子さま)皇室の現状についての御質問ですが、男性皇族の割合が減り、高齢化が進んでいること、また、女性皇族は結婚により皇籍を離れなければならないということを前提とした場合に、皇族が現在行っている公務をどのように引き継ぎ、どう分担していくべきかという点は、将来の皇室の在り方とも関係し、大切な問題であると思います。そして、皇室の将来の在り方に関しては、私は、以前にも申しましたけれども、その時代時代で新しい風が吹くように、皇室の在り方もその時代時代によって変わってきていると思います。過去から様々なことを学び、古くからの伝統をしっかりと引き継いでいくとともに、それぞれの時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたいと考えております。公務の引継ぎや分担につきましては、お仕事の一つ一つを心から大切にしてこられた陛下のお気持ちを十分に踏まえながら、私を始め、皇族が適切に役割を担っていくことが重要であると思います。一昨年から、こどもの日と敬老の日にちなんでの施設訪問を両陛下から秋篠宮と共に受け継がせていただきましたし、昨年は、小中学校長の拝謁及び国際緊急援助隊・国際平和協力隊の接見を私が引き継がせていただくことになりました。また、昨日まで、陛下の名代として第8回アジア冬季競技大会の開会式に出席するため、北海道を訪れておりました。私としては、今後とも、引き継がせていただいた公務を大切に務めながら、少しでもお役に立つことがあれば、喜んでできる限りのお手伝いをしてまいりたいと思っています。なお、皇室の制度面の事柄については、私が言及することは控えたいと思います。


(問5)この1年を振り返り、印象に残った公務や社会、皇室の出来事についてお聞かせください。

(皇太子さま)この1年を振り返ると、昨年と同じように、国内外で多くの自然災害が発生し、各地で人々に大きな被害をもたらすとともに、多数の方々の命を奪ったことを、とても残念に思います。日本では、4月に発生した熊本地震により、被災者は今なお不安を抱えながら生活を続けておられると聞いております。8月末に東北地方と北海道を襲った台風10号による大雨は、北海道や、震災からの復興という険しい道のりを歩む岩手県に大きな傷跡を残しました。世界に目を向けても、エクアドルやイタリアなどで地震が発生し、それぞれ数百名が亡くなられるなど、人々の生活に大きな影響を与えています。こうした災害により、不幸にも犠牲になられた方々の御冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。東日本大震災の発生から今年の3月で6年となりますが、昨年6月、復興状況視察のため岩手県を訪れました折には、着実に復興が進んでいることを実感すると同時に、引き続き仮設住宅にお住まいの方々が御苦労を重ねながら日々暮らしていらっしゃることを伺い、心が痛みました。被災された方々が1日も早く安心して暮らせるよう、被災者お一人お一人の御健康と幸せを祈りながら、今後とも、雅子と共に、被災者に寄り添い、被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思います。そのほか、国内の出来事としては、7月下旬、神奈川県の障害者施設が襲われ19人もの尊い命が失われた事件に、大きな衝撃を受けました。また、高齢者による交通事故のニュースや子供を含む格差の問題もよく目にするようになったと感じており、気に懸かっております。日本国外でも、依然として世界各地でテロ事件が頻発しており、難民の問題もいまだ解決の糸口が見えておりません。そのような中で、リオデジャネイロのオリンピック・パラリンピック大会では、難民選手団が結成され、人々の拍手に応えて明るい表情で入場行進をしている姿には、安堵と喜びを覚えました。現在の世の中で、特に子供やお年寄り、障害者といった社会的に弱い立場にいる人々が犠牲になっていることは、とても残念に思います。全ての人が広い心を持って、お互いを尊重し合い、こうした弱い立場にある人々を含め、皆が安心して暮らせる社会を構築するために、地域社会、さらには国際社会全体が一つになって知恵を出し合い、協力していくことが、より一層求められる時代になっていると感じます。明るいニュースとしましては、夏のリオデジャネイロでのオリンピック・パラリンピックにおける日本選手団の活躍や、長年にわたるオートファジーの研究を評価された大隅良典博士のノーベル生理学・医学賞受賞などがありました。世界の中で日本人がそれぞれの分野で高く評価され、あるいは、世界の第一線で活躍していることの証であり、とてもうれしく思います。皇室の出来事としては、やはり昨年10月に三笠宮崇仁親王殿下がこう薨去されたことが思い出されます。三笠宮殿下には、私が学生だった時代、歴史研究のお話を伺い、研究者としての心構え、姿勢を学ばせていただいたことを感慨深く思い出します。また、私のみならず、雅子も愛子も、本当によくしていただきましたので、改めて、これまで私たちに寄せていただいた御厚意に感謝申し上げるとともに、心から御冥福をお祈り申し上げます。また、我が国皇室と関係の深かったタイのプミポン国王が崩御されたことも、悲しい出来事でした。タイ王室の方々とタイ国民の皆様に対して、心から哀悼の意を表したいと思います。印象に残った公務についての質問ですけれども、地方や都内での式典や視察、東宮御所内での行事など、いずれもそれぞれに特徴があり、印象深いものでしたので、特にこの公務と挙げることは難しいと思います。この週末に訪れた北海道を含め、地方訪問では、暑さや寒さの厳しい時もありましたが、長い時間沿道に立ち並び、いつも、私や、雅子も一緒の時には私たち2人を、温かく笑顔で迎えてくださった方々のお気持ちを、とてもうれしく思いました。また、視察先や東宮御所での行事などで、若い世代の方々とお話をする機会がありますが、皆さんが、目を輝かせながら自分たちの進みたい道を力強く語られるのを見て、とても心強く思いました。なお、この1年間、私たち家族としては、活動の幅を広げることができた1年ではなかったかと思います。先ほどもお話ししましたように、雅子は、治療を続けながら、努力と工夫を重ね、岩手県での復興状況視察、長野県での「山の日」記念全国大会、岐阜県での農業担い手サミットのほか、賢所での神武天皇二千六百年式年祭の儀や、都内での式典にも数多く出席するなど、公的な活動を少しずつですが着実に積み重ねることができました。また、愛子も、8月の「水を考えるつどい」の機会に初めての式典参加を経験するなど、様々な行事に3人で出掛けることができました。国民の皆様が私たちを温かく見守り、また、支えてくださったことに、改めて心から感謝いたします。


(関連質問)
(問1)第1問と第2問の象徴天皇の在り方に関連してお伺いします。殿下のお答えでかなり具体的に殿下のお考え理解できたのですが、あえてもう1回お尋ねいたします。昨年8月の天皇陛下のお言葉以来、象徴天皇というのはどのような在り方がふさわしいのかという様々な議論がありました。大きく分けると、いろいろな議論が出たのですが、一つは天皇というのは存在自体が重要である、そういう考え方と、活動してこそが象徴天皇であると、二つの考え方が大きく分ければ出たと言えるのですけれども、そのうちの一つの存在すればいいという天皇観は、似ていると言えば、戦前の神格化された天皇観ですね、こういうものに似ていると思うのですが、現代ではそういう考え方は少数であるとは思うのですけれども、日本社会に根強くそういう考えの方がいらっしゃるというのも事実だと思いますけれども、そのことに関して、殿下はどのようなお考えをお持ちでしょうか。

(皇太子さま)今お話のあったような、天皇に関しては二つの考え方があるということは私も承知しております。そして今、会見の席でもお話ししましたように、私としましても、象徴天皇の在り方というのをいろいろ本当に真摯に考えてまいっているところであります。象徴天皇についていろいろな考え方があるということは私も承知しておりますが、私自身としては、やはりいろいろと今後とも勉強しながら、象徴天皇の在り方というものを、今の陛下の例に倣いつつ考えていきたいと思っております。

(問2)今の質問とも若干関連しますが、先ほど殿下のお話の中で、次期皇位継承者としての象徴天皇像について、過去の長い天皇の歩みを振り返り、後奈良天皇の御宸翰の御紹介がありましたが、もう一つ天皇の長い歴史の中で譲位という形態が近代以前においては常態化してたわけですが、殿下の、長い皇室の歴史から見て、また次期天皇になられるお立場から、両陛下のお立場になられたときに置き換えて、その譲位について、日頃お考えになられていることがありましたら、お聞かせいただければと思います。

(皇太子さま)私自身、大学で日本中世史を勉強しておりました。特に鎌倉時代、室町時代の主に交通、あるいは流通史を中心に学んでいたわけですけれども、私自身、中世史を研究しているという関係で、譲位された天皇がおられるという事実は承知しております。私からは、特にそれ以上のことは、今申し上げるのは控えたいと思います。
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コメント

ほぼ日参しております。

今朝はまたまた…衝撃を受けました
もはや、言葉が出てきません。
全文も読みもしないで、ごめんなさい。
だって、一年前も
三年前も、八年前も変わり映えしない文字の羅列。
フレーズは、被災地に心よせて 。
引き続き温かく見守れ。
活動の幅は広がり、回復傾向。

これ、死ぬまで聞かなきゃいかんのかいな?

愛子様(影子さん)の実のご両親はどんな気持ちであの映像見てるのだろう?

東宮は、大誤算をしたのかな?
まさか、あそこまで痩せるとは思ってなかった?
鼻をわし鼻にして、目をぱっちりさせて愛子様一丁あがり、のはずが
思春期の女の子の心理まで考えが及ばなかった?

なんか、破滅の道をひた走る東宮家をライブで見ているみたいな…

とにかく色々凄かったです。

お二人を連れて、皇室を去り治療に専念していただきたい、とヤフーニュースにはコメントしました。

骨と皮になった娘〔影子〕の隣りでニタニタしてる父親、ただただ気持悪いです。
毎年、何も変わらない文章。
心配も責任感も何もない、周りにあとよろの皇太子。
次代?勘弁して!
国民は何処まで我慢しなければいけないのか。

書こうと思ったら、先にコメントを書いて下さってました。

娘さん?? 本当に、もう、なんだか 。。。

本当は、最高の環境なんですけどね。

医師も看護師も、
一流料理人、
立派な家、広い庭、

そして、何より、両親も揃ってる。
自宅の近くには、お祖父様、お祖母様、
従姉妹もいる。家庭教師も、お付きの人も、、、

でも、毎日、さびしくて、虚しいのでしょうね。。。。。

(´・_・`)

他の方のブログも見ていて、
気付いたのですが、

神道では、御冥福とか、言わないですよね。
神道の葬儀をされた人に対して、
神道の家に、生まれ、育ち、現在も、そして、これからも、
神道を次の代に伝える家の人が、、、

コレ、一体、誰が下書きしたの??

マタコタマの妹達、影の女官達??
オランダの親は高齢だから… 書かないかなぁ…

私も、最近、この人達(不敬ですね)の
長々しい文、斜め読みがちです。
kuonさん、すみません。

いつも拝読しています。
更新ありがとうございます。
名古屋の鬼嫁です。

私はKUON様のブログで既に激ヤセの愛子さんを見ておりますが、
愛子さんと1つ違いの娘が今日の夕方帰宅するなり、『ママ!愛子さん、ヤバいよ!!』と言いながら台所に入って来ました。
娘は女子ばかり2,000人も通う一貫校におりますが、同年代の愛子さんの姿にかなり『ヤバい』と感じたようです。
『テレビに出すのは可哀想』とも申しておりました。

皇太子が考えた文章ではありません。

小和田恒か、天皇夫人か、創価学会の脚本か、宮内庁の創価朝鮮人侍従たちか。

ナルちゃんにはルビを振った原稿を渡して読ませればいいい。

ナルちゃんの頭は何一つ生み出さない無脳そのままです。

57歳の皇太子の誕生日の動画に付帯して、愛子ちゃんも公務を始めたという動画が流れましたが、その画面の愛子ちゃんは鼻の付け根から下がった部分が腫れてむらさきが残っている画像でした。

まさにそこから湾曲した鷲鼻に整形した名残とみました。

一時期マスクで鼻を隠していた時期に整形が行われたのだと思います。

激やせの愛子ちゃんは愛子親王ではありません。

両親は犯罪者に等しいですが、両陛下も同じだと思います。

両陛下は動きましたか?

愛子ちゃんのために動きましたか?

心はベトナムに行くことだけです。

初めて官邸にメールしました。
わたしひとりが何か言ったところでどうなるわけでもありませんが、きっと同じように居たたまれなくなった人がほかにもたくさんいると思います。
官邸はすべてのメールに目を通しているとのこと。
皇太子(と呼びたくもない)が国民国民と言うのなら、国民の声を届けてやりましょうよ。

やっぱり、何度見ても、愛子様?影子さん?が、痛々しい。

近くに住む 従姉妹にあたる人達は、あんなにすくすくと育ってる。

秋篠宮両殿下も、気になりながらも、見守るしかないのかなぁ。。。

一層…

お邪魔致します。

今回の写真や映像で、ナルさんの空っぽ具合とアイコさんの激痩せの進行を一層感じました。

まずはナルさん。
本当に57歳ですか?
若々しいというより幼稚な印象を抱きます。中身の空虚さがそうさせるのでしょう。
一般人男性ならば、定年まであと数年。祖父になっていてもおかしくない年齢です。とてもそのような歳の人には見えません。

そしてアイコさん。
愛子か影子か存じませんが、自身の誕生日会見より一段と痩せて。
ちょうど女性らしいふっくらとした身体つきになってくる年頃ですし、食欲も1番ある時期のはず。そうならない、できない彼女の心の内を(一応)親であるはずのナルさん・マタコさんはどう思っているのか…。

「こんな幼稚な天皇なんて嫌だ!!」
「こんな痩せた子の横でニヤニヤ、ニタニタ笑っている暇があったら、即ちゃんとした医者に診せなさいよ!医師団ひとりでなく!!」と、TV画面に向かってひとしきり憤った次第です。

おはようございますです(気分はです)

久々にコメントです
受け取ってください
ネズミ花火?
なんとも懐かしい
あの、もくもく感は捨てがたいものであります

産経の一面に五十七歳のあの人が
しょんべん袋の御仁です
情けない・・・
誰が新春参賀にゆくのでしょうか

いっときは『繫いで戴きたい』とも思いましたが
余りの情けなさに
二の句がつげません

一の句は
くたばれ!朝鮮人であります
本物の愛子さんは
何処へ行ったのでしょうか
ご飯を食べていればいいのですが・・

おてしょのお師匠様の記事に感謝であります
おいら
おうちゃく者でやんすから
てへへ

しかし
おうたはむずかしいですね。

同年代の反応

いつもブログを楽しみにしてますおります。
以前、愛子さまが幼い頃から、受ける印象が一貫していないと違和感を感じていたとコメントさせて頂きました。
私には愛子さまと一歳違いの娘がおります。
彼女たちは、同年代の愛子さまに大人が思うより興味を持っております。
眞子さま、佳子さまは少し年上の美しいお姉さま(綺麗なもの、可愛いものにあこがれる年代)

今回はニュースで映像を見て「えっ?あれ、愛子さま?全然違う!!違う子じゃないの?」と。
先入観がないぶん素直に表現しておりました。
スマホ世代なので、きっと勝手に検索して画像や動画を見つけるでしょう。
子どもたちの世代は意外と覚醒が速いかもしれません。
しかし、白いカーディガンの女の子も、どこかにいるとされている本物の愛子さまも、本当においたわしいです。。

幾度かお邪魔させていただいております。
今回ネーム変更してコメント致します。
他のブローグのコメントNAME欄に私のネームが
入っておりまして削除できません。
私のネームでコメントがなされていたことも
ありますが(もしかして同名の方だったかもしれません。)
なんだかよく意味がわかりません。

さて本題ですが、父娘で顔を見合わせる互の笑顔、不思議に思います。
父親のスケベ顔はまぁアホだから仕方ないとしても、実の娘が父親を見て
あんな表情になるんでしょうか?

まぁ下衆の勘ぐりになるのでしょうね。



殿下のお言葉が長くて

はじめまして

文章は美智子さんが作ったのでしょうか。と思える・・表現に近いような
くどく長ければ長いほど理解する気が少なくなるのが解っていないどなたかが書いたのでしょうか。
微妙にうやむやに話題を変えられ民は皇室についての不安が増幅しました、また長いのでうんざりさせる全文内容でした。
皇太子殿下もお言葉少なくても民の心を推し量る事の出来る存在だと思いたいのですが・・。

痩せた愛子さんは20代に見え皇太子と見詰め合ってる所が少し違和感を感じてしまいます。

雅子さんはお付き添いの方のように見えるのは夫婦の距離感と愛想笑いのせいでしょうか。

以前の事ですが、小和田のお母様が日本人や皇室は変わらなくてはならない、娘の性質は素のままで直せませんからと言われたのは本当ですか。実家がそれを言うと変ろうとする娘の足を引っ張ってしまうんじゃないのとも思ったことがあります。 
日本の伝統文化はそれぞれに意味があり、みんなで国民も一緒になって頑張って大切に保護したいものです。                      


お返事が大変遅くなってしまいました。


・たまき さん

実はいまだに全文読んでいません。私の目や気持ちが拒否する、通常は、批判するなら知る努力を、など心がけているのですが。本人だってもう、何を「述べた」か忘れていますよ。ただ、愛子さんの近況などは、あまりにナメた言いぐさで。墓穴掘ってるなあ、と、感心しています(笑)。あの女性に何かあったら、ヘラヘラではすまないのに。隠せないですよもう。

>なんか、破滅の道をひた走る東宮家をライブで見ているみたいな…

虚しい情けないライブですね。他人ごとながら何とも。皇太子だから他人ごととも切り切れず。

バカもたいがいにして欲しいです。迷惑です.日本人として悲しかったりもするのです。

あれらの[大誤算」、している方はヘラヘラ、見ている方はヘラヘラしていられません。


・まりりん さん

めったにみられない大茶番劇。ナルは何を考えて、など思ってどうナルものでない。

昨日用で会った方と、何が無し愛子さんの話になり。あれだけ痩せた姿出して、もう、ある時点で入院したとして、最後、原因は公表されないまま・・・など、相手の方は。気の毒がっておられました。でも私は、

皇太子は、愛子は雅子のおかげで元気になって毎日ガッコ言ってるってさ。と教えて差し上げた。当然。えええ、とびっくりしてたけど・・痩せてしまった「愛子さん」では、ジョテイ論は無理だよねえ、と。

あの若い女性をどうするつもりだ。


・華さん

もう。もうもう、何とも言えない所へ来ていますか。

本来なら最高の環境。多少不自由でも、補って余りある恵まれ方。

それから。私も「冥福」は使わないです。そんなこともうどうでもいいのでしょう、書いたヤカラも読むヤカラも。恥を知らないと生きるのも確かに楽なのでしょうね。

叔父上殿下がたは、何も言えずどうもお出来にならないはず。若いおいとこさん方も。今上と美智子さんの罪は重いです、まことそう思います。


お返事遅くなりました


・鬼嫁さん

名古屋のあの学校・・嬢ちゃんたち、どんな思いで「あいこさま」を見ておられるのでしょうね。広まっているでしょうね。優しい気持ちを持っておられるのですね、テレビ(など)に出すのはかわいそう、と。同年の孫息子も、そんな風な感じでいるようです。

鬼嫁さん、ここで、どうして愛子さんは今度の卒業式にも出て来なければならないのか、いっしょけんめい、教えてあげませんか。難しい面もあるけど、かわいそう、だけで済まないお立場のことも、と、考えています。ぜひ、この難しいことを、一緒にしましょう、私も努めて伝えます。どうぞ、どうぞ。(ちょっとエエカッコしいになっているワタシ)。

・おとめ さん

あの鼻の付け根のあおずんで膨らんだ異様な画像が、世に流れました。けっこう衝撃的な見た目です。一番へいちゃらっぽいのは両親(一応)です。何もかも理解できていないのでヘラヘラしているしかない・・いつまで続くやら。あのロングな演説、本人はただ読んだのかもでも、皇太子が公に語ったことの中の「偽り」が、これからナルに戻る。そんなの今までは気にしないで来た、ドロボーだろうが影武者だろうが。

いつまで続くは、人に図れることでないと思います。もっともわかっているのは、あの家の方々のはずですが、そうでないのが何とも。

ベトナムへも行った。先のインドが最後だったはずなのに、行った。最後は韓国か、残念ながらそれは無し。プロトコルも何も無視の親善旅行、茶番は終わりだ、陛下はともかく(これには理由ありますが省く)、美智子さんの老後は、神道に在るや否やの「地獄」ですね。

・ひらりんこ さん

官邸は、受けたメールはすべて、読んでおられるそうです。仰る通り。

何も出来ない、でない、メールはできます、貧者の一灯、ミジンコたちの一モズク。何も出来ないとせせら笑っている(マンガみたいな言い方ですが)あちら側はどうでも、私も自分のできることは続けたいです。

無責任なばあちゃんだったと、自分を後で嗤いたくない、悲しいですから。


・白萩さん

>ちょうど女性らしいふっくらとした身体つきになってくる年頃ですし、食欲も1番ある時期の>はず。そうならない、できない彼女の心の内を(一応)親であるはずのナルさん・マタコさ>んはどう思っているのか…。

親(もどき、あるいは偽親)と出ている「愛子さん」に、何とも言えないものを感じます。笑ってるわ~このお子。と。異様で不気味な、と、普段ならこころ臆して使わない表現でしか、言い得ないもの。個人的な感想で申せば「不憫」ですが、このお子の存在理由の裏を思ったりすると・・やはり「不憫」です。つまりコマですから。

>「こんな幼稚な天皇なんて嫌だ!!」

アタマぽーでも愚鈍でも暗愚でもあんぽんたんでも。たとえそうでしかなくても、慈愛の思いをじっくり抱いていられれば。周囲に、お助けさせていただきたいと願うような人材が集まるような何かをお持ちなら・・・どう考えても、「あかんわ」なので、がっくりです。

私は、ナル氏即位なら、皇室に対しての思いは自発的に捨てる思いでおります。あんなの認めないと言ってもミジンコの遠吠え。いっさい、背を向けるつもりでおります。そうなのです。

・はしびろこう ウナさん

ありがとうございます、コメント確かにお受けいたしました。

今の私には、あの情けないこーたいしとやらより。たまあに行く美味しい〇〇屋さんの「イーさん」の方が、ヒトとして上位に位置しています。くるくるよく動いて丁寧で気が利いてかつ出しゃばらず笑顔良し。店員さんと客の関係としては、それ以上に望むものは無い、ほぼ完璧です李さん。

こういうこと書くと、ウナさん、お気に召しませんかしら。(笑)。

貴ブログの新聞屋さんとのやり取りは、いいお話だなあと読ませていただきました。感謝。

・こぶ さん

若い方々には皇室は異次元のものだったようですが、愛子さんの現在は衝撃的なもので。同い年の孫息子は、煮えたぎったやかんに触れたような痛い顔になりました。わざとは見せていませんが。見てしまったのでした、朝のリビングのテレビで。

お嬢さんはまた、違う反応かと思います。ガルチャン、とかいうところで、かなり確信を突いた盛り上がりを見せているようでもあります。

大人は、無責任であってはいけないと思うのですが、一番の身内の態度があれですので。

理屈抜きに、将来に関わってくる「愛子さん」今のお姿です。かつて知人の娘さんが食べ吐き数年。無理な結婚を親がさせて、それは授かりだったのか、男の子を一人産んで、あと、そのお子が社会人になった今も、ひそかに「サダコ」と呼ばれておられます。夫婦仲は崩壊、親子中も崩壊、旧い大きな家で二人暮らし、お婆さん(知人)を召使みたいに扱って。すべて知人が悪い、で済ませてしまう。サダコさんは30数キロくらい、がりがりで頭髪も無くなってウィッグ。しかし何というか、息子さんはママが大好き。大好き以上・・命の根っこのところの不思議を感じます、何ともかんとも。多分ずっと母子密着で生きて行く気配。はたからどうも言えませんが、とにかく・・・

愛子さんは、親を信じられないだろうところが、まずお気の毒です(私が言うのもナンですが)。

>子どもたちの世代は意外と覚醒が速いかもしれません。
>しかし、白いカーディガンの女の子も、どこかにいるとされている本物の愛子さまも、本当>においたわしいです。。

・・・そうですね。お嬢ちゃんと、仲良く大好き、にお暮らしくださいね!。

・実香さん

HNのことは私にはよくわかりませんが、実香さん、いいお名前ですね。

>父親のスケベ顔はまぁアホだから仕方ないとしても、実の娘が父親を見て
>あんな表情になるんでしょうか?

いいえなりません、断じてなりません。

本当に睦まじい親子なら、実生活であれもあり、でしょうが、人前でのあの顔見合わせてにっこり、は、つまり。あのやり方、嘘っこが日常化している、もしくはまだ通ると勘違いしている故です。

ナルのニタニタが見ていられない。あの痩せたお子を、なんとも思っていない酷薄さ、残酷さ、バカの極み。でも「愛子さん」は、まさこより、やさしげそうなナルの方に親しみを感じているのですね。何とも・・・

でも、すごく裏読みすれば。あの痩せた女性が、もっと本格的に悪くなれれば、うすらナルさん籠絡するの簡単。まさこなど太刀打ちできない凄腕だったら、あっという間にナルたんやられちゃいますね、昔まさこにやられたように。

たぶん懲りていない。ナル。

人の世界の話では無い気がします。


・ちょこ さん

あの会見は、どなたに向けたものでなく、ただただ出さなくてはならんので最高にへたくそな出し方をしただけと思います。

君子の言葉は惜しむべし重かるべし。ナルたんは君子でないですから。

努力しましたが、一度で読みとおせませんでした。ま、いいか。って感じ。

>痩せた愛子さんは20代に見え皇太子と見詰め合ってる所が少し違和感を感じてしまいます。

>雅子さんはお付き添いの方のように見えるのは夫婦の距離感と愛想笑いのせいでしょうか。

私の思うに、

・家族写真ですが家族でない。

・夫婦は夫婦でない

・親子は親子でない

あたりで、当たり前のうそ寒さ、ナルがサービスしているつもりで、逆効果の嘘臭さを大盛りで見せてくれました。

茶番とも何とも、もう言いようの無いレベルへ来ていると思います。

愛子さは元気で学校へ、と、殿下は仰っておられます。

私は、22日の中等部の卒業式を、お待ち申し上げております。

派手で目立つことの大好きな祖母殿下の好みに叶う(かな?)、どんな状況になるのでしょう。

罪深いことを。まことにその思いです。

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五月雨の露もまだひぬ奥山の真木の葉がくれ鳴くほととぎす

さみだれの つゆもまだひぬ おくやまの まきのはがくれ なくほととぎす
   
金槐和歌集 源実朝


真木は「高野槇」ともいいます


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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